第2話 「マ○ドナルド・兜町店の秘密」
「株の事で困っています。相談に乗って欲しい」というDMを、メガネっ子巨乳大学生から受け取ったアケミ。彼は知る人ぞ知る、マ○ドナルド・兜町店にあるVIPルームに彼女を呼び出し、話を聞いてみることに決めた。別に下心があった訳ではない。それが、この世界でボンクラから金を巻き上げ続けてきた彼のせめてもの贖罪なのだ。ホント、ホントだってば!
*闇人妻の杜は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係がありません。
僕は怒野ジャス子なる人物と、兜町の某所にあるマ○ドナルドで会う約束をした。たかがマ○ドナルドと侮るなかれ。この店は一見普通のマ○ドナルドだが、ここで飲食する女子高生は皆、仕手筋の子女で、彼女たちを通して重要な相場情報がやり取りされてたりするのだ。これは、兜町に居を成す人間にとっては常識である。
更にもう一つ秘密がある。一番左端のレジにいる店員に、『ここを過ぎて悲しみの市まち。友はみな、僕からはなれ、かなしき眼もて僕を眺める』という符丁を伝えると、奥のVIPルームに通されるのだ。このVIPルームは月会費が30万円で、中には見目麗しいコンシェルジュが二人居り、頼めば大概の頼みは聞いてくれる。
この類の店は、仕手筋に金を回すヤクザや、政治家の関連企業なら、一つや二つは持っている。勿論、その目的は資金洗浄だ。ボンクラは、不動産や美術品を使って一発で済ませようとするから足がつく。こういう、相場よりは高めだがぼったくりというほどではなく、一応はサービスも提供し、きっちり納税するのが、お上に摘発されない資金洗浄のコツだ。
実際にそのサービスを利用するのは、裏金を綺麗にしたくて仕方ない奴らか、そいつらから金や情報を回してもらうために、お付き合いで入ってる連中ばかりである。月3万円のぺらっぺらな相場情報誌や、大して旨くもないのに、一回5万もとられる寿司。うるるが看板娘になってる、CCC投資顧問の、AAA・VIPコース年会費100万円なんかもその類だ。お互いがお互いのサービスを利用し、非合法な手段で得た裏金を、綺麗な金に換えるのである。
ちなみにこの店は、符丁さえあってれば誰でも入れるが、もし会員でないことがバレた場合、不正利用の違約金として300万円を請求される。支払えない場合は、身分証明書を抑えられたうえ、法律ギリギリの高金利でローンを組まされるから、辞めといた方が無難である。いや、僕は払わされたことないですけどね。
*闇人妻の杜は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係がありません。
僕は店の前でジャス子と待ち合わせることにした。素人が符丁を言い、VIPルームに入るのは、敷居が高いだろうと思ったからだ。現れたジャス子はアイコン通りのメガネっ子で、貧乳派の僕でもクラっと来るような、爆乳の持ち主だった。プロフに書いてあったことはウソじゃなかったのだ。
「こんにちは、DJ全力の中の人です。主に煽りを書いてるのが僕。後で、証拠を見せるよ」
「怒野ジャス子です。大丈夫です、疑ってません。でも、思ったより若いんですね。もっと、ヤクザの親分みたいな人が来るんじゃないかって思ってました」
「よく言われるよ」といって、僕は乾いた笑いを浮かべた。
それにしても、ジャス子の爆乳は目のやり場に困る。通りすがりの人も彼女の事は気になるようで、「マジかよ?」って感じで何度も振り返っていた。目立っていい事なんて何もないから、早く店の中に入ってしまおう。
「中に行こうか……」
「そうですね。でも、このマ○ドの奥にVIPルームがあるなんて、本当ですか?」
「本当だよ。君の大好きなうるるも、ここの常連なんだぜ」
「そうなんですか!」
うるるの名前を出した途端、表情が明るくなった。
僕はあれから何度かジャス子とDMのやり取りして、簡単な経緯は既に知っていた。爺さんの遺産で入った4000万を原資に株を始めたこと、CCCキャピタル投資顧問の無料セミナーに行ったこと、うるるに直接声を掛けられたことなんかだ。
損した金額までは聞いてないが、こうして相談に来てるのだから、大損してることは確実だろう。にもかかわらず、彼女はいまだ、うるるの事を信奉している。この子は自分が合法的に金を巻き上げられたことに、まるで気づいてない。やっぱり、ちょっと頭の弱い子なんだろう。
相場とは、倫理性のかけらもない最高に頭のいい連中が、持てる能力の全てをかけて金を奪い合うゲームだ。裏切りや嵌め込みは日常茶飯事で、僕自身なんとも思わない。でもそれは、相手が同じ悪党だからこそ出来ることだ。いくら原資が遺産とはいえ、こういう子から一方的に金を巻き上げるのは気がすすまない。
