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「――――行方不明者……ですか?」


 アッシュの言葉を、イースクラが繰り返す。



「そうそう、つってもまだ表沙汰にはしてねぇけど、ローランド領で何か見たり聞いたりはしてねぇか?」


「いえ……そのような噂は聞いておりませんが……」


「国境に程近いユリスカリア領です。他国から溢れた野盗や傭兵の仕業でしょうか?」


「いや、野盗じゃないんだわ。傭兵っても、最近じゃ西も東も情勢は安定してる筈なんだがよぉ」


 傭兵や農民があぶれて野盗に身を落とすのは、稀とは言え実際にある事だ。

しかし、そのような集団がのさばる時期はごく僅かである。空を飛ぶ竜騎士からその身を隠す事は容易ではなく、火を使おうものなら即座に捕捉され殲滅される。

 火を使わず森に隠れていても、地上と空から追われれば逃げ切る事は叶わず、その多くは捕縛され刑に処される。


 人の世から外れたとしても、待って居るのは獣や妖魔であって安息の日々ではない。

それが分かっているから、国は国で、貴族は貴族で、民は民で力を合わせ生活を守る。


 それでもなお、溢れた時にこの時代では戦争が起こる。

アルソニア王国であっても、それは開拓団として人間の生活圏を広げる事で解決を図る他無かった。


 多くの死者が出る事に変わりはない。人が繁栄する上で、いつかは向き合わなければならない必然であった。



「被害はどれ程増えているのですか? 騎士が自ら調べるともなれば、小事とは思えません」


「あぁ、オレが動いてるのは自領の事だからだ。公国としてはまだ正式には動いてねぇよ。被害者もそれ程多くはねぇ……今の所分かってるのは五人だしな」


「卿自らが動かれているとあれば、領民も安心でしょう」


「だといいんだが、困った事に解決の糸口が見つからねぇんだよなコレが。ったく、気味が悪い」


「気味が悪い……ですか?」


「行方不明者の総数は五人だが、各街や村でそれぞれ一人づつなんだよ。村はまだ周りきれてねぇから、まだ増えるかも知れねぇが」


「なるほど……それは確かに――」


 気味が悪い。少なくとも野盗の類では無い事は確かだろう。

妖魔の仕業である可能性も限りなく低い。

偶然にしても、同じ時期に多発するとは考え辛い。

……誰の仕業か、何が裏に潜んでいるのか、どのような意図があるのか……読めないからこそ、気味が悪い。



「っと、邪魔して悪かったな。街へ向かう途中だろ? 送ってってやるよ」


「……いえ、卿の手を煩わせる訳には」


「どうせ目と鼻の先だ、別に大した手間でもねぇしな。旅の話を聞かせてくれ、面白そうだ」


「お気遣い感謝致します、そういう事でしたら是非」


「そういえば、弟君に紹介するのは初めてだったな、相棒のライズだ」


 アッシュに名前を呼ばれ、連れ添った飛竜が鳴き声を上げる。

思い返せば、アルフレドの身体になってから飛竜と接するのは初めてだったな。ウィルヘルムの別荘で見かけはしたが、それ所では無かったし。


 懐かしき愛する飛竜の姿に、一歩足を前に出す。前に出た分だけ、飛竜が下がった気がした。



 二歩目。


 飛竜は下がる。


 気の所為では無い。


 ……まじか。



 三歩目。


 下がる飛竜。


 覚悟はしていたが、こうして実際に目の当たりにするとかなり心に来る。


 泣きそうだ。



 四歩目を踏み出した所で、アッシュがオレと飛竜の間に立った。



「あー……スマン、忘れてた」


「………………。」


「アルフレド、やめてくれ。な?」


「………………はい……」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 街の入り口でアッシュと別れた後、宿場に来ていた。

