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「急に、何を言い出すのかと思えば……どうしたのさ?」


「ルベルに聞いたわ」


 火竜……オレの頼みを聞く義理は無いとは言え、人の秘密を早々に暴露してんじゃねぇ。くそっ、誤魔化せるか?



「竜の気を引きたくて、口から出任せを言ったんだ。ごめんね、混乱させたみたいで」


「………………。」


「姉上の黒竜は僕に話しかけてくれないから、一度でいいから竜と会話してみたかった」


「……それで?」


「それだけの話さ。さぁ、夜も遅い。そんな恰好で僕と一緒に居て、妙な噂が立つと君も困るだろう? 部屋に戻りなよ」


「怪しいと思ったのは、朝の鍛錬の時だった。竜と話せるのは知ってるだろうから、それは気にしない事にした」


「……イースクラ?」


「だけど、ウィルヘルムや私を子供扱いしたのは軽率だったね。アルフレドにそんな力なんてないんだから」


「昼食の席で話したろう? 姉上の指導の賜物さ」


「まだとぼけるんだ。私もウィルヘルムも、努力を怠った事なんてない。特にウィルヘルムはイリスフォール卿からも師事を受けてるし」


 ウィルヘルムがエソテリアに居たのは鍛錬の帰りだったのか。



「オスクリタ様がどんなに優れた方であっても、半年でその差が埋まって、更に差を付けられるなんて信じられない。それに、オスクリタ様は本宅にはあまりいらっしゃらないと聞いてるわ」


「小さい頃から姉上を見ていたんだ。僕は学院で自分の弱さを知った。君達に教えられたと言ってもいい。だから必死で――」


「アルフレドの振りをしないで。見ているとイライラする」


「……疑うなら、姉上に聞けばいい。それこそ、本宅の使用人にも。火竜に乗って行けばすぐなんだろう?」


貴方(・・)は知らないんでしょうけど、私に竜の事を教えてくれたのは、アルフレドなんだよ……」


「それは…………」


「竜と話が出来る事も、竜の力を使う事が出来るのも、教えてくれたのはアルフレドだった。ルベルは何も教えてくれなかった。聞こうとすら思わなかった。笑っちゃうよね、アルフレドに言われて、家に帰って話しかけたら平然と答えてくれるんだもん」


 竜は、守護者だ。寄り添う事が竜の目的であって、力を与える事は副次的な物でしか無かった。

アルフレドはそれを知っていた。姉のオスクリタから話を聞いたんだろう。身の危険も無いのに、力が使える事を幼子に言う必要は無い。それが遠因となって、アルフレドの父親は死んでいるのだから。



「もう一度聞くよ。貴方は……誰?」


 誤魔化せない。そう思った。火竜と話した事も軽率であったが、オレは致命的な間違いを犯している。……家を出て正解だった。目の前の相手がオスクリタでは無くて本当に良かったと思う。人が積み重ねて来た歴史を、他人が易々と乗り替われる訳が無いのだ。



