13
「どうしてお前が此処に居る」
「君に、それを言う必要があるのかい?」
剣呑な面持ちでこちらを問い詰めるアルフレドの知り合い(仮)に適当に返す。
同じ貴族同士であり、加えてクランクライン家はオスクリタのお陰でそれなりに家名が高いらしいので問題は無い筈だ。下手に遜るよりは。
「ある」
「その理由を聞かせて貰いたい物だね」
「貴様……」
アルフレドと同年代。恐らくは学院で交流があった貴族の一人なのだろう。
であれば、相手の要求に応える必要もあるまい。むしろ、どうしてコイツは偉そうにアルフレドに接してくるのか。”挫折から立ち直った事で、ちょっと大人になったアルフレド君”を舐めて貰われては困るなぁ。
「来い!」
「は?」
「いいから来い!」
馬車から降りた緑髪の貴族はオレの手を引くと、無理矢理馬車に乗せようとしてくる。
腕力はどうやら相手の方が強いらしく、加えて怪我が完治していた訳でも無いので上手く抗えない。というか痛てぇ。
「止めてくれないか?」
「黙れ!」
制止の声にも耳を傾けず、馬車に押し込まれる。
「出せ!」
主人の命に従って、馬車が走り始める。ちょっと待て! いくらなんでも横暴過ぎるだろ!? オレの飛竜亭が!
「自分が何をしているか分かっているかい? 僕を降ろしてくれ」
「それはオレの台詞だ! お前、自分が何をしたのか分かっているのか!?」
「君の言っている事の意味が理解出来ないのだが……」
「嫡男でありながら家を捨てるとは見損なったぞ! アルフレド!」
捨ててねぇよ! コイツ……オレが家出したと思ってんのか!?
「き、君は思い違いをしている!」
「使用人も連れず、物乞いの様な恰好をして何をほざくか!」
失礼だな! 確かにちょっと服もほつれては来ているが、これで物乞いとか平民に謝れ!
「一人旅をしているだけだ! 僕の話を聞け!」
「この期に及んでまだとぼけるか!」
「姉上にも許可は得ている!」
「ならば証明してみせろ!」
「……荷物の中に家紋が彫られたブローチがある」
「それがなんの証明になる!」
その通りだよちくしょう! 勝手に持ち出したって言われたら反論できるか! オスクリタ直筆の許可状なんて持ち歩いてる訳ねぇだろうが!
「なら姉上に聞いてくれ。僕から言えるのはそれだけだ」
「無論、そうさせてもらう」
「それで、一体何処に連れて行くつもりなんだ? クランクライン領に行くなんて言わないでくれよ」
街道を走っていた馬車は、既に門を通り過ぎ街の外へと出ていた。さようなら飛竜亭。
「セプテにローランド家の別荘がある。確認が取れるまでは、お前の身柄はそこで預かる」
セプテはイリスフォール領とローランド領の境に位置する街だ。今の目的から考えれば先に進んだとも言える。
同時にコイツの正体がローランド家の者だと言う事が判明した。両家の関係が友好なら、他領に別宅を持っているのは不自然ではない。恐らくは、イリスフォール家と何らかの交流会があり、エソテリアに居たのだろう。そこに出くわすとは運の無い。
「……好きにしてくれ。どうせすぐに分かる事だしね」
「……学院には、もう来ないのか?」
「今の所、その予定は無いよ。他にやらないといけない事があるからね」
「やらないといけない事?」
「探し物をしているんだ。それが見つかるまでは学院に行くつもりは無い。行かなくても軍属にはなれるしね」
学院は、軍の養成所と言うよりは同世代の交流の場といった側面が強かった。
勿論、横の繋がりはあるに越した事はないので、行く意味が無いとは思っていない。だが、今のオレには通った所で得られる物は少なく、何よりアルフレドの体質を改善しない事には飛竜と触れ合う事すら出来ない。
友達作りなんて軍に入ってからでも十分に間に合う。……筈だ。
「そうか、軍属になる事は諦めていないのだな。それで、探し物とは何だ?」
「答える義理は無い。君の方こそ、学院をサボって何をしているんだい?」
「今は長期休暇中だ。それにしても、しばらく見ない間に随分と変わったな」
「色々あったからね。半年もすれば話し方だって変わるさ」
そういう事にしておいた。いやぁ、便利だな。”挫折から立ち直った事で、ちょっと大人になったアルフレド君作戦!”は。
「その図太さが初めからあれば、オスクリタ卿も余計な気苦労をせずに済んだだろうに」
「うぐ……余計なお世話だよ」
「まぁいい、屋敷に着いたらまず垢を落とせ。鼻が曲がりそうだ」
「うるさいな、だったら初めから馬車に連れ込まなければいいじゃないか」
コイツ……失礼にも程があんだろ。人の事臭いって言いやがったぞ! ……匂うのか? 一応、身体は毎日拭いてるんだが……。
