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 ローランド家の別荘、屋敷の前の広間でオスクリタと目が合う。

アルフレド(オレ)の存在に気が付いたオスクリタは、一歩ずつゆっくりとこちらに近づいて来る。

その姿を固唾を飲んで固まるオレの姿は、初めてオスクリタに会った時の対比の様で、あの時とは立場が変わったな。と言う下らない考えが頭を過ぎった。


 辺りにはウィルヘルムやイースクラ、オスクリタが連れて来た二名の騎士も居た筈だが、視界に入るのはオスクリタの姿のみだった。

真実が露見していた場合、オスクリタがどのような行動に出るのかは正直予測が付かない。父親の死を間近で体験し不安定になったオスクリタは、唯一の守るべき肉親であるアルフレドの存在によって均衡を保つ事が出来ていた。


 底が見えぬ程の、昏き瞳に宿った感情を推し量る事は、多くの人と関わって来たオレであっても読み取る事は出来ない。



「……姉上」


 目の前まで迫ったオスクリタに恐る恐る声を掛けた。

返って来たのは、頬を撫でる冷たい篭手の感触であった。



「…………無事で良かった」


 その言葉が持つ意味を、理解したのはもう少し経った後の事であった。



「ウィルヘルム、連絡に感謝する。手間を掛けたな」


「いえ、畏れ多い事です。私は己にとって最善と思われた行動を取ったに過ぎません。まさか、オスクリタ卿直々にいらっしゃるとは……」


 羨望と緊張が入り混じった態度で、ウィルヘルムが畏まっていた。オスクリタはナハル公国が誇る最も優れた騎士であり、名実共に最強と評されていた。竜の加護を得た騎士を含めてだと言うのだから驚嘆に値する。

早い話が、騎士を目指す者にとってオスクリタは憧れの存在なのだ。その最たる例であるウィルヘルムにとっては、まさしく夢のような場面なのだろう。



「君の手紙を読んで、自分で赴いた方が早いと思ってな。先触れも出さずに礼を欠いた、謝罪しよう」


「そのような事は一切ござません、オスクリタ卿を招く機会を得た事、ローランドの誉れとなりましょう……丁重に持て成せ!」


 深々と頭を下げると、近くにいた使用人に指示を飛ばす。しかし、オスクリタはそれを手で制した。



「長居をするつもりは無い、その気持ちだけで結構だ。して、件の内容についてだが。アルフレドの旅については私が許可を出した。案ずる必要は無いとこの場で宣言しよう」


「はっ、しかと承りました。差し出がましい真似をし、お手間を掛けました事、深くお詫び申し上げます」


「謝る必要はない。アルフレドは良き友人を持った……私はそれを嬉しく思う」


「光栄の極みでございます」


「イースクラ、君もこの場に居たとはな。火竜は壮健か?」


「私のような者にまで、名前を憶えて下さっている事、光栄の極みと存じます。ルベル共々、日々精進しております」


「二人共、そんなに畏まらなくてもよい。国を支える有望な人材を気に掛けるのは当然の事だ。君達と剣を並べる時が来るのを楽しみにしている」


「はっ!」


 憧れの象徴たるオスクリタに騎士の礼を取る二人。その見事な姿に、二人はやはり学院でも優秀な子らなのだと確信に至る。学院での立場は分からないが、優秀な若き騎士候補を携えたナハル公国の未来は明るいだろうなと思うのと同時に、オスクリタがこの場に現れたのはウィルヘルムに会う為ではないかと言う淡い期待を抱く。



「さて、アルフレド。私がこうして公務を妨げてまでお前に会いに来た理由は分かるな?」


 淡い期待は瞬時に打ち砕かれ、背筋に嫌な汗をかいた。



「……申し訳ありません、愚弟にはおよそ思い浮かばない事と存じます」


「……はぁ」


 軽くため息を吐くと、オスクリタは片腕を上げた。それに応じて、伴だった騎士の一人が前にでる。



「公国竜騎士団のエイジアと言う。君とこうして会うのは初めてだな」


「誉れ高き竜騎士団のお二人にお会い出来た事、光栄に思います」


「私は君の姉君の部下だ。畏まる必要はない……それで、君に一つ聞きたい事がある」


「聞きたい事……ですか?」


「この剣に、見覚えはあるな?」


 そう言って、エイジアという騎士が差しだした剣は……紛れも無く、あの森に置き忘れていた剣だった。



「それは……」


「この剣があった森には、妖魔出現の触れが出ていた。そして、妖魔の姿は確認出来ず……残されていたのは交戦したと思われる形跡と、クランクラインの紋が刻まれたこの剣のみ」


