第5話 「実録! プライム産業の杜」
うるる銘柄に提灯付けて、4000万あったお爺さんの遺産が、38万円になっちゃったジャス子。彼女から相談に乗って欲しいと言われた、DJ全力こと伊集院アケミは、兜町のマ○ドにある、秘密のVIPルームで話を聞き、彼女がかつて兜町を席巻した仕手筋、I氏の娘であることを知る。
I氏の相場は派手だったが、仕手戦に入れ込むにつれて、自身が経営する会社の金までつぎ込むようになり、最終的に100億円の穴をあけ、会社から追放される。I氏への哀惜と、今でもうるるの事を信奉するジャス子を見て哀れになったアケミは、少しは何とかしてやろうと、うるるに連絡を取るのであった……。
本人確認を終えた僕は、さっそく本題を切り出した。
「なあ、うるる。怒野ジャス子っていう子を覚えてるかい? 多分、結構お前に懐いてたと思うんだけど」
「あー、ジャス子、とうとうそっちに行ったかー。実はちょっと、やりすぎちゃってさあ。上手く諭してあげてくれないかな?」
「4000万円が38万は、やりすぎっていうレベルじゃねえだろ……」と思ったが、僕はとりあえず黙っていた。
「ジャス子、怒ってた?」
「いや、別に怒ってはないよ。でもそれが、逆に可哀そうでさ。今でも、お前の事を信奉してる感じだし……」
「うーん、確かにマジで嵌めちゃったけど、こっちとしては、一部利確って感じで、IRでちゃんと逃げ場はあるはずだったんだよね。あそこまで、ボロボロにする気はなかったんだよ。これはマジ話」
「本当かなぁ……」
「ホントホント。まあちょっと、銘柄と仕掛けのタイミングが悪かったよねー」
IRとは、インベスター・リレーションズの略で、簡単に言えば投資家に対する情報発信の事だ。堅実な会社は堅実に、目先の金にも困ってるクソ企業は、増資で金を集めるために、夢のようなポエムを書き連ねるのである。
うるるの言ってることが、本当かウソかは分からない。だが、仕掛ける銘柄がクソ会社だと、得てしてこういうことになりがちだ。まあ、うるる銘柄にはよくあることではある。
「ところでお前。一体、ジャス子に何を買わせたんだよ?」
「プライム産業の杜」
「プライム!? ついこの前、上場廃止になった奴じゃん!」
「うん、遅かれ早かれ倒産は必至だったけど、その前に、解体用のデカい花火を一発打ち上げるはずだったんだよ。増資を受けた本尊も、まだ全部抜け切れてないしさー」
プライム産業の杜とは、元・システム開発のプライム・ソフトと、元・繊維会社の豊栄産業と、元・木造ハウスメーカーの万年の杜という、ヤクザの箱企業と化していた三大クソ会社が、債務超過による上場廃止を回避するためだけに合併してできた、キング・オブ・クソ株である。
なんでどれも元がついているのかというと、今じゃ従業員もロクに居らず、自社株の株券印刷が本業になっているからだ。しかも、その新株を引き受けるのは、全てヤクザのフロント企業ばかりである。彼らは増資を受けた後、今度はそれを売りさばくために、投資家の射幸心を駆り立てる夢のようなIRを会社側に連発させるのだ。
つまりプライムは、表の金を裏社会に流すため利用される【箱会社】である。彼らは詐欺スレスレのIRで株価を高騰させ、受けた株券を市場で売却し、出資した資金プラスαを回収するのだ。流石に東証の逆鱗に触れて、上場初日に監理ポストに突っ込まれたのは、もはや伝説である。
*闇人妻の杜は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
まあ、監理ポストだろうと普通に売買は出来る。信用取引が出来なかったり、株式の担保価値がゼロなだけだ。いつ倒産するか分からないから、当株価も安いし、万一、監理ポストから抜ければ株価はぶっ飛ぶから、クソ株マニアの間では頻繁に売買されていた。
「本尊が捌けてないってことは、ネタは一応あったんだろ? 一体、どんなネタだったんだよ?」
「佐渡沖合での資源開発。なんかあの辺、石油とか、天然ガスがたんまりあるんだってさー」
「それって昔、国が試掘やって諦めた奴じゃない?」
「そうなの? よく知らないけど、プライムは昔CADのソフトとか作ってたじゃん? 豊栄は天然資源開発投資事業やってたし、万年っていえば、やっぱロシアの人工島でしょ? ここは一つ、各社の強みを生かすってゆーか……」