何か色々と話したりした気がするが、記憶があまり無い。


 あぁ……飛竜、何故オレを避ける。あぁ……アルフレド、苦しかったよな、悲しかったよな。オレはもう死にたいよ。



「――――ラン……アラン?」


「………………。」


「アラン!」


「イースクラ……オレはもう駄目かも知れん」



――パンッ


 と、乾いた音が辺りに響いた。イースクラに頬を叩かれた様だ。



「しっかりして」


「あぁ……すまない」


 景色が色を取り戻すと、宿場の食堂で飯を食べている最中だったらしい。

他の客から注目を浴びたが、すぐに興味は無くなくなった様で視線は逸れていった。



「どうしたの?」


「飛竜に避けられた事が思いの他堪えてな。迷惑を掛けた」


「別にいいけど……大丈夫?」


「大丈夫……ではないが、正気は取り戻せた」


「そう」


「なぁ、アルフレドの体質について何か知らないか?」


「体質? 飛竜に避けられる事?」


「そうだ。どうにか改善出来ればと思うんだが……皆目見当が付かない」


「うーん……一応ね、アルフレドには借りがあったから、ルベルに聞いてみた事はあるんだけど……」


「……それで?」


「可哀そうに……って笑ってた。理由を聞いても教えてはくれなかったわ。私が知った所で出来る事は無いって」


 火竜め……何か知ってやがるな。

あの場で聞くべきだった。聞きたい事が多すぎて、頭から外れてたぞ……クソ。

黒竜は光竜に聞けと言っていたが…………いや、待てよ――――



「飛竜は避けるのに、どうして火竜と黒竜はアルフレドを避けなかったんだ……?」


「…………?」


 飛竜はマナの精霊。それに嫌われているのだとすれば、マナの化身たる竜にとっても好ましい存在ではないだろう。

という事は、アルフレドは飛竜に嫌われている訳ではない? ……思い出せ、アッシュの乗っていた飛竜の様子を…………。


 そもそも、嫌われているから避けられるという事自体が可笑しな話だ。

避けられるのは嫌われているからではない。では何故避けられる? ……光竜が関係している…………?



【その内会えるわよ。貴方……お気に入りでしょう?】


 火竜との会話が頭を過ぎる。


【光竜は嫉妬深いから止めておくわ。面倒臭いし】


 嫉妬深い……子供の様…………お気に入り……………………。




「……アラン?」


「……すまん、少し……考え事をしていた」


「体質の事なら、ルベルに直接聞く? 今すぐは無理だけど、街を出たら呼んであげる」


「いや、いい。……というか、そんな事も出来るのか?」


「私の考えている事や思った事は、離れて居ても感じるんだって。私はルベルの考えてる事なんか分からないのに、ちょっとズルいなって思う」


「はは、それは酷いな」


 かつて、オスクリタが父親と妖魔に襲われた時に黒竜が気付いたのはそれが理由か。

イースクラには随分と酷い仕打ちをしたようにも思える。少し、火竜に会うのが怖い。


…………先に言って置いて欲しかったぞ……それは。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……で、どうして同じ部屋なんだ?」


 食事を終えて部屋へと戻ると、イースクラも後ろに続いて部屋に入って来た。

荷物もまとめて置いてある。



「やっぱりちゃんと聞いてなかった。一部屋しか空いてないけどどうするのって聞いたでしょ」


「……それで、オレはなんて答えたんだ?」


「あー……とか、うー……とか。それでいいって言ってた」


「……悪かった。オレが愚かだった。朝まで適当に時間を潰してくる」


「別に、今更気にする事でもないし。散々一緒に野宿してきたじゃない」


 気にするだろ。野営と一緒にすんな。全然違うだろ。野外で寝るのと同じ部屋で寝るのは。

大体、一緒にテントで寝た覚えは無いぞ? 火竜に筒抜けだって判ってるか?



