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足音再び

 どうしてこうなったのか・・・。


 今ミシェルは学園の保健室で寝かされている。

その横には、なぜか第二王子であるグレイグが付き添って座っていた。


 グレイグは親しい身内を心配するように、ミシェルのケガをしていないほうの手をぎゅっと両手で握りこんでいる。

 もう授業はとっくに始まっていて、早く授業に行ってください、とミシェルが心から神様にお祈りしているが聞き入れられていない。


 起きれば良いだけだが、このグレイグとの気まずい状況を乗り切れる気がしなくて、ずるずると引っ張ってしまっていた。


 「・・・すまない。」


 ミシェルの手をぎゅっと握ったグレイグは、悲しみのこもったような声音で小さく呟いた。

ますます目を開けにくくなったミシェルではあったが、握られた手のぬくもりと極度の緊張から手汗を掻き始めている。


 『ムリムリムリッ、起きたくないけど、もう限界。』


 意を決して目を開けると、予想に反して目の前のグレイグの目は悲しそうな、優しそうなそんな目をしていた。


「「・・・・・・・・。」」


お互いに目と目を合わせたまま、何か話そうと思うが言葉は出ない。

手を握り締められていることを思い出して、ミシェルはグレイグの両手から自分の手を引き抜いた。


 「・・・・すまない。」


 目を伏せたまま呟いたグレイグに、また謝ったなとミシェルは思った。


 「体の方はどうだ?」


 「ご心配頂き、ありがとうございます。 まだ痛みますが、一人でも動けそうです。」


 あの後、心配げにミシェルを呼ぶ伯爵令息から、強引にミシェルを奪って保健室に連れてきたのは、紛れもなくグレイグだった。

カレンに体当たりされて地面に打ち付けた体は、時間がたった今の方が重くだるい。

一人で動けると言うのは嘘ではないが、この気まずい時間を終わらせたいのが気持ちの大部分だった。


 「カレン嬢のことだが・・・。」


 「はい、なんでしょう。」


 「本人も申し訳ないことをしたと思っている。許してやってくれ。」


 「はあ。」


 嘘つけとミシェルは思う。

他の人には気づかれていなかったかもしれないが、ミシェルはずっと起きていた。

だからあの後のカレンの態度も、声だけではあるが知っている。


 ミシェルが気を失ったふりをしてすぐ、周りに集まっていた生徒たちは騒然となった。

ミシェルを心配する声、カレンがミシェルにぶつかりに行ったことを話す声、自作自演だとカレンを嘲る声。

中には、ミシェルが本当にカレンにぶつかったのかと疑う声もあったが、目撃者が多数いたためすぐに消えた。


 対するカレンは、ひどく焦った声で自分こそ被害者だ、自分もケガをしていると散々言い訳した。

グレイグに任されたレオニールが、あとで目撃者に平等に事情を聴くと言った後は、それは見事に狼狽えて私を信じてくれないのかと、しきりに情に訴えていた。

が、状況的にも元気過ぎると誰も取り合わず、大した労力を掛けずして勝利したことをミシェルは悟った。


 グレイグがミシェルに付き添っていた理由は、カレンのしたことをもみ消すためかとミシェルは納得した。

あんなことがあった後でもグレイグは、よくできた令嬢であるアナベラよりもカレンが良いのだろうかと本当に訝しく思う。


 『人の趣味にあれこれ言うのはどうかと思うけど、ずいぶん趣味が悪いのね。』


 ミシェルだって人の事を悪く言いたいわけではなかったが、人にわざとケガをさせたり貶めたりするような人間をどうやっても受け入れられない。


 「殿下が気に病まれることはありません。 そもそも殿下が謝られる必要がありませんし。 それに私も大事にはしたくありません。 ですので殿下が心配されるように事にはなりません。」


 「君は私がカレンを心配していると思っているのか? そうだな。・・・そう思われても仕方ない。 でも・・・これだけは覚えていてほしい。 私は君の事を心配している。 だが今回の事は私に責任がある。 だから私に償わせて欲しい。」


 グレイグは心配そうに眉を寄せると、もう一度ミシェルの手を取った。

ミシェルの目を見つめるグレイグの瞳は熱く潤んでいる。

年頃の男性とこんなに近くで接したことはないミシェルは、驚きに瞠目しつられて顔が赤くなった。


 『な、なんなの急に・・・。こんなことするから私まで恥ずかしくなるじゃない。』


 ミシェルが、どうしようかと回らない頭を働かせようとしてた時。

グレイグは辛そうに顔を歪め、先ほどより少しだけミシェルに顔を近づけた。


 「君が気を失った時、私は心臓が潰れそうに痛んだ。 君が困っているときには私に君を助けさせてほしい。」


 ミシェルの心臓が跳ねた。

先ほどまで、カレンに肩入れするこの男に、冷ややかな気持ちであったにも拘わらず、ずいぶんと現金な心臓をしているとミシェルは思う。

しかしグレイグ程の美丈夫に迫られれば、それがただの心配であっても平常心でいるのは難しいとも思う。

それに今この状況では、ただ単に心配されているだけにも思い難かった。


 『でも殿下はアナベラ様の婚約者だし、ダングラム男爵令嬢の恋人なのよね? だとしたら、すごく親しい言葉を使う方なのかしら。 勘違いしないようにしないと。』


 ミシェルは心を落ち着かせ、勘違いしていないことが分かるようにと言葉を選んだ。


 「お気遣いいただき痛み入ります。 ですが先ほども殿下をはじめ他に方々にも助けていただきました。 ですので、もう何も困っておりません。」


 辛そうに目を伏せたグレイグは、目線を上げると一層熱のこもった瞳をミシェルに向ける。

何か言おうと開いた口はすぐに閉じて、重たそうにもう一度開くと消え入りそうなほど弱弱しい声でミシェルに尋ねた。


 「君は・・・アラン・フェイズのような男が好きなのか?」


 「はい?」


 一体何を質問されているのかわからず、間抜けな声を出したミシェルは、誰の事だろうかと逡巡を巡らせた。

確かミシェルの事を助けてくれた伯爵家の令息がそんな名前だったと思い出す。

アラン・フェイズはミシェルを助けてくれた。

もちろん好きか嫌いかと聞かれれば、今のところ好きと言える。

--人としては。


 「君たちは、その・・・なんだか親密そうだった。」


 「はあ。 どちらかと言えば好き・・・でしょうか?」」


  だから何なのだとミシェルは、気の抜けたように思ったままを口にした。

しかしミシェルとは反対に、グレイグは瞠目し言葉を失っている。


 『え、そんなに驚く事? 助けてもらったら普通そうでしょ。 別に恋人にしてほしいとは言ってないし。 それに私がフェイズ伯爵令息を好きだったとして、問題でもあるのかしら。 なんだか殿下の反応っていちいち心臓に悪いのよね。』


 しばらく沈黙していたグレイグは、少し泣きそうな顔をしてミシェルを見た。


 「君は・・・「タン、タン、タン、ガタ--ン。」」


 グレイグが何か言おうと口を開いた時、軽快な足音と共に扉が勢いよく開かれた。」


 「グレイグ様っ! カレン探しましたぁ、こんな所にいたんですね!!」

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