お茶会は楽しい?
茶会ではアナベラの右隣に席を用意されたミシェルが席に着いたのを確認して、参加している令嬢達からも自己紹介を受ける。
アナベラの左隣には緩くウェーブのかかった銀色の髪をハーフアップにした金色の瞳のアンフィー侯爵家令嬢シャーロット。
その隣には柔らかな茶色の髪を緩くまとめた茶色い瞳のマクスウェル伯爵家の令嬢マーガレット。
ミシェルの隣には、金色の髪をかわいらしく編み込んでまとめた茶色い瞳のウィステル伯爵家令嬢エリザベス。
その隣には鮮やかな赤い髪を下ろし、華奢な花の髪飾りをつけた赤い瞳のアンリム子爵家の令嬢カナリヤ。
ふとミシェルはアンリム子爵令嬢カナリヤと目が合った。
そういえばアンリム家については何も知らないなと思う。
茶会に来る前に、図書室や両親から情報収集を済ませてきた。
アナベラが普段行動を共にしている令嬢を出来る限り思い出し、領地や令嬢の社交場での好みなどを調べたのだ。
カナリヤがアナベラと共にいるのは見たことがなかった。
だから調べることができなかったのだなと思い当たる。
その時カナリヤがふと柔らかい笑みを浮かべてミシェルに小さく会釈した。
何故だか懐かしい気持ちになって、ミシェルも会釈を返したところで淹れたてのお茶が差し出された。
「・・・まぁ・・・きれい。庭園の草木のような緑色。」
好奇心の強いミシェルは好きなものが多い。
当然、珍しい者も大好きだった。
お茶と庭園を交互に見ながら意識はすっかり茶に移りうっとりとする。
冷茶用のガラスの器に淹れられたお茶は、カットされた模様の器の模反射も相まってキラキラと輝いている。
「ふふっ、本日のお茶は東洋から取り寄せました緑茶ですの。冷やしてもおいしく温かい季節にはよいでしょう。」
せっかくのお茶をまだ飲んでいないミシェルは、はっとして一口お茶を含む。
「・・・はい、とても爽やかです。それに甘みがあって良い香りが残ります。」
「気に入っていただけたようで嬉しいわ。」
美しい笑みで目を細めながら茶を語るアナベラをみて、ふと先日の東洋との国交条約を思い出した。
「ルインドベルグ外務大臣が先日東洋との条約をお纏めになったとか。おめでとうござます。これからは東洋との取引が盛んになりますね。このような貴重なお茶もいずれは流通するかもしれませんもの。私、楽しみです。」
「ふふっ、よくご存じですのね。わたくしも異文化を自国で嗜めるなんて楽しみですわ。」
ティーカップを皿の上に戻しながら、アナベラは微笑んだ。
正直な所、ミシェルは期待以上におしゃべりが上手そうだと思った。
まだ夜会に参加する年齢ではないものの、ミシェルほど高位貴族の令嬢なら幼いうちから茶会に参加することは多い。
茶会に参加しないというのは、参加させられないともとれる。
得体のしれない令嬢を個人的誘うというのは、目的があっても楽しいばかりではない。
これなら今日の茶会は楽しめそうだと、気分がよくなった。
「リンベール侯爵令嬢、いえミシェル様とお呼びしてもよいかしら。わたくしの事もアナベラと呼んでくださいませ。」
「はい、ありがとうございます。アナベラ様。」
まずは名前を呼んで良い程度には合格であった事をミシェルは素直に喜ぶ。
それを皮切りに同席している令嬢達からも、ファーストネームを呼ぶ許しが出た。
「そういえばミシェル様のドレス、とても素敵ですのね。」
ミシェルの向かい側に座るマーガレットは、食い入るようにドレスを見つめている。
それもそのはずである。
「ありがとうございます。オリエンタル模様をドレスの一部に刺繍いたしました。実はこれマクスウェル侯爵領の絹糸を使わせていただいてますの。絹糸の発色が素晴らしくって、とても素敵な仕上がりになりましたわ。」
実際ドレスは過度な装飾がなくてもとても目を引く仕上がりとなった。
出来上がった時、ミシェルもドレスの仕上がりに心が躍った。
マーガレットに答えるミシェルの言葉は心からのものであり、ほほを染めながら語る姿がとても愛らしい。
自領の名産品を心から褒めてくれるミシェルに、マーガレットは嬉しそうに目を細めた。
マクスウェル家は蚕の養殖が盛んで、絹糸をはじめとする繊維業が盛んだった。
その繊維業がここの所ふるわない。
隣国の品種改良された蚕からとれるシルクの質があがり、質が良く話題のシルクを貴族達は好んで求め始めた。
アナベラが今日着ている最高級のシルクも隣国のものだ。
しかし最近、マクスウェル領でも蚕の餌を変えることによって隣国の蚕に劣らぬシルクを作ることに成功した。