プライムが真面目にソフト開発やってたのは、オーナーがヤクザのフロント企業になる前の、超優良企業だった頃の話だ。豊栄の投資事業は、仲介人に中抜きされて、全額焦げ付いたし、人工島に至っては正に株価を釣り上げるためだけの方便だった。元防衛大臣の現役国会議員まで担ぎ出したものの、何の成果もなく撤退したから、強みを生かすもクソもない。
まあそんな事は、うるるもとっくに分かってることなので、僕は別に何も言わなかった。
「で、結局、どうなったのよ?」
「一応、試掘の準備はしてたんだけどね。勿論、誰もうまくいくとは思ってないけど、始めればそれだけで1年やそこらは稼げるじゃん? 何でもいいから出てくれば、大げさに煽ればいいんだし。でも、いざ試掘を始めるぞって時に、身内に裏切り者が出てさ……」
「裏切り?」
「そう。増資で集めた金の残り、運転資金の10億円を持って逃げたの。今でも追い込みかけられてるよ」
「うるる……。お前まさか、そっちには加担してないだろうな?」
「してないしてない。私はいつもどーり、信者を使って煽り入れてただけー」
色々と話がつながった。うるるは多分、資源開発ネタで暴騰したプライム株を、高値で初心者に嵌め込んだのだ。勿論、ジャス子は、その被害者の一人である。売り手は当然、増資を引き受けたヤクザのフロント企業だ。
彼らが全株売り抜けるまでは、会社側は意地でも好IRを連発する。金の出し手とオーナーが、実質的に同じなんだから当然だ。勿論、何も根拠がないとただの詐欺になっちゃうから、こうして体裁だけは繕うのだ。
「……で、お前。一体いくらもらったんだよ?」
「貰ってないよー。プライム株は上場廃止になったから、本尊も損してるし」
「持ち逃げのIRが出たのは、わりかし最近だろ? 倒産前は結構派手な動きしてたし、お前が金貰ってないはずがない」
「えへへー」といって、うるるは無邪気に笑った。
うるる自身は株を持ってないにも関わらず、どうやって利益を得るのか? そのカラクリを不特定多数の人間の前に晒すと、僕の身が危険になってしまうのでここでは書けない。その代わりといっては何だが、全てが終わった後の話を少ししよう。
プライム産業から10億持ち逃げした人間は、その後、沖縄で死体で上がった。でも多分、金は大して回収出来てないだろう。大抵の奴は、もうダメだと覚悟を決めると沖縄に逃げる。せめて、暖かいところで死にたいと思うのかもしれない。
持ち逃げのせいで窮地に追い込まれたプライムは、今時珍しい1円売り気配のまま東証から退場し、その後すぐに破産した。うるるの口銭も、本当に借金返済で右から左だった。ジャス子に返した120万は、なんとか別の初心者を嵌め込んで作ったそうだ。
海底資源の調査ネタで飛びついたボンクラも、増資を引き受けたヤクザも、勿論、復活を信じていた元からの株主も、この相場に関わった人間は皆、誰一人として美味しい思いは出来なかった。うるるの借金が、ほんのちょっぴり減っただけである。
破産管財人が残余財産の調査に入った時、金庫には僅か39円しか残ってなかったという。勿論、売って金になるような資産は何もない。昔なら、マニアが喜んで買った株券も、全て電子屑として消えた。キング・オブ・クソ株の名をほしいままにした、プライム産業の杜らしい最後だなと僕は思った。
会社は倒産したから消えるんじゃなくて、相場師の記憶から消えた時に、初めて消える。そういう意味では、僕らみたいな古い世代の相場師が生き残っている限り、プライム産業の伝説は、永遠に語り継がれていくだろう。このお話もまた、そんな伝説を称える物語の一つだ。
いい悪いは別として、まだ人が相場を作っていた時代には、そういう面白い会社が沢山あった。あの時代を知る生き証人として、それを語り継いでいくのが僕の使命だと思っている。闇人妻のタイトルに、【杜】という字を付けたのは、もしかしたらプライム産業の杜の伝説が、頭の中にあったからかもしれない。
物書きとしての僕が残す作品が『闇人妻の杜』なら、その外伝は、相場師としての僕が残す作品だ。どちらがより、僕の本質に近いのか? その判断は、読み手である貴方自身に委ねようと思う。
(続く)
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