行くべきか行かざるべきか
ミシェルは路地裏で身を潜めながら、この後どうするべきか頭を捻っていた。
カレンが攫われた後、ミシェルは直ぐに男たちのあとを追った。
カレンには驚かされることばかりであるが、今しがた起こった事は今まで一番だろう。
ただし今回に限っては、カレンの仕出かしたというにはいささか語弊があったが。
驚きにミシェルは一瞬固まっていたものの、直ぐに気を持ち直した。
助けを呼ぶべきかとも思ったが、見失ってしまっては学園を出た後の捜索は難航するだろうと跡を追うことにしたのだ。
アランに気付いてもらえることを信じて、自分のハンカチに伝言を託して見つけやすい場所に括り付けてくることも忘れなかった。
が、冷静になって見ればアランはハンカチになど気づかなかったかもしれないと言う不安に駆られる。
カレンを攫った男たちは、学園内の人気のない場所や抜け道を熟知していた。
制服を着ていても、見覚えのない男たちはまず学園の生徒ではない。
学園に正規のルートで入ることは、そもそも出来なかっただろう。
貴族子女はおろか王族の通う学園の警備は厳重だ。
行きもこのように入ったのだろうとは思ったが、犯罪者であれ一介の市民が知るにしては学園内の細部を少々知りすぎているように思った。
学園には市民層の生徒もいるが、ほとんどが特待生で優秀な成績を維持するために勉強に明け暮れている。
それに学園内は広大で、学生が一人で学園の土地全部を詮索するのは相当な骨が折れるし、学園内を地形であれ人であれ、必要以上に詮索しているものには取り調べがある。
王族を害するためなら兎も角、一介の貴族をそれも男爵令嬢を害するなら、学園外の方が楽であったはずなのに。
カレンを攫った男達の背景を考えると、ミシェルは益々不安が募った。
アランが助けを呼んでくれることを前提に、目印として持っていたクッキーや私物を落として来た。
しかし男たちの通る道は見つけにくく、途中学園内にある下水道への入り口に入り移動してきた。
思ったより下水道は綺麗であったが、匂いは酷く動物の気配も感じ取れた。
出来るだけ私物や壁に少し傷をつけて目印を残したが、暗く分かりにくい。
見つけられないことも考えられたし、下水道に生きる動物たちが動かすリスクもあるだろう。
下水道以外に置いてきたクッキーについてもそうだ。
流石に人間が拾い食いをしたとは考えたくないが、動物たちに食べられたり風で飛ばされることもある。
考えれば考えるほど、ミシェルの不安は増すばかりだった。
城下町を通った時、商人の一人に短い伝言を頼んだ。
時間をあまりとれなかったし、商人も困惑していて伝言が届けられたかどうかも分からない。
ラッキーだったのは、荷馬車のスピードが遅かったことだった。
下水を出た後男たちは荷馬車に乗り込んだが、昼間の王都内の商業地に近い場所であったために賑わっており、スピードが出せなかった。
そうでなければミシェルが此処までついてこれることはなかっただろう。
王都を出なかったことは捜索範囲においてはラッキーだったと言えるが、もし出ようとすれば城下町の守衛がいる門を通る。
そうであったなら、ミシェルは守衛に助けてもらうことが出来た。
そのことが現状ミシェルを悩ませている問題でもあった。
誘拐犯の男たちが入った建物のすぐ後ろに川から引き込まれている用水路があったのである。
商業目的には使われていないようであったが、このあたりの市民が魚を取ったり農地に水を引き込んだり荷運びなどに使っていると見える古いボートがある。
厳重な王都の中でもこういった用水路の取り締まりはかなり緩い。
飲料用とはされていない川は狭いし、大規模な輸送は出来ない。
輸送範囲も限定されるので、使用しているのはほぼ王都内の最下層である市民達だけである。
もちろん王都の外に出る川の境には守衛がいるのだが、使っているのがほぼ顔見知りであるため取り締まりは厳しくない。
こういった配置は、ミシェルのリンベール領でも同様であった。
領地で遊びまわっていたころは、領民たちのボートに乗せてもらったこともあるミシェルには、ある程度の予想が出来た。
『もし、ダングラム男爵令嬢をボートに乗せて移動する気なら、王都を出るのは簡単かもしれない。助けを呼びに行くべきかしら。でも離れた隙にボートで移動したら・・・。でも私が見張っていたとしても、移動するとなったら私に何ができる!?』
ミシェルは自分の無力さに両方の手を握り合わせるとぐっと力を込めた。




