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 朝、使用人が起こしに来る前に目を覚ましたオレは、部屋の窓を開けて外の景色を眺めていた。

 窓から見える庭園には既に庭師と思われる使用人が活動していて、あちこち動き回っている。



「見事なもんだ」


 高さの整えられた背の低い木々で縁取りされた通路は、それだけで一つの芸術なのではと思う程完成されており。

 色とりどりの花がそれぞれ与えられた区画で隙間無く咲き乱れ、それが雑多に見えない様に手入れされているように見えた。



「婦女子にとっちゃ、まるで夢の様な景色だろうに」


 正直、そう言った芸術には興味がない。

ただ、そんなオレが近くで見てみたいと思う程に見事な庭園だった。そう言う物に目が無い者にとっては尚更だろう。


 屋敷の正面には大きな門が備えられており、門の先には広大な草原が広がっていたが、一本に伸びた街道の先には薄ぼんやりと石造りの街並みが見え、領民が生活している街なのだろうという事が伺える。


 何故、のんびりとそんな事をしているのかと言えば、やる事が無いからだ。

見事な調度品に彩られた貴族の嫡男にふさわしいこの部屋には、いくら探しても服の一つ見当たらない。

 寝巻のまま屋敷の中をうろつくのは憚られたので、使用人が部屋に来てくれるまでの暇つぶしを頑張っていた。



「探検に、胸躍るような歳でもねぇしな」


 後、理由の一つとして、オレはまだこの屋敷の構造をほとんど理解していない。

この部屋から食堂までは迷わずに行けるが、それだけだ。好き勝手動いて迷子になる訳にもいかなかったし、うっかり使用人の部屋に入ろうものならその使用人からすればたまったモノではないだろう。



