第3話 「うるる村田」
マ○ドナルド・兜町店のVIPルームに通された、アケミとジャス子。アケミとは長い因縁を持つ、うるるの過去が今明かされる。
*闇人妻の杜は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
僕が性的には危険な人間でないことを主張すると、彼女は笑ってこう答えた。
「あはは、そんなことは最初から思ってませんよ。でも私、飲むとご機嫌になって、直ぐ脱いじゃうらしいんです。まったく記憶にないんですけどね」
「そうなんだ。そりゃあ、凶器を晒しだすようなもんだね」
「凶器?」
「いや、何でもないよ……」
そういえば、うるるも、デビュー当初は巨乳キャラが売りで、名前も『村田ふみえ』だった。細川ふみえという巨乳アイドルが大人気だった時代で、先代のCCC投資顧問の社長が、それにちなんで付けたのである。9.11以前から相場を張る人間だけが知る、彼女の闇歴史だ。
うるるは素人だけじゃなくて、金主も良く嵌めた。別にうるるが売り抜けた訳じゃない。うるるを広告塔として使ってた筋が、身内を裏切って勝手に売り抜けただけだ。だけど、世間はうるる銘柄だと思ってるから、クレームは全部、うるるの所に来る。その中には勿論、怖い筋の人たちもいた。
そんなときの、うるるの得意技が、酒の席で全裸になった上での泣き落としだった。昔のうるるは結構可愛かったし、ウソ泣きじゃなくて、マジ泣きで、「必ず、次の救済銘柄出しますから!」って必死に懇願されると、大抵の奴は、「まあ今回は仕方ないか……」って感じになってしまうのだ。(かくいう僕も、駆け出しの時に300万行かれた。当時の僕には結構つらかった)
何度もこの泣き落としを繰り返すうちに、誰が言うともなく付いたあだ名が、【うるる村田】である。うるるはリーマンショックの後、しばらくはこの世界から消えていたのだが、数年後に舞い戻ってきた時に、開き直ってこの名前で再デビューしたのだ。
今じゃ流石に泣き落としは通じないし、酒の席で脱ぎもしない。だが、「若いころは、この手で軽く3億は踏み倒しましたわー!」っていうのは、今のうるるの鉄板の持ちネタである。それでも今だに現役で、あれだけのフォロワーに愛されてるのだから、ある種のカリスマであるには違いない。
僕は(自分の金が減るのでなければ)、この手の人間が大好きだ。この世界で長く生きていると、皆人間ではない何者かになってしまう。戦争が起ころうと、新型ウィルスで人が沢山人が死のうと、「相場にはどういう影響があるか?」という事しか考えられなくなるのだ。
自分で相場を作って生きてる奴は、もっとひどい。大抵は、人を騙すことを何とも思わない機械のような人間になっていく。いや、僕やうるるだって、人を騙して生きているクズには違いないんだけど、なんというか、【生き物としての情熱】みたいなものまで失っちゃダメだと、心の中で思ってる。
どんな状況でも、笑える人間は立ち直れるし、他人に対して希望を与えられる。「だから、余計に始末に悪い」と言われれば、「その通りだ」と答えるしかないけれど、機械であれ、僕やうるるのようなクズであれ、確実に言えることは、【ずっとこの世界で生きている人間は、既に人間とは言えない】ってことだ。見た目がヒトの形をしてるだけである。
うるるなんて、もはや物の怪に近いといえるだろう。色んな意味でタガが外れてて、もはや修復不可能な状態だし、直す気もない。そういう魑魅魍魎が、この界隈には沢山いる。関わらずに済むなら、関わらないに越したことはないのだ。
「ねえ、全力さん、質問いいですか?」
「なんだい」
「この世で一番怖いのは、相場を本職にしてる人間って言ってましたけど、それってどういう意味ですか?」
「相場師に比べれば、ヤクザや政治家の方がまだ御しやすいってことさ。金になるかならないか、興味があるのはそれだけだからね」
「相場師は違うんですか?」
「ああ、相場師が奪い合ってるのは金じゃない。プライドだ」
そう僕は答えた。
少なくとも、僕が駆け出しの頃にいた相場師はみんなそうだった。
「相場師はね、市場を通して、お互いのプライドを削りあってる。そして、それが崩壊した奴は、自殺するか、自暴自棄になってなんでもやるかのどちらかだ。後ろのタイプが一番恐い」
「そういうものなんですねえ……」
なんだかピンと来てないみたいだから、僕はもう少し具体的な話をしてみようと思った。
「そうだなあ……。怒野さんは、この日本で一年間にどれくらい人が消えるか知ってるかい?」
「そうですね。1万人くらいかな?」
「最新の統計で8万7000人だ。しかもそれは届け出があった人数だから、実数はその2~3倍だと言われてる。つまり、20万人近い人間が、毎年この世から消えてるんだ。ここで、もう一つ質問」
「なんですか?」
「行方不明者は警察官が調べる訳だけど、警察署は日本にいくつあると思う?」
「うーんと各県に10個はあるとして、500個くらい?」
ジャス子はそう答えた。こっちはまだいい線だった。
「流石にもう少しはあるけれど、それでも1200弱だ。勿論、警察官の仕事は、人探しだけじゃない」
「そうですね。落とし物とか、空き巣なんかも、調べなきゃいけないもんね」
「その通りだ。じゃあ、控えめに見て、犯罪絡みで消えた人間が1%だとしよう。まあ、僕はもう少し多いと思うけど、計算しやすいように1%。つまり、約2000人が何らかの事件を起こしてこの世から消えてる。毎年毎年……」
