墓穴を掘る
「なっ、それは推測の話だろ!?」
「そうですわね、今は。でもリンベール家の令嬢は、私たち高位貴族の令息の縁談を決める際には必ず一度は名が挙がるでしょう。その令嬢が婚約者を決めていないどころか、候補者さえいないのよ。リンベール家は恋愛結婚で有名ですもの。そこへ今回のアラン様でしょう。リンベール家ではミシェル様の恋愛のお相手候補の一人と考えていてもおかしくないわ。それに今のミシェル様の状況では、彼女にお声を掛けられる強者もそうはいないし、このまま決まってしまうかもしれないわね。」
否定したくて声を上げたヴィンセントも、その可能性の高さに言葉を続けることが出来ない。
ミシェルには悪いとヴィンセントも思っているが、グレイグの行いが災いして--自分たち側には幸いとしてミシェルの周りに近づこうとする輩はいない。
であるが、それはこれまでのこと。
逆に言えば、今のミシェルに近づくものがいれば、とんとん拍子に事が運ぶ可能性がある。
「リンベール家やミシェル嬢に選ばれたとなれば、断ろうなんて思う奴そうはいないよね。」
「でしょうね。すでに婚約者や恋人がいるならともかく。その辺はリンベール家で調べているでしょうし。」
「アランが選ばれているかはともかく、選ばれさえすれば後は早いだろうしね。」
アナベラとアレンディスのやり取りにグレイグと側近の顔つきが変わる。
分かっていたことではあったが、ミシェルの周りに人がいないことに胡坐をかいていた節はあった。
「後手に回って皆に不快な思いをさせていることは分かっている。しかし状況が変わった。すぐにリンベール嬢に近づく事は出来ない。」
「状況が変わった?」
「ああ、少々きな臭い。だからアナベラ達には頼みたいことがある。」
なるほど、とアナベラは理解する。
いくら色事に明るくないと言えど、婚約者の茶会にいきなり乗り込んでくるのはグレイグ達にしては思慮に欠ける。
それは、相応の事が起こったということなのだと。
「説明してくださるのよね。」
アナベラの言葉にグレイグが一つ頷いた。
「あの男爵令嬢もなかなか役に立つものね。」
言ったのはアナベラであったが、件の男爵令嬢がグレイグに纏わりついていることを許していた経緯を聞いた全員の総意だった。
「というか、知らない間に命を狙われてたなんて、むしろ不憫と言ってもいいわね。」
「知らないって言うのは、幸せなこともあるのですね。」
愕然と言うシャーロットに令嬢達は頷き、マーガレットの言葉に不謹慎ではあるものの皆口元をほころばせた。
婚約者達の動向から、政治的に絡んだ話があることは分かっていたが、思っていた以上にスケールが大きく、かつそんな一大事に彼の男爵令嬢が謀らずも一役買っていることが信じられない。
正に奇跡的と言ってよかった。
「それではダングラム男爵令嬢に褒美を差し上げねばなりませんね。」
おっとりと話すエリザベスは、その態度とは裏腹に話の心理を良くつかんでいることがある。
令嬢達は言葉を発したエリザベスに注目した後、グレイグに視線を向けた。
件の男爵令嬢の話をすると、ついついその行動の突飛さに目が向きがちである。
しかし本来、囮と言う命がけの功労で王族の悩みの種を排除したとあれば褒章ものである。
ただ、彼の令嬢がそのことに何も気づいていないことと、王家の機密を敢えて話す相手ではないことで秘匿されている。
であっても、一つ間違えれば命はなかったかもしれない。
政に慣れ親しんだ為政家であったなら、何事もなく闇に葬っただろう。
それについてはアナベラを始めとする令嬢達も分かってはいる。
それでも今此処にいるのは政治など関係のない清廉な令嬢達である。
これをただ知らぬ存ぜぬで放っておくべきではないというエリザベスの声に、グレイグと側近はその佇まいを正す。
「分かっている。だからこそ事をなした後も、学園内では側に置き気を配った。事情を説明することは今後もできない。だからこそ、卒業後の婚家に便宜を図る予定だった。しかし、それはカレン嬢の日頃の行いから難航している。」
「まあ、彼女が貴族に嫁ぐのは難しいでしょうね。」
グレイグの褒章案に対し、アナベラを始めとした令嬢たちは納得する。
そもそも第二王子と懇意にしている令嬢に手を出すものもそうはいないし、何よりもカレン自身の他の令嬢に対する態度がまずい。
あれでは結婚後の社交は敵だらけで、夫人としての機能は果たせないだろう。
「では、平民の商家という線に切り替えられてはどうです?」
「その線で動いてはいたのだが、それも一筋縄ではいかない。それにそもそも便宜を図ること自体が立ち消えになりそうだ。」
そういったグレイグの声音は一層低く真剣なものへと変わった。