コンコン



「失礼致します。……あら、起きていらっしゃったのですね。申し訳ありません」


 ノックの後、昨日起こしに来た使用人とは別の使用人が部屋に入って来る。



「外の景色を眺めていた。なんとも、見事な庭園だな」


 手招きをして、使用人を窓の近くに呼び寄せる。

なんとも言えない複雑な表情をしていたが、特に拒否する事も無く従ってくれた。



「オスクリタ様も朝部屋に行くと、そうやって窓から見える景色を眺めておられでした。見られていると気付いた庭師は、より一層、仕事に励む様になりました」


 懐かしい様な、慈しむ様な、にこやかな表情を浮かべ、使用人が感想を漏らす。

騎士団に勤めているオスクリタはあまりこの屋敷に帰ってこない。それに今は他国との合同演習の任に付いているらしく、二ヵ月程姿を見せていないそうだ。



「では、湯浴みに向かいましょう。朝食の準備も出来ておりますので、昨日みたいにのぼせて倒れないで下さいね」


 にっこりと、いたずら心を含ませた笑いをこちらに向けると、使用人は部屋の出口へと向かって歩き出した。

今になって気付いたのだが、この人は初日にオレの湯浴みに付き添っていた使用人だ。



「そういえば、名前をまだ聞いていなかったな」


「オフィーリアです。どうぞ良しなに、アランさん」


 そう言って優雅にお辞儀をするオフィーリア。

オレがアルフレドでは無くアランだという事は、使用人の間でも浸透してきている様で喜ばしい限りである。

 しかし、未だにその距離感をどうすれば良いのか分からないのか、それぞれ多少の差異はあれど対応はぎこちない。

 それは、オレにも言える事なのでお互い様だ。







 浴室に向かう途中、オフィーリアと少し話した。

出来ればやれる事は一人でやりたいと言う事と、簡単に着れる物を部屋に置いて欲しい旨を伝えるとやんわりとだが却下されてしまった。



「そうされてしまいますと、私共の仕事が無くなってしまいます」


 貴族の世話をする事で、彼女達の雇用は成り立っている。

オレが一人でやろうとする事は、彼女の仕事を奪うのと同じ事であり、不要と思われれば解雇されてしまう。

 まるで子供扱いだな。と、思っていた貴族の生活にも意味はあったみたいで、不本意ではあるがその待遇に甘んじる事となってしまった。


 流石に、浴室内で身体を洗ってもらう様なお世話(しごと)は拒否させて貰ったが。




 湯浴みを終えて食堂に着くと、ギャレットが出迎えてくれた。



「おはようございます。昨夜はよく眠れましたかな?」


「おはよう。お陰様でよく眠れたよ」


 簡単な挨拶を交わしながら席に着く、出てくる食事は昨日の霞の様な朝食ではなく、しっかりと量がある物だった。

 それを味わいながらも、速やかに口に運んでいるとギャレットの後ろに控えていた使用人が独り言のように呟いた。



「……恐ろしい速度で食べているのに……何で意地汚く見えないんだろう……? それどころか、気品があるようにも…………」


 食事の手を止めて、使用人の方を見る。



「王が主催なさる労いの場では、それはそれは大層な御馳走が並ぶ。しかし、王の手前見苦しい姿をお見せする訳にはいかないだろう?」


 まさか聞こえてるとは思っていなかったのか、何処か居心地の悪そうな顔になるが気にせず続ける。



「だが、出来る事なら目の前の御馳走をたらふく口にしたい。王の視界を汚す事無く、されど己の欲望を満たす為の所作は、オレが居た騎士団では極めて重要な技術の一つだったのさ」


 大げさに身振り手振りをしながら語った後はわざとらしく胸を張り、反応を待つ。



「………………。」


 別にウケ無かったようだ。

街の酒場では鉄板のネタだったんだが、仕方がないと食事に戻る。



「ぷっ……コホン」


 スープの入った匙を持ち上げながら、視線だけを使用人の方に向けた。

必死に取り繕ってはいるが明らかに笑いを堪えている。ウケたのか?



