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話の通じない女

 突然やってきたカレンは、言葉を言い終わらないうちにグレイグの側によると、グレイグの腕に自分の腕をからませた。

うっとりと微笑みながらグレイグを見つめたカレンは、頬を染め瞳を潤ませた。

二人はまるで、おとぎ話から出てきた一対の恋人たちに見えた。


 ・・・この状況でなければ。


保健室は消毒液の匂いがするし、すぐそばのベッドにはけが人が寝ている。

しかも、カレンがケガをさせた。

これが人に悪いと思っている人の態度ですか、とミシェルはグレイグに尋ねたくなったが、ただの嫌味になるのでやめた。


 「カレン嬢、むやみに異性に触れるのは感心しない。」


 そういうとグレイグは、自分に絡めているカレンの手を引きはがした。


 「えー、カレンはグレイグ様が心配でぇ。」


 「君が心配するのは私ではなく、リンベール侯爵令嬢だろう。」


 思っていたより真面なことを言うグレイグをミシェルは意外だと思う。

てっきりカレンの言う事なら、なんでもホイホイ聞いてしまうのだと思っていた。鼻の下を伸ばして。

グレイグに窘められたカレンは、頬をぷくっと膨らませて見せたが、通用しないとみるとミシェルの方に振り向いた。

一瞬ミシェルをキッと強く睨んだかと思うと、急に眉尻を下げて媚びた声を出す。


 「ミシェルさん、ごめんなさい。・・・私の勘違いだったの。ぶつかって驚いて気が動転してたから。私、平民で貴族のことはよく知らなくて・・・だから私の事をよく思わない令嬢の嫌がらせだと思ったの。」


 グレイグがカレンを窘めたことは意外に思ったが、カレンに関しては日頃見る通常運転だと思う。

グレイグに言われなければ、謝る気もなかっただろうし、謝っている内容が事実に基づいているとも思えなかった。

恐らくはグレイグに対する点数稼ぎと言った所だろう。


 「別に構いません。貴族法の則るなら、男爵家に賠償金や接触禁止の命令が出てもおかしくありませんし、ダングラム男爵令嬢も学園を退学になってもおかしくありません。ですが、令嬢が貴族社会に不慣れであることは皆知っております。少しずつ知っていけば良いのです。今また一つ、勉強されました。次に同じことが無いよう気を付けていただければ、今回は私の胸に収めておきましょう。」


 実際、貴族の階級に対する住み分けは徹底している。

男爵家の人間が侯爵家の人間に被害を負わせた場合は、多大な賠償を行わなければならない。

これは格下の貴族への罰ではあるが、格上の貴族を怒らせて潰されないようにする保護の目的もある。


 それに学園内は平等といっても、運営するのは貴族であり、内部で暴走する生徒の芽は早めに摘まなければ自分の身が危うくなる。

素行の悪い生徒をいつまでも置いておくような真似はしない。

だからこそグレイグはカレンの身を案じて、ミシェルに大事にしないように頼みに来たのだ。

本人は王族に頭を下げさせていることも知らずに、独りよがりな言い訳を展開しているが。


 カレンの言い訳を聞いて、反省していないどころかチャンスがあれば、またやるのではないかとミシェルは危惧していた。

ミシェルは次に同じようなことをすれば容赦しないと分かりやすく説明したが、カレンはちゃんと分かってくれただろうかと観察するために目をやった。


 「ば・・・賠償金に退学だなんて、学園内はみな平等なはずです。 それにぶつかったのはお互い様でしょう? ミシェルさんもやっぱりカレンを平民と馬鹿にしているのね?」


 あくまでミシェルの言った事例は故意でない場合に限り、故意であるなら更に重い処罰が下ることは免れないのであるが、大げさな罰だとでも言いたげにカレンは主張した。


 「こう見えて私、平民のお友達はたくさんいますのよ。彼らは皆、常識的で真面目で勤勉です。平民という理由は何も蔑むことではありませんのよ。」


 ミシェルはカレンが言う平民だから蔑まれていると言う言い訳が嫌いだった。

本当にそんなことがあれば問題であるのは分かる。

実際貴族と平民の間に、そう言った感情があることも知っている。


 だがミシェルの知る平民たちは、他人の婚約者に纏わりつくのを良しとしないし、人を貶める事を当たり前にもしない。

真面目に働き、生きていくのに必要な知恵を学びながら懸命に生きている。

何処にでも例外はいるが、そう言った輩は平民の間でもつま弾きにされるだろう。


 それなのにカレンはいつも非常識の言い訳に平民を使う。

貴族たちは平民について多くは知らない。

カレンの使う言い訳が、他の平民を貶めていることは間違いがなかった。

この学園にも平民の生徒はいる。

カレンよりずっと上手くやっているだろうが、彼らも肩身を狭くしていることだろうと思う。

 

