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「おー、起きたか。準備が出来たら出発するぞー」


 朝、テントから出て来たイースクラに軽い口調で話しかける。

ここ数日、必要以上に厳しく接し過ぎたと思う。勿論、それは必要だったからと言う面もあるにはあるが、自分の心境の変化に付き合わせてしまったと言う意味合いが強い。


 オレがどう思っていようが、目の前に居る少女には関係が無い。騎士を目指していようが、公爵家の娘だろうが、アルフレドと同じ十六歳の子供だ。悪い事をした。



「……え? う、うん……」


「ここ数日、厳しく接して悪かったな。お前の覚悟は十分に見せて貰った。これからも指示には従ってもらうが、無理をさせるつもりはねぇ。疲れたり辛かったりしたら遠慮なく言ってくれ、配慮はするよ」


「……どうして」


「お前がどこまで本気なのか確かめたかったってのはある。それ以上に、上下関係をハッキリとさせる必要もあった。ただ、それを徹底する必要は無いと思ってな。どうせなら楽しく行こうぜ」


 考えた末、オレの悩みは意味が無いと思う事にした。

アルフレドに身体を返すと言う目的が変わらない以上、オレはいつか消える。それはオレの問題であって、この時代の人々には関係がない事だ。感傷に浸るのは勝手だが、周りを巻き込むのはよろしくない。



「………………。」


 イースクラは難しい顔をして考え込んでいる様だった。無理もない、日を跨ぐ毎に目の前に居る男の態度ががらりと変わるのだ、困惑して当然だろう。



「……そういう事なら、理解したわ」


「ん? そうか、助かる。水辺を見かけたら休憩しよう、じゃあ行くぞ」


 良いか悪いかは別にして、イースクラは我慢強い。

それが持ち前の性格から来るものなのか、公爵家の教育に因るものなのかは判断が付かないが、不平や不満に対し声を荒げる人物では無かった。

今も、それは変わらない。吐き出したい気持ちを飲み込み、自身を律しているのがよく分かる。

それに甘えてしまっている現状に情けなさが込み上げてくるが……それは受け入れるしかあるまい。



「そういえば、学院では竜騎士の事以外にどんな事を学ぶんだ?」


「選択制だけど、社交界や貴族としてのマナー、領地経営、歴史、地理……それくらいかしら?」


「へぇ、色々とやっているんだな」


「私やウィルヘルムみたいに、個人で家庭教師を雇えない家もあるから。あぁ、後は公軍向けのコースもあるけど、それはあまり人気が無いわ」


「騎士だけじゃ軍は成り立たないだろ」


「貴族からすれば、印象が悪いのよ。だから、平民の子も受け入れてて……そういう子達の為に文字の読み書きや計算も教えてる。貴方の時代はどうだったの?」


「学院という物は無かったが、平民は街で読み書きを教えて貰っていた。家の手伝いの合間にな。軍に入る奴は平民だろうが貴族様だろうが王軍から始まる。定期的に騎士団の入団試験があって、貴族ならそれに受かれば晴れて騎士だ」


「貴族なら? 平民はどうするの?」


「飛竜に乗れるのは初代女王陛下の血を引く貴族だけさ、平民は騎士にはなれない」


「……でも、貴方は平民だったのでしょう?」


「それなりに無茶はした、オレが飛竜に触れるようになったのは一年かけてようやくだ。何度か死にかけたな」


「……どうして、そこまでして騎士になりたかったの?」


「国の為……っていうのは嘘で、単に飛竜が好きだったのさ、ガキの頃からな」


「……なにそれ…………」


「だってカッコいいだろう? 王都の空を眺めれば悠然と空を飛ぶ飛竜。それに跨る騎士の姿。竜騎士に憧れてんだ、悪いか?」


「思ってたより、低俗だったんだなって」


「あぁ、散々偉そうな事を言ってきたが、俺の動機は低俗そのものだ」


「それでも貴方は結果を残した」


「結果を残したのかと言われれば、返答に困るな。オレは特別何かを為した訳じゃない。ありふれた騎士の中の一人だ」


「……練度が落ちてるって……言ってたしね。どうしてかしら」


 そうしてしばらく歩いていると、川を見つけた。

小さい川で、歩いても渡れる程度の深さしかない。馬車が通る為か、橋は架けられていたが。



「少し早いが、昼食にしよう」


「……手伝える事があれば言って欲しい。何もしないままで座ってるのも落ち着かないの」


「落ち着かないって……公爵家の令嬢だろう? ただでさえ慣れない旅だ。無駄に体力を使って目的を見誤るのはやめとけ」


「野営一つまともに出来ない騎士にはなりたく無い……と思う。それに、今はただのイーリスで、傭兵見習い……違う?」


「ははっ……すまねぇ、一本取られたよ。分かった、そう言うなら手伝って貰うとしよう」


 街道を逸れて、川沿いに森へと入る。

枯れ枝と枯れ葉を拾い集めながら、イースクラに指示を出していく。



「持ち上げた時に、軽いかどうかを確かめながら集めてくれ」


「木の種類が違うから?」


「いや、枯れた枝を集める必要がある。生木を燃やすと煙が凄いからな」


「へぇ……例えば……これ?」


「そうだな、後は折ろうとすれば生木はしなる。ポキっと折れるのが枯れ木だ」


「枝の状態で、そんなに変わるのね」


「だが、生木にも利点はある。煙は出るが、燃え尽きまでが長い。どうしても火の番が立てられない時は役に立つ。煙のお陰で虫や獣を遠ざける事も出来るしな」


 ある程度集めたら、川辺の砂利に荷物を下ろし鍋に水を汲む。



「水が飲めるか分からない時は、ポリンの実を探せ。ポリンの実は綺麗な水の近くでしかその実を付けない。ポリンの実があるという事は、その水源には水のマナが循環しているという事だ」


