おおきな溜息
ミシェルが入学してから、カフェテリアや庭園で第二王子達に睨まれることは、よくあることになりつつある。
『・・・私が一体何をしたって言うのかしら。「もーーーー!!」』
校舎から少し離れた庭園の一角は日当たりが悪く、昼休みにはあまり使われていない。
誰もいないことを確認してから、淑女らしからぬ態度で最後の部分だけ声に出して発散する。
周りに誰もいないことをもう一度確認して、ベンチに座りクタリと膝の上に乗せた手の上に額をつけるように倒れた。
学園の昼休みは一部のものを除いて学園内のカフェテラスを利用する。
お弁当を持参しているものや、食費を切り詰めているものは貴族の中にも存在する。
そう言った一部の人間は教室や庭園を利用している。
ミシェルもお弁当を持参して、一人になれる場所で食事をとろうかと考えたこともあった。
今いる場所は、一人でゆっくり食事できるスペースを下調べした時に見つけた場所だった。
しかし、そもそも根本的な問題があった。
お弁当を自分で持ち歩くのは貴族の習慣にない。
金属製のカトラリーや弁当箱は、それだけで重くかさばる。。
それに何よりも弁当を持ってくるためには、料理人に弁当を頼まなければならない。
これは、両親に現状を知られたくないミシェルには難しい。
若かりし頃の両親も、この学園には通っている。
人や物は幾分違うだろうが、その内情は同じはず。
ミシェルがわざわざ弁当を持っていけば、現状を勘ぐられかねない。
先ほどのカフェテリアでの一件のような、こじつければ失態になるかもしれない場合は今回に限り、侯爵家で厳しく行儀作法を身に着けたミシェルに過失があることはない。
学園に入学するまで、殿下や側近、カレンにも接点はなく、入学後も言葉を交わしたことはない。
殿下ご一行がミシェル以外にこの様な視線を向けているのを見たこともなかった。
ミシェルはこれが自分にのみ向けられた悪意であると確信を持っていた。
なぜなら、今ミシェルは一人ボッチだ。
学園は勉学の場であるとともに、社交の一旦を担っているのだ。
ここでの人脈は卒業後も活きる。
だからこそ皆必死で高位貴族や家業のパイプを太くするための人脈を作ろうとしている。
カフェテリアではそれが顕著に表れるのだ。
権力や財力や人脈を持っている家の人間の周りには多くの人が集まる。
ミシェルの家は侯爵家であり、実家のリンベール家は領地経営に力を入れており、直轄の商業団を持っている。
資金は潤沢で、他家からはリンベール家の領地経営の手腕を手ほどきしてもらえるなら、いくら払っても良いとまで言われている。
しかし学園の昼休みでさえ、ミシェルの周りに人はいない。
今だけと言わず、学園に入学して以来の2か月、常にミシェルは一人だった。
誰しも、自国の第二王子に睨まれている令嬢の傍にいてリスクを取りたくない。
自分だけでなく他の生徒達にもミシェルがグレイグに睨まれていると知られているのだ。
『これがまた結構抉られるのよね、一人って想像以上にさみしい。 私だって学園に入ったらお友達を作りたかったのに。』
ミシェルは頭をあげてぼんやりと空を見つめた。
『これではまるで私が悪役令嬢だわ。 なんの関係もないのに。 かと言って殿下の婚約者に内定していると言われているアナベラ・ルインドベルグ公爵令嬢は殿下達を特に気に留めていらっしゃらないようだけど。』
『今日も日記さんに書くことが一杯だわ。 友達もできないし、ましてや殿下に睨まれているなんて醜聞を他家の人間に話すなんてこと出来ないもの。 睨まれている理由も分からないし、お父様達をがっかりさせたくないし、誰にも相談出来ないもの。』
はぁぁ、とミシェルから大きな溜息が漏れた。