「……勘弁してくれ。火竜に殺されたくない」


 オレが椅子に腰かけると、イースクラはベッドに座りながらこちらを向いた。



「……? なんでそうなるの?」


「お前な、常識で考えろ。男と女が同じ部屋で寝る意味を」


「私に手を出すって事?」


「そんな訳あるか!」


「じゃあいいでしょ」


「そういう問題じゃねぇ! つーか、アルフレドも近くに居るからな!」


「…………は?」


「推測に過ぎないが、アルフレドの魂はオレを見ている。前にアイツの声が聞こえた事があった」


「えっ……ちょ、ちょっと…………それって…」


「ん?」


「……アルフレドも……私の裸を見たって……事……?」


「あっ……」


 イースクラの訓練を始めるにあたり、どこまで本気なのかを確かめる為に当時の騎士団で行っていた洗礼を課した。

それは驕った自尊心を失くす為でもあったし、基礎体力を調べる意味もあったので間違った事をしたとは思っていない。


 精魂尽きたイースクラの身体を拭った事も、他意はない。今言われるまで、意識すらしていなかった位だ。

ただ、アルフレドの事はすっかり忘れていた。



「……イースクラ」


 抱えた頭を上げ、イースクラの方を見る。



「………………。」


 返事は無いが、顔は紅潮し身体は小刻みに震えていた。

そりゃまぁ……怒るよな。



「……少し、一人にして欲しいわ」


 イースクラは怒鳴る訳でもなく、絞り出すようにそう告げる。



「心から謝る。申し訳ない」


 部屋を出る直前にそう謝罪をすると、枕が飛んで来た。

時が経ち、落ち着いたらもう一度謝ろう……。






 部屋を出て、扉の前の廊下に座り込む。

外に出る事も考えたが、昼間に会ったアッシュの言葉が引っ掛かっていた。



――――行方不明者。



 被害こそまだ広がっては居ないが、犯人の意図が読めない以上、迂闊に離れるのは危険かもしれない。

イースクラを捕らえるのは容易ではないにせよ、搦手に対応出来る程熟練していないのは確かであるし、相手は相当の手練れである事が想像出来る。


 村でならともかく、街の住人を人知れず攫うのはにわかには信じがたい事だ。

街は防壁に囲われ、門には番兵が詰めている。貴族でもない限り門を通るには積み荷のチェックが入る上に、人を抱えて防壁を越える事が出来るとも思えない。


 それに人数も不明だ。単独なのか、複数なのか。情報が不鮮明である以上、宿場に泊まっているからと言って油断するのは早計だろう。



「そう考えると、同じ部屋に居るのは理に適っていたか……」


 イースクラと共に一夜を過ごした所で、間違いを起こす気は毛頭ない。

過去にも女の騎士は居たので、野営であれば抵抗は感じないのだが……宿舎で同室する事は無かったので反射的に拒否反応が出てしまっただけだ。



「まぁ、結果としては変わらんか」


 イースクラの事だ、数刻もしない内に心を静める事だろう。

オレを探して深夜に外をうろつかせる訳にもいかないし、ここで待機する事が一番だな。


 それに、硬貨の入った革袋も部屋の中だし。




 先程の事を頭の片隅に追いやり、別の事を思案する。

竜の加護についてだ。


 アルフレドの両親の姿は知らないが、アルフレドとオスクリタは顔立ちは似ているが異なる部分も多い。

その最たるものが髪の色と瞳の色だ。

銀髪……なのはどうなのか知らんが、あの闇の様に昏い瞳は恐らく闇のマナが関係している。


 マナの偏りが容姿に出るというのであれば、イースクラの燃える様な髪と瞳は火のマナ。


 ウィルヘルムの緑髪は風のマナが……風に色があるのか? いや、ローランド家は風竜の加護は得ているが……瞳の色も思い出せないな。


 金色の髪と言うのは特段珍しい色ではない。

アルフレドの瞳が金色なのも、親の遺伝というだけかも知れない。


 しかし、火竜は言っていた。アルフレドは光竜に気に入られていると。

アルソニア・ソーリス・ルクス女王陛下も肖像画では美しい黄金色の髪をしていた……。



アルフレドは、光竜の加護を得ているのではないか。


 そんな憶測が、半ば確信を得たかのように頭から離れない。

飛竜がアルフレドを避けるのも、幼稚で嫉妬深いらしい光竜を恐れているのでは無いか……と仮定すれば納得が行く。


 ……イースクラは、竜の加護を得れば竜との繋がりが生まれると言っていたな……。



「光竜の間抜けーあほー」



 ………………。


 ……声に出して罵倒してみたが、特に反応は無い。


 ……何やってんだオレ。



 しかし、仮に光竜がアルフレドの体質の元凶だとすれば、光竜の所為でアルフレドがあそこまで落ちたと言っても過言ではない。


 もしそうなら、文句を言ってやろう。


 畏怖すべき竜だが、光竜に対してはあまり尊敬の念が持てないでいた。主に火竜の所為だ。





――――ガタッ、ゴトンッ!


 部屋の中から異音がし、思考を止める。

間髪入れずに扉を蹴り開け中へと飛びこんだ。




 視界に入ったのは、身体を拭こうと上半身を脱いでいたイースクラと…………多分……足に当たったのだろう……ひっくり返って転がる桶の姿だった。



「…………そういうつもりじゃ、無かったんだが……」



無言で剣を抜き、こちらを睨むイースクラに苦笑いを浮かべる他無かった。


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