「……失礼であろうが。アラン様、申し訳ありません」


 ギャレットが溜め息を吐いて使用人に注意をし、こちらに謝罪の言葉を述べる。



「だって……あんなに芝居が掛かった……ぷふ、何事も無かったように……ぶ」


 話の内容が面白かったのではなく、ウケ無いと見るやそそくさと食事に戻った姿がどうやらツボに入った様だ。

 まぁ、笑わすのが目的だったからそれが達成できて良かった良かった。……少々気恥ずかしいが。






 食事も終わり、食後のお茶を楽しんでいるとギャレットが声を掛けてきた。



「この後は、如何なさいますか?」


「書斎を見せて貰いたい。今の内に、調べておきたい事がある」


 ギャレットとは、まだ話しておかなければならない事柄は多い。だが、連日に渡ってギャレットを付き合わせるのは悪いと思った。

 執事長であるギャレットはこの屋敷の家令でもある。現当主であるオスクリタが屋敷に居ない以上、その邪魔をするのはあまり好ましくなかった。

 この国の歴史、この家の歴史、定められている法や地域の名称。知っておかねばならない事は多岐に渡っていた。

 書斎に籠るのであれば、ギャレットもこちらに気を使う事無く本来の仕事に取り掛かる事が出来る筈だ。



「畏まりました。では、ご案内致します」


 ギャレットの後ろに続いて食堂を出る。食堂を出る時に、その場に残っていた使用人に声を掛ける。



「コックに伝えてくれ、今日も美味かった。ごちそうさんって」


 本来なら直接伝えるべきではあったのだが、厨房の近くには使用人用の食堂があり今頃朝食の真っ最中だろう。

 オレが寄る事で中断させるのも忍びない。いずれ機会があるだろうし、その時に改めて言えばいい。





 書斎に着くと、古い本が持つ独特の匂いがオレを出迎えてくれた。

部屋の左右に置かれている本棚には分厚い本がぎっしりと詰まっており、部屋の中央にはしっかりとした造りの机と椅子が置かれている。

 机の上にはランプが備われていて、日が落ちた後も本を読むのに支障はなさそうだ。


 目当ての本をギャレットに用意してもらう。取り出して貰ったのは、法律や歴史、風土に関する本だ。



「何か御用がありましたら、こちらをお使いください」


 そう言って渡されたのは小さな鈴だった。ギャレットがこれで使用人を呼んでいるのを何度か見ていたので用途は分かる。



「ありがとう、助かるよ」


 ギャレットに礼を述べ、本を読み始める。

始めに手を付けたのは法について書かれている本だ。外に出ても恥ずかしくない程度の知識は身につけなければならない。






──本を読み始めてからしばらくの時間が経った。首を左右に傾け凝った身体を解きほぐす。



「……ふぅ」


 正直言って、法の本を読むのは非常に苦痛だった。

元からあまり本を読む様な性格ではないのと、内容が小難し過ぎて面白みも無い。

幸いなのは、アルソニア王国で定められていた法とあまり大差が無い事だ。

 罰則の取り決めなどはナハル公国の方がより細かく分類されていて、それぞれの罰則も重い。


 貴族には爵位と言う目に見える区別がないが、市民には階級みたいな物が定められていた。

どちらが優れているかという話ではなく、文化の違いに過ぎない。



コンコン



「失礼します……」


 ノックの後に入って来たのは、オレが初日の朝に怯えさせてしまった少女だ。

少女とは言っているが、年齢的にはアルフレドと変わらない。一六歳前後と言った所か。

ティーセットを乗せたワゴンを押している所を見ると、ギャレット辺りが気を利かせて頼んでくれたのだろう。

 しかし、出来る事ならばオレには会いたくないだろうに、仕事とはいえ難儀なものだ。



「すまないな、そこに置いてくれ」


 机に置く様に適当な指示を出すと、読書を再開した。

こちらに対してまだ緊張している様子を察するに、下手に話しかけられるよりはやる事をやってさっさと退室する事を望んでいると思っての事だ。


 カチャカチャと、机の上にティーセットが並べられていく。

極力意識しない様に努めながら、本に書かれている文字に目を滑らせる。



「………………。」



 法の本を一旦切り上げて、次は歴史書に手を伸ばす。

国の興りは、昨日ギャレットに聞いていた話と概ね同じであったが、どうやら国名は何度か入れ替わっているらしい。



「そういえば、ギャレットもナハル公国の治世は今で二代目と言っていたな」


 この国における公爵とは単なる記号に過ぎず、悪い言い方をすれば自称しているに過ぎない。

かつては一つであった国が、王の崩御と共に四つに割れた。正確には、当時はかなりの貴族が独立し、主権を主張したようだがその乱は鎮圧され、最終的には四つの国に落ち着いた。


 この国の貴族も基本的には世襲制を採用しており、後を継ぐのは嫡男ないし嫡女である。

子が居なければ養子を得るか、親戚に継承権が移る。


 そして、後継ぎが暗愚であったり求心力が低いと治世は乱れ国が荒れる。

公爵家打倒の機運が高まると、反乱が起き統治者が変わる。その時に公爵にふさわしいと周囲から認められた貴族家が公爵として国を治める。


 他にも国同士のいざこざも度々起こる様で、国境付近では小規模な戦闘も発生してる様だ。

今の所、大規模な侵略戦争は起きていない。これは四つに割れた事が功を奏していた。

 一国が大きな力を得るとなし崩し的に自国に危険が及ぶので、攻める場合には残りの三国を同時に相手する事になる。


 それに加え、竜の存在。


 ざっと見ただけで火竜の加護を得ているとされている貴族家は五家もあった。多すぎだろ……なんだよこれ。

まぁ……マナの化身である竜が分裂した所でなんら不思議ではないが、オレの時代と比べれば加護の大安売りと言った具合だ。

 そんな感想はさておき、この竜の存在も戦争の抑止力として大いに関わっていた。


 一言で言えば、竜強すぎ問題。である。


 攻めるも竜、守るも竜。ともなれば、戦場には草木一本残らないだろう。

それに、竜はどちらかと言えば守護者の様な性質を持っているらしく、当主が余程気に入られていなければ侵略戦争には手を貸さないそうだ。

 つまり、攻める際には三国を相手にし、尚且つ竜とも戦わなければならない。うん、無理。


 と言う訳で、国境付近の小競り合いはあれど概ね平和な世界という事らしい。





……と、まぁここまで読書に勤しんで来た訳だが、少し困った事が起きた。



「………………。」


 お茶を運んで来た使用人の少女が、一向に部屋から出る気配が無い。

あれか? 退室を許可しないといけなかったか? なんかずーっとオレの事見てるんだけど! オレが悪いのか!? すげー気まずい!



