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気まずいカフェテリア

ミシェルが学園に入学をしてから、たった2か月。

その短い時間に、すでに学園内を賑わす話題があった。

 

一つ上の学年には王国の第二王子が在籍している。

その第二王子が、ある少女と仲睦まじげにしているのだ。

栗色のふわふわした髪をハーフアップにしてリボンで結び、青みがかったグレイの瞳をキラキラとさせながら第二王子を見つめ、寄り添いながら歩く少女の姿を学園内で見たことのない者はいない。


 少女の名はカレン・ダングラム。

ダングラム男爵家の庶子で、最近妻を亡くした男爵がカレンと母親を迎え入れたと言う。


 「グレイグさま~、今日クッキーを焼いてきたんです。みんなで一緒に食べましょう。」


 「カレンは今日も元気が良いのだな。張り切りすぎて転ぶなよ。」


 学園の昼休み、カフェテリアに向かう生徒たちの中にひと際目立つ集団がいる。

くつくつと笑いながらカレンに語り掛けるのは、この国の第二王子グレイグ・イングラム。

カレンを見つめる瞳は優しい。


 学園内では身分は関係なく等しく学び、生活を送ると言う建前はあるものの、鵜呑みにしてはいけないと言うのが暗黙の了解であった。

グレイグには、学友兼側近が常に侍り誰でも近づく事ができる訳ではないのだ。

今も、グレイグのすぐ側には従兄弟に当たる公爵家の嫡男、聡明と噂の宰相の次男、同世代向かうところ敵なしの騎士団長の嫡男、外交手腕に定評のある伯爵家の三男がいる。

であるにも拘わらず、側近はカレンが王子に近づく事を当たり前に許しているし、側近達とも親しそうに話している。


 これには当然、学園に通う学生のうち女性たちが目立って騒ぎ立てた。

自分たちが近づきたくても近づけない相手を特定の少女、しかも自分たちより身分の劣るものが当然のように接している。

しかも第二王子には、婚約者に内定している令嬢がいる。 

側近達にもである。


 これに対し、カレンに直接注意をするもの、陰口をたたくものが出始めた。

しかし、男爵令嬢であるカレンを含む当事者達はどこ吹く風だった。

これが余計にプライドの高い貴族の令嬢を煽っていた。


 ミシェルは思った。最近巷で流行っている、王子と平民の少女が惹かれあい結ばれる恋愛小説のようだと。

ヒロインはカレン、悪役令嬢は第二王子の婚約者に内定している公爵令嬢で、取り巻きは公爵令嬢の友人。

自分など同じ学園に在籍していても、小説の中に登場するモブですらない。


 であるのに今、まさに今、自分は睨まれている。

その事実にミシェル冷や汗が止まらない。

この国の第二王子にである。




 ミシェルが昼休みにカフェテリアを利用しようとした時。

すぐ傍から、弾けたような楽しそうな声音が響いた。


 「私、この学校の制度って素晴らしいと思うんです。ここではみんな平等じゃないですか。

高い教育を受けて、いずれ平民も下位貴族も高位貴族のように豊かに暮らせる世の中が来れば良いと思うんです。」


 カレンの弾んだイキイキとした声は良く通る。

特に紳士・淑女教育を受けた生徒達の中では。

傍を通った時に不意打ちに近い形でそれを聞くことになったミシェルは驚きカレンを凝視ししてしまった。


 カレンの言う事はある意味間違ってはいないとミシェルは思う。

いずれそんな時代が来るだろう。

しかしそれはずっと先の未来だ、ミシェルが生きている間の話ではない。

平民に貴族と同じだけの知識や技術を身につけさせるためにはお膳立てが必要だ。

つまり金がかかる


 この学園でも貴族子女だけではなく、平民の優秀な生徒が奨学金で通っている。

平民にも教養の高いものを作り、ゆくゆくは平民街に王立学園と同レベルの平民向けの授業内容のカリキュラムを組む学校を設立し、教師も平民で賄うという政策はある。


 でも実際には、学校に子供を通わせる余裕のない平民の家は多い。

家業の手伝いや、家計の担い手として必要とされている子供も多い。

学校を出ても、それを活かすだけの職の数が平民には多くないことも問題だ。


 平民の学園卒業者の数が少ないからこそ、希少な平民向けの高給職が手に入るのである。

もし今そんな制度をとれば民衆は混乱し、結局力のあるものが権力を掌握してしまう。

それでは意味がない。

政策は緩やかかつ、適宜進めなければならない。

でなければ、民衆の混乱だけではすまず、下手をすれば貴族の権利や職を侵害し、国を挙げての暴動が起きる可能性もある。


 それでも時代の流れは民主化の兆しを見せ始めている。

いつまでも貴族で権力を握り続ければ、いずれ他国に国力で劣り敗れる時が来るだろう。

国を挙げて地力を高めなくてはならない。


 しかし、現時点ではこの政策は貴族にとってのメリットはほぼ無い。

貴族には領民を守るという重い責任はあるが、それを上回る優遇がある。

矜持の問題も大きい。

没落している貴族だとしても、貴族をやめたいというものは滅多にいないだろう。


 だからこの問題は近年必要であるとされつつも、貴族側からは決して推奨されてはいない、非常に繊細な政治的問題となっている。


 それにカレンは男爵家であっても貴族だ。

しばらく前まで平民として過ごしていたとしても、今は自ら男爵家に入ることを選んでいる。

カレンの周りにいる人間たちに関しては、将来国の中枢を担う人材でもある。


 それがこの貴族中心の学園で声を張り上げ民主化を訴えている。

少なくとも、ここでする話ではない。

それにカレンが、政治的な意味合いを理解して語っているとも思えない。

ただ平等で良いなと言いたいだけだろう。

周りを見渡せば顔を顰めている人間も多い。


 だからミシェルがカレンに一瞬、気を取られてしまったのは無理もない話でもある。

貴族の令嬢として、いかなる時も冷静にとは教えられてはいるが貴族もただの人間だ。


 『あまりに急だったから、顔に露骨に出ていたかもしれない。周りには殿下達もいらっしゃるのに。』


 心の中で溜息をついて、ミシェルは反らした顔をもう一度カレンに向けて確認した。

そのときだった。

心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚える。


 黒髪青目の精悍な顔をした、美しい青年の鋭い瞳がミシェルを見据えていた。


 『まただわ。殿下がこちらを睨んでらっしゃる。それに側近の方たちも良い顔はされていない。カレン様もなんだか不機嫌になったみたい。』


 だからと言って既に目を合わせてしまっている、このままという訳にはいかない。

震えそうになるのを抑え、気力を振り絞って挨拶の形をとりその場を去る。

せめてその姿だけは醜くならないように、姿勢をぴんと伸ばし一番きれいに見えるように教育された美しい態勢をとって。


 『殿下から話す許可を得られていないことがせめてもの幸いね。これで挨拶を申し上げなければいけなかったら声が震えていたもの。これ以上みっともない醜態をさらせないわ。』


 去り際に見える周囲の好奇の視線のさらされながら、ミシェルはマナー違反にならないように気を付けながら足早にその場を去った。


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