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お茶会の招待状

 カフェテリアでの一件があってから数日、現状は何も変わっていなかった。

ところが、グレイグの婚約者と名高い公爵令嬢からお茶会の招待状が届いたのだ。


 「お嬢さま、お茶会のお誘いです。それもルインドベルグ公爵家からです。 いつの間に仲良くなられたんですか?」


 「公爵令嬢とは学年が違うから、仲が良いわけではないの。 だけど高位貴族のご令嬢と定期的にお茶会を開いて親睦を計られているらしいから、今回もそう言った理由で選ばれたのではないかしら。」


「そうなんですか? でもお嬢様ならきっとお茶会で人気者になられますよ。」


 無邪気に自分に友達ができるのを喜んでくれるメアリーに、ミシェルはチクリと心が痛んだ。

半分本当で、半分嘘の答えだったが、今はまだ本当のことを言う気にはなれなかった。

公爵令嬢のアナベラは定期的に高位貴族の令嬢と茶会を開いている。

これは本当のことだったが、それはただ単にアナベラの周りには自然と高位貴族の令嬢が集まるため、茶会のメンバーも高位貴族になったというだけの話だった。


 アナベラは、グレイグと同じ学年の生徒で、広い学園の敷地内ではミシェルとそうすれ違うこともない。

唯一、遭遇する場所は言えば学園内のカフェテリアである。

公爵令嬢であり、将来王子妃となることが噂されているアナベラの周りには、女性の中ではひと際大きい集団が出来上がっている。


 本来なら、侯爵令嬢であるミシェルには同じ規模の集団があってもおかしくない。

正にお手本にするべき令嬢、であったはすだが今のミシェルが手本にしたところで、ランチタイムを共にする人はいない。

茶会の話も教室やカフェテリアで聞こえてくる噂話を耳にしたに過ぎない。


 それほど縁遠い女性からのお茶会の誘いだ。

これがただの友人への誘いでないことは明らかで。

かと言って身分の下になるミシェルから断ることは滅多なことでは出来ない。

ならどうするかと、茶会の招待状の入った封筒を見つめ試案する。


 『いずれどうにかして現状を打破しなければならないんだもの。チャンスと考えるしかないわ。それに何か情報が掴めるかもしれない。』


 となれば準備は早いほうが良い。

ミシェルは、ランチタイムにアナベラの近くに座る令嬢たちの顔を出来るだけ正確に思い出すと屋敷にある図書室へと向かった。


 『後でお母さま達にドレスの相談をいたしましょ。』


 こうとさえ決めてしまえば、ミシェルは大変優秀でポジティブな性格をしていた。

足がかりになるかもしれないと一筋の光明を見つけたその足取りは軽やかだった。







 茶会当日、公爵家の執事に案内されてミシェルは庭園へと足を運ぶ。

公爵家自慢の庭園は丁度見ごろを迎え、色とりどりの花が咲き乱れている。

ミシェルはある花の前で足を止めた。


 「すばらしいわ。それにこの地方で咲くのは珍しいカラベラスの花まで。庭師の腕が見事ですのね。」


 「ありがとうございます。 当家自慢の庭にございます。 しかし、カラベラスをよくご存じでしたね。」


 「ええ。この国では珍しいですが、南の国では国花とされていますし、以前商人が見せてくれたカラベラスの花の色がとても鮮やかで、ずっと記憶に残っていましたの。」


 今日のためにオーダーしたドレスはラベンダー色だった。

ミシェルの金色の髪と深い海色の瞳によく映えるようにと。

ドレスの袖や裾、襟周りには金糸と銀糸の刺繍が施されて、太陽の光がうっすらと反射して美しい。


 ミシェルより十程、年の離れたまだ年若い執事は、花を見つめるミシェルの凛としたその立ち姿に、ほうと溜息をもらす。

自分が仕える家の庭園だけでなく、その庭園を支える使用人まで評価の言葉をくれた心遣いも嬉しかった。


 「リンベール侯爵令嬢はお優しい方なのですね。」


 日頃は余計なことは話さないと職務を徹底していた執事が思わず頬を緩めた。

その時、後ろにあるガゼボの方からガサッと音がする。

驚いたミシェルが振り向いくと同時に執事が視線の前に立ち頭を下げる。


「驚かせてしまい、申し訳ございません。 実は今朝から、のら猫が入り込んでしまいまして。今捜索させているのですが中々見つからず・・・・。 先ほどの音も恐らく猫でしょう。 リンベール侯爵令嬢をお席まで案内しましたら、直ぐにでも捜索を再開させます。」


 「まあ、猫ですか? 私、猫は大好きです。 どうやっても小さな生き物は入り込んでしまいますものね。 猫がいたずらすれば公爵家の皆さまが困ってしまうでしょうから、放っておくことは出来ないでしょうが、どうかお手柔らかにしてあげてください。」


 「はい、そのように。 では心行くまで庭園にてお茶をお楽しみくださいませ。」


 執事は優しい笑みを浮かべていた。


ミシェルは家令とあいさつを交わして、いざお茶会の席へと向かう。

茶会の席を見渡せば、規模は思っていた以上に小さい。


 『個人的な茶会なのね。人数は多くない。』


 膝を軽く折り、片手を胸の前へ。

もう片方の手で軽くスカートをつかみ、頭を下げる。

今日のドレスの仕様は、マーメイドラインを新たに改良したもので、両方のスカートをつまみ上げることは出来なかった。


 「ミシェル・リンベールでございます。お招きいただきありがとうございます。ルインドベルグ公爵令嬢並びに皆様、本日はお会いすることを楽しみにしてまいりました。」


 にこりと、大げさ過ぎず、でも人好きのする笑顔で挨拶し顔を上げる。

茶会の席には大きな丸いテーブルが置かれていた。

すでにアナベラとその友人たち5人の令嬢が座っている。

今令嬢たちはミシェルを品定めしているのだろう。


ミシェルから見てもアナベラは美しい。

一見冷たいとも感じる程整った顔立ちも、癖一つなく光を反射する漆黒の髪も、新緑のような緑の瞳も。

なにより計算されつくした服や装飾品はアナベラの美貌を余すところなく引き立てている。

 

 アナベラの絶対的な美貌で見つめられると自分のその内側まで覗かれいるようだった。

本当は帰りたくなるほど恐ろしい。

が、自分にはやるべきことがある。

何もしなければ、今のままあと3年も学園生活を続けなければならない。


 「ようこそいらっしゃいましたリンベール侯爵令嬢。今日は皆さんリンベール侯爵令嬢とお話したいと待っていましたの。どうぞおかけになって、今お茶を用意いたしますわ。」


 アナベラからは美しい笑みを浮かべながらの挨拶がかえって来る。

その言葉は好意とも敵意ともとれる。

が、周りの令嬢達を見渡す限りは雰囲気は悪くない。


 『品定めはまずまずと言った所かしら。』


 心のなかで、ほっと息を吐きながら美しい所作を心掛けミシェルは席に着いた。


花の名前は創作です。

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