「…………一つだけ、約束して欲しい」


「……何?」


「オスクリタには言うな。彼女を傷つける事は許さん」


 偽りの仮面を外し、アランとして向き合う。



「貴方にそれを言う資格があるとは思えないけど」


「騙していた事には非礼を詫びよう。だが、それが最善だと思っている。本宅の使用人達は事情を把握しているが、余り吹聴したい事ではないんだ。アルフレドの為にもな」


「約束を守るかどうかは、話を聞いてから決める。私は貴方を信じてない」


「それ程長い話ではないが、立って話す事でもない。座ってくれ」


 此方に警戒しながら、イースクラは椅子に座る。イースクラの近くには寄らず、扉からも離れた位置に立った。退路があれば、多少は警戒を緩めてくれると思っての事だ。



「火竜から聞いたと思うが、オレは五百年前の人間だ。名をアランと言う。気が付いたらこの身体に憑依していた」


「………………。」


「理由はオレも知らん。黒竜や火竜に聞いても知らないと言われた。今は、その原因を探る為に旅をしている途中だ」


「それを知って、どうするの?」


「アルフレドに身体を返す。原因を知った所で方法が分かるかは知らんが、それ以外に打つ手が無いのが現状なのでな」


「宛はあるの?」


「光竜が何かを知っているらしい。だから探している。朝、火竜に話しかけたのも行方を知っているか聞きたかったからだ。……聞く前に、邪魔されてしまったが」


「酷い言い方をするのね」


「失言だった。君達の鍛錬に参加したのも、アルフレドの株を上げる為だ。身体を返す前に、出来る限り不名誉を払拭したいと思っている」


「やり過ぎた所為で、私に勘づかれたけどね」


「反省すべき事だとは思っている。有望な若者を見て昔の血が疼いたのも確かだしな。オレは騎士だった」


「余計なお世話……と言いたい所だけど、勉強にはなったわ」


「話を戻そう。オスクリタに隠しているのは、ギャレット……クランクライン家の執事長の願いだからだ。詳しい事情を話す訳にはいかないが、それを知ったオレもそうした方がいいと判断した」


「……そう」


「君達にわざわざ明かさないのは、アルフレドの為を思っての事だ。事が露見すれば、オレがした事はアランの功績になりアルフレドとは関係の無い物になってしまう。クランクライン家にも汚名が掛かるだろう。同じ貴族として、理解してもらえれば幸いに思う」


「……言いたい事は、分かる」


「こちらの事情はそれで全てだ。改めてお願いする。どうか、オスクリタには話さないで欲しい」


 深々と頭を下げた。不義を働いているのはオレで、義はイースクラにある。オレに出来る事は、ただ願う事だけだった。



「嫌だ。って言ったら」


「オレにそれを止める権利は無い。事情を話せばオスクリタも協力してくれるとは思う。だが、彼女にこれ以上心労を掛けたくはない。……それだけだ」


「………………。」


 沈黙が流れる。頭は下げたままだった。イースクラからの反応を待つ。



「……じゃあ、誓って。アルフレドに身体を返すって」


「誓いは既に立てた。それを果たす為に、オレは生きている」


「………………。」


「オレの剣は、今は亡き王に捧げた。この世界に生きようとは思っていない。それが誰かの人生なら、なおさらな」


「貴方は、悲しい人ね」


「ただの事実だ」


「…………いいよ、約束してあげる。手伝えるかは分からないけど、邪魔はしない」


「恩に着るよ、ありがとう」


 顔を上げ、部屋を出るイースクラを見送る。理解を得られたのは幸いだった。旅を続けるのは危険なのかも知れない、しかしそれでも続ける他無かった。この教訓は、次回に生かそう。



「アルフレドは、戻って来たいと思ってるのかな」


「思わせてみせるさ、世界は……アイツが思ってる程、悪い物ではない。少なくとも、オレはそう思う」


 おやすみ。と言って、イースクラは部屋に戻った。

後は寝るだけなのだが、目が覚めてしまい眠れない。他人の屋敷を勝手にうろつく訳にもいかないので窓を見た。

景色を見たいのでは無く、窓に映る自分の顔を見る為だ。初めの頃は、目に入る度に感じていた違和感を、最近は感じなくなっていた。



「オレは、お前にはなれない」


 窓に映るアルフレド(・・・・・)に話しかける。



「死にたいのなら、そう言え。代わりに死んでやる」


 反応は無い。初めから期待もしていない。



「だが……何も言わないのなら」


 窓に映る額に手を当てる。



「必ずお前を連れ戻してやる」


 椅子に腰かけ瞑想に耽る、しばらくすると眠気を感じたので床に就いた。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 翌朝、朝食を終えると裏庭に来ていた。

