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────あれから三日間、出来る限りの事はやって来た。


 アルフレドの一人称から始まり、口調、声のトーン、オスクリタの呼び方、姉への話し方、使用人の呼び方、屋敷の構造把握、その他諸々。



全てが付け焼刃(・・・・・・・)だけどな(・・・・)



 無理に決まってんだろ! 三日で他人になり切れるかっ! 

しかも、アルフレドの情報は全部誰かの”確か~”って知識だぞ!? その九割はギャレットのだ! 馬鹿か!





 と言う事で、皆で知恵を出し合って、とっておきの秘策を考えた。




”挫折から立ち直った事で、ちょっと大人になったアルフレド君作戦!”




 ……一応、命が掛かってるんだけどな。

まぁ、と言っても作戦自体は至って大真面目だ。

 挫折から立ち直って人間として成長したんだから、多少口調が大人びてても別におかしくないでしょ? って理論で押し通す。……押し通せるのか?



「やっぱさ、無理があると思うんだよ。もう諦めて、正直に白状した方が良いって」


「急に弱気にならないで下さい! アルフレド(・・・・・)様に全て掛かってるんですから! 自信を持って!」


 オフィーリアが弱気になったオレを励ましてくれる。

この三日間で、使用人達との距離はかなり縮まった。

 皆、オスクリタに傷ついて欲しくないと思っている。それが偽りだとしても、彼女には笑っていて貰いたいと。



「あんたねぇ……自分でやるって言ったんだから、いい加減腹括りなさいよ!」


 ほらな? ターニャなんて常にタメ口だぜ? こいつが敬語で話してる所を見たことが無い。



「ターニャ、頼むから……姉上がいらっしゃる間は口を開くなよ? お前の敬語なんて聞いた日には、僕は笑いが堪えられそうに無い」


「何よそれ!? バカにしてんのっ!?」


「アラ……アルフレド様、お上手ですよ。ちゃんと”僕”って言えてます。偉い偉い」


「ケイト……何度も言ってるが、僕を子供扱いするのはやめてくれ。心が折れる」


 あの日以来、ケイトは事ある毎にオレの頭を撫でようとする。止めろと言っても撫でてくる。

 最悪な事に、一人称を”僕”に変えてからは更にその傾向が悪化した。



「間もなく到着致します。準備を」



 ギャレットが周囲の緊張を促す。だらけた姿で当主を迎える訳にはいかない。

オレは今、オスクリタを迎える為に正門に来ていた。使用人も全員揃っている。


 遠くの方で土煙が見えた。馬車がこちらに近づいて来ている。

馬車の後ろには巨大な竜が控えていた。あれが……黒竜か。遠目ではっきりとは見えないが、明らかに飛竜とは違う体躯をしていた。





 馬車が正門を通り抜け、屋敷の前の広場で止まる。

使用人は全員最敬礼の姿勢を取り、その時を待つ。



 少しの間を空け、馬車から一人の女性が降りて来た。

オスクリタ・クランクライン。初めて会う、オレの”姉上”。



「おかえりなさいませ!オスクリタ様!」



 使用人が声を合わせて当主の帰還を労う。



「遅くなってすまない。街で少し領民と話していた」


 オスクリタはそう言うと、綺麗に整列した使用人達をぐるりと見渡す。無事かどうかを確かめる様に。

 そして────




 アルフレド(オレ)と、目が合った。



 固まるオスクリタに、ゆっくりと近づいていく。

オスクリタはピクリとも動かない。視線だけが、オレの動きを追っていた。


 一歩ずつ、オスクリタに歩み寄る。一歩。また一歩。それは、王の元へ歩み寄る所作だった。

欺瞞を働く相手への、オレが出来る精一杯の誠意。



 十分な距離まで近づくと、跪く前にオスクリタの顔を見た。深い闇の様な瞳が、その感情を隠していた。

 地面に跪き、騎士の礼を取る。



「姉上に置かれましては、此度の長期に渡る任。ご無事にお戻りになられ、なによりでございます。……これまでに働いた数々の無礼。思い返す程に、忸怩たる思いでおりました。不肖な愚弟が、姉上に対し不敬の念を抱いていた事、深くお詫び申し上げます。愚かなこの身を、お許しください」



 身体の奥から湧き上がる不快感を、無理矢理押さえつける。この謝罪に意味はない。アルフレドの姿をしただけの、偽物(オレ)の言葉に何の意味がある。

 地に押し付けた拳に力が入る。救われて欲しいとは思う。報われて欲しいとも思う。だが、偽りで得た救いに、何の意味があると言うのか。

 拳の震えを、抑える事が出来ずにいた。オスクリタが真に望んでいた想いは、もう二度と叶う事はない。オレが全て奪ってしまった。奪い取ってしまった。姉弟が真に得なればならなかった瞬間(とき)を、踏み躙ったのだ。




