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「それで、この後はどうするつもりなんだ?」


 オスクリタが去った後、ウィルヘルムにそう問われた。

家出したと言う誤解が解けた今、ウィルヘルムがオレを留めて置く理由も、オレがこの屋敷に居る理由も無くなったからだ。



「旅を続けるよ。君には世話になったね……ありがとう」


「勘違いとは言え、邪魔をしてしまったな」


「急ぐような旅でもないし、それに傷を癒す事が出来た。不満はないさ」


「そう言われれば、オレの失態にも多少は意味があったと思える。礼を言う」


「なにより、楽しかったしね。発端がどうだったであれ、君達と過ごせた時間は良い思い出になった」


「思い出……か、まぁいい。それでイースクラ、お前もそろそろ戻るんだろう?」


「そうだね。所で、アルフレドは何処に向かうつもりなの?」


「道中楽しみながら、聖竜教の聖地に向かう予定だよ。その後の事は決めていないけど、他国に渡ってみようと考えてる」


「国を渡るのか? ……今更とやかく言うつもりはないが……余り目立つような事はするなよ」


「そんなつもりは無いよ。他国に渡れば、僕の顔を知る貴族も居ない。ウィルヘルムが心配している様な事にはならないさ」


「それはそうだが……」


「聖地へ行くなら、送ってあげようか?」


「送る? あぁ……火竜に乗ってか……」


 イースクラからの申し出は、有難い事ではあった。急いでいないとは言え、王都が今どのような有様なのかは気に掛かる。それにヴィレムに聞いた伝承……アルソニア王国の存在が今も語り継がれている理由については聖地を訪ねる他ない。光竜については期待が持てないにせよ、優先度は高い。



「火竜に? 火竜はお前以外の者を背に乗せないと聞いていたが、頼めば可能なのか?」


「あぁ、うん。紐にぶら下げて運べば……何とかなるんじゃない?」


「殺す気か! ……気持ちは有難いけど、遠慮しておくよ……」


 その方法は酷く雑な物であった。紐で括られて竜に引きずられるなんて想像しただけで全身が粟立つ。そうするくらいなら陸路を行くわ!



「大げさだなぁ。まぁ、馬車での旅も面白そうだね。いい機会だし、街の様子を見て回るのも悪くはないか」


「ん?」


「は?」


「ウィルヘルムも付いて来たら? 騎士団に入る前の、今しか出来ない事かもしれないよ?」


「いや……お前が何を言いたいのかがオレには分からんのだが」


「私、アルフレドの旅についていくから」


「ちょっと待て! いや、待ってくれ! イースクラ、君は何を言っているんだ!?」


「何って、見聞を広める為に旅をしているんでしょう? 私も興味あるし、問題あるの?」


 問題しかねぇよ! 



「ウィルヘルム! イースクラを説得してくれ!」


「……オレが決める事ではないだろう」


 日和った! 日和りやがったぞコイツ! オレの事は強引に引き留めて置いてなんて野郎だ!



「あぁクソ! 分かってるのか!? 貴族として旅をするつもりはない! 不衛生な環境で、平民と同じ物を食べ、その日の収入を稼ぎ、野宿する可能性だってある!」


「今経験しておけば、騎士になった時に役に立つと思うわ」


「やるなら一人でやってくれよ! 男と二人旅なんかして君の外聞にどんな悪評が付くか! 君は僕と婚姻するつもりなのか!?」


「アルフレド!」


 婚姻(それ)を口に出した時、怒声を発したのはウィルヘルムだった。察しはついていたが、恐らくウィルヘルムとイースクラは婚約者同士の筈だ。仲がいいし、実力も拮抗している。年頃の男女が休みの日に二人っきりで鍛錬のみを行うなんて違和感しか感じない、流石のオレでもそのくらいは分かる。

 だからお前が止めろ! 気付け! 婚約者の貞操の危機だぞ!



