青春とはなんぞや
瞳を忙しなく動かしながら、しどろもどろとカレンが言い訳をする。
「ミシェルさんのことなんて知りません!! ・・・カレンは・・ミシェルさんに責められて、・・・だから・・よく分からなくなっただけです。」
明らかに怪しいなとミシェルは思った。
しかし、ミシェルもカレンの事を今まで何も知らない。
共通点などあっただろうかと考えて、やっぱり思い当たらないなと結論に至った。
少なくとも、ミシェルが知っていることは無い。
そこへ、校医を伴ったレオニールが入ってきて、殿下に会釈するとカレンに向かって話し始めた。
「カレン嬢、休み時間に事情を聞きに行くと言ってあったでしょう。何故こんな所にいるんです?」
レオニールは怒ってこそいなかったが、約束を--事情聴取と言う、公的な決まり事を守らなかったカレンに、僅かには不快感があるであろうことは、よく知らないミシェルにも分かった。
であるにも拘わらず、日頃行動を共にしているはずのカレンは、助け船でも来たと言うようにレオニールに駆け寄り、その背に半身を隠すようにして彼の腕を掴みながら上目遣いにレオニールを見つめた。
「カレンはグレイグ様が心配だったんです。」
「殿下は何も心配されるようなことは無いよ。もしあった場合も君が心配するようなことでは無い。」
「えー、カレンだって心配ぐらいしますぅ。カレンは、グレイグ様やレオニール様達みんなの事を、いつでも思ってますよ。」
「・・・そうですか。では、もうすぐ授業が始まってしまいます。このままでは遅刻してしまいますので、教室に戻りましょう。事情は次の休み時間に伺います。必ず教室にいて下さいね。」
先ほどまで、グレイグのもとを絶対に離れないとでも言うように纏わりついていたのではないのかとミシェルは思う。
今はもう、それを忘れて一生懸命レオニールにアピールする移り身の速さに感心するほかなかった。
休んでいる最中にお騒がせしたと一言謝って、カレンの背を押すようにしてレオニールが保健室を出て行った。
「では殿下、そろそろリンベール嬢の診察をいたします。そろそろ殿下も教室にお戻りください。」
初老の校医にニコニコとそう言われたグレイグは、名残惜しそうにミシェルを見てから、ではまたと残して教室へ向かった。
「若いと言うのは、いいものですなぁ。」
「はあ。」
顎鬚に手をやりながら、懐かしい者でも見るようにミシェルをみる校医にミシェルの居心地は悪くなった。
『絶対、私と殿下の関係を誤解しているわね。婚約者のいる王子様に別に恋人がいて、そこへまた別の女性が恋愛がらみで現れるのは、絶対にいいものではないと思うけど。』
何とも言えない表情で見上げていたミシェルを、この校医は仙人のような笑い声をあげて笑った。
「では診察を始めようか。」
楽し気な校医は、ミシェルを一通り診察すると、ふむと言うとミシェルに目を向けた。
「体に痣が数個。相当強く転んだようだ、災難だったね。しかし、頭は打っていないし、痣は数日で治るだろう。今日は大事をとって帰りなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
早退して帰るとなると、家の者たちは騒ぐだろう。
上手く説明しなければ、さっきグレイグに大事にしないと言った約束が守れない。
しかし、一人で歩けるとしても、動き回るには体が辛かったし、何よりも先ほどカレンへの仕返しに大袈裟に気絶したのだ。
学園内を今歩き回れば、人目を引くことは間違いないだろう。
『帰るしかないわね。』
しばらく考え事をしていたミシェルに、保健医は別の事を思ったらしく話しかけた。
「心配することは無い。教師達には私から話しておくし、馬車も手配するからね。それまで私が特製の茶を入れよう、栄養価の高い茶だから是非飲んで帰ってくれ。」
心配していたことでは無かったが、何となく自分の祖父を思い出しミシェルは温かい気持ちになった。
「ありがとうございます。」
ふふふと笑うミシェルに、保健医は思い出したとばかりに口を開いた。
「そういえば、君が巻いていたハンカチ返しておこう。」
渡されたハンカチは、アラン・フェイズ伯爵令息が巻いてくれたハンカチだった。
ハンカチは白く、端にワンポイントの刺繍が施してある。
家紋だろうかとミシェルは思った。
『血が着いちゃったな、取れるかしら? でもこの刺繍、とっても上手ね。小さいけど凝っているし、女性からの贈り物かしら? 大切なハンカチじゃないといいけど。』
しげしげとハンカチを見つめるミシェルに、校医は茶を出しながら、またもやなにを思ったのかにこにこと懐かしそうにした。
「青春だねぇ。」
「・・・はあ。」
「その家紋はフェイズ家のものだろう。いま学園に在籍しているのはアラン君だったか。そして殿下も、いらっしゃったし。両手に花じゃないか。」
ふぉふぉふぉと笑いながら、校医は楽しそうに話したが、話している内容はミシェルにとっては、とても笑える内容ではない。
「心臓に悪いこと言わないでください。」
少し顔を赤らめて心臓に手を当てながら話すミシェルに、校医は更に笑いを深めた。
「こんなことが許されるのは学生のうちだぞ。それに私くらいの年になってくると、心臓が早鐘を打ったらお迎えのサインかもしれんし、顔が赤くなったら血圧以上かもしれん。とても楽しめる状況ではなくなる。」
一体なんの話なんだと出された茶をすすったミシェルは、あれと思う。
「変わったお茶ですね。」
「私が作った茶なんだが、口に合わなかったかな?」
「いえ、そうではありません。若葉の良いにおいがしますが、少し薬のような匂いもします。」
「これはパロビウムという植物から作った茶なんだ。山なんかにはよく生えている木でね。東洋では漢方の薬にも使われているのだよ。特別な抽出方法を使うと興奮剤になるんじゃ。」
興奮剤ときいて、ミシェルは驚き口に手を当てて茶を見る。
茶はすでに半分ほど飲んでしまっている。
学校だからと気を抜いて、良くわからないものを迂闊に口に入れてしまったと、顔を蒼褪めさせた時。
「ふぉふぉふぉ。大丈夫だよ。これは普通に発酵させた茶葉を煎じているだけだからね。ただの栄養価の高いだけの茶だ。それにこれで作る漢方の効果は緩やかで、長く起きていたいときや、集中したいときによく使われるそうだ。」
盛大に笑った校医は、いたずらが成功した後のような顔をしている。
茶の残りを一気に飲み干すと、馬車を呼んで来ようと保健室を出て行った。
「いろいろと揶揄われたのかしら? それにしても変わったお茶、でも私は結構好きかも。商会で取り扱ったら売れるかしら。それにこの匂い・・・嗅いだことがあるわ、どこでかしら? 山に生えていると言っていたし、町のどこかにも生えているのかも。 だとしたら、原料の入手は簡単かもしれないわね。」
変わった茶に商売の匂いを感じたミシェルは、馬車を待つ間茶の入手経路や販売経路についてあれやこれやと頭を悩ませた。
植物名は創作です。




