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イースクラの視点もあります





「口調は変えなくていいが、上官として接しろ」


 細かい問答はあったけれど、最終的にアランは私に対してそう言ってくれた。

不満はない。騎士団に入れば家柄は関係なく、実力で判断される。それが規律を守る為であり、騎士団の風潮だと聞いた。

それを知っているから、学院でも騎士見習いとして同じ様に接するよう最初に宣言した。それを素直に聞いてくれる者は少なかったけど。


 訓練が始まったのは翌日からだ。朝食を食べ終えると、街の外壁を走ってこいと言われた。

私が何処まで出来るのか知りたいのだろう。口答えをするつもりは無い。この無駄な時間が早く終わる様に実力を示すだけだ。


 結局、昼食の時間まで走らされた。流石に少し疲れたが、私は一度も休まなかった。

門の前で待って居たアランに声を掛けられて昼食を食べる。兎の肉に塩を振り焼いた物だった。塩気がきつく、肉が臭い。昨日私が仕留めた兎の肉だと言われた。

昨日見たアランの投擲技術は見事だった。兎を殺さずに気絶させ、川で血抜きをする。肉屋を営む平民が喜んでいた。私も早くそれが出来る様になりたい。


 昼食が終わると、宿の裏で素振りをしろと言われた。

それも剣ではなく、木の棒を渡されて。私が素振りを始めると、アランはさっさと何処かへ行ってしまった。お金を稼いでくるとは言っていたが、恐らく見られているのだと思う。素振りなんて十歳の時からやっている。決して気を抜かず、ただそれだけに従事する。


 日が暮れた頃、声が掛かった。夕食の時間だという。

汗に塗れ、肩で息をする私にアランは何も言わなかった。宿屋の食堂で同じ物を食べる。味は正直覚えていない。自分が臭うのではないかと気になって、早く身体を清めたかった。部屋の前で桶一杯の水と身体を拭く布を渡された。お風呂に毎日浸かるのは、貴族だけだという。嫌で堪らなかったが、我慢しよう。私が選んだ道だ。



 次の日も、朝から昼まで外壁を走らされた。脚が痛い。昨日の疲れがとれていない。粗末なベッドの寝心地は悪く、身体の節々に痛みを感じる。迎えに来たアランから手渡された水が美味しい。塩と蜜が混ぜてあると言っていた。身体に染み込むようだった。飲み過ぎて、昼食が食べられなかった。


 午後の時間は、また素振りだけに充てられた。終わる頃には腕が棒の様になり、棒から手を放すのに時間を要した。アランは何も言って来ない……この男は、私の素振りを見ているのだろうか? 疑問は残るが、お腹が減った。昼食を抜いた所為だ。明日は水を飲み過ぎない様にしよう……明日も、走らされるのだろうか…………。



 外壁に沿ってひたすら走る。辛い、辛い、つらい。止めたい。休みたい。街の近くを流れる川が私を誘惑する。水を浴びたい。水が飲みたい。辛い。

見返してやる。認めさせてやる。絶対に、音を上げてやるものか。

昼食を見た途端、吐き気がした。食べなくてはいけないと分かっていても、身体が受け付けない。食べたくない、見たくもない。食えと睨まれる。無理矢理詰め込んだ。苦しい……苦しいな。


 素振り、棒を握っているのかすら分からない。振っているのかすらも。苦しい。止めたい。このまま後ろに倒れたらどんなに気持ちがいいか。弱音ばかりが出てくる。そんな事を考えていたのが悪いのだろう、足がもつれて倒れてしまった。起き上がらないと。起き上がりたくない。このまま眠りたい。自宅のベッドが恋しい。私は何を……しているのだろう。

 抱えられ、運ばれる。薄目を開けると、アランが居た。やはり、この男は私を見ていた。醜態を。恥ずかしい、腹立たしい。消えてしまいたい。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 目を覚ますと、宿屋の一室に居た。服は新調され、身体はベタついていない。

椅子に座りこちらを見ているアランと目が合った。何があったのかを想像し、顔が熱くなり目を伏せてしまう。

裸を見られ、下着も変えさせられた。使用人にではなく、アルフレド(アラン)に。恥ずかしい、恥ずかしい。恥ずかしさが込み上げてくる。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。見られた。見られた。見られた見られた。シーツを握りたいのに腕が言う事を聞かない。堪えれない。嫌だ。泣き顔まで晒すのは嫌だ。



 再びアランの方を見るのに、幾ばくかの時間を要した。アランは私から視線を逸らさず、こちらを睨む様な目つきで眺めていた。

私の裸を見たくせに。私の恥ずかしさも知らないで……何故か無性に腹が立つ。



「……お前は、何の為に強くなりたい」


 決まってる。名を残す為だ。

私が死ねば、私はただの一文になってしまう。ナハルシュタッド家:火竜の寵愛を賜った数少ない内の一人。そう記されるだけが私の全てになってしまう。そんなのは嫌だ。家系図に、そう記されるだけの存在にはなりたくない。