 そのままの姿で、オスクリタからの返答を待つ。

誰一人として声を発する者は居なかった。時が流れているのか分からなくなる程に、辺りは静寂に包まれていた。



「あっ……」



 背後から聞こえた声に、反射的に顔を上げる。

眼に映ったのは崩れ落ちるオスクリタの姿だった。




「誰か! 手を貸してくれ!」


 地に伏せる前に、オスクリタの身体を支え起こす。

漆黒の鎧を身に纏ったその身体は、アルフレドの腕では荷が重い。

 オレの呼び掛けに、何人かの使用人が堰を切った様に動き出した。


 使用人にオスクリタの身を預け、屋敷へと入って行く姿を見送る。先程までの静寂が嘘であったかのように、場は騒然としていた。



「皆落ち着け! 長期の任より戻られたばかりで疲労が溜まっておられたのだろう、大事はない」


 慌てふためく周囲に喝を入れ、馬車の方を見る。



「お前達も、ご苦労であった。屋敷に戻り疲れを癒すといい」


 馬車の周りには、オスクリタに付き添った使用人達がいた。彼女達に向けられる猜疑の眼差しは、まるで全ての嘘を見抜かれている様で、心を締め付けられる。



「アルフレド様に置かれましても……ご健康に戻られた様で、なによりでございます」


 彼女達は、アルフレドがアラン(オレ)である事を知らない。故に、その猜疑は”これまでのアルフレド”に向けられた物なのだが……。



「すまなかった。姉上にも、お前達にも苦労を掛けた。僕は、許されない事をした」


 使用人に頭を下げる。”許されない事”の本当の意味は、オレだけの胸に秘めた。



「どうか、頭を上げてくださいまし。アルフレド様も、十分にお苦しみでした。……過ぎた真似を致しました。お許し下さい」


 オスクリタに連れ添った使用人の多くは、古くから屋敷に勤めていた者だ。

彼女達の感慨には、より深い想いが込められている。



「……アルフレド様」


 振り返るとギャレットが居た。その視線は、オレの拳にへと注がれていた。地に押し付けるあまり、深紅に染まった拳へと。



「皆まで言うな。爺やにも苦労を掛けた。どうか、不甲斐ない僕を許してほしい」


 ギャレットの言いたい事は分かる。だが、それはこの場では不要な事だ。

嘘は、最後まで貫き通さねばならない。嘘を、嘘にしてはならないのだ。それが欺瞞を働いた者の責任なのだ。



 意地を通す事も出来た。ギャレットの願いを、振り払う事も出来た。

だが、そうする事が出来なかった。そうするには、多くの事を知り過ぎた。騙した事を恥じては居る。断罪されるべき行いをしたと心から思う。だが、悔いてはいない。これは、オレが決めた事だ。オレがそうすると、心に誓ったのだ。




 屋敷に運び込まれる荷物を、ただ呆然と眺めていた。

手の治療は断った。もうしばらく、このままにして置きたかった。

最後に、黒竜が門を潜り抜けた。遠目では分からなかったその姿が、今ではハッキリと見て取れる。











黒竜は、オレがかつて対峙した、闇竜そのものだった────────






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「自分で思っていたよりも、どうやら疲れが溜まっていたらしい。皆には心配を掛けた」


 透き通るような声で、オスクリタが言葉を紡ぐ。

自室に運ばれた後、しばらくすると目が覚めようで、今は使用人を含めて全員が食堂に会していた。

 時刻は夕食時。姉弟が揃って久しい晩餐の場だ。



「申し訳ありません。十分に、考慮するべき事でした」


 謝罪しようと腰を折るギャレットを、オスクリタが手で制す。



「ギャレット。不在の間、よく屋敷を守ってくれた。礼を言う」


「勿体なきお言葉。オスクリタ様が居られぬ間、屋敷を維持するのが我らの使命でございます故」


「他の者もそうだ、長らく不在にしていたが、屋敷を見れば分かる。ご苦労であった」


 屋敷に残っていた使用人達は返事こそしなかったが、オスクリタに褒められた事で皆頬を赤く染めていた。



「それに……」


 食堂に置かれた、長いテーブルの対面に座るオレに視線を送る。



「そうか、夢では……ないのだな」


 噛み締める様な声だった。目の前の光景が、現実である事を。



「許されざる行いでした。姉上にだけでなく、ここに居る全員に。なんとお詫び申し上げれば良いのか」


「謝辞はよいのだ。お前が無事で居てさせすれば、私はそれで良い」


 その瞳には、深い愛情が込められていた。

アルフレド。お前が当時、何を感じ、何を思っていたのかは、オレには想像する他無い。

 だが、この眼差しの温かみを、どうしてお前は素直に受け入れられなかったのだ。


【怖かった、情けなかった、妬ましかった】



「──────っ!」


「……どうした?」


 聞こえた。何かが。オレではない誰かの声が────



「いえ、申し訳ありません。姉上の美しい瞳に、心を奪われておりました」


 アルフレド! お前なのか? お前がそこに居るのか!?



「ふふ、何を惚けている。金色に輝くお前の瞳の方が、私は羨ましいよ」



 ────応えろ! アルフレド!




