表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

第3話 「うるる村田」

マ○ドナルド・兜町店のVIPルームに通された、アケミとジャス子。アケミとは長い因縁を持つ、うるるの過去が今明かされる。


*闇人妻の杜は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません

 僕が性的には危険な人間でないことを主張すると、彼女は笑ってこう答えた。


「あはは、そんなことは最初から思ってませんよ。でも私、飲むとご機嫌になって、直ぐ脱いじゃうらしいんです。まったく記憶にないんですけどね」

「そうなんだ。そりゃあ、凶器を晒しだすようなもんだね」

「凶器?」

「いや、何でもないよ……」


 そういえば、うるるも、デビュー当初は巨乳キャラが売りで、名前も『村田ふみえ』だった。細川ふみえという巨乳アイドルが大人気だった時代で、先代のCCCトリプルシー投資顧問の社長が、それにちなんで付けたのである。9.11以前から相場を張る人間だけが知る、彼女の闇歴史だ。


 うるるは素人だけじゃなくて、金主きんしゅも良く嵌めた。別にうるるが売り抜けた訳じゃない。うるるを広告塔として使ってた筋が、身内を裏切って勝手に売り抜けただけだ。だけど、世間はうるる銘柄だと思ってるから、クレームは全部、うるるの所に来る。その中には勿論、怖い筋の人たちもいた。


 そんなときの、うるるの得意技が、酒の席で全裸になった上での泣き落としだった。昔のうるるは結構可愛かったし、ウソ泣きじゃなくて、マジ泣きで、「必ず、次の救済銘柄出しますから!」って必死に懇願されると、大抵の奴は、「まあ今回は仕方ないか……」って感じになってしまうのだ。(かくいう僕も、駆け出しの時に300万行かれた。当時の僕には結構つらかった)


 何度もこの泣き落としを繰り返すうちに、誰が言うともなく付いたあだ名が、【うるる村田】である。うるるはリーマンショックの後、しばらくはこの世界から消えていたのだが、数年後に舞い戻ってきた時に、開き直ってこの名前で再デビューしたのだ。


 今じゃ流石に泣き落としは通じないし、酒の席で脱ぎもしない。だが、「若いころは、この手で軽く3億は踏み倒しましたわー!」っていうのは、今のうるるの鉄板の持ちネタである。それでも今だに現役で、あれだけのフォロワーに愛されてるのだから、ある種のカリスマであるには違いない。


 僕は(自分の金が減るのでなければ)、この手の人間が大好きだ。この世界で長く生きていると、皆人間ではない何者かになってしまう。戦争が起ころうと、新型ウィルスで人が沢山人が死のうと、「相場にはどういう影響があるか?」という事しか考えられなくなるのだ。


 自分で相場を作って生きてる奴は、もっとひどい。大抵は、人を騙すことを何とも思わない機械のような人間になっていく。いや、僕やうるるだって、人を騙して生きているクズには違いないんだけど、なんというか、【生き物としての情熱】みたいなものまで失っちゃダメだと、心の中で思ってる。


 どんな状況でも、笑える人間は立ち直れるし、他人に対して希望を与えられる。「だから、余計に始末に悪い」と言われれば、「その通りだ」と答えるしかないけれど、機械であれ、僕やうるるのようなクズであれ、確実に言えることは、【ずっとこの世界で生きている人間は、既に人間とは言えない】ってことだ。見た目がヒトの形をしてるだけである。


 うるるなんて、もはや物の怪に近いといえるだろう。色んな意味でタガが外れてて、もはや修復不可能な状態だし、直す気もない。そういう魑魅魍魎が、この界隈には沢山いる。関わらずに済むなら、関わらないに越したことはないのだ。


「ねえ、全力さん、質問いいですか?」

「なんだい」

「この世で一番怖いのは、相場を本職にしてる人間って言ってましたけど、それってどういう意味ですか?」

「相場師に比べれば、ヤクザや政治家の方がまだぎょしやすいってことさ。金になるかならないか、興味があるのはそれだけだからね」

「相場師は違うんですか?」

「ああ、相場師が奪い合ってるのは金じゃない。プライドだ」


 そう僕は答えた。

 少なくとも、僕が駆け出しの頃にいた相場師はみんなそうだった。


「相場師はね、市場を通して、お互いのプライドを削りあってる。そして、それが崩壊した奴は、自殺するか、自暴自棄になってなんでもやるかのどちらかだ。後ろのタイプが一番恐い」

「そういうものなんですねえ……」


 なんだかピンと来てないみたいだから、僕はもう少し具体的な話をしてみようと思った。


「そうだなあ……。怒野さんは、この日本で一年間にどれくらい人が消えるか知ってるかい?」

「そうですね。1万人くらいかな?」

「最新の統計で8万7000人だ。しかもそれは届け出があった人数だから、実数はその2~3倍だと言われてる。つまり、20万人近い人間が、毎年この世から消えてるんだ。ここで、もう一つ質問」

「なんですか?」

「行方不明者は警察官が調べる訳だけど、警察署は日本にいくつあると思う?」

「うーんと各県に10個はあるとして、500個くらい?」


 ジャス子はそう答えた。こっちはまだいい線だった。


「流石にもう少しはあるけれど、それでも1200弱だ。勿論、警察官の仕事は、人探しだけじゃない」

「そうですね。落とし物とか、空き巣なんかも、調べなきゃいけないもんね」

「その通りだ。じゃあ、控えめに見て、犯罪絡みで消えた人間が1%だとしよう。まあ、僕はもう少し多いと思うけど、計算しやすいように1%。つまり、約2000人が何らかの事件を起こしてこの世から消えてる。毎年毎年……」

