これぞ女子のお茶会ですね
先ほどまで賑わっていた茶席も今は静まり返っている。
一瞬にしてミシェルの体は冷たくなった。
もちろん顔には出さないように。
社交の場で出していい表情、出してはいけない表情は母からの教育で徹底的に叩き込まれている。
おそらくエリザベスについて考えていたことは表情には出ていない。
考えていた間を感じ取っての事だろうと思う。
このタイミングでの質問は、ミシェルが考えていた通り、カレンとの親しい間柄のことを指しているのか、それとも単純に二人が釣り合わないと思ったと指摘しているのか。
どちらにせよ、そのままで良い質問ではなかった。
意地悪な質問だと思う。
他の令嬢もこの質問の意地悪さが分かっているからこそ場は静まり返っている。
でもこれは貴族のお茶会だ。
ここに自分が呼ばれた意味のすべては分からないが、単純な好意だけではないのは明らかだった。
浮かれていた自分に悲しくなったが、今は悲しんだりして良い時ではない。
こんな時どうするか、母の教えを思い出しながらお茶を一口飲みこんだ。
「寄り添うお二人を想像すると、とてもお似合いだと思いました。それに私は一人っ子です。お兄様がいらっしゃって、その上こんなにお優しいお義姉さまができるアナベラ様が羨ましいです。でも私の対応が未熟でしたのでしょう?アナベラ様に何かご不快に思われる対応をしてしまいましたようで。」
社交界では敵をいかに作らないか、これが大切である。
悪意を持った相手にもいきなり否定の言葉を口にするの頂けない。
それに嘘が多い言葉は心がこもらない。
発する言葉は出来るだけ真実が良い。
そして、自分を侮れば痛い目を見ると、近づきすぎればケガをすると教えてやらなければならない。
質問は時に柔らかい棘となる。
答えにくいことなら尚更。
やんわりと、そんなこと思っていなかったのに、そうとるなんて何かあるんですか?と。
目を見開くと、すぐに目じりを下げたアナベラは口を開く。
「ミシェル様は思っていたよりずっと面白い方なのね。」
アナベラがミシェルを見透かすように笑っていた。
お茶会の静けさを破ったのはアンフィー侯爵家の令嬢、シャーロットだった。
シャーロットは人懐っこい笑顔でケラケラと笑いながら話しかける。
「ミシェル様には、良い方はいらっしゃらないのですか?」
「・・・ほぇ?」
このタイミングでする質問か。
とミシェルから間抜けな声が漏れた。
「・・・えぇ、残念ながら。」
「では、リンベール侯爵様は今ミシェル様のお相手を探してっらっしゃるのね。」
「・・・どうでしょう?祖父や両親も恋愛結婚をいたしましたし。・・・学園卒業までに相手が見つかれなければ父が政略的な結婚相手を探してくださると思いますが。」
「まぁ!!ではミシェル様は学園で良い殿方を見つけなければならないのね。」
「・・・えっ・・まぁ・・どうでしょう?学園内とは決められていませんし。」
同年代の令嬢の友達がいなかったミシェルは恋愛トークなんてしたことがない。
慣れていないミシェルはしどろもどろと切り返すが、どうにも分が悪い。
それにシャーロットは、歯切れが悪くなったミシェルを面白がっているように見える。
「私はね、9歳の頃が初恋ですのよ。王城に初めて出向いたとき、迷子になってしまってね。それを助けていただいたのが王弟殿下で。その優しさと美しさに一目ぼれいたしましたのよ。」
「私は7歳の頃、初めて連れて行ってもらった観劇の主演男優でしたわ。とっても素晴らしい声をしていらしたのよ。」
「ミシェル様は今までお好きな方はいらっしゃいませんでしたの?」
シャーロットとマーガレットが自分の初恋話をさも何でもないように始めた。
これが同世代の友達同士の会話かと、ミシェルは胸を高鳴らせた。