ガタッ




「………………。」


 気が付くと、オレは勢いよく立ち上がっていた。周囲の視線が全てオレに注がれる。



「……急に、どうした? 先程から、様子が落ち着かない様だが…………」


 オスクリタが、心配そうにこちらを見ていた。



「…………いえ……」



 頭の中が、ぐるぐると渦を巻く。

自分の中で、得体の知れないナニカが蠢いている様だった。

 ぐにゃり。と、視界が歪んだ気がした。視界が霞み、色が消えていく。

立っているのかさえ、今は感じない。傷ついた拳だけが、ジクジクと熱を持ち、疼いていた。











※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……お目覚めに、なられましたか」


 目を覚ますと、自室のベットに横たわっており。傍に控えていたギャレットが安心したように胸を撫でおろしている。



「……何が、起きた……?」


「どこまで……覚えておいでですか?」


 上体を起こし、部屋を見渡す。部屋に居たのはギャレットのみで、他には誰も見当たらない。



「無意識の内に、立ち上がってしまった事は覚えて居る。場を壊すまいと、口に出す言葉を考えていた」


「立ち上がった後は、尋常ならざるご様子でした。顔は青ざめ、呼吸は荒く。全身には汗が滲んでおられた」


「そして、気を失って倒れたと」


「はい。部屋に運ばせて頂いた後も、何かにうなされているご様子で、皆心配しておりました」


「迷惑を掛けた……オスクリタは、どうしてた?」


 彼女には、これ以上負担を掛けたく無かった。だが、やらかしてしまった。

弟が倒れた事で、余計な心配を掛けた事だろう。



「先程まで、この部屋にいらっしゃいました。今は、自室で休まれております」


「……そうか」


 オスクリタと言葉を交わした時間は少なかったが、話した限りではオレが目覚めるまで寝ずに待って居てもおかしくない人物だった。部屋に戻すのも大変だったろうに。



「アラン様のご容態も、その時には落ち着いておりましたし……何より、先に倒られたのはオスクリタ様ですので」


 左程苦労はしなかったと、ギャレットは言っていた。相変わらずこちらの意図を掴むのが上手い。

倒られた。と言うのは出迎えの時だろう。そこを突かれては、オスクリタと言えど従わざるを得なかった様である。



「姉弟揃って同日に気を失うとは、何とも微笑ましいモノだ」


 そう、自嘲気味に(うそぶ)く。

まぁ、お互い様と言う事であれば悪目立ちも多少は減るだろう。



「昨夜から、緊張していて眠れないご様子で、その疲れが出たのでしょう……という事にしてあります」


 それは、倒れた理由を誤魔化す為の方便だった。

確かにこの所、オスクリタを迎える”準備”をしていたせいで何かと慌ただしい日々ではあったが、昨晩は普通に熟睡している。



「……それで、どうされたのですか?」


 つまり、事情を知る者にとっては、そこが問題なのだ。

そういう意味では、オスクリタ以上の心配を皆に掛けている。



「……声が、聞こえた。アルフレドの声が」


「──────!」


 ギャレットが目を見開き、驚愕の表情を浮かべている。

考えられる要因としては、それしかないだろう。声が聞こえてからアルフレドに必死に呼びかけたが、返事は返ってこなかった。



「それは、今も……ですか?」


 そして、それは事態の進展を意味する。

消えたと思っていたアルフレドは、確かに今も、何処かに存在しているのだ。



「いや、一度きりだ。頭の中で必死に呼び掛けたが、意味は無かった」


「左様でございますか……それで、アルフレド様は……なんと?」


「……意味のある内容では無かった。怖い、情けない、妬ましい……そんな単語だけが、聞こえた」


 それは、事実だ。聞こえた声は、その三つ。

そして、嘘でもあった。声と共に、アルフレドの感情が流れて来た。

 悲痛な慟哭(さけび)。アルフレドが壊れた”本当の理由”。



「ふむ……そうでしたか」


「また、何かあれば伝える。今日は疲れた……少し休みたい」


「……アラン様には、ご負担をお掛けする事になってしまい、大変心苦しく存じます。私に出来る事がございましたら、なんなりとお申し付けください。では、おやすみなさいませ……」



 気にするな。と、返事をすると、ギャレットは申し訳なさそうに微笑み、静かに部屋を出て行った。


 アルフレドの真実を、伝える事はしなかった。言った所で、意味はない。

もうそれは、終わった事なのだ。ギャレットも、オスクリタも、知る必要はない。

これ以上、誰も不幸にならなくていい。






「その中には、お前も含まれているんだぞ、アルフレド……」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 夜中、部屋を抜け出したオレは屋敷の外に来ていた。

理由は勿論、竜に会う為である。


 黒竜は、屋敷に隣接された竜舎の中で横たわっていた。

間近で見て確信する。コイツは、闇竜だ。闇竜の姿はオレの脳裏に焼き付いている。その特徴のどれもが、目の前にいる竜と合致していた。


「違うのは、大きさだけだ……」


 以前と比べると、大分小さくなっていた。しかし、大きさは関係ないのかもしれない。相手は竜だ。自分の大きさくらい、自由に変えられても不思議ではない。




顔の前までたどり着くと、竜の目が静かに開いた。


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