回避したかった出会い
視界にはキラキラの笑顔を浮かべ、手巾を差し出すこの国の王子様の顔。
私は内心滝汗を流しながらも、笑顔で礼を言った。
どうしてこうなった──!?
状況を整理しよう。
まず、私は急いでいた。貴族学院入学の日に最初のイベントが起こるらしいからだ。
わたしがクロエ様との婚約破棄の場で話したことだが、私は学院の中庭で殿下と出会い、ぶつかったことでお互いに一目惚れするらしい。無駄な美辞麗句が多くてわかりづらかったが、そのはずだ。いくら乙女ゲームとはいえステレオタイプすぎる出会いだと思う。
とはいえ、ここで殿下に惚れられてしまってはわたしの目標──平民の豪商に嫁に行って気ままに暮らす──が困難となる。わたしは殿下に囲われるのも、原作の通り妻になろうと画策するのも真っ平ごめんなのだ。
なので、私は貴族の令嬢らしかぬ慌ただしさで大ホールに向かっていた。
コレットとフランソワは寮でお留守番だ。学院内で護衛を付けるのは高位の貴族だけだし、入学式に侍女の同伴はないのが慣わしなのだ。
前世の特技は校門ダッシュと授業中の居眠りだった私には早く中庭を抜けるなど造作もない事、と油断していたのが悪かったのだろうか。
このざまである。
「……そなた、名は何と言う?」
「アナベル・ド・ベルネでございます。殿下がお気を留められる価値などない、辺境の子爵家の娘ですわ」
殿下の手から失礼にならない程度の力で手巾を奪い取り、一歩下がって淑女の礼をする。
ちなみにこの風習はフランスのものではない。街並みも名詞も文法もフランスのものなのに何故カーテシーが普及しているのかは考えてはいけない。そういうものなのだ。
閑話休題。
「見慣れないと思えばベルネの娘か。王都に来たことは?」
どうして話しかけてくる!?
「ありませんわ。生まれてこの方、田舎から出ずに過ごして参りましたの。高貴なお方への礼儀も知らずお恥ずかしい限りですわ。どうかお見逃しください」
だからさっさと開放して。
心の声は口に出さず、できるだけ素っ気ない態度で話す。
自分で言うのもアレだが、わたしの笑顔はかなり破壊力が強いのだ。一目惚れされるリスクを背負って見せたくない。
驚いた様子の殿下に私は内心ほっとした。わたしは儚げな様子と砂糖菓子のような媚たっぷりの態度、かわいらしい笑顔で殿方をモノにしていたらしい。ならば、殿下は無愛想な女に惚れることはないだろう。
あ、それなら冷たく接するのもいいかもしれない。殿下の覚えがめでたくない私は社交界ではなんとなく疎まれ、貴族の中では貰い手がつかず結婚相手には爵位が欲しい裕福な商人あたりで手を打つ。
私が殿下の寵姫になれないと知った養母は早々に私を家から追い出してしまうだろうし、とても合理的な策ではないか。
「そなたは」
「わたくし、急いでおりますの。どうかお見逃しください。では」
更に何か問いたげな殿下を残して中庭から優雅に去る。後ろの護衛も微妙な顔をしていたが、こんなんでも貴族だ。即刻断罪されたりはしない。
動揺を顔に出さない貴族なりにポカーンとしたお顔をされていたので、きっと作戦は成功しただろう。上位の貴族相手に自分から会話を切り上げることすらあり得ないのに、ましてや相手は王族だ。殿下の目に、私は無礼なクソ女としか映っていないだろう。
私は控えめにガッツポーズをしながら大ホールへと急ぐのであった。