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婿養子

クッキーの件でまだしょげている従弟を見て、アナベラはやはりこの従弟殿は優しすぎると考えていた。

もちろんこんな姿を見せているのは、周りにいる人間が自分にとって気の置けない人間ばかりであるからである。

普段ならば、一々と感情の機微を他人に見せるような真似はしない。

優しくとも優秀であることには変わりないのだから。


 しかしそれを差し引いても、グレイグは王には向いていないとアナベラは思っていた。

この従弟には冷酷さが足りないのだと。

現在の状況においてもバッサリと彼の男爵令嬢を切るなり、ミシェルの気持ちを考えすぎずに無理やりにでも踏み込めば、もっと早くにことは収まった。

グレイグにはそれが認められるだけの権力がある。


 それでも、グレイグはどちらの令嬢の感情も出来るだけ汲み取った上で行動したいと考えている。

それが一人を増長させ、もう一人を良く分からない迷宮へと送り込んでいるのだが。


「それで実際の所、ミシェル様はアラン様とはどういった関係なの?」


呼ばれてもいないのに茶会に勝手にやって来たグレイグたちは現在、婚約者達と良好な関係を築いているわけでは無い。

それぞれの関係性の中で、それぞれ微妙な不和を生じさせている。

そんな中、無神経にもやって来た婚約者達を少し懲らしめてやるつもりでいた。

が、これ以上婚約者達をいじった所で時間の無駄だと判断したアナベラは、本題に入ることに決めた。


「助けてもらっただけみたいだったわ。あの件以外で接触したことは無かったみたい。フェイス伯爵令息のお花も嬉しそうにはしていたけど、貰って驚いていたし。」


 マーガレットの報告を聞いたアナベラは、あごに人差し指を軽く当てて少し逡巡すると、やはり答えはあれしかないと一つ頷いて口を開いた。


「じゃあ、やっぱりその時アラン様がミシェル様を見染めたってことかしら。」


「おい見染めたって、まだ分からないだろう。」


「あら、それはアラン様の態度を見ていないからそんな事が言えるのよ。」


 アナベラの発言にグレイグを気遣うヴィンセントは焦った調子で嗜めようとようとしたが、アナベラの態度は変わらない。

肝心の所で従弟を気遣ってしまう側近たちには、恐らくグレイグに止めを刺すことは出来ない。

でもそれでは今までと変わらない。


「本当にあの時は吃驚したわ。お昼休みに私たちの席へやって来たアラン様が、ミシェル様の様子を聞いて来たの。本当に心を痛めていらっしゃったわ。でも私たちもよく分からなかったから、マーガレットがお見舞いに行くことになっているって言ったら、家からお持ちになってた花束を託されたのよね。」


「流石フェイズ家って感じの花だったわね。アラン様自身で花を選んで包まれたって聞いたときは、関係ない私でもときめいたし。」


「わかるわ。フェイズ伯爵令息のいつもの知的で物静かな感じから一転して、情熱的で女性への気遣いあふれる振舞い。物語の一ページでも見ているようだったわ。」


「とても可愛らしい花束でしたわよね。アラン様にあのような才能があったなんて驚きでしたわ。しかもお見舞いに相応しい優しくて甘い匂いのお花で、まるで高級なお菓子を頂いているようでしたわ。」


 代わる代わる他の男を褒める婚約者たちに、男性陣の顔色が悪くなる。


「エリザベス、そんな君も可愛いけど、花を食べ物に見立てるのはどうだろう。」


 この中では比較的、関係性にそれほど亀裂を生じさせていないヴィンセントがエリザベスに突っ込みを入れる。

当のエリザベスはきょとんと首を少し傾けている。

これを皮切りに他の男性陣も声を上げた。


「ときめいたなんて大袈裟じゃないか? 私たちだって花位プレゼントしたことがあるだろう。」


「そうだよ。花なんて珍しくない。」


 焦っているくせに余裕ぶった顔をしてエイデリッヒとレオニールが意見する。


「エイデリッヒにこの良さはきっとわからないのね。本当に素敵だわアラン様。」


「私もそう思うわ。本当に素敵。」


 ねー、と良い笑顔で微笑みあう二人は年頃の少女らしい無邪気さを感じる。

横で婚約者達の苦渋に満ちた顔を敢えて無視していなければ。


 元々は自分の身の上で起こった事が原因で、側近達と婚約者が不和を生んでいることを良く理解しているグレイグは、何とか流れを変えようと咳払いをする。


「それより、明日はリンベール嬢は学園に来るのだろう? 何か手助けが必要なことはないか?」


「本日はまだお体が痛むようでしたが、明日は問題ないだろうと仰ってました。何よりも明日はクッキーと刺繍を自ら刺したハンカチをフェイズ伯爵令息にお渡しになるようですので必ずいらっしゃるかと。」


「し・・・刺繍!!? それは、初耳だが!?」


「プレゼントするために沢山練習なさったそうです。なんでもリンベール夫人がいたく乗り気だそうで、礼を尽くせと仰ったとか。」


 敢えて少し言葉足らずに報告をするマーガレットは、紅茶の入ったカップを手に取り口の前へと持っていくタイミングで、ちらりとアナベラの方を見る。

アナベラは顔や視線を動かすことなく口元を少しだけ綻ばせた。


「ミシェル様はまだ婚約者がいらっしゃらないものね。アラン様とは同じクラスで共に学ばせていただいておりますが、穏やかでとても優秀な方ですわ。お家柄も問題ありませんもの。リンベール家が婿養子と考えてもおかしくありませんわよね。」


 アナベラの言葉で、サロンはシンと静まり返った。

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