19
「おー、起きたか。準備が出来たら出発するぞー」
朝、テントから出て来たイースクラに軽い口調で話しかける。
ここ数日、必要以上に厳しく接し過ぎたと思う。勿論、それは必要だったからと言う面もあるにはあるが、自分の心境の変化に付き合わせてしまったと言う意味合いが強い。
オレがどう思っていようが、目の前に居る少女には関係が無い。騎士を目指していようが、公爵家の娘だろうが、アルフレドと同じ十六歳の子供だ。悪い事をした。
「……え? う、うん……」
「ここ数日、厳しく接して悪かったな。お前の覚悟は十分に見せて貰った。これからも指示には従ってもらうが、無理をさせるつもりはねぇ。疲れたり辛かったりしたら遠慮なく言ってくれ、配慮はするよ」
「……どうして」
「お前がどこまで本気なのか確かめたかったってのはある。それ以上に、上下関係をハッキリとさせる必要もあった。ただ、それを徹底する必要は無いと思ってな。どうせなら楽しく行こうぜ」
考えた末、オレの悩みは意味が無いと思う事にした。
アルフレドに身体を返すと言う目的が変わらない以上、オレはいつか消える。それはオレの問題であって、この時代の人々には関係がない事だ。感傷に浸るのは勝手だが、周りを巻き込むのはよろしくない。
「………………。」
イースクラは難しい顔をして考え込んでいる様だった。無理もない、日を跨ぐ毎に目の前に居る男の態度ががらりと変わるのだ、困惑して当然だろう。
「……そういう事なら、理解したわ」
「ん? そうか、助かる。水辺を見かけたら休憩しよう、じゃあ行くぞ」
良いか悪いかは別にして、イースクラは我慢強い。
それが持ち前の性格から来るものなのか、公爵家の教育に因るものなのかは判断が付かないが、不平や不満に対し声を荒げる人物では無かった。
今も、それは変わらない。吐き出したい気持ちを飲み込み、自身を律しているのがよく分かる。
それに甘えてしまっている現状に情けなさが込み上げてくるが……それは受け入れるしかあるまい。
「そういえば、学院では竜騎士の事以外にどんな事を学ぶんだ?」
「選択制だけど、社交界や貴族としてのマナー、領地経営、歴史、地理……それくらいかしら?」
「へぇ、色々とやっているんだな」
「私やウィルヘルムみたいに、個人で家庭教師を雇えない家もあるから。あぁ、後は公軍向けのコースもあるけど、それはあまり人気が無いわ」
「騎士だけじゃ軍は成り立たないだろ」
「貴族からすれば、印象が悪いのよ。だから、平民の子も受け入れてて……そういう子達の為に文字の読み書きや計算も教えてる。貴方の時代はどうだったの?」
「学院という物は無かったが、平民は街で読み書きを教えて貰っていた。家の手伝いの合間にな。軍に入る奴は平民だろうが貴族様だろうが王軍から始まる。定期的に騎士団の入団試験があって、貴族ならそれに受かれば晴れて騎士だ」
「貴族なら? 平民はどうするの?」
「飛竜に乗れるのは初代女王陛下の血を引く貴族だけさ、平民は騎士にはなれない」
「……でも、貴方は平民だったのでしょう?」
「それなりに無茶はした、オレが飛竜に触れるようになったのは一年かけてようやくだ。何度か死にかけたな」
「……どうして、そこまでして騎士になりたかったの?」
「国の為……っていうのは嘘で、単に飛竜が好きだったのさ、ガキの頃からな」
「……なにそれ…………」
「だってカッコいいだろう? 王都の空を眺めれば悠然と空を飛ぶ飛竜。それに跨る騎士の姿。竜騎士に憧れてんだ、悪いか?」
「思ってたより、低俗だったんだなって」
「あぁ、散々偉そうな事を言ってきたが、俺の動機は低俗そのものだ」
「それでも貴方は結果を残した」
「結果を残したのかと言われれば、返答に困るな。オレは特別何かを為した訳じゃない。ありふれた騎士の中の一人だ」
「……練度が落ちてるって……言ってたしね。どうしてかしら」
そうしてしばらく歩いていると、川を見つけた。
小さい川で、歩いても渡れる程度の深さしかない。馬車が通る為か、橋は架けられていたが。
「少し早いが、昼食にしよう」
「……手伝える事があれば言って欲しい。何もしないままで座ってるのも落ち着かないの」
「落ち着かないって……公爵家の令嬢だろう? ただでさえ慣れない旅だ。無駄に体力を使って目的を見誤るのはやめとけ」
「野営一つまともに出来ない騎士にはなりたく無い……と思う。それに、今はただのイーリスで、傭兵見習い……違う?」
「ははっ……すまねぇ、一本取られたよ。分かった、そう言うなら手伝って貰うとしよう」
街道を逸れて、川沿いに森へと入る。
枯れ枝と枯れ葉を拾い集めながら、イースクラに指示を出していく。
「持ち上げた時に、軽いかどうかを確かめながら集めてくれ」
「木の種類が違うから?」
「いや、枯れた枝を集める必要がある。生木を燃やすと煙が凄いからな」
「へぇ……例えば……これ?」
「そうだな、後は折ろうとすれば生木はしなる。ポキっと折れるのが枯れ木だ」
「枝の状態で、そんなに変わるのね」
「だが、生木にも利点はある。煙は出るが、燃え尽きまでが長い。どうしても火の番が立てられない時は役に立つ。煙のお陰で虫や獣を遠ざける事も出来るしな」
ある程度集めたら、川辺の砂利に荷物を下ろし鍋に水を汲む。
「水が飲めるか分からない時は、ポリンの実を探せ。ポリンの実は綺麗な水の近くでしかその実を付けない。ポリンの実があるという事は、その水源には水のマナが循環しているという事だ」