理由は勿論鍛錬の為だ。鍛錬と言うよりは、訓練に近いが。



「待て待て待て待て、どうしてオレがアルフレドに師事を受けねばならんのだ!」


「諦めなよ、内容は的確で理に適ってるんだし」


「そういう問題じゃないだろう!? イースクラ! お前には矜持が無いのか!?」


「別に、強くなれるならなんでもいいや」


「ウィルヘルム、訓練中に余所見をしたら駄目じゃないか。注意が散漫になって怪我でもしたらどうするんだい」


「お前はお前で変わり過ぎだ! くそっ! 昨日オレに負けた事を思い出させてやる!」


「その意気だよ。……でも、こうやって剣の技術ばかり磨いていてもあまり意味が無い気がするんだけど」


「仕方ないだろう。飛竜に乗るには学院の、国の許可が要る。流石にそこまでの無理は通せん」


「そうじゃなくて、剣なんて実践では殆ど使わないだろう? 槍か、それこそ投擲の訓練でもした方がいいんじゃないと思うんだけど」


「……? 何を言っている?」


「何って、竜騎兵の基本的な戦術の話さ。 短い剣なんか、飛竜に乗っていたら使い道は────」


「アルフレド、何時(・・)の話をしているのかは知らないけど、竜騎士は剣で戦うのが普通だよ。学院で教わってないからって勘違いするのは良くないかな」


 イースクラが目配せをしたのが目に入った。余計な事は言うな(・・・・・・・・)、と。

……どういう事だ?



「中には槍を使う騎士も居るみたいだけど、主流は剣かな。槍なんか使っても、妖魔に組み付かれたら何も出来なくなるし」


「投擲なんて以ての外だ、不安定な飛竜の上で物を上手く投げられる訳がないだろ」


 開いた口が塞がらない。と言うのは、まさにこの事を指すのだろうか。脚の力のみで飛竜を操舵する事は竜騎士の必須技術である。騎士団に入った後は、それが出来る様になるまで実践には出させて貰えない。



「…………知識だけで、物を言っていたみたいだ。ごめん」


「お前の場合は、手本が規格外だからな。オスクリタ卿の様に竜と心を通わせるのは普通の事では無い。そういう意味では、イースクラには出来そうだが」


「さぁ、どうだろうね。教わった事がないからやり方も分からないし」


 長い年月を経て、変わったのは世界の在り様だけでは無かった。正確な事情は分からないが、今の話を聞いた限りでは飛竜の操舵技術は明らかに衰退している。受け継いで来たものが途絶えてしまった事に、動揺を隠せない。

その後しばらくして休憩の時間になった時、イースクラが近くに寄って事情を話してくれた。



「迂闊だったね。隠すつもりなら、あんまり変な事は言わない方がいいと思うけど」


「当然だと思っていた。それが当たり前だと」


「貴方の時代では、でしょう? 昔の文献って、あんまり残ってないんだよね。全部燃えちゃったらしいから」


「……それは、どういう事だ?」


「さぁ? その時の事は、貴方の方が詳しいと思うけど。闇竜……だっけ? 言い伝えでしか知らないけど、大きな戦だったらしいね」


「あの時生き残った竜騎士は居なかった……そういう事か。だが、訓練の内容は王城の書物庫に残っていた筈だ」


「燃えちゃった……って言ったでしょう? いずれ分かる事だから言うけど、貴方が昔住んでいた場所は、今ではただの荒野だよ。だから誰も欲しがらないし、聖地として放っておかれてる」


「なっ────」


「大陸の中央に位置する地域には、何も残っていないの。それでも昔はまだ住んでいる人が居たらしいけど、今は誰も寄り付かない。聖竜教の信者以外はね」


「何も……残っていな……い?」


「その様子だと、知らなかったみたいだね。傷つけるつもりは無かったけど、事実だから。ルベルなら詳しい事情を知ってるかもしれないし、聞いてみたら? ウィルヘルムには上手く言っておいてあげる」


 そう言い残し、イースクラは去って行った。受け入れ難い事実が判明し、ぼんやりとその場で佇んでいる事しか出来なかった。次第に鍛錬を始めた二人を何もしないまま眺めていると、いつの間にか火竜が近くまで来ていた。イースクラが何か言ってくれたのかもしれない。