「これが一体、どういうことか分かるかい?」
「全然わかりません」
やっぱアホの子だなと僕は思った。もしこれが男なら、とっくに席を立ってても不思議じゃない。でも不思議に、ジャス子とは話してて不快感はなかった。彼女は胸だけでなく、人としての器も大きいのかもしれない。
勿論、美貌なら吉田さんの方が一枚上だ。僕の人生で出会った一番美しい人だといっても過言じゃない。だが吉田さんは、大抵いつもイライラしている。メンヘラが服を着て歩いているようなもんで、ご機嫌なのは、お酒を飲んでる時だけだ。勤務中に、あれほどナチュラルにお酒を飲みだす人を、僕はあの人以外に知らない。
ジャス子からは、豊満な乳と人徳の代わりに脳みそを、吉田さんからは、キレッキレの頭脳と人脈の代わりに、乳を奪った。天は二物までは与えるが、それ以上は与えないものなんだなと僕は思った。
「いなくなる人の人数に対して、探す人が足りてない。それは分かるね?」
「はい、それは分かります」
「要するにこの国では、いくら人がいなくなろうと、誰も気にしないんだ。たとえ、それが犯罪絡みであろうとね」
「そんなー」
「ホントだよ。警察は、訴え出る人間が居なければ、絶対に調査なんかしない。訴えた所で、ロクに相手をしてもらえない事だって普通にある。彼らは、自分の仕事を増やしたくないんだ。勿論、全員とは言わないけどね」
「嘘だと思うなら、実際に警察署に行ってみればいい。巨乳のメガネっ子女子大生でもない限り、まともに相手もされないはずだ」って言おうと思ったけど、ジャス子はマンガみたいな巨乳メガネっ子女子大生なので、とりあえず僕は黙っていた。
「もしそれがホントなら、悲しいお話ですね。でも流石に、人を殺した人なんかは、大体捕まってるんじゃないですか?」
「それは誤解だ。捕まった人しか報道されないから、全員捕まってるように感じる。実際は、捜査すらされてない人間の方が圧倒的に多い」
「そうなんですね」
「ああ……。勿論、殺人の確実な証拠があったり、死体が見つかったりすれば調べざるを得ないだろう。だが、ちょっと人が消えた位で、お上は何も調べたりしないよ」
「えっと? 一体、何の話をしてたんでしたっけ?」と、ジャス子はちょっと不思議そうな顔をした。
「相場に負けた奴は、金を引っ張るためなら何でもやるって話だよ。だって、【死体が出なければいい】んだから」
「えっ……」
「今の僕は名前を変えて、その手の人たちとの関りは完全に断っている。だけど、この世界には、裏社会との付き合いがある人間が沢山いるんだ。持ちつ持たれつだといっても過言じゃない。後は怒野さんが自分で想像してくれ」
「よく分からないけど、全力さんが本当のことを言ってるってことだけは分かりました」
「そうか、ならそれでいい」
流石に少し酒も回ってきた。吉田さんはいつも重役出勤だが、17時にはきっちりと帰る。本来なら今は、僕が一人でゆっくりできる貴重な時間なのだ。DJ君が来る前に家に戻って、のんびりネットでえろ漫画でも見たい。今日は大好きな双龍先生の、『姉と弟とセッ』の更新があるのだ。触れもしない巨乳少女に関わっている暇はない。
「あの全力さん……」
「なんだい」
「もし良かったら、私の事はジャス子って呼んでくれませんか? 怒野さんじゃ、ちょっと他人行儀だし」
「それは別に構わないけど、ジャス子は流石に呼びにくいな。もっと何か、普通っぽい呼び方がないかい?」
「じゃあ、以苑でどうですか? 私の妹の名前なんですけど……」
「姉がジャス子で、妹の名前が、いおん? 流石にそれは狙いすぎだろ!?」
「本当ですってー」
『いおん、ねぇ……』
ここで僕は、ずっと感じてたある違和感の正体に気づいた。確か昔、会社の金を相場に突っ込み、100億円の大穴をあけて、会社から追放された運送会社の社長がいたはずだ。その男の名は確か、怒野 大永と言った。彼に娘がいたか僕は知らないが、目の前に同じ苗字のジャス子がいて、しかも、その妹は以苑だという。
「あの……。もしかして、ジャス子って本名なの?」
「はい。私の父は運送会社を経営してたんですけど、最大の取引先が、某大手小売り企業だったんです。だからって、実の娘にジャス子は酷いですよね」
「その会社って、もしかして、怒野通運の事かい?」
「そうです。よくご存じですね。今はもう、イ○ンに吸収されちゃったんですけど、昔は運送業界で5番手くらいだったみたいです」
怒野はたしか創業オーナーの2代目だ。損失の穴埋めに自分の持ち株を全て没収され、無一文で追放されたように記憶している。彼は仕手株に張るのが好きな男で、自らも本尊となって相場を動かし、兜町ではI氏と呼ばれて、一時は時の人だった。
怒野が資金を入れた銘柄はI氏銘柄と言われ、派手な値動きで一般投資家から人気があった。僕の師匠も指南役として、彼の相場を手伝ったことがある。株ですべてを失った怒野の娘が、親と同じく株をやり、大損して僕の目の前にいる。
「不思議といえば不思議な因縁だな……」と、僕は思った。
(続く)
話がダークになってきたので、コメディ路線に戻そうかと思っています。
ダーク路線も捨てるのは勿体ないので、別の場所で公開しようと思っています。
詳しくは、伊集院アケミの公式Twitterをご覧ください。フォローもよろしくお願いします。書き手さんは必ずフォロー返します。
*闇人妻の杜は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません