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「それで、どうするの?」
「どうする? 何がだ?」
朝食の席で、赤く腫れた左頬を掻きながらそう返す。
昨夜の失態は、張り手一発で済ませてもらう事が出来た。普段から感情に流されまいとしているイースクラを激昂させた対価にしては、安い物だ。
「ユリスカリア卿が言っていたの、領内が安全とは言えないから移動には馬車を使えって」
「あぁ、なるほどな」
道中での会話は上の空だったので、内容はあまり覚えていなかった。
街道沿いとは言え、行方不明者が出ているユリスカリア領内で野宿をするのは危険が伴う。
「……従うべきなんだろうが、極力馬車を使いたくはない」
「……行軍には使わないから?」
「いや、時間が惜しいだけだ。ユリスカリア領を抜ければお前との旅も終わる、馬車を使えばそれだけ教える時間が減る」
現状、イースクラの訓練状況は酷く中途半端な物だった。
その理由は、ユリスカリア領を抜ける期間を計算に入れていたからなので、それが無くなるのはあまりにも惜しい。
「それなら、街に留まって――――」
「それは駄目だ。訓練は、あくまでも旅の途中で行う。その為に歩みを止めるつもりは無い」
行程を遅らせているとは言え、名目上は旅のついでに教える手はずとなっている。
線引きを誤るつもりは無い。留まり、訓練をした方が効率が良いのは確かだ。しかし、そこに重きを置いてしまえば目的を見誤る結果になりかねない。
元々、満足いくまで鍛えられるとは思っていない。それこそ、結果のみを求めるのであれば数年を要する事になる。
イースクラ次第では、付け焼刃になってしまう可能性もあるが、見ている限りその心配はしなくていいだろう。
知識とそこに向かう為の正しい訓練法を教えれば、目の前に居る少女は高みを目指してくれる筈だ。
それに、制約を設ける事でオレも迷わずにいれる。
時間は作らない。作らないが、使える時間は全て費やしてやる。と。
「まぁ、野宿をするつもりも無い。地図を見てくれ」
食器を端の方にずらし、机の上に地図を広げる。
「この街から先に進んだココに、村がある。初日はそこまで進むつもりだ。少々厳しい速度になるが、この村から次の街までは一日で辿り着ける。遅くなり門が閉まっていたとしても、街の傍でなら安全は確保出来る」
「………………。」
オレの計画を、イースクラは黙って聞いていた。
綿密に立てた行程でない。恐らく所々穴はあるが、決して不可能ではない筈だ。
「私の為に、そこまでしてくれるのね」
「鍛えてくれと、お前は言った。鍛えてやると、オレは返した。その責任を果たすだけだ」
イースクラが顔を上げてこちらを見る。
向けられる視線に宿る熱を、今は好ましく思える。
「貴方の指示に、従うわ。そういう約束……でしょう?」
「いい返事だ。準備をしたら出発するぞ」
もうすぐ、この旅は終わる。
旅の目的は光竜を探す事だが、見つからなくても悔いはない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「剣だけを見るな。オレの腕、肩、足の動きも視野に入れろ。視線、呼吸、全てが動きに繋がる。剣が振られる前に軌道を読め」
「はぁ……! ふぅ……! はぁああああああ!」
「行動を予測するな、動きを見て判断しろ。相手の動きを想像する事に思考を使うな」
「ぐぅ……! ――――がっ!」
「そして、相手に呼吸を読まれるな。ここまでだな」
「はぁ……はぁ……はぁ……――ふぅ」
昼食の時間に、イースクラと模擬戦を行った。
ウィルヘルムの別荘で会った時に比べると、随分と逞しくなったと思う。
息を切らしても整えるまでの時間は減ったし、打たれても怯みにくくなった。
それはオレも同じで、最初と比べて体力が大分上がったのを感じる。
「かすりもしないのは、少し悔しいな」
「妖魔と対すれば、かすっただけで致命傷になるからな。それに、お前の動きは読み易い」
「……そうなの?」
「斬るぞ、斬るぞ、右から斬るぞ……と身体が言っている。だが、今は正直に鍛えるべきでもある。小手先だけの技術を身に着けても、物を言うのはやはり基礎の部分だ」
「……分かったわ」
「安心しろ、お前の太刀筋は綺麗って意味だ。それに、竜の力を纏えばオレにもお前の太刀筋は見えない。大抵の相手には遅れはとらねぇよ」
「おだてられても、嬉しくない」
そっぽを向いて、剣をしまうイースクラ。
対人戦の技術は、対妖魔においてはあまり意味を為さない事ではあった。
しかし、経験は自信になり、自信は力になる。妖魔を相手にする訳にもいかないので、今この場で出来る事をするしかない。
竜に乗って戦う術を教える事が出来ないのは口惜しいが。
日も落ちかけ、辺りが暗くなる頃に、目的の村まで辿り着く事が出来た。
村のあちこちでは篝火が燃やされ、中心には大きな焚火が熾されて活気に溢れていた。
「どうしました? 何かあったんですか?」
「旅人とは珍しいな! 丁度、今は収穫祭の時期なんだ。よかったら参加してけよ!」
近くに居た村人に話しかけると、陽気な態度でそう答えてくれた。
村の中をよく見ると、大勢の人が酒の入った杯を片手に歌ったり踊ったりしていた。
お祭りの最中か、とても楽しそうだ。
「アランと言います、こっちはイーリス。いいんですか? オレ達も参加して」
「こまけぇ事たぁ気にすんな! 年に二度あるこの時期に来るなんてお前さんも運がいいな! 楽しんでけよ!」
「はいっ! ありがとうございます!」
「えっ……」
戸惑うイースクラの手を引いて、村の中心に向かう。
収穫祭なら御馳走もあるし、気分が良くなった村の人の家に泊めて貰えるかもしれない。
「折角の機会だ、楽しむぞ!」
「えっ? ちょ、ちょっと!」
村の中心に着くと、大皿に盛られた料理と酒がなみなみと注がれたグラスが大量に置かれていた。
余所者だと言うのに、オレ達の姿を見ると気前よくそれ等を渡してくれる。
「いいの? その……こんな事をして」
「招待されたんだ、断るのも失礼だろう? それに、偶には息抜きも必要だしな」
清貧と言えば聞こえは良いが、質素な旅を続けてきた。
空いた時間も訓練に当てていたので、休める時間はあまり取れていなかった。
イースクラの羽を伸ばすのに最適だな。
「村長に挨拶をしてくる。お前は楽しんで来い、平民の話を聞く機会も中々無いだろ? いい経験になるぞ」
「挨拶なら私も――――」
「あなた達旅の人? 凄い! 剣も持ってるのね! 何処から来たの? お話聞かせて!」
「いえ、私は」
「ねぇ、あっちに行きましょうよ! みんなに紹介してあげる!」
オレ達の存在に気付いた若い村娘に腕を引かれ、イースクラは半ば強引に連れ去られてしまった。
村ともなれば、外から来る人間は珍しい。時期によっては歓迎されない時もあるが、お祭りの最中である今なら好奇心が勝るのだろう。
「仲良くしろよ~!」
助けを求めるかの様にオレの方を見て来たイースクラにそう告げると、辺りを見渡して村長を探す。
広場の先にそれらしい席を確認出来たので、そちらに向かう。
「ほっほっほ、旅人とは珍しい。随分と若いようじゃが、傭兵でもしておるのか?」
「はい。と言っても見習いですが……私はアランと申します。入口の方に居た方に招かれましたので、参加させて頂いておりますが……よろしかったでしょうか?」
「礼儀正しい子じゃ。参加するのは大いに構わん。今日は村に泊まるのかえ?」
「許可を頂きありがとうございます。厚かましいのですが、一晩過ごすつもりです」
「なら、村の者に部屋を借りれるか聞いて回るとよい。もし見つからなければ儂の家に泊めてやろう」
「お気遣い感謝致します。村での生活は如何ですか? 領内の事などをお聞かせ頂ければと思います」
「ユリスカリア様は良きお方じゃ。儂等も安心して暮らせておるよ。それに、ご子息であるアッシュ様は度々領内を回られておられるのでな、この小さな村にも顔を見せて下さる。ありがたい事じゃ」
「それは何よりです。ここへ来る途中、街にも寄らせて頂きましたが、皆活気に溢れ良い方ばかりでした」
「勤め先に困っておるなら相談するとええ。老いぼれと話していても退屈じゃろうて、儂の事は気にせず、村の若い衆の元に行くといい。外の話を聞かせてやってくれ、皆娯楽に飢えておるでな」
「村の方の肴になれば良いのですが」
「街の様子を聞くだけでも楽しいものじゃ。心配せずとも、お主が見聞きした事を話してやればよい」
「楽しんで頂けるように頑張ってみます。それでは、失礼します」
村長の元を離れ、村の中を歩いて回る。
歌う者、踊る者、皆が思い思いに宴を楽しんでいた。
酒を呑むのは随分と久しぶりだ。身体が違うので、酔い潰れない様に注意しないとな。
村人の中に混ざり、しばらく会話や踊り、食事を楽しむ。
そうして居ると酔いが回って来たので、隅に寄って休んでいたらイースクラが戻って来た。