 屋敷から持ち出した剣には、クランクラインの紋が刻まれていた。持ち出す際には気が付かなかったが、煌びやかな装飾がされていなくても、それはクランクラインの有する物であり、優れた品だったのだろう……道理で、妖魔と切り結んでも折れぬ訳だ……



「さて、話を聞かせてくれるな? あの日あの時、あの場で何があったのかを」


 ……不味い。最悪の事態は免れていたが、依然として窮地なのは変わりない。

貴族の子であるとは言え、子供が一人で妖魔を討伐するのは尋常の事では無い。正直に言えば、それは違和感となりアルフレドの身に起きた異変に気付く切っ掛けになる事は容易に想像が出来た。

しかし、言い逃れは出来ない。確固たる証拠が目の前に提示されている以上、とぼける事は不可能だろう。

 襲われたが逃げた……妖魔はどうなる? 霞の様に消え去った妖魔の所在に国が納得する訳がない。その場しのぎにはなっても、いずれは露見する。捜索の手が伸びれば、あの時助けてくれた猟師のヴィレムにも迷惑が掛かる。


万事休す……己の軽率さが蒔いた種が、花開いただけなのだ。諦める他ない……。



「……僕は――」


「私がやりました」


 思いもよらぬ所から、救いの手は伸びた。


「イースクラ、どういう事だ?」


「ルベルに乗って森を通りかかった際に、妖魔に追われていた住人を発見致しました。危険は承知でしたが、放っておく事も出来ず、止む無く妖魔を討伐致しました」


「ちょっと待て! お前はアルフレドとこの屋敷に着く前に会っていたと!?」


「空から見た景色では、追われているのがアルフレドだとは気づかなかったわ。……彼は、その……酷い恰好をしていたから」


 ウィルヘルムからの追及を、イースクラはさらりと躱してそう述べる。

浮浪者同然。そう評されたオレの姿を想定しているのだろう。



「それは、妖魔を倒した後に分かる事ではないのか? 相対した後も気が付かなかったと?」


「妖魔を倒した後は、追われていた人物はとうに逃げ去っておりました。直接話す事はありませんでした」


「ふむ……妖魔の死体は残らん。我々が血に塗れた剣を発見した場所と、妖魔を討伐した場所は異なると……筋は通るな」


「発言の許可を頂きたい」


 そう手を上げたのはウィルヘルムだった。騎士はそれを見て許可をだす。



「構わない、どうした?」


「騎士たるもの、欺瞞は恥ずべき事と存じております。なので、嘘偽りなく証言致します」


 そう宣言し、オレを一目見た後にウィルヘルムは述べる。



「アルフレドを我が屋敷に招いた際、彼は腕に酷い怪我を負っておりました。理由を尋ねると、森で獣に襲われ返り討ちにしたと言っておりました。イースクラの発言と矛盾しております」


「ほう……アルフレド、何か弁明はあるか?」


 イースクラが、心配そうにこちらを見ているのが分かった。ありがとう、もう十分だ。



「恥を承知で申し上げます。妖魔と相対し、恐れをなして私は逃げました。彼に嘘を吐いたのは、卑怯者と罵られるのを恐れた為です。自分の名誉を守る為に、私は彼を欺きました」