「発言を撤回しろ! 竜の加護を得た者を姉に持ちながら何故そのような事が言える!」


 そうだ! 言ったれ言ったれ! ……ん?



「気が動転してるんでしょ。いいよ、気にしてないし」


 ウィルヘルムとは対照的に、オレを見てニンマリと微笑むイースクラの姿を見て、背筋に怖気が走るのを感じた。



「しかしだな、いくら何でも今の発言は目に余る」


「アルフレドの失言は今に始まった事でもないし。それで、ウィルヘルムはどうするの?」


「興味が無いと言えば嘘になるが……本宅へ戻る前にもう一度イリスフォール卿を訪ねる必要がある。アルメリアとも約束をしてしまったしな」


「相変わらず、仲が良いね。良かったの? 婚約者がいるのに私を屋敷に誘ったりして」


「理解は得ている。誘いはしたが、都合がつかないらしくてな。お前にも会いたいと言っていたぞ」


「学院はしばらく休むけど、他国に渡るつもりは無いからすぐに会えるよ」


 固まるオレを余所に、話がどんどんと進んで行く。……意味が分からん。詳しい事情を問い詰めたい所だが、全てが迂闊な発言になりそうで二の足を踏んでしまう。少なくとも、ウィルヘルムが居るこの場では聞かない方がいいだろう。



「……ごめん」


 訳も分からないが、失言だったらしいので無難に謝っておく。



「気にしてないって。それで……旅についていくのは賛成なの? 反対なの?」


 借りを返せ、と言う事なのだろう。そう言われれば従う他はない。現実を知って、早々に音を上げてくれるのを期待するか……。



「……好きにしなよ、責任は取れないからね」


 僅かな抵抗を口に出し、了承する。

有耶無耶な状況のまま、その日は終わった。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それから二日後、セプテの街からローランド領へ向かう馬車が出るとの事で旅立ちの日が訪れた。

昨日はイースクラの旅に必要な衣類等を買う時間に充てられた。出資はウィルヘルムだったが、後でイースクラの実家に請求するらしい。

それなら一度実家に帰れと提案してみたが、面倒臭いと一蹴された……それでいいのか?



「すまんな。ローランドへ渡るなら馬車を貸してやりたい所だが、生憎と使う予定がある」


「気にしてないし、借りれば目立つだろう? 気持ちだけ受け取って置くよ」


「またね、ウィルヘルム。アルメリアにもよろしく伝えて置いて」


「あぁ、イースクラも道中気を付けてな。アルフレドも、無茶はするなよ」


「また姉上に叱られるのはゴメンだ、心配は掛けない様にするよ。それに、手紙の件もありがとう」


「ついでだ、気にするな。それじゃあ、達者でな」


 見送られ、屋敷を後にする。

イースクラの恰好は町娘と言うよりは若い傭兵見習いと言った風貌か。長く美しい深紅の髪は目立つので、適当に縛ってフードを被っている。

 それに伴ってオレの恰好にも多少の変化があった。商人の子息と傭兵見習いでは目立つので、ウィルヘルムが昔使っていたという革の防具を幾つか譲り受けた。調節には苦労したが、お陰でよく馴染む。


 正直に言って、若い傭兵見習いの二人組が旅をするのに最適な設定だとは思っていない。

目立つ様ならイースクラの同行を断る口実にもなるし、わざと煮詰めなかったと言うのが本心だ。



「それじゃあルベル、お願いね」


 イースクラの手紙を携え、火竜が飛び立つ。流石に同行させるつもりは無い様だ。というか火竜……お前はそれでいいのか?