「ポリンの実?」
「見た事が無いか? あそこに生えている奴だ、ポリンの実には少しだが薬効がある。いくつか採って食べておくと良い」
「んっ……酸っぱいね」
「平民の子供のおやつみたいなもんさ、甘い蜜を溜める花や、木の実があれば教えてやりたいが、この辺には見当たらないな」
「花も食べるんだ、ちょっと信じられないな」
「食べると言うか、吸うと言った方が正しいな。蜜は甘いが花自体は青臭い。恐らく貴族の家では味わえない物だろう。楽しみにしておけ、口に合うかは知らんが」
「……そうだね、楽しみにしとく」
「枯れ木を集め、水も用意出来たら火を熾す土台を作る。この砂利みたいな場所ならそのままでいいが、草が生えている場所なら土が露出するまで掘った方がいい。風次第だが、燃え広がる可能性があるからな」
「分かった、覚えとく」
「土台作りだが、近くに手ごろな石があればそれで囲うといい、無くても木を交互に並べて空気の通る隙間を作るんだ。隙間が無ければ火はすぐに消えてしまう」
「隙間……こう?」
「そうだ、それでいい。火の点け方は分かるか? 枯れ葉を握って細かくし、その上で火打ち石を擦らせ火を点ける」
「火打ち石は要らないわ」
そう言うと、イースクラは枯れ葉の上で指を鳴らして火を点けた。…………いや、なんだよその面白特技。
「火とは仲が良いの、ルベルのお陰でね」
「……驚いたな、竜の加護か。……となると、オスクリタは身体から闇でも噴き出すのか?」
「黒炎を纏うって聞いたけど、闇?」
「……すまん、忘れてくれ。黒炎か…………」
黒竜が闇竜である事は誰にも言うつもりは無かった。ギャレットが言うには、この時代では闇竜があれから現れて居ないそうだし、妙な誤解を与えるのはマズイ。
鍋を火にかけ温めている間に、テントの張り方も教えた。
ぎこちないが、回数を重ねればすぐに慣れるだろう。
「昼食を食べるんだよね? テントを張る必要ってあったのかな」
「テントの中で身体を拭いて来い。ほら、お湯だ」
水を温めたのは、身体を拭くお湯を用意する為だ。水で拭くよりはさっぱりする筈だ。
気を利かせたつもりだが、イースクラは複雑な表情をしていた。
「私……臭う?」
「はっはっは、気に揉むな、近くで嗅いだ訳じゃねぇけど、臭っちゃいねぇよ。配慮しただけだ。気になってないなら、拭く必要はないぞ」
「…………ありがとう、拭いてくる」
「おう」
テントに背を向け、適当な長さの枝をナイフで削り、干し肉を刺して焚火で炙る。
肉を炙りながら、イースクラに話しかけた。
「この時代の騎士が弱くなった理由は、飛竜の所為だ」
「……飛竜の?」
「飛竜は優しい。人に合わせてくれる。上に乗る騎士が弱ければ、その弱さにな」
「…………それは、分かるかもしれない」
「だからこそ、人は人で鍛えなければならない。飛竜に合わせて貰うのではなく、飛竜の力を引き出す為に」
「………………。」
「昨日やった訓練もそうだ。飛竜に幾ら乗っていようが、それだけでは飛竜を乗りこなす事は出来ない」
「私は、ルベルの力を……引き出せるかな」
「さぁな……火竜の力は強大だ、オレにはその力がどれ程であるのか想像もつかない。……だが、その力に頼るのではなく、その力と対等に在ろうとする事。それが、竜騎士になる者が忘れてはならない心得の一つだ」
「道理で……飛竜を上手く操る為に必要な訓練が、飛竜に乗らない事なんて……普通は思わないから」
「それを忘れなければ、いつかはオスクリタにも追いつける」
身体を拭き着替えを済ませたイースクラが、テントから出てくる。
「その方法を、貴方が教えてくれるんでしょう?」
「継続するかはお前自身さ。さて、飯を食ったらテントをしまって先に行くぞ。次の街までもうすぐだ」
日が落ちる頃に、次の街へと着いた。準備を整え先へと進む。
ローランド領を抜ける旅路には、二週間の時を要した。
ローランド領を抜けた先、ユリスカリア領を越えれば聖地へと着く。
それは、イースクラとの旅の終わりを意味していた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ユリスカリア領に入ってすぐ、最初の街が見えて来た時に一つの影が頭上を覆った。
飛竜の影。影は次第に大きくなり、オレ達の目の前に降り立った。
「そこの二人、止まれ。ちょっと聞きたい事が……って弟君にイースクラ!? こりゃまた珍しい顔ぶれじゃないの」
降り立った騎士は、ウィルヘルムの別荘で出会った騎士。名前は確かアッシュ……オスクリタの部下だった男だ。
イースクラと共に騎士の礼を取る。
「ご無沙汰しておりました。ユリスカリア卿」
「そんなに畏まるなよイースクラ、アッシュでいいって。んで、二人揃って何してんの?」
「国内を巡り、市井を見て回る旅をしております。……アッシュ卿はここで何を?」
「オレはただの警邏だよ。それにしても国内巡りねぇ~……楽しそうじゃん」
「見聞を広げ、自身を鍛える為です。しかし、竜騎士が警邏とは……何かありましたか?」
「アルフレド君は真面目だねぇ。あぁ、そうだ! 旅してたんなら丁度いいや」
顎に手を当て、まるで世間話をするかの様に口を開く。
「最近この辺で行方不明者が出てんだけどさぁ、お前ら……何か知らないか?」