それをいち早く使用したのだ。
自国の製品であるので、もちろん値段は格段に安い。
「マクスウェル領の絹糸を使っていただけたなんて光栄ですわ。 ドレスのデザインも刺繍も、とても斬新です。 ミシェル様がデザインしたのですか?」
「私は、あくまでもデザイン雰囲気や方向性を言っただけですわ。 以前拝見した東洋の使節団の方が身につけられていたオリエンタルな柄の布が印象的でしたので。 自国のものはアラベスクやノルディックが多いでしょう。 植物柄もダマスクのような重たい柄が多いですし。 オリエンタルのあの流れるような繊細な花々の模様が素晴らしくって。 当家は商会を営んでおりますので、お父様と相談して商会のデザイナーに依頼しました。 ドレスも主流の裾にかけてふんわりしたものでなく東洋の伝統服に寄せた裾の一番下をを絞った形のマーメイドを発展させた形にいたしました。 少しつぼみのように見えますの。」
東洋との国交が盛んになり、しばらくすれば流行にオリエンタルが取り入れられるだろうと見越して、流行を先取りした商会の宣伝を兼ねてのドレスだ。
常に新しい感性で貴族たちに刺激を与える。
リンベール家は、流行りを生み出す側の人間。
その手腕は稀代の経営者と呼ばれる父と、いまだ社交界の華と呼ばれる母から譲り受け、身に付いたものであった。
令嬢たちは皆、ミシェルのドレスに夢中になった。
生地はどんなものを使用しているのか、デザイナーは誰か、刺繍を刺したお針子の卓越された技術だったり、つぼみのように設計されたマーメイドの形を作るために生地を何枚使用したのか。
質問に対してミシェルは出来るだけ詳細に話して聞かせた。
ミシェルが感じた喜びや感動を交えながら。
ドレスには存分な打算があった。
それでも実際にお茶会でのミシェルは、同じ年頃の少女達とのおしゃべりが楽しいと感じていた。
『同じ年頃の令嬢たちとこんな時間が過ごせるなんて・・・嬉しい。』
そんな時ミシェルの右横に座る令嬢に目が留まる。
ウィステル伯爵家の令嬢エリザベスは、令嬢たちのなかではふくよかな令嬢だった。
それでも気品のある佇まいで、癒されるような柔らかさのある令嬢だとミシェルは思った。
エリザベスの前に置かれた皿の上には、盛りに盛られた軽食とデザートが置かれている。
先ほどから、かなり弾んだ話の合間にきちんと相槌や質問をいれているが、その際の手さばきが素晴らしい。
皿の上の食べ物はものすごい速さで減っていく。
でも決してエリザベスの姿は下品ではない。
むしろ芸術的な食事作法だと思う。
ここでも好奇心の強いミシェルは目をキラキラと輝かせた。
両手を胸の前で合わせて、音が出ないように指先だけで拍手する。
それに気づいたエリザベスは頬を赤らめて、小さく会釈した。
「エリザベスはね私達の幼馴染でね。今度お兄様と婚約するのよ。」
アナベラの兄というのは、グレイグの側近の一人であり従兄弟でもある公爵家の嫡男ヴィンセントだ。
アナベラとは双子の兄妹でもある。
「それは、おめでとうございます。」
「二人は幼い頃から仲が良くてね。恋愛結婚をするのよ。」
返事をしたのはミシェルだけだったのを考えると、ほかの令嬢達は知っていたのだろう。
それに真っ赤になったエリザベスを、皆ニヤついて見ている。
しかし意外だと思う。
ミシェルにはグレイグやその側近達はカレンに惹かれているように見えた。
第二王子の恋人に手を出すなんて出来ないだろうから、諦めなければならないだろうが、恋愛結婚するならカレンのような女性を選ぶと思った。
細身で平均的な身長のカレンは、くるくると表情を変えハキハキとしてでも少し甘えた話し方をする。
その性格を表したような顔は、大きな目の眦が少し上がって猫のような印象を受ける。
一方エリザベスは、ふくよかで身長は小さい。
令嬢らしく表情は抑えているが、はにかんだ笑顔がとてもかわいい。
顔つきは優しく、目は大きくないものの眦は少し垂れていてリスのような印象だ。
まさに正反対の二人だと思う。
その時、先ほどよりも一段低く冷たくなった声でアナベラが問いかける。
「あら、意外だったかしら。」
ミシェルを見るアナベラの目は挑戦的にも見えた。
オリエンタルの意味合いは日本人ではなくヨーロッパ人の感覚で使用しています。
なので、日本や中国などの東洋が含まれます。
作中のオリエンタル柄は、アールデコ的なものとして使っています。
あくまで異世界という事で何でもありでお許しください。