『何かあれば助けに行くけど、私が行くまでは死なないでね』


 主が主なら、竜も竜だ。酷く雑な伝言を残し、瞬く間にその姿は空の彼方へと消えていった。

無論、進んで危険を冒すような愚を起こすつもりは無いが……イースクラに何かあったらオレは火竜に殺されるのだろうか? オスクリタと火竜の仇討合戦を想像し、胃が痛む。



「アルフレド、ぼうっとしていたら馬車が行ってしまうわよ? そういえば、道中貴方の事は何て呼べばいいのかしら?」


 そんなオレの気も知らないで、イースクラは呑気なものだ。



「アランとでも呼べ。オレはお前の事をなんと呼べばいい?」


「名を偽るなんて、考えた事もなかったな。ふふふ、楽しいね……どうしよっか?」


「考えて無いのならイーリスと呼ぶ。同名の貴族がいないかだけ教えてくれ」


「イーリス……か、いいんじゃない? イリスフォールと少し被ってるけど、それは家名だしね」


「む? ならば変えるか? クラリス、スクラ……ナターシャ」


「イーリスでいいよ。喋り方はどうすればいい?」


「無理に変える必要は無いと思うが、町娘を参考にして必要だと思ったら変えていけ」


「分かった。楽しみね」


「オレは不安しかねぇよ……はぁ、街を出たら聞きたい事が山ほどある。覚悟しておけよ」


「うん! アランの事も教えてね! ……こんな感じかなぁ」


 独り言の様に呟くイースクラを適当にあしらいつつ馬車の乗り合い場へと歩く。アルフレドと同年代の貴族で、こちらの事情を知っている相手から話を聞けるのは幸いな気もするが、気が重い事には変わりなかった。

貴族である事を無理に隠す必要はないので、バレた所で問題はないのだが……。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「そういえば、あの時何故ウィルヘルムは怒っていたんだ?」


 イースクラと込み入った話が出来る様になったのは、ローランド領に入ってしばらく経ってからだった。

今は、肉屋の依頼で獣の肉を狩りに平原へと出ていた。兎の肉を一羽百デナリで買い取ってくれるらしい。



「あの時?」


「婚姻云々と言った時だ、覚えて無いか?」


「あぁ……また迂闊な事を口走ったなって思ったよ」


「やかましい! ……で、理由を教えてくれ。どうやらオスクリタとも関りがあるようだが」


「あ、また当たった。どうしてそんなに手馴れてるの?」


 兎を狩るのに用いたのは、落ちている小石だった。巣穴から顔を出している兎を、逃げ出さない程度の距離から石を投げて気絶させる。頭に当てないと逃げられるので、傍から見れば至難の業に見えるのだろう。



「投槍は昔、腐る程やって来た。走り回る兎ならともかく、的が止まっていれば造作もない。話を逸らすな、その迂闊な発言をしない為に聞いているんだ」


 最初こそ外していたが、数回投げれば勝手も分かり今では九割は当てられている。気絶した兎は足を縛って棒に吊るした。血抜きをするかは悩んだが、川も近いしやって置くのも悪くは無さそうだ。もしかすれば、報酬に色を付けて貰えるかもしれない。



「この時代だと、竜に気に入られてる貴族は婚姻なんて基本的にしないからね」


「……は?」


「だから、寵愛を賜るなんて言われてる。別に、竜は気にしてないけど」


「そりゃあまた、どうして?」


「人間の都合だよ。竜に愛された個人は、特別な存在なの。例えば貴方の家であるクランクラインに他の貴族が婿入れしたとして、その貴族家の扱いはどうなると思う? 勿論、オスクリタ様が嫁ぐなんて問題外だけど」


「家同士の繋がりが生まれるが……それが問題になると?」


「クランクラインは黒竜の加護を持ってる。でも、婿に入ったからと言ってその家が加護を得た訳では無い。でも、折角血族を余所にやるのになんの見返りもないんじゃ、溜まった物ではないでしょう?」


