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8年前の少女は

 茶会以来、ため息ばかり漏らし、心ここにあらずだったグレイグの執務室にノック音が響く。


 「依頼されていたものをお持ちしました。」


 茶会の後、侍従に命令してあるものを探させた。


 「これで間違いないのだな。」


 「はい、まちがいございません。」


 グレイグの手には一通の封筒と執務机には姿絵が置かれている。


 「やはり勘違いではありませんでしたか?」


 尋ねるエイドリッヒに軽くうなずくとグレイグは考え込んだ。

封筒の中身は8年前の王族主催のお茶会の招待状だった。


 お茶会に来るものは事前に参加する旨を王城に返信し、当日招待状を持参する。

事情があってこれないものは、事前に来れないことを手紙に書いて招待状と一緒に返信する。

当日に参加できなくなったものは、事前には参加を表明した返信をしているが、当日参加できない旨を書いた手紙と一緒に招待状を侍従に持たせて届けさせる。


 グレイグの持っているのはリンベール家の--ミシェルの招待状だ。

招待状は参加者のそれだった。

当日、王家側で参加したことを証明する刻印も押されている。


 執務机の姿絵は8年前のミシェルのもの。

これにもリンベール家で作成されたことを証明するリンベール家の刻印が押されていた。






 この姿絵がすべての始まりだった。

茶会に出席する貴族子女に間違いがないように、茶会前に貴族家から姿絵を送るように王命が下された。

事前に姿絵を確認させられたグレイグは、そこで一人の少女と出会った。

それがリンベール家のミシェルであった。


 絵の中の少女は美しかった。

他にも美しい令嬢はたくさんいたが、グレイグにはその少女だけが心の中に残った。

茶会で少女と会えるのを指折り数えた。

その少女と出会ったら、どうやって挨拶しよう、どんな会話をしよう。

グレイグは期待を膨らませた。

茶会で彼女に会ったらすぐにわかるだろう、これは運命だと。


庭園でのパーティーとなった茶会では、多くの令息令嬢がひしめいていて、すぐに王子達は取り囲まれることになった。

早くミシェルを見つけたいグレイグは、きょろきょろと忙しなく瞳を動かした。

どの少女も皆、同じようなピンクのドレスを着ていてなかなか見つからない。

しばらく探したところで、ようやくグレイグの瞳に一人の少女が映った。

ピンクのドレスに金色の髪。

不慣れなためか、少しおどおどして困っている。


 グレイグは急いで集団から離れて、その令嬢の元へ向かった。


 「リンベール家のミシェル嬢ではありませんか?」


 ビクッと肩を震わせた少女は振り向きたくないのか肩を竦ませて固まっている。


 「私はイングラム王国第二王子のグレイグです。少しお話できませんか?」


 そう言って近づくグレイグにミシェルは肩を震わせうずくまった。


 「・・・て、こ・・・で。」


 「具合でも悪いのですか?」


 「やめて!来ないで!!」


 まさか待ち焦がれた令嬢に拒絶されるとは思っていなかったグレイグは頭の中が真っ白になった。


 「何をしている。一体どうしたんだ。」


 心配した兄の王太子が従兄弟を引き連れてやってきた。

人が近くによらないように、従兄弟たちが人払いをしている。


 「わかりません。具合が悪いようですが近づけなくて。」


 「この令嬢を医務室へ。お付きのものを呼ぶように。」


 弱り切った弟をみて兄が侍従に命令した。

侍従たちは即座に姿絵から、リンベール家の令嬢だと判断し、令嬢はすぐに医務室へと運ばれた。

その後すぐに侍女が迎えに来て、医務室から馬車へと移動し邸へ帰ったという。


 この騒ぎを見ていたのは王太子と従兄弟たち。

それにほんの一部の高位貴族だったが、王太子に口外しないようにと口止めされていた。

元々見ていた人間がほぼ身内だったこともあって、この話が外にもれることはなかった。

グレイグの記憶のなかで、絵姿で見た通りミシェルは雪のように白い肌の少女だった。


 その後のパーティーの類ではミシェルを見かけることはなかった。

それでも諦めきれずミシェルの学園への入学を待ちのぞんだ。

自分の一つ下の学年の入学式の日、式が終わるのを待って講堂近くの廊下でミシェルを待った。

目は吸い寄せられるようにミシェルに向けられた。


 大人と少女の境。危なげな魅力をもって現れた絵姿の少女。

くぎ付けになり歩き出したグレイグは、一人の少女とぶつかった。


 「きゃっ!!」


 少女は尻もちをつき涙目でこちらを見ている。

側近たちは、まだミシェルを思うグレイグに気付いておらず、グレイグの急な行動に対応が遅れてしまったために、みすみすグレイグに接触させてしまったが、本来なら許されない。


 「ご令嬢、お手を。」


 手を差し出したのは、騎士であるレオニールであったが、少女はその手を取らず。


 「わたし・・・わたし・・・ごめんなさい。」


 とふるえるばかりだった。

見かねたグレイグが「許せ。」と手を差し出したのが、この少女カレンとの縁であった。

カレンはグレイグの手をすぐに取り、頬を赤らめながら起き上がると、ふらついてグレイグに寄り掛かった。


 運の悪いことに、この時すぐ横をミシェルが通りかかった。

ミシェルは、真昼間の学園で抱き合う第二王子と謎の令嬢をみて、気まずそうに去っていった。

完全にミシェルに声をかけるタイミングを失ったのだ。

しかも8年前のお茶会で、自分は拒絶されている。

夢に見た令嬢にこれ以上拒絶されては・・・グレイグの心は悲鳴を上げていた。

こうしてグレイグはミシェルに近づけなくなってしまった。


 その後、カレンに平民だから、不慣れだからと泣きつかれて、しばらく見守ってやることにした。

それはカレンがミシェルに似ていたから・・・それが大きかった。

カレンをミシェルの代わりに愛することはないが、近くで笑っていてくれるとミシェルが笑っているような、そんな気になれた。

もちろん故意にではないが、カレンの存在が自分や兄にとって都合が良かったこともある。


 最初はカレンを気に入ったのかと思っていた側近達も、徐々に想い人はカレンではなくミシェルであると気づくが、すでにカレンは当然のように自分たちと一緒に行動していて、令嬢達につまはじきにされているカレンを放り出せなくなってしまったのだ。


 グレイグは思考をいったん遮って、侍従に命令する。


「8年前の茶会の日、リンベール家の令嬢が何をしていたか探れ。情報が間違いでないなら、医療記録があるかもしれん。それと茶会のために用意していたドレスもだ。使用したサロンからドレスの情報を詳しく調べろ。そのドレスが今どこにあるかもだ。」

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