「あー……その、なんだ、部屋に居る必要はないぞ」


 流石にこれ以上無視する事は出来ないので、今更ながらに退室を促す。



「その……お邪魔でしたか?」


 いや、意味がわからん。別に邪魔ではないが、居てもつまらんだろうに。



「そういう訳じゃないが……どうした? 何か聞きたい事でもあるのか?」


「いえ……特には……」


 意図が読めないので、読書を止めて少女と向き合う。



「他の者にも伝えているが、オレを主人と思う必要はないぞ。見た目こそアルフレドそのものだが、中身は別人だ」


「あの、昨日は、失礼致しました」


「その件なら、悪いのはオレだ。お前が気にする事じゃない。いきなり怒鳴りつけて悪かった」


「それで……何を読んでるんですか?」


 良くわからんが、この少女はオレと会話をしたいらしい。

いや、これはあれか。世間話をして親睦を深めようとしてくれてるんだな! なんだよ、気を使って損したわ。



「法の本と歴史書だな。この国の事を何も知らないからな、知っておかないと色々と困るだろ?」


「あぁ、なるほど! そうですね」


「そういえば、名前をまだ聞いていなかったな。教えて貰えるかい?」


 使用人の名前をあれこれ聞いて回らないのは、別に彼らを軽視しているからでは無い。

正直、名前だけ聞いても覚えられないからだ。だからこうして、オレの中で記憶出来そうな者から覚えていく事にした。

 暴言を吐いたのがターニャで、裸を見られたのがオフィーリア、頼れる執事長がギャレット。

とても覚えやすい。



「ケイト、です。アラン様は、違う国でお産まれになったんですよね?」


「あぁ、そうだぞ」


 国と言うか、時代そのものが違う。と言っても、これは間違いなくそうであろうと確信しているだけで、確定した訳ではないが。



「私! 外の国の事知りたいです!」


 基本的に軍にでも所属していない限り、領民は自領から出る事は無い。

行商人が街に来るなんて時には、面白い話を聞けるんじゃないかと皆がこぞって集まる。行商人は自分が見聞きした事を面白おかしく話して聞かせ、その体験にちなんだ商品を売りさばく。領民にとってそれは数少ない娯楽の一つであり、見聞を広める貴重な機会として親しまれていた。


 ケイトもその例に漏れず、異国情緒あふれる話を聞いて思いを馳せたいのだろう。まかせろ、祖国の自慢話なら一昼夜でも語り尽くせる自信がある。



「オレの住んでいた国は、アルソニア王国と言うんだが……────」








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 様々な事を話した、国の興りから、街の様子、おとぎ話や噂話、王や貴族の事、軍の事、飛竜の事。

アルソニア王国は既に滅んで居る可能性が極めて高いので、秘密にしなければいけない事が一切ない。暴露し放題だ。

 ケイトは、それをとても楽しそうに聞いていた。喜んでもらえてなによりだ。

こういう風に、子供相手に何かを話すと言うのには慣れていた。騎士団が非番の日には、実家に帰りがてら街にも良く足を運んでいた。広場に行くと、ガキんちょ共が大勢集まって来るので妖魔を討伐した時の話や、王宮の事を話してやった。……思い返すと、あの平穏がとても懐かしく感じる。



「……アラン様…………?」






 気が付くと、オレは泣いていた。

故郷の話は、話せば話す程に、かつての思い出が蘇り、失ったモノの大切さを思い起こさせる。

もう二度と、あの時間は取り戻せない。悔いも未練も残っては居ないと思っていたが、それはただの強がりだったらしい。

 この手で守り切りたかった。守って、また皆と笑い合いたかった。

どうしてオレはここに居るのだろう。神が居るのなら、何故オレだけを生かしたのだろう。

考えても仕方が無い事なのに、その想いが頭から離れない。




 ケイトが、不安そうな顔でこちらを見ていた。

そんなケイトの顔が、あの日広間に集まって居た子供たちの姿と重なる。







 ごめん、ごめんな。守ってやれなくて。一緒に死んでやれなくて。ごめんな……。

面影を重ねてしまったケイトに、オレはそう謝り続けた。

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