「しかし……それでは竜の加護を得た血が途絶えるのではないか?」


「基本的にって言ったでしょう? クランクライン家で言えば、家を継ぐのはアルフレドの仕事だよ」


「はぁ!?」


「オスクリタ様が婚姻すれば、絶対に角が立つの。昔は自由だったらしいけど、争いが起きてからは禁止されてる。面倒でしょ? そういうの」


「……お前は、それでいいのか?」


「さぁ? それが当たり前だから。実際、私も家を継ぐのは兄様に任せてるし。そのお陰で、こうして勝手も出来るんだけどね」


「酷い話だ」


「しょうがないよ、争いを防ぐ為なんだから。それに、結婚しようと思えば出来ない事はないし。家を捨て、名を捨て、あくまでも個人として私に婿入りしても良いって思える人がいればね。でも、そういう人って貴族の三男か四男目以降じゃないと家が許さないし、魅力的な人も居ないんだよねぇ」


 オレを真似してイースクラが石を投げた。勿論当たる訳はなく、兎は巣穴に隠れてしまった。やめなさい。



「自由恋愛でいいなら、平民でもいいんじゃないか?」


「酷い事思いつくね。貴族に惚れられた所為で家族と一生会えなくさせられるなんて、私は遠慮したいな」


 竜の加護を個人が得る事は滅多にない。それ故に、それは大きな意味を持っていた。国にとっては貴重な戦力であるのと同時に、争いの火種にもなりかねない程の存在。それは、変わった世界の歪みの様に思えてならない……何故、竜の加護は家を跨ぐようになった? 個人にしか残らないのであれば、ここまで拗れる事もなかった筈だ。



「オレの時代では、竜は伝説の存在だった。アルソニア王国の初代女王陛下は光竜の加護を得ていたと謂れているが、その死と共に光竜は去った。どうしてだろうな」


「結果的に、その子孫は滅んでしまったのでしょう?」


「血は、流れている筈だ。五百年の間にどうなったのかは知らないが、当時の貴族には全員王家の血が流れていた……多分、お前にも」


「へぇ、それは面白いね。今度ルベルに聞いてみるよ」


「……竜の力は、使用に制限はないのか?」


「基本的には、身体に負荷が掛からない様に抑えてくれているんだって。だから、身体を鍛えれば力は増すよ」


「現状あれだけ動ければ、十分な気もするが」


「オスクリタ様の話を聞いていれば、とてもじゃないけど満足なんて出来ないわ」


「公国最強の騎士……か、一度でいいから実際に戦っている所を拝見したい物だ」


「騎士団に入って、直属の部下にでもならないと可能性は低そうだね。どうして見たいの? 参考になるとは思えないけど」


 ……いつか、剣を交える時が来るかも知れない。とは流石に声に出せんな。



「ただの興味本位だ」


「ふーん……そういえば、貴方に着いて行こうと思った理由。話して無かったよね」


「理由?」


「目的、かな? まぁいいや。貴方の質問には答えてあげるし、出来る限り協力もするつもり」


 そう言いながら、適当な石を拾い上げ身体に炎を纏わせる。投げた石は兎の身体を易々と貫通し、絶命させていた。商品価値が下がるからやめてくれ。



「私、子供は残せないけど名前は残したいの。ずーっと、誰にも忘れられないくらい」


「………………。」


「”失われた(貴方の)”技術を、私に教えて。最古の竜騎士、アラン・マークス」


「それを知って、どうする?」


「自分が生きた証を、この世に残したい。公国最強の名は、オスクリタ様にも譲らない」


アルフレド(オレ)はクランクラインの人間だ。自家の名を下げるような真似は出来ん」


「問題ないよ。アルフレドの名誉は、私が保証してあげる」


「……何を――」


 風が吹き、被っていたフードがめくられ深紅の髪が露わになる。



「私の名前、まだ言ってなかったね」




イースクラ。イースクラ・ナハルシュタッド。そう名乗りを上げた公爵家の娘は、深紅に輝く瞳を携えてオレを真っ直ぐに見据えていた。

その燃えるような髪や瞳は、少女が宿す情熱の炎を現わしている様だった。

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