おとぎ話は夢のままでお願いします
「私も・・・そうね。政略結婚の相手がいるにはいるわ。」
「それって。」
「そうよ。第二王子のグレイグ殿下。でもまだ正式な婚約ではないの。だからどうなるのかは分からないわ。」
「あの方は文武両道の優秀な方だけど、少し夢見がちでね。昔からお姫様を待っているの。それを心配した陛下が保険として仮婚約をお決めになったけど、学園を卒業するまでにグレイグ様のお姫様が無事現れればお役御免のはずよ。それにもう現れているかも。」
大変な役目を仰せつかってしまったアナベラに一同の憐憫の目が向いていた。
本来ミシェルが口を出すことではないが、第二王子の振舞の身勝手の犠牲になるのが自分と重なり我慢できなかった。
「でもそれでは、アナベラ様の婚約者がいなくなってしまいます。」
「それは構わないわ。今は何も言えないけど、私も何も考えていないわけではないもの。」
「アナベラは少しいらない苦労を背負いすぎではないかしら。婚約者は好き勝手に遊んでいるのだもの。あなたばかりが我慢する必要はないと思うけど。」
公爵令嬢であるアナベラを呼び捨てで呼んでいるし、かなり気安く話している。
シャーロットはアナベラとは相当仲が良いのだろう。
「それは私も感じました。殿下にその気はなくてもあんなに毎日お側に置いてはいらぬ誤解を生みます。」
暗にカレンの事を話すシャーロットとマーガレットにミシェルはぎくりとする。
このあたりの情報はミシェルも掴んでおきたい所だが、簡単に口に出せることでもない。
特に今日初めて言葉を交わした婚約者を目の前にしては。
「たしかに・・・ねぇ。私も毎日のようにご令嬢方から注意するようにお願いを受けて・・・。困ってしまいますのよね。お側に侍らせるにしても、もう少し弁えた方なら良いものを。」
憂いのある瞳でアナベラは庭園の側にあるガゼボの方をみる。
アナベラと第二王子は従兄弟だ。
小さい頃から交流もあっただろう。
そのあたりには思い出があるのかもしれない。
「ミシェル様はどうお考えかしら。あなたもある意味被害者でしょう?」
ガゼホから視線を戻した視線はミシェルに向けられていた。
ついに来たかと思う。
ミシェルにとっても、しなければならない話題だった。
「私は・・・ただ臣下として節度ある距離が取れれば良いなと思います。」
「彼はこの国の第二王子よ。もっと仲良くしてみたいと思わないの?そう思っている令嬢はたくさんいるのよ。」
「いえ、そんな・・・恐れ多くて考えたこともありませんでした。」
その話題ものすごく気になってましたとばかりにシャーロットとマーガレットは言う。
「でもミシェル様って彼女に似てるよね。髪と目の色は少し違うけど。」
「私も思っていました。お顔立ちはミシェル様の方が穏やかで正統派な令嬢って感じですけれども。」
確かにミシェルは学園内で何度かカレンに間違えられたことがある。
日の光の下ではカレンの栗色の髪がブロンドに見えることがある。
カレンを詰めってやろうという令嬢達の集団に、危うく校舎裏へのお誘いを受けたのだ。
幸い瞳の色や、振舞方などの印象ですぐに間違いには気づかれたが。
その後、カレンが心配になり令嬢たちの後をつけたが、カレンは令嬢達に怯えることもなく、お誘いをはねのけて校舎の入り口で言い合いが始まった。
やり方はともかく令嬢達の主張は一応全うで、貴族令嬢の礼儀作法を見につけろとか、婚約者のいる男性と親しくするなという内容だった。
それについてはカレンに非があることは明らかだったが、カレンは悪びれることもなく、王子達に許しをもらっているから批判するのは王族に対して礼儀に反しているとか、令嬢達こそ下心があるからそんなに感情的になるのだとか、やり込めて顔色一つ変えずに集団から抜け出ていった。
その気の強さだけを見るなら王子妃にも向いているかもしれないと感心した覚えがある。
「あなたが彼女だったらねぇ・・・皆もあんなには感情的にはならなかったかもしれないわね。むしろおとぎ話の再現として応援されたかもしれない。」
「えっ!!そんなわけありません。第一私は殿下によく思われていませんし。それに仮でも婚約者のいる方との不貞なんてありえませんし、そんな男性はお断りです。」
まさか、恋人を挿げ替えて騒動を収める気かとぎょっとして、つい令嬢らしからぬ態度を出してしまい、挙句第二王子の批判とも取れることを口にしてしまったことに、しまったと口に両手を充てるが、もう遅い。
アナベラはおかしそうに、あははと声を上げて笑った。
「あなた、そんなに感情的になるのね。それより揃っておかしい話よね。だって私たちの世代には、グレイグ様がいるし、学園を卒業なさっているけど2つ上には王太子殿下だっていらっしゃるのに、ここには誰一人王子様が初恋の人はいないんですもの。8年ほど前にあったお茶会を覚えてらっしゃるかしら。名目は王子の友人探しだったけど、呼ばれた令嬢たちに関しては婚約者探しでもあったのよ。だからこそ、王太子殿下はそこで今の王太子妃アリステリア様をお見染めになったんだもの。」
「あったわねぇ。王子殿下達と年齢の近い伯爵家以上の貴族子女は全員参加で。」
「あの日のマカロンは絶品でしたわぁ。」
「懐かしい。この4人はあのお茶会で知り合ったのよね。」
「子爵家には縁のないお茶会だわ。私も参加してみたかったです。」
口々に茶会の感想を言い合っているのに、ミシェルが会話に入ってこない。
今度は一同の視線がミシェルに向いた。
「それが・・・当日急に熱を出してしまい、私も参加していないんです。」
茶会に参加するため、領地から王都に初めて出たミシェルは、王城に行くドキドキで当日、知恵熱を出した。
「そういえばミシェル様は、ほかのお茶会でもお見かけしたことがありませんね。リンベール侯爵夫妻はよくお見えになるのに。お話も上手ですし、見た目だって。参加していたら目立ったでしょうに。」
「確かにね。もしミシェル様がお茶会にいらしていたら、きっと話題の令嬢でしたわ。」
こう言った時は下手に会話を肯定せず、卑下しすぎない内容が良い。
「私、幼い頃とてもやんちゃでしたの。よく領民の子供たちと駆け回っていました。信じられないほど日に焼けたり、擦り傷を作ったりして、お母様に叱られました。淑女教育を完璧に身に着けるまでは社交はさせないって。もしあの頃、社交を始めていたら、今頃くろこげ令嬢として有名だったかもしれません。」
クスクス笑いながらミシェルは答える。
自分の恥となる話も昔・・・子供の頃であれば、醜聞とはならないだろう。
恥ずかしい話を人に話すと盛り上がる。
「では、一度もお茶会には参加していませんの?」
「はい、そんな令嬢なかなかいませんよね。お恥ずかしいです。」
令嬢たちは信じられないとでも言う顔をして顔を見合わせた。
その中でアナベラの向かい側に座る子爵令嬢だけは表情の読めない顔で茶をすすっていた。