「お前にとって、騎士とはなんだ」


 騎士は国を守る者だ。称賛され、皆から尊敬される存在。

家柄ではなく、私個人を見てくれる場所。私が私で居られる場所。



「死ねば名は残らない。いつか忘れられ、消えるだけだ」


 そんな事はない。それはその人が弱いからだ。弱ければ埋もれ、名は残らない。強ければ、人の記憶に強く残る。残す事が出来る。歴史を隔てても、永く人に語り継がれる。オスクリタを越えなければ、私の名前はオスクリタの存在の前に霞むだけだ。だから強くなりたい。誰にも負けない様に、強く。



「この時代に、オレを知る者はいない」


 そうだ! 貴方はそれが悔しくはないの!? 歴史に埋もれ、呑まれ、消えて行った。

積み上げて来た物が、繋いできた物が、途絶え、消えた。何も残されていない。貴方になら、私の気持ちが分かる筈だ。



「明日、この街を出る。今日は寝ろ」


 そう言い残し、アランは部屋を出て行った。

毛布に包まり、考える。騎士とは何か、強さとは何か。答えは見つからない。私は間違ってはいない筈だ。

正しいと、そう感じるのに、アランに問われた言葉が頭の中に残って離れない。騎士とは何か、強さとは何か。私は思い違いをしている? している筈はない。私は間違っていない。それでも、考え続けた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「よく眠れたか?」


 朝食の席で、イースクラにそう問いかける。

反応は無かった。虚ろな目で、目の前のスープを口に運んでいるだけだ。

思いの他、イースクラが抱えている問題は大きかった。真面目で、頭がよく、我慢強い。


 裏打ちされた自信が、邪魔をしているのだろう。一日目で文句を言って来るかと思ったが、遂に倒れるまでこちらに不満を漏らさなかった。

強い子だ。それ故に、その強さが今は足かせとなっていた。



「馬車は……使わないの?」


 街を出る時に初めて口に出した台詞がそれだ。馬車を使うつもりは無い。使えば、ただでさえ足りない時間が更に短くなる。無論、それを丁寧に教えるつもりはない。音を上げれば、それまでだ。家に帰す。



「お前は行軍にも馬車を用いるのか?」


「………………。」


 返事は無い。騎士団に居たならば懲罰ものだが、そこまでやるつもりは無い。

野宿する気も無かったが、致し方ない事だ。宿も食事も単純に二倍の経費が掛かる。だが、節約の為では無い。それが必要だから行うのだ。念の為、用意をしておいて良かった。



 疲れ果てているイースクラの歩みは遅い。しかし、速度は緩めない。置いて行かれまいと必死について来るイースクラを振り返りもしない。

殺気が漏れているぞ。やめてくれ。



「今日からこの上に立って剣を振れ」


 指さした先には、木の杭が刺さっていた。街道に沿って建てられた柵の残骸だ。

昼食が終わり、休憩の時間に指示を出した。わざわざ手ごろな物を用意する手間が省けた。住人の営みに感謝しよう。



「重心をぶらすな。それで妖魔が斬れるとでも思ってるのか?」


「くっ…………ぐぅ」


 等間隔で打ち込まれている木の杭に立たせ、剣を振らせる。

バランスを取る事に意識を割かれるのだろう。剣の振りに腰が入っていない。

腕の疲れもあるんだろうが、甘えは許さん。さて、晩飯でも取りに行くか。



 森に入ると、リスを数匹狩る事が出来た。野草も幾らか採集して戻ると、イースクラが素振りを止めて蹲っていた。



「誰が止めろと言った」


「………………。」


 大丈夫かコイツ。口数が減っているのはよろしくない。

ウィルヘルム辺りなら食ってかかって来そうだが、それすらも無いとなると少し心配だな。やり過ぎたか……?