「騎士で無い者が、妖魔に対し逃げる事は恥ではない」


「騎士を目指す者として、恥ずべき事だと思ったのです。結果として、それは恥の上塗りにしかなりませんでしたが……」


「……君は何故、あの森に居た? あの森には近づかぬ様に触れを出していた筈だが」


「危険は承知しておりました。街の幼子がポリンの実を欲していると聞き、森へ向かいました。浅はかであったと自分の行いを恥じるばかりです」


「嘘偽りはないと、誓えるか?」


「…………はい」


 拳を握り、騎士を見る。この身体に転生してからという物、欺瞞を重ねてばかりだ……しかし、イースクラの好意を踏みにじる訳にはいかない。



「まぁまぁ、いいじゃねぇか。それぐらいにしとけって」


「アッシュ……貴様」


 エイジアにアッシュと呼ばれた騎士が前に出る。



「俺達の目的は、我らが親愛なる隊長殿の弟君の無事を確かめる事と、妖魔の行方について確かな情報を得る為……だろ? ガキんちょ共を虐めてどうするよ」


「巫山戯た事を抜かすな。私は事の真偽を確かめているだけだ」


「おー、怖い怖い。そんな怖いお姉ちゃんに睨まれちゃ、飛竜だって怯えちまうよ。ねぇ、隊長?」


「イースクラの証言には筋が通っていた。ウィルヘルムの懸念も、アルフレドが強がっていたと考えれば納得が行く……それが保身から出たという事には、少々堪える物があるが」


「しかし、オスクリタ様」


「よい。イースクラ、妖魔を仕留めたのは確かなのだな?」


「はい、相違ありません」


「ウィルヘルム、君の実直さには感服したよ。率直な意見を述べてくれて感謝する」


「正しいと信じる事に従ったまでです、要らぬ混乱を招き申し訳ありませんでした」


「アルフレド、嘘を吐いた是非はこの場では問わん。人を欺けばいつかは露見する、その事はその身を以って知っただろう?」


「はい……姉上のおっしゃる通りです」


「無事で良かった。旅をする事を許しはしたが、無茶をしろとは言っていない。妖魔の湧いた森に入る様な真似はしないと約束してくれ」


「ご心配をお掛け致しました。二度とこのような事態を招かぬ様、自己を省みる事を誓います」


「私からは以上だ。エイジア、剣をアルフレドに返してやれ」


「はっ!」


 エイジアから剣を受け取り、深々と頭を下げる。

人を欺けばいつかは露見する。弟を(おもんばか)っての言葉だが、今の自分に深く突き刺さる様に感じた。いつか、その報いを受ける日が来るのだろうか……。



「ウィルヘルム、この度は弟が世話になった。何か困った事があれば頼りにして欲しい、出来るだけ力になろう」


「畏れ多き事と存じます」


「イースクラ、妖魔を討伐する武勇は見事だが、出来れば報告をして貰えると助かる。誉はせど、隠す事ではない」


「浅はかでした。申し訳ありません」


「二人共、形は違うが弟を救ってくれた事には感謝する。このとおりだ」


 そう言って、オスクリタは頭を下げた。不出来な弟が起こした不始末の責任を取る為に。



「あ、頭を上げてください! 私共にそんな!」


「ウィ、ウィルヘルムの言う通りです! 私達はそんなつもりじゃ……」


 慌てふためく二人に優しく微笑むと、踵を返して黒竜の元へと歩みを進める。



「坊主、あんまり姉ちゃんを困らせるなよ? 俺達があの剣を届けた時、隊長がどんなに取り乱した事か」


 そう言いながらオレの頭をガシガシと撫でるアッシュを、余計な事を言うなと言わんばかりにエイジアがはたいた。



「いいから行くぞ! オスクリタ様を待たせるな!」


「ってぇなぁ! わーってるよ」


「その言葉使いを直せと何度言えば分かるのだ、貴様は!」


 騎士とも、貴族とも思えないアッシュの態度をエイジアが窘め、引きずる様に飛竜の元へと歩いて行く。



「騒がせてすまなかった。学院にはあまり顔を出せないが、二人が騎士団に上がる日を楽しみにしているよ。では、失礼する」


 挨拶と共に、黒竜は大きく羽ばたいた。騎士の二人もそれに続く。アッシュが最後に「またな~」と叫んでエイジアに睨まれていた。いいコンビなのだろう。


 次第に小さくなっていく影を見送ると、ウィルヘルムに続いて屋敷の中に戻る為に歩き始めた、その際に、イースクラが前を歩くウィルヘルムに気付かれない様にオレの耳元で囁いた「これで貸し一つね」と言う言葉に思わず立ち止まってしまったが、そんなオレを気に留める事も無くイースクラは歩き始めていた。



その時に見せた妖艶な微笑みに、なんとも言えない不安が頭を過ぎるのであった。

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