「ポリンの実?」


「見た事が無いか? あそこに生えている奴だ、ポリンの実には少しだが薬効がある。いくつか採って食べておくと良い」


「んっ……酸っぱいね」


「平民の子供のおやつみたいなもんさ、甘い蜜を溜める花や、木の実があれば教えてやりたいが、この辺には見当たらないな」


「花も食べるんだ、ちょっと信じられないな」


「食べると言うか、吸うと言った方が正しいな。蜜は甘いが花自体は青臭い。恐らく貴族の家では味わえない物だろう。楽しみにしておけ、口に合うかは知らんが」


「……そうだね、楽しみにしとく」


「枯れ木を集め、水も用意出来たら火を熾す土台を作る。この砂利みたいな場所ならそのままでいいが、草が生えている場所なら土が露出するまで掘った方がいい。風次第だが、燃え広がる可能性があるからな」


「分かった、覚えとく」


「土台作りだが、近くに手ごろな石があればそれで囲うといい、無くても木を交互に並べて空気の通る隙間を作るんだ。隙間が無ければ火はすぐに消えてしまう」


「隙間……こう?」


「そうだ、それでいい。火の点け方は分かるか? 枯れ葉を握って細かくし、その上で火打ち石を擦らせ火を点ける」


「火打ち石は要らないわ」


 そう言うと、イースクラは枯れ葉の上で指を鳴らして火を点けた。…………いや、なんだよその面白特技。



「火とは仲が良いの、ルベルのお陰でね」


「……驚いたな、竜の加護か。……となると、オスクリタは身体から闇でも噴き出すのか?」


「黒炎を纏うって聞いたけど、闇?」


「……すまん、忘れてくれ。黒炎か…………」


 黒竜が闇竜である事は誰にも言うつもりは無かった。ギャレットが言うには、この時代では闇竜があれから現れて居ないそうだし、妙な誤解を与えるのはマズイ。



 鍋を火にかけ温めている間に、テントの張り方も教えた。

ぎこちないが、回数を重ねればすぐに慣れるだろう。



「昼食を食べるんだよね? テントを張る必要ってあったのかな」


「テントの中で身体を拭いて来い。ほら、お湯だ」


 水を温めたのは、身体を拭くお湯を用意する為だ。水で拭くよりはさっぱりする筈だ。

気を利かせたつもりだが、イースクラは複雑な表情をしていた。



「私……臭う?」


「はっはっは、気に揉むな、近くで嗅いだ訳じゃねぇけど、臭っちゃいねぇよ。配慮しただけだ。気になってないなら、拭く必要はないぞ」


「…………ありがとう、拭いてくる」


「おう」


 テントに背を向け、適当な長さの枝をナイフで削り、干し肉を刺して焚火で炙る。

肉を炙りながら、イースクラに話しかけた。



「この時代の騎士が弱くなった理由は、飛竜の所為だ」


「……飛竜の?」


「飛竜は優しい。人に合わせてくれる。上に乗る騎士が弱ければ、その弱さにな」


「…………それは、分かるかもしれない」


「だからこそ、人は人で鍛えなければならない。飛竜に合わせて貰うのではなく、飛竜の力を引き出す為に」


「………………。」


「昨日やった訓練もそうだ。飛竜に幾ら乗っていようが、それだけでは飛竜を乗りこなす事は出来ない」


「私は、ルベルの力を……引き出せるかな」


「さぁな……火竜の力は強大だ、オレにはその力がどれ程であるのか想像もつかない。……だが、その力に頼るのではなく、その力と対等に在ろうとする事。それが、竜騎士になる者が忘れてはならない心得の一つだ」


「道理で……飛竜を上手く操る為に必要な訓練が、飛竜に乗らない事なんて……普通は思わないから」


「それを忘れなければ、いつかはオスクリタにも追いつける」


 身体を拭き着替えを済ませたイースクラが、テントから出てくる。



「その方法を、貴方が教えてくれるんでしょう?」


「継続するかはお前自身さ。さて、飯を食ったらテントをしまって先に行くぞ。次の街までもうすぐだ」




 日が落ちる頃に、次の街へと着いた。準備を整え先へと進む。

ローランド領を抜ける旅路には、二週間の時を要した。


 ローランド領を抜けた先、ユリスカリア領を越えれば聖地へと着く。

それは、イースクラとの旅の終わりを意味していた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ユリスカリア領に入ってすぐ、最初の街が見えて来た時に一つの影が頭上を覆った。

飛竜の影。影は次第に大きくなり、オレ達の目の前に降り立った。



「そこの二人、止まれ。ちょっと聞きたい事が……って弟君にイースクラ!? こりゃまた珍しい顔ぶれじゃないの」


 降り立った騎士は、ウィルヘルムの別荘で出会った騎士。名前は確かアッシュ……オスクリタの部下だった男だ。

イースクラと共に騎士の礼を取る。



「ご無沙汰しておりました。ユリスカリア卿」


「そんなに畏まるなよイースクラ、アッシュでいいって。んで、二人揃って何してんの?」


「国内を巡り、市井を見て回る旅をしております。……アッシュ卿はここで何を?」


「オレはただの警邏だよ。それにしても国内巡りねぇ~……楽しそうじゃん」


「見聞を広げ、自身を鍛える為です。しかし、竜騎士が警邏とは……何かありましたか?」


「アルフレド君は真面目だねぇ。あぁ、そうだ! 旅してたんなら丁度いいや」


 顎に手を当て、まるで世間話をするかの様に口を開く。



「最近この辺で行方不明者が出てんだけどさぁ、お前ら……何か知らないか?」


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