苦手だなんだと言っても、年頃の少女であるミシェルは、なんだかんだと恋バナに夢中になり始めた。
自分の胸の前で両手のこぶしをぎゅっと握る。
子供の頃の話なら、人に話しても問題ないというのも大きい。
もうすでに終わった過去の幼い思い出なのだから。
「私は8歳の頃。初めて私についた護衛でした。「ガッシャ--ン!!」」
びくっとミシェルは肩を震わせた。
振り向くと茂みからがさがさと一匹の黒猫が現れた。
にゃーおとのんきな声を上げて顔を掻きながら座り込んでいる。
「まあ、かわいらしい。 忍び込んだ野良ネコちゃんなのね。 でもずいぶんと慣れているのね。」
追われている野良猫とは思えないほどのんびりとした様子に、ミシェルは微笑ましくはあるものの不思議でこてんと首を傾げた。
「大変失礼いたしました。」
執事が謝罪し、猫をひょいと掴むと抱きかかえて連れて行った。
なんだかもう少し猫と遊びたいミシェルは残念に思うが、いまはお茶会であるから仕方ないと切なげに手を振った。
「まぁ、行儀がなっていないわね。皆さまも大変失礼いたしました。」
と、アナベラは公爵家での失態をホストとして謝罪したが、その顔はなんとも言えない、苦いような笑いを噛み潰すような色が混じっていた。
アナベラと使用人たちの関係が良く、失敗も微笑ましく思っているのかもしれないとミシェルは思った。
「ところでミシェル様はその護衛の方に思いを告げられましたの?」
ひょうひょうとシャーロットは話を続ける。
出鼻をくじかれて、すっかり話を忘れていたが、そういえば話の途中だったと思い出す。
「いえ、とんでもありません。とてもそんな勇気は。それに、あっという間に振られていましたの。実は彼は、我が家のメイドと恋仲で。とても女性らしい可愛いい人でなによりお胸がとても豊かでした。あぁ、男性はこういう女性が好きなんだなって、すごく落ち込みましたわ。」
「まぁ、それは辛かったですわね。私も結局、王弟殿下がご結婚されて失恋いたしました。お気持ちお察しいたします。」
「私も似たようなものでございますわ。」
「でも、ミシェル様はとてもお美しいでしょう。お話もとても面白いわ。今ならどのような男性でも虜にできるのではありません?」
ミシェルは心の中でぎょっとする。
美しい人とはアナベラのような人だと思った。
それに自分は碌に会話をしたこともないような人に睨みつけられたり、学校では常に独りぼっちでいるような人間だと思う。
「いえいえ、とんでもありません。私など、それにあれから幾年も過ぎましたのに、あのメイドのようにはなりませんでしたわ。」
諦念の浮かんだ目でミシェルは胸の前で手を覆うように止める。
失恋話に限らず、幼いころやんちゃだったミシェルはとても令嬢らしからぬ見た目をしていた。
幼い経験から多少価値観がゆがんでしまい、自分の価値にいささか鈍感な所がある。
その恋愛観については胸の事に取りつかれる節がある。
このまま自分の話をつづけては、話が暗くなってしまうと思い、慣れないながらもミシェルから恋バナを振ってみる。
「ほかの皆さんはどうです?」
「私は幼い頃よりヴィンセント様の事をお慕いしております。」
「まぁ素敵。初恋を叶えられたのね。」
貴族の中で恋愛結婚できるだけでも幸運であるのに初恋まで叶えたエリザベスを本当に羨ましいと思う。
今更、あの時の護衛とどうこうなりたいとは思わないが。
「私は幼い頃より隣領に婚約者がおります。政略結婚ですので、恋かはわかりませんが、良い関係を気づいていきたいですわ。」
カナリヤは淡々と話す。
それでも、先ほどまでよりやや高くなった声やさまよう視線に、きっと良い関係を築いていることが伺えて微笑ましい。
「きっと、素敵なご夫婦になられるのでしょうね。」
そう言ったミシェルに、恥ずかしそうにカナリヤが頬を染めた。