「これが一体、どういうことか分かるかい?」

「全然わかりません」


 やっぱアホの子だなと僕は思った。もしこれが男なら、とっくに席を立ってても不思議じゃない。でも不思議に、ジャス子とは話してて不快感はなかった。彼女は胸だけでなく、人としての器も大きいのかもしれない。


 勿論、美貌なら吉田さんの方が一枚上だ。僕の人生で出会った一番美しい人だといっても過言じゃない。だが吉田さんは、大抵いつもイライラしている。メンヘラが服を着て歩いているようなもんで、ご機嫌なのは、お酒を飲んでる時だけだ。勤務中に、あれほどナチュラルにお酒を飲みだす人を、僕はあの人以外に知らない。


 ジャス子からは、豊満な乳と人徳の代わりに脳みそを、吉田さんからは、キレッキレの頭脳と人脈の代わりに、乳を奪った。天は二物までは与えるが、それ以上は与えないものなんだなと僕は思った。


「いなくなる人の人数に対して、探す人が足りてない。それは分かるね?」

「はい、それは分かります」

「要するにこの国では、いくら人がいなくなろうと、誰も気にしないんだ。たとえ、それが犯罪絡みであろうとね」

「そんなー」

「ホントだよ。警察は、訴え出る人間が居なければ、絶対に調査なんかしない。訴えた所で、ロクに相手をしてもらえない事だって普通にある。彼らは、自分の仕事を増やしたくないんだ。勿論、全員とは言わないけどね」


「嘘だと思うなら、実際に警察署に行ってみればいい。巨乳のメガネっ子女子大生でもない限り、まともに相手もされないはずだ」って言おうと思ったけど、ジャス子はマンガみたいな巨乳メガネっ子女子大生なので、とりあえず僕は黙っていた。


「もしそれがホントなら、悲しいお話ですね。でも流石に、人を殺した人なんかは、大体捕まってるんじゃないですか?」

「それは誤解だ。捕まった人しか報道されないから、全員捕まってるように感じる。実際は、捜査すらされてない人間の方が圧倒的に多い」

「そうなんですね」

「ああ……。勿論、殺人の確実な証拠があったり、死体が見つかったりすれば調べざるを得ないだろう。だが、ちょっと人が消えた位で、お上は何も調べたりしないよ」

「えっと? 一体、何の話をしてたんでしたっけ?」と、ジャス子はちょっと不思議そうな顔をした。


「相場に負けた奴は、金を引っ張るためなら何でもやるって話だよ。だって、【死体が出なければいい】んだから」

「えっ……」

「今の僕は名前を変えて、その手の人たちとの関りは完全に断っている。だけど、この世界には、裏社会との付き合いがある人間が沢山いるんだ。持ちつ持たれつだといっても過言じゃない。後は怒野さんが自分で想像してくれ」

「よく分からないけど、全力さんが本当のことを言ってるってことだけは分かりました」

「そうか、ならそれでいい」


 流石に少し酒も回ってきた。吉田さんはいつも重役出勤だが、17時にはきっちりと帰る。本来なら今は、僕が一人でゆっくりできる貴重な時間なのだ。DJ君が来る前に家に戻って、のんびりネットでえろ漫画でも見たい。今日は大好きな双龍そうりゅう先生の、『姉と弟とセッ』の更新があるのだ。触れもしない巨乳少女に関わっている暇はない。


「あの全力さん……」

「なんだい」

「もし良かったら、私の事はジャス子って呼んでくれませんか? 怒野さんじゃ、ちょっと他人行儀だし」

「それは別に構わないけど、ジャス子は流石に呼びにくいな。もっと何か、普通っぽい呼び方がないかい?」

「じゃあ、以苑いおんでどうですか? 私の妹の名前なんですけど……」

「姉がジャス子で、妹の名前が、いおん? 流石にそれは狙いすぎだろ!?」

「本当ですってー」


『いおん、ねぇ……』


 ここで僕は、ずっと感じてたある違和感の正体に気づいた。確か昔、会社の金を相場に突っ込み、100億円の大穴をあけて、会社から追放された運送会社の社長がいたはずだ。その男の名は確か、怒野 大永だいえと言った。彼に娘がいたか僕は知らないが、目の前に同じ苗字のジャス子がいて、しかも、その妹は以苑いおんだという。


「あの……。もしかして、ジャス子って本名なの?」

「はい。私の父は運送会社を経営してたんですけど、最大の取引先が、某大手小売り企業だったんです。だからって、実の娘にジャス子は酷いですよね」

「その会社って、もしかして、怒野通運の事かい?」

「そうです。よくご存じですね。今はもう、イ○ンに吸収されちゃったんですけど、昔は運送業界で5番手くらいだったみたいです」


 怒野はたしか創業オーナーの2代目だ。損失の穴埋めに自分の持ち株を全て没収され、無一文で追放されたように記憶している。彼は仕手株に張るのが好きな男で、自らも本尊となって相場を動かし、兜町ではI氏と呼ばれて、一時いちじは時の人だった。


 怒野が資金を入れた銘柄はI氏銘柄と言われ、派手な値動きで一般投資家から人気があった。僕の師匠も指南役として、彼の相場を手伝ったことがある。株ですべてを失った怒野の娘が、親と同じく株をやり、大損して僕の目の前にいる。


「不思議といえば不思議な因縁だな……」と、僕は思った。


(続く)



話がダークになってきたので、コメディ路線に戻そうかと思っています。

ダーク路線も捨てるのは勿体ないので、別の場所で公開しようと思っています。

詳しくは、伊集院アケミの公式Twitterをご覧ください。フォローもよろしくお願いします。書き手さんは必ずフォロー返します。



*闇人妻の杜は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