「あのような姿を他者に知られたらどうなる。貴様の軽率な行いが誰に影響を及ぼすのか、少しは考えろ」
「身元は隠してる」
「オレは気付いたぞ」
「それは君が僕の顔を知っているからだろう」
「それが問題なんだアルフレド。オレだから良かったものの、他の貴族に見られたらどう悪用されるか……貴様の評判は悪いという事を少しは自覚しろ!」
それは、正論だった。言われて気が付いたが、他領の平民ならともかく貴族ならアルフレドの顔を知っていてもおかしくはない。特に、学院で共に過ごした者であれば。
貴族から見れば、アルフレドはクランクライン家の面汚しに過ぎない。その面汚しが、平民の振りをして街をうろついていると噂にでもなれば……オスクリタは怒らなそうだが、迷惑を掛ける事に変わりはない。
「それは……確かに浅慮と言われても仕方がない事だ。認めるよ」
「街に出るなとは言わん。だが、出るならそれなりの恰好をしろ。貴族である事を隠すにしても、商家の振りをする等のやり方はあったろうに」
「一応、商家の息子のつもりだったんだけど……」
「あんな小汚い商家が居るか!」
「小汚い言うな! 旅をしていればあれくらい普通なんだよ!」
「商家の息子が一人で旅をしている時点で普通ではない!」
駄目だ、勝ち目がない。話題を変えよう。
「所で君は、どうして僕にそこまでしてくれるんだい? 君も、僕に失望した内の一人だと思っていたんだけど」
「先程から何故名で呼ばん……まさかお前、オレの名を忘れた等とは言うまいな?」
「…………ローランド君」
「それは家名だろうが! 貴様ぁあああああ!」
肩を捕まれ前後に激しく揺さぶられる。そりゃ怒るよね、名前忘れられたら。
怒れるローランド君に揺さぶられながら、先程から一切微動だせずに目を閉じている使用人の方を眺めていた。助けて。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
拗ねてしまったローランド君との会話は弾む訳もなく、重い雰囲気のままローランド家の別荘に着いた。
既に日は落ちかけており、これからしばらくの間足止めを食らうと考えると頭が重い。
「おかえりなさいませ、ウィルヘルム様」
馬車を降りると、ギャレットと左程年齢の変わらない女性の使用人が出迎えてくれた。
「思い出したよ、ウィルヘルムだ」
「黙れ! マリア、この馬鹿を風呂に案内してやれ。それと着替えもな。夕食はコイツと食べる」
「かしこまりました。ではこちらへ」
マリアと呼ばれた女性に着いて屋敷へと入る。急な来客にも動じない辺りが流石だ。
「……アルフレド。竜の加護を受ける家に産まれた事の重責は、オレも十分に理解しているつもりだ。学院での一件は残念だったが、それについてとやかく言うつもりは無い。立ち直ったお前の姿を見て、オレは安心したよ」
「お前……良い奴だったんだな」
思わず漏らしてしまった素直な感想で、ウィルヘルムをまた怒らせてしまった。
ローランド家は風竜の加護を有する貴族だ。しかし、オスクリタの様に寵愛を賜る個人が現在では居なかった。
それが共感となり、アルフレドに同情していた数少ない内の一人だったのだろう。反応が面白いからとからかってすまなかった。
「この度は、急な来訪となってしまい申し訳ありません」
浴室に向かう道中で、マリアにそう詫びる。
「貴族たるもの、そう易々と頭を下げてはいけませんよ。私共の事はお気になさらずとも結構でございます」
「貴族としてではなく、一人の人間としてお詫びを申し上げたいのですが」
「貴族であるかどうか、それを決めるのは貴方様ではございません。その事を、どうか努々お忘れなきよう」
「ご忠言痛み入る、以後気を付けよう」
怒られてしまったが、改めるつもりはなかった。そのような貴族らしさまで演じるつもりは無い。
浴室に着くと当たり前のように若い侍女が待ち受けていたが、当然断る。マリアの無言の圧力にも屈しない。
服を脱ぎ、怪我の具合を確かめる。
処置が良かったのか、化膿せずに済みそうだった。安心して湯船に浸かると、猛烈に滲みる。完治までは今しばらく掛かるだろう。
湯浴みを終えると、怪我を見た侍女を酷く驚かせてしまった。
気にしない様に伝え、用意してもらった服に着替える。持参した服は洗濯に回してくれたようで恐れ入る。
礼を述べるとマリアが渋い顔をするが、気にしない。
「やっとまともな恰好になったな」
「実際に助かってはいるよ、足止めを受ける事以外は」
夕食の席で、ウィルヘルムと向かい合う。
資金の目減りを気にする事なく過ごせるのであれば、それに越した事はない。逸る気持ちもあるにはあるが、長くても数週間程度だろう。……いやまて、ここの滞在費用ってどうなるんだ?
