第1話 「僕の持っていた巨乳物のえろ漫画は全て焚書させられ、動画へのブックマークも、それ系のものはすべて消えていた」
DJ全力アカウントに届いた、一本のDM。それが、僕とうるると吉田さんの血で血を洗う長い抗争の始まりになろうとは、その時の僕には知る由もなかった……。
あれはそう、メガネ相場が終わって比較的のんびりとしてた頃の話だ。DJ全力のアカウントに、見知らぬ人から、「株で大損して困っています。相談に乗ってもらえませんか?」というDMが入った。差出人は、怒野ジャス子という女性だった。
普段の僕なら、そんなDMは速攻でゴミ箱に突っ込む。何で今回はそうしなかったのかというと、その差出人のプロフに【胸の大きさに悩む女子大生】と書いてあり、しかもアイコンがメガネっ子で、結構可愛かったからだ。
DJ全力とは、僕が相方であるDJ君と共に運営している、相場情報発信のための公式アカウントの名前である。24時間体制でツイートやリプを行うために、この垢は三人で管理していて、そのうちの一人は女性だった。その女性の名を、仮に吉田さんとしよう。
吉田さんは、黒髪ロングの清楚風な人妻だ。黙っていれば、大変、見目麗しい女性なのだが、彼女の心の中にはデカい乳を持つ女性に対する怨念が渦巻いており、巨乳好きが近くによると、悪寒と吐き気に襲われて、3日は寿命が縮むと有名だった。僕はもう、吉田さんとは10年以上の付き合いだから、多分あと8年位しか生きられないと思う。
悩むと書いてあるだけだから、「小さいから悩んでる」という可能性だって論理的にはありえる訳だが、貧乳の彼女は絶対にそうは解釈しない。
「胸の悩みを公言する女子はすべからく巨乳であり、その手の発言は悩み相談に見せかけた、貧乳女子に対する煽りである」と端から決めつけているのだ。
外で胸の大きな女性を見るたびに、「ふざけんな、死ねよ」と真顔で言う女性を、僕は吉田さん以外には知らない。まあ僕も、大してかっこよくもない男が美しい女性を連れて歩いてるのをみると、「死ねばいいのに……」って平気でつぶやくからお互い様なんだけど、もしこのDMが見つかったら、きっとひどいことになる。
「何てめえ、巨乳女子にコナかけてんだよ?」とクンロクを入れられたうえ、20㎏コンクリを抱かされて、東京湾に沈められることは確実だ。
吉田さんは、二次元にすら容赦ない。僕の持っていた巨乳物のえろ漫画は全て焚書させられたし、僕の個人パソコンの中の動画へのブックマークも、それ系のものはすべて消えていた。貧乳物は全スルーなのが逆に怖い。それにしても、吉田さんはいつ、僕のPCからログインパスワードを抜いたんだろう?
まあその辺は、僕が細心の注意を払っていれば、何とかなる話だ。一番の問題は、この【怒野ジャス子】なる人物が本当に女性であるかという事である。僕が思うに、この設定は、ネカマが演じるには余りにもあざとすぎる。トップのアイコンがジャス子本人であるかはともかくとして、送り主が女性であることは間違いない。僕の直感がそう叫んでいた。
「この子はきっと真剣に悩んでいるに違いない。それに答えるのは、20年間この世界で食わせてもらってきた、相場師としての俺の責務だ!」
僕はそのDMを、僕の個人アカウントに転送し、吉田さんが出社する前にDJ全力のメールアカウントから削除した。重役出勤で、午後から出社してきた吉田さんは、僕の隠ぺい工作にまったく気づかなかった。とりあえず、ファースト・ミッションは成功だ。
勿論これは、外部の人間との不要なトラブルを避けるための処置であって、決して下心があった訳ではない。DJ全力は、【非リアでちょっとポエマーな元仕手筋(猫)】というキャラで売っている。フォロワーの女性に手を出すなんてもっての他だ。ましてや相手は、巨乳メガネっ娘女子大生である。もし吉田さんにバレたら、二人とも海に沈められてしまうか、山に埋められて鋸引きの刑だろう。
僕は自分のPCから個人アカウントにログインし、念のため、ログインパスワードを、20ケタで自動作成した不規則なものに変更した。そして、転送したDMに返信をかける。
「こんにちは。DJ全力の中の人です。DM拝見いたしました。一体どうされましたか? 自分で良ければ、お力になりたいと思います。なお、今後はDJ垢ではなく、こちらのアカウントの方に直接ご連絡ください。よろしくお願いします」
この僕の出来心が、今後長く続く、僕とジャス子と、そして吉田さんの血で血を洗うような抗争の始まりになるとは、当時の僕は思いもしなかった。僕はまだ生きてはいるが、この抗争の余波で大切な相方を失い、吉田さんも僕の元を去ることになったのだ。
そして、最期の頼りだった金も失い、こんな三文小説を書く身分にまで落ちぶれている。全ては、偉大なる貧乳教を裏切った罰だ。今の僕は、再び貧乳教徒へと改宗し、出来心を起こした自分の愚かさを悔い、心の底から反省している。
「巨乳は罪だ! 貧乳こそ、ステータスだ! あんな脂肪の塊に惑わされる奴なんか、男としてどうかしてる! スポブラ最高!!」と唱えながら、吉田さんの自宅のある方角に向かって一日に5回礼拝し、コロナ自粛とは無関係に、1年以上も自宅謹慎の日々を送っているのだ。
ホント、ホントだってば、吉田さん! お願いだから、僕のDMに返信して!
(続く)
「これは頭弱い女子大生が、相場の泥沼に嵌っていくお話です。闇人妻の杜と共通の人物が数人出てきますが、この物語はあくまでもフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。この世界ではプロですらあっという間に、奈落の底に沈みます。堅気の皆さんは、絶対に相場には手を出さないようにしましょう。たとえお金を払おうと、儲け話を教えてくれる人はこの世にはいませんよ」
DJ全力の中の人こと、伊集院アケミ
追伸 闇人妻の杜本編の方は、本当に真面目に執筆しています。応援よろしくお願いします。
闇人妻の杜 第一章『人生を変える箱』編
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