「飛竜に乗って戦う際には、自分が理想とする姿勢が取れる事の方が珍しい。どんな態勢でも重心を保てる様にするのは必要な事だ。学院で習わなかったか?」


「……空を飛ぶ妖魔と対峙した時は、飛竜をその場に留める事が大事だって……そう、教わったわ」


 呆れて物も言えない。この時代の竜騎士は何をしている……。

飛竜の速度を生かす所か、殺してどうする。だから剣で戦うなんて馬鹿らしい理論が台頭する訳だ。



「飛竜が可哀そうだな。全く、嘆かわしい」


「貴方の時代では……どうだったの?」


「速度を緩めるような事はしない。飛竜に身を任せ、その速度を十分に生かす。槍は添えるだけだ。必要に応じて、振るう事もある」


「剣は使えないと、言ってたね」


「予備の武器として持ち及んではいた。槍を落とすか、壊れるか、飛竜が飛べなくなった際には必要になる。重たい槍を何本も飛竜に括り付ける訳にはいかんからな」


「……重たい槍?」


「鉄の塊だ。子供の重さ程ある。長さはお前の身長の二倍程だな、その分腕に掛かる負荷も大きい。飛竜に乗れても、それが持てなければ戦力にはならない。無論、持てるだけでは不十分だが」


「オスクリタ様が使っている様な……?」


「現物を見た事が無いので断言は出来ん。仮にオスクリタが使っているのならば、何故誰もそれに続かない?」


「真似したくても出来ないよ。黒竜は強く、オスクリタ様は加護を持っているから」


「条件はお前も変わらん。それに、飛竜を舐めるな。竜と比べて劣っている事は否定しない。だが、飛竜にもそれくらいは出来る」


「……それを、教えてくれる人は居なかった」


「だからこうして話している。お前はそれを知る為に、オレについて来たのだろう?」


「そう……だね」


 初志を思い出したのか、イースクラは立ち上がり再び杭の上で剣を振るい始めた。

今までの常識にはない事を言われても、すんなり意図が通じる訳も無い……か。学院で教わる事を教えても意味がない。今後も、話をする必要はあるだろう。


 その後、オレも自分の鍛錬も兼ねて同じ様に剣を振るった。コツを聞かれたが答えるのは難しい。感覚として身に付けるしかない。

しばらくそうしていると、目を覚ましたリスの鳴き声が耳に入った。剣を振るのを止め、歩みを進めた。

 イースクラを鍛える為に歩みを止めるつもりは無い。限られた時間の中で何処まで教える事が出来るのか、目下の課題はそれに尽きる。



 夜、適当な場所を見繕い野営の準備をする。倒された二本の木の間には、誰かが野営をした後があった。

痕跡は新しい物では無かったが、街道の近くなら危険は少なそうだ。


 昼間に獲ったリスを絞め、皮を剥ぎ内臓をこそぎ出す。内部を水で洗うと頭を落とし骨ごと肉を細かく叩いた。

内臓も全て含めるのが正しい処方らしいが、どうにも抵抗感がある。頭や内臓は土に埋め、叩いた肉は丸く固めて香草と煮込んだ。


 調理過程を間近で見ていたイースクラは絶句していた、オレも最初見た時は同じ顔をしていたのだろう。王軍に居た頃を思い出す。この料理を教えてくれたのは猟師の息子から軍に入った奴だった。


 抵抗があるなら干し肉もあると提案したが、スープを食べる事を選んだ様だ。経験、経験と自分自身を奮い立たせていた。



「……美味しい」


「リスは木の実しか食べないから、肉が臭くならないそうだ。カッツァの実の風味ともよく合うな」


「アランは、何でも知ってるのね」


「長く生きていれば、それだけ物事を知る機会にも出会える。平民の出だからな、交友関係も広かっただけだ」


「昔の貴方は、どんな生活をしていたの?」


「居なくなる人間の事を知る必要はない。お前は、自分の目的を果たす事だけを考えろ」


「……そう、ね」


「食べたら寝ろ。火の番はしておくから心配しなくていい」


「貴方は、寝ないの?」


「オレの事は気にするな、それにテントは一人用だ」


「迷惑を掛けてごめんなさい」


「迷惑だとは思っていない。急ぐ旅では無いと言っただろう? それに、お前には借りがある。あの時庇ってくれた事には感謝しているんだ」


 御馳走様、おやすみなさい。そう言ってイースクラはテントに入って行った。

南部と言えど、夜は冷える。ゆらゆらと揺れる焚火の炎を見つめながら己に問い質す。

オレがイースクラに構うのは、若い情熱の火を絶やさない為だ。話すのは、より効果的に訓練を行う為だ。

 道を違えるな。使用人(ケイト)達に話したのは、アルフレドとは別人だと理解してもらう為だ。アラン(オレ)の痕跡を残す為じゃない。




 浅く眠り、目覚める事を繰り返す。王軍や騎士の野営は交代制だったが、似たような状況を想定して訓練はさせられていた。

あの時は意味も分からず死ぬ程きつかったが、死んだ後に役に立つとは思わなかったな。ありがとうございます。団長。



 過去と現在(いま)、これまでの旅路に想いを馳せる。


情が湧くのが怖いのです。この世界で生きて行きたいと思い始めた自分の弱さが情けないのです。

オレを導いて下さい。正しい方へ導いて下さい。お願いします……団長。


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