「公都に在る邸宅とクランクラインの本宅に報せは出した、遅くても二週間後には返事が来るだろう」
「随分と手際がいいね。ところで、ここで過ごす際に発生する費用なんだけど、クランクライン家に請求するのかい?」
「アルフレドを招いたのはオレだ。その費用を請求する気はない」
「やっぱり、君は良い奴だな」
「下らん心配をするんだな。金の事より自分の評判を気にしたらどうだ?」
「そう言うのを気にするのは止めたんだよ。大切なのは、他人からどう思われるかじゃなくて、自分がどう在りたいか……だろう?」
「半年前に腐った奴の台詞とは思えんな。一体何があった?」
「別に、大した事じゃないさ」
久しぶりに食べる貴族の食事に舌鼓を打つ。下町の食事も懐かしく満足のいく物だが、貴族が食べる物とは一線を画す。材料か、料理人の腕か。或いはその両方なのだろうが、一番旨いと思ったのはヴィレルの小屋で食べたスープだな。作り方を聞いて置けば良かった。
黙々と食べ進めるオレを見つめるウィルヘルムの視線に気が付いた。何見てんだよ。
「見られていると食べ辛いんだが?」
「……アルフレド、お前……本当に変わったな」
「騎士になるなら早く食べる訓練はしておいた方がいいよ。さっさと食ってさっさと寝る。それが野営の基本だから」
「そんな事はお前に言われるまでも無いが……まぁいい、気にするだけ無駄だ」
生意気なガキんちょめ。つーかアルフレド、お前友達いるんじゃねぇか。友達だったのかは知らねぇけど、気の良い奴が近くにさ。
【見下す視線、嘲笑う声】
また……これか。
「どうした?」
「すまない、どうやら疲れていたみたいだ。少し休みたい」
声と共に、アルフレドの感情が流れ込んでくる。激流の様に押し寄せてくるソレは、オレの脳内を掻き回す渦の様だった。
「……マリア、案内してやれ」
「かしこまりました。アルフレド様、こちらへ」
「すみ、ません……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二回目で耐性が付いていたのか、意識を失うことなく用意された部屋まで辿り着く。
別れ際に、傷薬まで貰ってしまった。腕の怪我を案じての事だろう。有難く頂戴した。
一人になるまで耐えたが、一人になった途端ベッドに倒れ込む。
流れて来た感情は、当時のアルフレドが周囲に抱いていた物だった。
劣等感、猜疑心、焦燥、喪失。
かつてオレも味わった事のある、周囲からの孤立。
それは自分がそう思い込んでいただけなのだが、アルフレドとは状況が違った。オレは単なる思い込みだった上に、それを正してくれる奴らが居た。
アルフレドの場合、ウィルヘルムの様な例外を除けばそれは事実であり、頼れる友人も居なかった。
「そりゃ、キツイよな」
正直言って、オレも耐えられる自信はない。今でこそ実績があり実力を伴っているので多少の事では動じない自信はあるが、若い時にそれを味わってそれを自力で乗り越えるのは不可能だろう。出来る奴が居たら、驚嘆に値するよ。
同時に、一つ分かった事がある。アルフレドの声が聞こえる条件だ。
アルフレドの感情が激しく揺さぶれた人物や記憶に相対した時、それは流れ込んでくるのだろう。
「アルフレドはオレを見ている……?」
魂の在処。それが何処か分かった気がする。
それならば、近くで見ていろ。世の中が捨てたもんじゃないって事を、お前に教えてやる。
そして、それが分かった時は────────
そのまま、意識を失う様に眠りについた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌朝、朝食の席でウィルヘルムに謝罪する。
「昨日はすまなかった。食事の席だと言うのに中座してしまって」
「気にするな、既に食べ終わっていた。それより無理をさせたみたいだな、大丈夫か?」
「一晩寝たら回復したよ。ありがとう、薬まで譲ってくれて」
「その怪我、袖の上からでは気が付かなかったが……どうしたんだ?」
「森で獣に襲われたんだ。返り討ちにしてやったけどね」
「森に入った事自体、理解が及ばないが・・・仮に許可が下りているとしても、お前を一人で旅させるのは不安が残るな」
「その事については、反省してるよ。同じ過ちは繰り返さないさ。……ところで、返事が来るまで僕は何をしていればいいんだ?」
「共に鍛錬を。と言いたい所だが、その怪我ではな。まぁ、退屈はせんさ。もうすぐ客人が来る」
「客人?」
「飛竜の件、克服したのだろう?ならば楽しみにしておけ。珍しい物が見られるぞ」
珍しい物……なんだ? 飛竜に関わる事…………え? すげー楽しみだな! ウィルヘルム! お前は親友だ!
朝食を済ましたタイミングで、使用人が食堂に入って来た。
「ウィルヘルム様、イースクラ様がお見えになられました」
「来たか。行くぞ、アルフレド」
「お前に誘拐されて本当に良かったよ!」
「人聞きの悪い事を抜かすな! いいから黙って付いて来い」
ウィルヘルムの後に続いて屋敷の外に出る。
そこで見たのは、深紅の髪をした少女と……火竜の姿だった。




