ダングラム男爵家の人々
侍従から報告が齎されると、ウィリアムは盛大に眉を顰めた。
今までとは違い、今回はまず侯爵一人に報告したいと侍従が言い出した。
家名にかかわる話があるからと聞き入れたが、想像していたよりも酷い。
特にウィリアムの機嫌を損ねたのは、ダングラム男爵家の人間についてだった。
ダングラム男爵家は一代前の前男爵の時代に富を得て、爵位を買って今に至る。
先代男爵はそれなりに気概のある男で、歴史は浅いものの上手い具合に貴族社会に慣れ親しんだ。
ところが、先代男爵の長男に爵位が譲られると、途端に貴族社会からはつま弾きにされた。
当代男爵は、いわゆる甘やかされた坊ちゃんで礼儀作法もそこそこの先代男爵が築いた富を食いつぶすだけの男だった。
それでいて、野心だけは人一倍強いところが何よりも厄介な人物である。
そんな元に後妻に入ったのがカレン母娘であった。
カレンは当代の男爵の実子で、前妻が生きている間から外に囲って面倒をみていた。
もともとカレンの母が男爵家のメイドをしていた所を男爵に見染められて今に至る。
しかもこのカレン母娘は、一時このリンベール家に身を置いていた時期があった。
報告を受けて、その時のことをウィリアムは思い出したのだ。
カレンの母マリアは、とある子爵家の推薦状を持ってリンベール家に現れた。
子爵家で侍女として熱心に働いていたことが認められて、財政難のため子爵家ではもう雇えないが、働かせてやってほしいという内容が書かれていた。
行儀作法にうるさいその子爵家からの推薦であればと雇うことになったが、マリアの態度はひどかった。
それもそのはずである。
ただの平民であったマリアは、男爵家でもメイドとして働いていた。
子爵家では働いたこともなかった。
男爵に囲われた後も、行儀作法などは特に習っていない。
それでも侯爵家の侍女として相応しいように、他の侍女からの教えに取り組むならよかった。
でも、そうはならず侯爵家の侍女達と言い合いをすることもしばしばだった。
さらに狂ったことに、マリアは隙をついてウィリアムに近づき、こう言ったのである。
「旦那様、覚えていらっしゃいますか? この子はあの時の子です。」
マリアの足元には、当時7歳のカレンがニコニコと笑っていて、お父様と言いながらウィリアムに擦り寄ってきた。
もちろんウィリアムは昔からカトリアーナ一筋で、他の女と子供を作るようなことはしていない。
言いがかりをつけるなと一蹴するも、マリアはこのカレンがミシェルとそっくりなのが証拠だと言って憚らなかった。
が、ミシェルは妻のカトリアーナに瓜二つである。
カトリアーナに似ている子供をウィリアムの子供である証拠にするには無理がある。
すぐに使用人に引き渡し、紹介状を書いた子爵家には苦情を申し入れた。
そうしてマリア母娘はひと月足らずでリンベール侯爵家から去っていった。
報告を受けてみれば、もともとダングラム男爵の子供と分かっていたにも拘らず、ウィリアムの子供としてリンベール家に入り込もうとしていたことが分かる。
これほどの事を平民のマリアだけで謀ったとは思えない。
おそらくは男爵の手引きだろう。
「まったく、自分の子供になんてことをさせてるんだ。」
侍従は疲れた表情を見せるウィリアムを気遣って、茶か酒をもってこさせようかと提案したが、問題を早く解決したいウィリアムは、報告を終わらせることを優先した。
侍従はひとつ頷くと、次の報告に移った。
「王家の手のものは、どうやら8年前の王家主催のお茶会用に作らせた、ミシェル様のドレスの色と形を主に聞いていたそうです。」
「そんなこと聞いてどうするんだ。」
「マダム・カロリーナいわく、ミシェル様のドレスの色が濃いペールブルーだと言ったら、ピンクのドレスは作ったことは無いかと聞かれたそうです。」
「マダム・カロリーナは何と答えた。」
「ミシェル様から注文されたドレスにピンクのものはないとだけ答えたそうです。」
「他には?」
「そのドレスの所在や当時のミシェルお嬢様のお姿、それに現在のミシェル様のドレスの趣味はなんだ、などと聞かれたそうですが、お客様の非公開の情報は知っていたとしても答えかねると断ったとか。」
「王家の使いにも屈しないとは、相変わらずマダム・カロリーナは素晴らしいな。」
知り合いの女傑を思い出して、主人と侍従は笑いあった。
しかし・・・とウィリアムは先ほど打って変わった、硬い表情で口を開いた。
「先ほどの話と併せて考えると少々きな臭いな。 茶会の時期と男爵夫人がこの屋敷にいた時期が被るかもしれん。 よもや王家の茶会に何か仕組んだとは考えたくないが・・・。 もし何かしていれば我が侯爵家も責任は免れん。 至急、紹介状を持たせた子爵家に関係性を洗いざらい吐かせろ。 侯爵家の威光を使ってかまわん。 茶会について調べなおせ。 茶会の出席者については王家に問い合わせろ。 もしその際、王家側から質問があれば、分かっている内容を正直に話せ。」
侍従は一つ頷くと残りの報告を始めた。
「最後にもう一つ、本日の昼頃ミシェル様に第二王子が接触されました。」
「なにっ?」
もとはと言えば、この王子の訳の分からぬ対応にリンベール家は振り回されている。
王家の話よりもう一段、硬い表情をしたウィリアムは侍従に報告を促した。
「どうも、王子がミシェル様を睨みつけているというのは誤解があったようです。 周りの者たちも酷く驚いていたようですが、昼食の間に第二王子がミシェル様に謝っていたようです。 誤解が生まれた理由についてはいまだ不明です。」
通常であれば、王族はおいそれと人に頭を下げない。
学園内での出来事というのもあるが、第二王子がミシェルをある程度、重要に扱っていると考えられる。
「もしかして第二王子は・・・・。 いやいやミシェルはまだ15歳だ。 王子であろうが王であろうが、そんなことは許さん。」
ウィリアムは年頃の娘を持つ父親である。
もしや・・・と思い当たるも、その先は決して受け入れられないのであった。