「……こんな所に居た。見捨てるなんて酷い人」
そう言いながら、オレの隣に腰かける。
顔は赤く染まり、文句を言いながらも楽しんでいる様だった。
「楽しかったか?」
「みんな、この髪を見ても私が誰か気付かないの。バレるんじゃないかって、気が気じゃ無かったわ」
「平民の多くは、貴族とは縁が無い。領主の顔すら知らないって奴の方が多いんじゃないか?」
「そうなんだ……私も、村の人を実際に見るのは初めて。お酒を飲んだのも」
「何事も経験だ。呑み過ぎて明日に差支えても許してやるから、気にせず楽しめばいい」
「おぶっていってくれるの?」
「荷物もあるし、運ぶとしたら担ぐ方だが」
「ふふっ……いじわる」
酔いが回って辛いのか、オレに寄り掛かって来るイースクラ。
「私ね……最近まで、退屈な人生だなって思ってた」
「そうなのか?」
「小さい頃は、騎士になりたいなんて思わなかった。花を眺めたり、お喋りをしている方が、ずっと……好きだった」
意外……では無いのかも知れない。
少なくとも、オレが知っている限りでは騎士に憧れを抱く平民の女の子は見なかった。
「ルベルに選ばれて、周りも期待して、それが嫌だと思っていた時期もあった。十歳の時に、騎士の叙任式に参加する事になったわ」
「………………。」
「丁度、オスクリタ様が騎士になった年。整列する騎士達の合間を悠々と歩き、父様に剣を捧げるオスクリタ様の姿を見て、とても綺麗な人だと思った」
「まぁ、絵にはなるだろうな……」
「もっと近くで見たい、話してみたいなって、父様に我が儘を言って騎士の訓練を見に行ったわ。そこで剣を振るうオスクリタ様の姿を見て、憧れ……なのかな? 私も、そうなりたいと思った」
「オレも似たような物だ、恥ずかしい事じゃないさ」
「ふふふっ、そうね。そして十六歳になって、学院に入った。知ってる事も多かったけど、知らない事も沢山あった。楽しかったよ、それなりには」
「それなり、か」
「自慢じゃないけど、私と対等に戦えるのはウィルヘルムくらいだったからね」
「アルフレドは、どうだったんだ?」
「アルフレドは……理想は高かったよ。実力はともかく」
……オスクリタ、アルフレドを甘やかしたな……厳しく接する姿が全く想像できない。
「感謝はしてる。竜の事を色々と教えてくれたからね。……知らない方が、良かったのかも知れないけど」
「ん? どうして」
「ルベルと話して、力の使い方も知って。私は驕ってしまった。ウィルヘルムも、教鞭を取る騎士も、本気の私に遠く及ばないと……心の何処かで、そう思ってしまったの」
「あぁ……まぁ、無理もないな」
実力の劣る相手に付き従うのは、年端もいかない子供には納得のいかない部分もあるだろう。
竜が自らそれを明かさないのは、それが分かっているからなのかも知れない。
アルフレドの責任とは言わないが、イースクラはそれを知ってしまった。賢いからこそ、それを表に出す事は無かったが、”しこり”となって、心の内に燻る事になった。
「だから、貴方と出会えて、貴方に負けて、私は嬉しかった」
「負けた?」
「貴方がわざと剣を弾かせた事に気付かない程、私は馬鹿じゃないよ」
「いや、割とギリギリだったんだが」
「うそつき」
「勝つ気は無かったけどな、あれ以上は耐えられないと思ったから早めに切り上げただけだ。あのまま続けていたら普通に押し負けていた」
「途中からムキになって、割と本気で殺すつもりだった」
「っておい!」
「冗談だよ」
「……お前な」
本気なのか、からかっているのか、くつくつと笑うイースクラと距離を置きたくなったが、離れたらそのまま倒れてしまいそうだったのでなんとか堪える。
酒に酔っているのか、口が軽くなっているな。そろそろ切り上げるか。
「今が、楽しい。ずっとこうして居たい」
「イースクラ、そろそろ泊まる所を――――」
「貴方と、ずっと一緒に居たい。居なくならないで欲しいって、思う」
どういう意味か分からずに、返答に窮した。
恐らくは、自分が強くなっていく過程が楽しいと感じているのだと思いたいが……どうにも違う意図が込められているように感じた。
「………………。」
「………………。」
しばしの沈黙を経て、イースクラの方に顔を向けると、静かに寝息を立てていた。
そのまましばらく村の様子を眺めた後、イースクラを抱き上げて村長の元へと向かう。
酒の席の、気の緩みである事を願う。
決まり切った答えを、あえて口に出す必要は無いと、胸にしまう事にした。




