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出発前夜

私の名前は大原彩花。──の、はずだった。


「もう準備は済んで?アナベル」


「はい、万事滞りありませんわ。イボンヌお母様」


わたし(アナベル)の目の前にいるこの人は、私の実の母親ではない。

ついでに、私を生母に対しても正直母という実感は薄い。


アナベル=マリー=ジャンヌ・ド・ベルネ子爵令嬢として生を享けて十余年、いい加減にこの世界の家族に馴染んでもいい頃だとは思うのだが如何せん貴族という生き方は家族の繋がりが希薄になるのだ。


赤ん坊の頃は乳母に育てられ、少しばかり成長したら田舎の里親に預けられ、年頃になる前に家に呼び戻されて社交界でのお披露目が済んだら貴族学院に入学──これがこの世界の常道(セオリー)だ。


幸か不幸か私は生まれが田舎なので田舎の里親に預けられることはなかったが、それでも養い親とも実親ともほとんどと言っていいほど関わらずに過ごした。


普通の貴族の子弟はそれでも貴族の親子関係というものを築いていけるのかもしれないが、現代日本の一般的な親子関係に馴染んだ私にとってこの接触の少なさはないものと同じ。


現代日本の一般的な家庭に育った私がなぜ子爵令嬢などになっているのかというと、私にもわからない。


なにぶん十五年の時間を曲がりなりにも人間として過ごしてきたが故にやや朧気な記憶だが、考え抜いて下した結論としては。


私は、おそらく転生したのだ。


──正確には、日本人としての記憶を持って産まれてきたのだ。


そう、巷で大流行していた異世界転生モノというやつである。私にとってそれはサンタクロースやシンデレラと同程度のおとぎ話(フィクション)だったが、どうやら我が身に起こってしまったらしい。事実は小説より奇なりとはまさにこの事だ。


そして、私が転生したのはいわゆる悪役令嬢逆転モノの世界らしい。


最初からおかしいと思っていたのだ。


どうして、道行く人の髪の色がピンクや青の異世界なのに文字の形が見慣れたラテン文字なのか。


どうして、文明進度が中世なのに貴族の子弟を集める学院などという高度な教育制度があるのか。


というか、私の名前フランス語じゃん。


そして、私はその小説の敵役(ヒロイン)らしい。

つまりは、悪役令嬢の敵役。儚げで、愛らしくて、優しくて、腹黒で、少しばかり浅慮なぽっと出の田舎娘。


──そう、私は主人公から王子を奪う子爵令嬢に生まれ変わってしまったのだ。


私が前世で愛読していたWEB小説の敵役だと気づいた五歳の春、私は愕然とした。


だってそれは、私の末路は決まったも同然だから。


──王子を誑し、愛妾なら許されるにも関わらず、事もあろうに正妃の座に収まろうとした身の程知らずのアナベル・ド・ベルネ子爵令嬢は最後には自らの仕掛けた罠に足を取られる。


そして王家に連なる血筋のご令嬢、王子の許嫁である主人公のクロエ・ド・アルトワ様に馬鹿な第一王子共々断罪されるのだ。

悪役令嬢の方から見たら私が婚約者を分捕る悪役令嬢である。ややこしい。


破滅を回避しなければならない。そう思った私は貴族学院入学の十五まであらゆる考えを尽くした。



たとえば、入学の回避。

これは結婚してしまえばできる。しかし、私の養い親夫妻がそれを許さなかった。

私の生母は、養母の義妹である。

第一夫人亡き後ベルネ子爵の後添いに入った平民の娘だそうだ。


シンデレラの意地悪な姉みたいな名前の養母様は、入り婿の子爵と一緒に病弱な母を厄介者扱いした。

早く適当なところに縁付かせてしまおうとした矢先に、母は私を身籠ったらしい。

お相手はアルトワ伯様。先国王の弟君、私の人生を狂わせるご予定であるクロエ様の父君にあらせられる。


つまるところ、私は腹違いの姉と男を取り合う予定だったわけだ。もちろんそのつもりは毛頭ない。私は平穏無事に暮らしたいのだ。


話が逸れたが、アルトワ伯の御胤を授かった母は私を産み落としてから生来の虚弱が悪化し枕も上がらない状態になった。

それで養母は、王弟殿下の御眼鏡に適った女と美形で鳴らした殿下の子である私を養子に引き取ったというわけである。

無論打算がないはずがない。王子か高位の貴族を籠絡し、巡礼地があるだけで何もない田舎貴族のベルネ一族を出世させろという言葉を彎曲な貴族言葉で囁かれながら育った。

王の女になればあらゆる贅沢と、女としての地位と、権力を保証される。


──お生憎様、私はそんなものに興味ない。今だって侍女やら家庭教師やら貴族の品位(ノブレスオブリージュ)やらでうんざりしているのだ。

願わくば、裕福な平民の家に嫁いでゆったりと暮らしたい。


そんな願いを抱く私だ。

入学の回避が叶わない今、道はひとつしかない。



王子やその他の攻略対象──騎士とか公爵令息とかクロエ様の弟君とか──に金輪際関わらない。



養母様に最後の注意としてくどくどと権力欲に塗れた言葉を聞かされながら、私はそう誓った。

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