sweet melt
寒い日の幸せって、なんだろう?
私は、暖房の効いた部屋でアイスを食べることだと思う。
「はぁー、幸せ」
「そうかな? そりゃ、アイスは美味しいけど」
「分かってないな。温かい部屋でまったりしながら、いい感じに溶けてきたところを食べる。これこそ真冬の醍醐味であり、最高の贅沢よ」
「ふーん。でも私は、こうしてお姉ちゃんの隣でぬくぬくしている方が幸せだけどな」
そう言って無邪気な笑みを浮かべながら、鈴が私の腕にしがみついてきた。
「ちょっと、アイスが溢れるでしょ」
「ねぇねぇ、お姉ちゃんのアイスも、一口食べさせて」
「……どうして?」
「だって、そっちのも美味しそうなんだもん」
確かに、私が食べているものも鈴が食べているものも、どちらも美味しそうだ。でも、そうする意味が分からない。
「鈴が今食べているのは、何味?」
「リッチ・ストロベリー」
「私が食べているのは?」
「……リッチ・ストロベリー」
「じゃあする必要ないでしょ」
「やだ、そっちも食べたいー」
「同じもの食べているんだから、自分のを食べればいいでしょ」
「私は、お姉ちゃんのアイスが食べたいの!」
「意味が分からない……」
「食べたい食べたいたーべーたーいー」
「あー、分かったわよ。ほら、一口だけね」
これ以上の抵抗は無駄だと諦めて、私は自分の持っているカップを妹に差し出した。
「あーん」
「? どうしたの? 虫歯でも痛いの?」
「そうじゃないよ! あーん」
鈴はもう一度、口を開けた間抜けな顔をこちらに向けてきた。いや、言わんとしていることは分かるけど……
「自分で食べなさい」
「えー、いいじゃん。食べさせてよ」
「まったく、この子はどうしてこんなにわがままなの」
鈴は小さい頃から駄々っ子で、昔からお菓子でもおもちゃでも、何でも私とお揃いがいいと言って聞かなかった。両親もそんな妹を甘やかし過ぎたせいで、わがままなところは高校生になった今でも変わっていない。そして、
「おねがい……」
この、上目遣いでしてくる妹のお願いに私が弱いのも、相変わらず変わっていない。
「……分かったわよ。ほら、あーん」
「あーん……んー、こっちの方が甘くて美味しい」
アイスを乗せたスプーンを口に運んであげると、鈴は実に幸せそうに顔を綻ばせた。
「同じものなんだから変わらないでしょ」
「全然違うよ。じゃあ次はお姉ちゃんも、あーん」
「私はいいよ」
「いいから。はい、あーん」
鈴も同じようにアイスの乗ったスプーンを向けてきたから、仕方なくそれを貰った。
口に入れた瞬間、ひんやりとした感覚といちごの甘さが口いっぱいに広がり、後から果肉の程よい酸味が効いてきた。そしてその余韻を残したまま、そっと消えていった。
「どう? 美味しかった?」
「そりゃ、私も同じものを食べているから美味しいわよ」
「そういうことじゃなくて……」
「それよりも、これ食べたら自分の部屋に戻ってちゃんと勉強するんだよ。明日からは試験なんだから」
「うー、分かってるよ……」
甘やかされて育ったせいか、妹は自分から進んで勉強をしようとはしない。その結果はそっくりそのまま成績に反映されて、前回は前代未聞の全科目全て追試となった。
これにはさすがの両親もきつく彼女を叱ったが、普段からが甘い分、それを少しきつくしたところで、周りからすると全然叱っているようには見えなかった。
だからここは姉である私が、親バカ二人に代わって口を酸っぱくして注意しないと、この子のためにもならない。
「今度赤点とったら本当に留年だよ。大体、毎日コツコツと勉強しないからこういうことになるんだよ。この前だって、前日ギリギリになってから慌ててやって……」
「もー、分かってるってば! あんまりうるさいとその口、塞いでやる」
「っ!」
瞬間、目の前が真っ暗になった。
それと同時に、唇には何か柔らかいものが触れて、気付いた時には、目をトロンとさせた妹の顔があった。
「鈴、あんた何を! ……」
「……ねぇ、お姉ちゃん。私、甘いものが欲しいな」
「え? 今、あ、アイスを食べているでしょ」
「それよりも、もっと甘いもの……」
鈴は目をトロンとさせたまま私との距離を縮めてきた。体を密着させ、彼女の白くしなやかな指先が、私の首筋を撫でるように触れて、絡みついてくる。
「ちょっと鈴、冗談はやめて」
「冗談じゃないよ。私、ずっとお姉ちゃんのことが、好きだったんだよ」
「お願い鈴、離れて……」
どれだけ抵抗しても絡みついてくる腕は解けず、そのまま押し倒されて、私の自由はさらに奪われていく。
「おねがい、お姉ちゃん……」
頬を蒸気させ潤んだ瞳が、真っ直ぐと私を見つめてきた。
ああ、駄目だ。
どれだけ心を鬼にしても、その顔で見つめられてしまったら、一瞬で崩れ去ってしまう。たまらなく愛おしく感じて、その全てが欲しくなってしまう。
「しょうがないな。……今日だけだよ」
結局私も両親同様に、姉バカなのだ。
「ありがとうお姉ちゃん。……んっ」
「んっ……ちょっと、いきなり……んむっ」
鈴が強く唇を押し付けて来ると、もう一度甘い香りが口いっぱいに広がった。
でもそれは、今食べていたアイスなんかとは比べ物にならないほど甘く濃厚で、とろけてく感覚はいつまでも消えることがなかった。舌が触れ合う度に、私の意識も甘く溶かされていく。
「っぱぁ、はぁ、はぁ……おねーちゃん、もう一回。っん」
「はぁ、はぁ、え? ちょっと、まっ――っむ」
私の返事も聞かず、鈴はさっきよりも激しく唇を重ねてきた。
そしてそのまま、顎、首筋、鎖骨と、私の体をなぞるように触れていき、その度に頭の中がふわふわとして、身体が浮くような感覚に襲われた。
「ちょっと、そんなとこ触らない――あっ」
「ふふ、可愛いよ、お姉ちゃん……うっ、そ、そこはダメ……きゃっ」
最初はただ、妹の望むままを受け入れていただけだったが、いつしか私自身も彼女を欲して、自ら唇を重ね、身体を求めていた。
いけないことだと理性では分かっている。でも、だからこそ身体が余計に求めてしまい、どんどん歯止めが効かなくなっていく。何もかもが甘く溶けていき、ただ愛しい人と一緒になれる快楽と幸福だけが私を満たしていった。
「……お姉ちゃん、大好き」
そう言った可愛い妹は、私の腕の中で小さくはにかんだ。
ああ、これだから断れないんだな。
その後も、私たちはお互いの唇を、身体を、想いを、何度も重ね合わせた。
どれだけの時間をそうしていたのだろう。ただ、お互いに酸欠で倒れた時には、カップの中のアイスもすっかり溶けきっていた。
「もー、鈴がこんなことしてきたから、アイス溶けちゃったじゃない」
「大丈夫だよ。カップだから冷やせばまた食べられるよ」
そう言って鈴は二つのカップを持って、部屋の隅に置いてある小さな冷蔵庫の中にしまった。
「……だから、それまでの間、もう一回……しよ」
「はぁー、まったく……」
寒い日の幸せって、なんだろう?
私は――
最後まで読んでいただき、ありあとうございました。