男たちのお茶会①
茶会当日、ヴィンセントが庭園の近くにあるガゼボで令嬢達の話を聞く予定になっていた。
これは、ミシェルと子爵令嬢のカナリヤ以外からは了承を得た上の話だった。
しかし、当日になって、ミシェルや婚約者達を心配した王子と側近の面々が乗り込んで来たのだ。
見目麗しいと言われる男達であっても、そう広くないガゼボ内が年頃の青年だけで埋め尽くされる姿は、庭園の甘い雰囲気も相まって異様な空気を放っている。
「男五人でガゼボって、思ったより絵面がやばいんだねー。」
「静かにしてください、見つかったら終わりなんですよ。」
「じゃあなんで押しかけてきたんだよ。」
「気になるだろう。予定では令嬢達で恋愛トークするんだぞ。」
「全員黙れ。ミシェル嬢がこちらの方に向かってくる。」
令嬢達の話が気になって仕方ない面々は浮足立っている。
この後、婚約者達の恋愛トークで撃沈することになるとも知らずに。
この日のためにガゼボ内は薄いヴェールのカーテンが取り付けられた。
庭師によって蔦が張り巡らされ、茶会の席からはガゼボ内が見えないようにされている。
丁度ミシェルが到着し、執事によって案内されている途中、ガゼボの前あたりで足を止めた。
執事と庭園の花の話をし始めたようだった。
「今日のミシェル嬢は一段とかわいいねー。あっ、でもちょっと執事と良い感じじゃない?」
お茶会を覗き見る罪悪感に、隠れるように背を向けていた面々は、アレンディスの言葉に一斉にミシェルを見ようとしてぶつかり合い、蔦に触れて音をたてた。
その音にミシェルがこちらに振り向いた時。
--「驚かせてしまい、申し訳ございません。 実は今朝から、のら猫が入り込んでしまいまして。」
執事のフォローの言葉にグレイグが不服をもらす。
「誰が猫だ。」
グレイグがこのくらいの事で不機嫌な言葉をもらすのは珍しい。
先ほどの執事とミシェルの距離感を思い出しての事だった。
が、次のミシェルの一言で、あっけなく持ち直す。
--「まあ、猫ですか? 私、猫は大好きです。」
「・・・・・・。」
「何まんざらでもない顔してんだよ。お前の事じゃないからな。」
「・・・わかっている。だが、お前の家の執事、少しミシェル嬢になれなれしくないか?」
「まあ、確かにうちの執事にしては感情を表に出してるけど、あれ位普通だろ。対応に不備はない。」
通常なら、そんなことで不機嫌になったりしないグレイグは、ミシェルの事となると急に器が小さくなり感情の起伏が大きくなる。
そんな従兄弟をやれやれと言った顔でヴィンセントは見やった。
お茶会ではしばらく、少女らしく茶や服の話で盛り上がっていた。
「ミシェル嬢、意外とやるな。あの時のイメージが強かったから、社交なんかは向いてないかと思っていたけど。」
ミシェルの健闘にヴィンセントは感心し、王子達も同意の表情を浮かべている。
「それになんか楽しそうです。学園じゃ誰かさんのせいで元気がありませんから。」
「くっ・・・。」
「そう責めるな。殿下だって好きでヘタレなのではない。」
責めるエイドリッヒの言葉に傷つくグレイグを庇うつもりでいるレオニードが実は一番グレイグを抉っている。
ジトっとグレイグから睨まれても、本人はさっぱり分かっていない。
令嬢達の話は、ヴィンセントとエリザベスの婚約話に移り変わり、話の内容にアレンディスが噴き出す。
--「あら、意外だったかしら。」
--「寄り添うお二人を想像すると、とてもお似合いだと思いました。それに私は一人っ子です。お兄様がいらっしゃって、その上こんなにお優しいお義姉さまができるアナベラ様が羨ましいです。でも私の対応が未熟でしたのでしょう?アナベラ様に何かご不快に思われる対応をしてしまいましたようで。」
「アナベラが切り込んだね・・・・。でも、ぶははっ。ミシェル嬢やり返したよ。結構気が強いんだね~、意外。」
「かわいい・・・。」
「「「「・・・・・・・。」」」」
結局ミシェル嬢なら何でもよいのかと一同は呆れた目でグレイグを見た。
茶会ではシャーロットが話を変えて、ミシェルのお相手の話となっていた。
--「ミシェル様には、良い方はいらっしゃらないのですか?」
--「・・・えぇ、残念ながら。」
この言葉にグレイグは目に見えてほっと胸をなでおろす。
--「では、リンベール侯爵様は今ミシェル様のお相手を探してっらっしゃるのね。」
--「・・・どうでしょう?祖父や両親も恋愛結婚をいたしましたし。・・・学園卒業までに相手が見つかれなければ父が政略的な結婚相手を探してくださると思いますが。」
--「まぁ!!ではミシェル様は学園で良い殿方を見つけなければならないのね。」
--「・・・えっ・・まぁ・・どうでしょう?学園内とは決められていませんし。」
「ミシェル嬢なら、すぐに良い男と縁が結べるだろうねー。」
「学園では誰かさんのお陰で、友人作りにも一苦労していますが、そうですね。学園だけが縁を結べる場所ではありませんからね。」
アレンディスとエイデリッヒの言葉に、皆うんうんと頷いている。
ぶすっとした顔のグレイグを除いてではあるが。
令嬢達の話はさらに初恋の君の話となっていく。
「シャーロットが恋愛の話に話題を変えましたね。って・・・。」
--「私はね、9歳の頃が初恋ですのよ。王城に初めて出向いたとき、迷子になってしまってね。それを助けていただいたのが王弟殿下で。その優しさと美しさに一目ぼれいたしましたのよ。」
「お・・・王弟・・殿下。」
シャーロットの告白に、エイデリッヒは茫然と呟いた。
--「私は7歳の頃、初めて連れて行ってもらった観劇の主演男優でしたわ。とっても素晴らしい声をしていらしたのよ。」
「・・・主演男優、・・・くっ。声・・・声なのかっ。」
レオニードは何故か腰にさげていた剣の柄に手を置く。
一体何を切る気だと突っ込もうとしたヴィンセントはガラスが割れる音でフリーズする。
--「私は8歳の頃。初めて私についた護衛でした。」
ミシェルのこの言葉に、グレイグが持っていたグラスを落とした。
「・・・護衛・・騎士・・・・。」
ミシェルの初恋の君を聞いて衝撃を受けたグレイグは、床に膝を付きうなだれている。
女の恋愛トークは本来秘密の話である。
興味があるからと聞くものではないのだ。
その中で一人だけ、うっとりと婚約者を思い浮かべながら呟く男がいる。
婚約者に幼い頃から慕っていたと公言されたヴィンセントだ。
--「私は幼い頃よりヴィンセント様の事をお慕いしております。」
「エリザベス、愛してるよ。」
一同がヴィンセントを睨みつけたのは言うまでもない。
茶会の席ではグラスの割れた音は、猫の仕業だと謝罪する執事とアナベラの声が聞こえる。
ガゼボを覆う蔦の合間から、アナベラの苦笑いが見えた。
因みに、この時現れた猫は、執事が前もって仕込んでおいた猫である。