『あらあら、随分としょぼくれちゃって。そんなんじゃウチの子に嫌われるわよ?』


「……昨日の事をイースクラに話したな。お陰で酷い目にあった」


『聞かれたから答えたの。馬鹿ね、私があの子と貴方のどちらを優先するかなんて分かり切った事でしょうに』


「……あぁ、そうだな。オレが愚かだった」


『それで? 用が無いなら放って置いてあげるけど』


「…………王都が滅んだと聞いた。当時の事を教えて欲しい」


『さぁ? 詳しい事は光竜に聞いて。私と水竜は闇竜を抑えるので忙しかったから、詳しい事は知らないもの』


「また、光竜か。……光竜は何処に居るんだ? 聞こうにも、所在が分からなければ叶わない事だ」


『その内会えるわよ。貴方……お気に入りでしょう?』


「それは……どういう意味だ?」


『ふふふ……何も知らないのね。別に教えて上げてもいいけど、光竜は嫉妬深いから止めておくわ。面倒臭いし』


「嫉妬深い?」


『昔から我が儘で、融通が利かないの。まるで子供の様』


「……質問を変えよう。どうしてあの時、闇竜は俺達の前に現れた? 話を聞く限り、火竜も水竜も敗れたと言う訳ではなさそうだが」


『闇は二つに分かれていた。全く、光が光なら闇も闇ね。似た物同士の自分勝手。そのせいで周りに迷惑を掛けても知らん顔。本当に、困ったモノだわ』


「今の様に……闇竜も分かれていた。その片割れがあの時の闇竜だったと……」


『まぁ、そのお陰で今があると思えば、悪い話ではないのだけど。巻き込まれた人間は堪った物ではないでしょう』


「闇竜は何故……世界を滅ぼそうとする」


『定め。と言えば聞こえは良いんでしょうけど、ただの嫉妬よ。世界に満ちるマナ……その中で自分だけが除け者にされる。ふふ……本当に度し難い』


「迷惑……だな」


『あら? 貴方達人類にも罪が無い訳じゃないのよ? 闇を遠ざけ、忌むのだから』


「滅ぼしに来る存在を恐れるのは当然だと思うのだが」


『”今は”ね。貴方には関係の無い話だから、文句を言っている訳ではないの。遠い昔の話』


「かつて人類は、闇と共に在った……と?」


『遠い遠い昔の話。文明を築くのに闇は邪魔になった。それだけ』


「……ありがとう、貴重な話を聞けた」


『最後に一つだけ、ヒントをあげる。人を人たらしめるのは記憶? それとも魂? 貴方はどちらだと思う?』


「……すまないが、言っている意味が良く分からない」


『お喋りは、これで終わり。いずれ分かるわ。いずれね』


 それを最後に、火竜は何も語らなくなった。何一つハッキリとした事は分からなかったが、重要な事の様に思える。

人と竜では価値観……いや、存在そのものが異なる。竜がマナの化身であるとすれば、竜の考えは世界の考えと同義だ。人の物差しで測れる物ではない。からかわれていただけなのかも知れないが、貴重な機会であった事も確かだ。

光竜に会えば、納得のいく答えが得られるのだろうか? ”その内会える”……今は、その言葉を信じる他ない。



「アルフレド! ……なんだ、また火竜を眺めていたのか? 昼食の時間だ。お前も来い」


「……ウィルヘルム。そうか、わざわざ済まないな。ありがとう」


「休んで疲れは取れただろう? 午後からは参加してくれ、お前の技術を全て盗んでやる」


「君は、良い騎士になるよ……僕が保証する」


「お前に保証される謂れはないんだが……まぁいい、行くぞ」


 ウィルヘルムに引かれて、裏庭を後にする。

ただ強く在りたい。そう思うウィルヘルムの姿を見ると、心が安らぐのを感じた。移り行く時代、変わり果てた世界でも、国を想う貴族の志は廃れていないのだと、そう願いたい。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それから七日間、充実した日々を過ごしていた。

傷も癒え、身体を鍛える日々。楽しいと、心から思う。身体を動かしている間は、嫌な事を忘れられた。

平穏と呼べる時間。だが、その時は終わりを迎える。


 オスクリタが、二名の騎士を連れ添って屋敷に来たからだ。

この場に来た理由が分からず、黒竜によってオスクリタにも真実が伝わっているのではないかと、生きた心地がしなかった。

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