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動き出す男達

 ぱらり・・・。

「はぁー・・・。」

ぱらり・・・・・

「はぁー。」


 書類を一ページめくるたびに溜息をつく男にイラつきを覚えてエイデリッヒは重い口を開く。


 「殿下、それやめていただけませんか? 私のモチベーションが下がります。」


 じっとりとした目でエイデリッヒを睨んだグレイグは、結局また溜息をもらす。

学園の休日、王宮の第二王子の執務室では、グレイグと現在は秘書官として付いているエイデリッヒが執務に追われていた。

机にはグレイグの判断を待つ書類たちが山のように積まれているのに、それを捌く本人が使い物にならない。





 ことの発端は数週間前のカフェテラスでの一件。

ミシェルと目を合わせたグレイグが彼女を睨みつけ彼女が去った直後の事。


 「お前、またかよ・・・。」


 ミシェルを睨んでいたグレイグに呆れた顔でヴィンセントが言う。


 「またって、どういうことだ。」


 「そっからかよ。」


 グレイグにはミシェルを睨んでいるつもりはない。

実際、グレイグは睨んでいるわけではなかったが、誰にでもそう見える表情をしているのが問題だった。


 「ランチを食べ終わったら、王族専用のサロンに行くぞ。」


 ヴィンセントは今後の対策を話し合うつもりでいる。

そろそろ軌道修正しなければ、取り返しのつかない所まで来てしまっているのだから。


 「え~、クッキーをみんなで食べる約束をしました~。カレンも一緒にいってもいいですかぁ?」


 いつも以上に甘えた声でカレンが強請った。


 王族専用サロンには今までに一度もカレンは入れてもらったことがない。

今日こそは入れてもらおうとカレンは意気込むが、結局は伯爵家の三男アレンディスからやんわりとお断りが入った。


 「ごめんねー。あそこは王族縁のものか側近しか入れないんだよ。」


 「またですかぁ?でもいつかはカレンも一緒に連れて行ってくださいね。」


 頬を膨らませて拗ねるカレンを刺激しないように、あいまいに笑って5人はサロンへと向かった。

サロンに移ってすぐに、アレンディスが話し出す。


 「ははっ、サロンに入れないって断ったら、カレン嬢膨れてたね。」


 「ああ、面白い子だ。男爵家と言っても感覚はほぼ平民だし、貴重な意見を聞かせてくれる相手だよ。」


 グレイグの答えに側近たちは思う、面白いも使いようだと。

グレイグの言う面白いは額面通りではない。

個性的とか奇天烈だとかそっちの意味が強いだろう。

本人が意識的に使っているかは別として。


 「お前、ほどほどにしとけよ。 おまえはただの貴重な意見のサンプルだと思っていても、向こうはそうじゃない。 彼女の態度があけすけだから、周囲からも誤解が出始めている。 言っとくけど誤解しているのはミシェル嬢もだからな。」


 「・・・・え、ミシェル嬢が?」


 「え、じゃないだろ。ほんとこっち方面には疎いな。」


 言いながら、ヴィンセントが額に手を当てた。


 「それにミシェル嬢の誤解はカレン嬢のことだけじゃありませんからね。 あれだけ睨まれて平静を装ってましたが、顔色が優れませんでしたよ。」


 宰相の次男エイデリッヒが几帳面そうな顔を顰めながら、眼鏡をクイと上げた。


 「べつに睨んだわけじゃない。」


 「すねても可愛くねーからな。」


 ヴィンセントに突っ込まれて、グレイグの顔が更に拗ねたようにゆがむ。


 「しかし、少しはお前の気がまぎれるかと思って許してたけど、あのお嬢さんも思ったより強かだし、情勢があまりよくない。 他にも思惑があるのは分かるが、そろそろ事態を収拾しないとな。 婚約の件も、なによりミシェル嬢の件がまずいことになる。」


 先ほどまでより一段声を落としたヴィンセントの顔から笑みは消えている。


 「でも今更カレン嬢を放り出したら、それこそ学園にいられなくなるんじゃありませんか? 彼女、私たちのいない所ではかなり強気にふるまっているようですし。」


 と困った顔で騎士団長嫡男レオニードは話す。

特にカレンに興味がなくても、騎士道精神には反する。


 「まあ、内容は別として自分で苦情の処理をしているのは評価に値するがね。 王家の名前を堂々と使ったりするのは勘弁願いたい。」


 エイドリッヒの顔は、苦虫を噛み潰したようにゆがんでいる。


 「あまりカレン嬢を責めるな。責任は俺にある。」


 罪の意識のあるグレイグは目を伏せた。

思惑があっての事ではあるが、無関係のカレンを良いように使ってしまった自覚はある。


 「カレン嬢に関してはすぐの対応は難しい。 彼女の目的がどうであれ、こちらも利用してしまったからな。 まずはミシェル嬢から手を打とう。 根本的な原因は彼女にあるわけだしな。」


 こうして、ヴィンセントはアナベラに協力を得ることになったのであった。

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