とはいえ、金に色が付いている訳じゃない。直接、相手の顔を見てないだけで、僕自身、何人もの善良な人たちを地獄の底に叩き落としてきたのだろう。たまに相談に来るこういう子に、「悪いこと言わないから、相場なんかやめとけ」と言ってあげるのが、僕のせめてもの贖罪だった。
僕は彼女を伴い、左隅のレジの列に並んだ。
「いらっしゃいませー。本日は何になさいますか?」
「VIPセットで」
レジ打ちの子の目の色が少し変わる。彼女は小声で僕に耳打ちした。
「申し訳ありませんが、アレはご存じですよね」
「勿論」
「教えていただけますか?」
「ここを過ぎて悲しみの市まち。友はみな、僕からはなれ、かなしき眼もて僕を眺める」
「申し訳ありません、お客様。そのコースはもう終了してしまったんですよー。またのお越しをお待ちしております。お次のお客様、どうぞー」
僕らは列から外された。ジャス子が不安げな眼差しで僕を見ている。
「全力さん、終わっちゃったって言ってますけど、これって大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。店の外に出よう」
店の向かい側には、VIPルームのコンシェルジュがあまり目立たないようにして立っていた。いつも通りだ。
「わあ、綺麗な人!」
コンシェルジュさんを見て、ジャス子は無邪気にはしゃいだ。
「伊集院様、いつもご利用ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」
「ありがとう」
僕は軽く会釈を返す。「伊集院?」と、ジャス子が尋ねた。
「ああ、僕の仕事の名前。勿論、本名じゃないけどね。今じゃもう、知る人もほとんどいないけど、昔は伊集院銘柄といえば、それなりに派手な動きをしたもんなんだぜ」
「そうなんですか! 全力さんも、昔はうるるさんみたいな凄い人だったんですね!」
「ま、まあ、そんな感じかもね……」
苦笑するほかなかった。僕とうるるは友達ではあるが、相場の張り方はまるで違う。そもそも、うるるは仕手筋の広告塔をやってるだけで、自分で相場を作ってる訳じゃない。だが、良かれと思って、ジャス子が僕にそう言ってくれたことは間違いない。
「うるると一緒にされたくないなあ……」と思いつつも、彼女の好意を無下にしなきゃいけない理由もなかった。それにうるるは、僕にとっては数少ない、相場のディープな部分の話まで出来る友人の一人だ。実際に話してみればわかるが、彼女はどうにも憎めない、ただの相場好きのおばちゃんにすぎない。組んでる相手の質が、ちょっと悪いだけだ。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ」と僕は答え、僕の言葉を待っているコンシェルジュさんに向かって言った。
「この子は僕の友人です。間違いのない人ですから、一緒に案内をお願いします」
「わかりました」
僕らはマ○クの裏口に通された。長い廊下をジャス子と歩きながら、一言二言、会話を交わす。
「漫画とかではよく見ますけど、こういう世界って、本当にあるんですねえ……」
「そりゃあるさ。この世で一番怖いのは、相場を本職にしてる人間だよ。素人を嵌め込むことを何とも思わないし、金額だってケタ違いだ」
『君もその被害者の一人だよ』、とまでは言わなかった。彼女は大金を失ったが、まだ、借金抱えるところまでは行ってない。この世界から消える人間としては、まだマシな方だ。どうせ戻ってこない金なら、気持ちよく堅気の世界に送り返してやる。それが僕のしてやれる、せめてもの事だった。
僕らはコンシェルジュさんに案内され、薄暗いVIPルームの中に入る。心地よい弾力のソファに腰をかけながら、僕はジャス子に尋ねた。
「何か飲む? 大抵のものはそろってるよ。なければ、コンシェルジュさんが買いに行ってくれるし」
「そうなんですね」
ジャス子はこういう場所には不慣れなのか、辺りをきょろきょろと見まわしている。「僕は少し飲むけど、君も飲むかい?」と、僕は尋ねた。
「いや、お酒自体は好きなんですけど、今日は止めておきます。今日はまだ、初対面ですし」
「念のために言うけど、僕は女の子に酒飲ませてお持ち帰りしちゃうようなクズじゃないよ。非リアの看板もあるしさ」
最初の一回は、仮に向こうから誘われようと絶対に我慢する。それが僕のポリシーだ。いやそもそも、フォロワーをお持ち帰りしたことがバレたら、吉田さんから大目玉を喰らうだろう。
ましてジャス子は、巨乳メガネっ娘である。ちんちん切られてトイレに流される確率が、約8割。残りの2割が、有無を言わさず拉致されてお魚のエサコースだ。吉田さんは本人もかなりヤバいけど、その手の筋の人たちから、大人気の女性なのだ。
(続く)
「闇人妻の杜は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係がありません! けんぜんです! こめでぃー! です。実録相場ものじゃないんだから、そこんとこ勘違いしないでよね!」(ツンデレ)