 「なら、なんでそんなこと言うんですか? グレイグ様ぁ、カレン怖いです。」


 言っている意味の半分も理解してくれないカレンにイラつきを覚えるが、恐らく何を言ったとしてもこれ以上のことは言わないだろうなと思う。

この猫なで声が、この令嬢の普段の姿とも思えなかったが、グレイグがいるこの場所では、これ以上のメッキを剥がすことも難しそうだった。


 本来なら、手本としてまずグレイグに毅然とした態度をとってほしかったが、それが出来たら今こんな状況になっていないかと、ちらりとグレイグの方を伺う。

意外なことに、グレイグは真剣な顔をして、二人の言動を見ていた。

カレンに同情的にも見えない。


 「カレン嬢、リンベール侯爵令嬢の言う事は正しい。学園が平等を謳っていても、それがすべてではない。君は平民を差別しているというかもしれないが、そうではない。もしここで完全に階級を取り払ってしまえば、高位階級に当たるものの命に関わることすらあるからだ。それが秩序を生み、平和が保たれる。何事にも意味があるのだよ。」


 「・・・じゃあ、カレンが危険に晒されたら、誰が守ってくれるんですか?」


 「正しく学園生活を送っていれば、君が狙われることはないよ。」


 「でも、カレン今までも令嬢達から悪口言われたり、嫌がらせされたりしていますっ。」


 「カレン嬢、言っただろう。正しく生活していればと。君は男爵令嬢として生きる道を選んだ。だから貴族の令嬢としての生き方を学ぶんだ。学園生活が全てではない、卒業後も人生は続く。君はこの学園で皆と上手く生きていく方法を学ばねばならない。そうでなければ、卒業後に君は貴族として人生を歩んでいくことは難しいだろう。」


 グレイグの厳しい意見に、ミシェルは瞠目していた。

視界の端で、カレンが同じような表情をしている。

今まで、グレイグや側近たちがカレンを諫めているのを見たことはない。

そんなによく知っているわけでは無かったが、カレンを正しく導く人がいたなら、カレンはここまで自由な生活を、少なくとも学園では送っていなかっただろう。


 「グレイグ様は、カレンが嫌いですか?」


 カレンは見開かれた目を細めて、瞳一杯に貯めた涙をあふれさせようとしていた。


 「そういう事ではないんだよ。君に苦言を呈していた令嬢達も、やり方は正しいとは言えなかったが、彼女たちの意見には一理あった。君はそれを理解しなければならない。貴族として生きていきたいのなら。」


 カレンはとうとう瞳から涙を幾重にも流していたが、諭すグレイグの顔色は変わることはなかった。


 『この二人って、ほんとに恋人なのかしら? まるで近所の面倒見のいいお兄さんと出来の悪い子供みたい。』


 こてりと小さく首を傾げて二人を見ていたミシェルを、次の瞬間鋭い眼光が睨みつける。

先ほどまで、哀れに歪めていた顔をミシェルに向けると、カレンは怒りの矛先までもぶつけようとしていた。


 「ミシェルさんのせいですね! あなたが何か言ったからグレイグ様がこんなことを!!」


 まるで一遍の曇りなどない清廉な人間であるかのように、カレンは正義はここにあるとでも言うような瞳でミシェルを見た。


 『この人、自分が何をしているか、まるで理解しようとしていないのね。自分の世界だけがすべてなんだわ。だから自分が何をしても反省しないし、当たり前のように正義を振りかざせる。』


 グレイグがミシェルは関係ないと説明しているが、親しい間柄であるグレイグの話でさえ、まともに取り合おうとしていない。

こうも言葉が通じない相手に、一体何を言えば理解するだろうと思う。

学園に来てからミシェルにはどうしようもない、分からないことばかりだった。

日記さんは良い友達ではあるが、自分の世界にいつまでも逃げ込むのはミシェルの性には合っていない。

分からない、どうしようもない、はそろそろ卒業したいと心から思った。


 「・・・どうして、そう思うのですか?」


 「何がよ。」


 「どうして私が殿下に何か言ったと思うのですか?」


 「だって、それ以外に考えられないじゃない。今までグレイグ様がこんなこと言ったことないのに。」


 たかがそんな理由で、よくも人にこんな目を向けるものだとミシェルは呆れる。


 「私は今朝までダングラム男爵令嬢とは、一言の会話をしたこともありません。殿下にしても昨日のランチで少しばかり会話をさせて頂いただけです。私に貴女を貶める理由がありますか? 私より遥かに貴女と親しくされている殿下が、私の話を重んじて貴女を諫める理由がありますか?」


 「だったら、何で私にグレイグ様が注意したりするのよ。」


 質問に質問で返さないで欲しいと思う。

今それを聞いているのはミシェルの方なのだから。


 「それこそ、私に関係あるとは思えません。」


 いい加減、堂々巡りの会話に嫌気がさして、会話する声音が冷たくなる。

表情自体は変えてはいないが、その瞳にも冷たさが宿る。


 「なっ・・・、なんなの! あなたが悪いんでしょ! カレンの邪魔ばっかりするから!!」


 「邪魔とは一体、何のことでしょう?」


 はっとしたカレンが自身の口を両手で塞いだ。


 「カレン嬢・・?」


 大した会話ではなかったが、それほど接点のないミシェルに対するには余りにも激しい表現だった。

だからこそグレイグは今、カレンを訝しげに見ている。


 「君はリンベール侯爵令嬢を以前から知っていたのかい?」

ストックが尽きたので、更新が停滞します。すいません。

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