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 男に助けられてから数日後、身体の痛みも引いて動けるまでに回復した。

世話になった恩を返す方法が思いつかない。オレが持っている物や立場は、全て与えられた物であって、アラン・マークスとして出来る事が何一つとして無かったからだ。

最悪、金銭だけでもと思ったのだが、男には断られてしまった。



「礼? そんなの気にすんじゃねぇ、オレが勝手にやった事だろうが」


「だが、それくらいしか返せる物がないんだ」


「見ず知らずのガキを助けようとした結果だろ? それともお前は、そのガキから何か見返りがあると思ってやったのか?」


「そう言う訳じゃないんだが……」


「なら、オレがお前を助けたのも同じ理由だ。別に見返りを求めてた訳じゃねぇ」


「しかしな、そう言われてもオレの気がすまないんだよ。なんでもいいから恩を返したいんだ」


 強情な野郎だな、と男は頭を掻きながら辺りを見渡していた。

素直に好意に甘えるべきなのは重々承知しているのだが、信賞必罰が常である騎士生活が長かったのかそう決断するにはどうにも踏ん切りがつかない。



「考えても見ろ、お前は妖魔を退治したんだろ? 正式な発表がされない限りは街の奴らの生活は変わらねぇが、本来なら礼を言わなきゃならねぇのはオレの方だろが」


「それはオレが勝手に行動した結果であって、貴方の為にした行動ではないし。それに、未だに名前すら教えてくれないのは何故なんだ? このままだと次に会えるのがいつになるか分からなくなる」


「改めて名前なんか聞かれるとなんか恥ずかしいんだよ! それにお前が勝手に動いたってだけなら、オレも勝手にやっただけだろが。どう違うんだよ」


 ぐうの音も出ない程の正論に言葉が詰まる。いや、口論が目的では無いのでこれ以上我を通すのは不毛なのだろう。

 受け取る相手が不要と言っている以上、オレのやろうとしている事はただの自己満足に過ぎない。



「……そういえば、どうして貴方はあの時掲示板に居たんだ?」


「森に入れなきゃ仕事にもなんねぇからな。おっと、勘違いすんなよ? 生活に困ってたんじゃなくて……ただの暇つぶしだ」


 小屋に彩られた数々の戦利品から、男が優秀な狩人である事は容易に想像がついた。

暇つぶしではなくて人助けだろうなと思ったが、口には出さない。


「それで、お前はこれからどうすんだ?」


「イリスフォール領を抜けて、聖竜教の聖地へと向かう途中なんだ。道中色々な街にも寄って、様子を見て回るつもりだったんだが……」


「聖竜教の聖地? どうしてまたそんなトコまで。ここからだと寄り道しねぇでも一ヵ月以上は掛かるぞ」


「光竜を探してる。聖地まで行けば、何か分かるかも知れないと思ってな」


「光竜を? ガハハハハ! お前、大人びてるくせに随分と子供じみた目的で旅してんだな!」


「笑う事ないだろ。それに、オレだってすぐに見つかるとは思ってねぇよ」


「それにしたって……ブハハハ! 夢を見るにももう少しマシなもんがあんだろ! プッハハハ、まさか王になりたいなんてな!」


「王に?」


「なんだ、違うのか? そういう言い伝えがあんだよ」


 笑い過ぎて目に浮かんだ涙を拭いながら、男が話した内容は驚くべき物だった。



「光竜が再び地上に降り立つ時、偉大なる王が蘇りかつての王国を取り戻すだろう。……だったか? そんな事も知らねぇのに、どうしてまた光竜なんざ……」


「その王国の名は!? 伝わっているのか!?」


「なんだよ急に。確か……アルゴ……なんとか王国とか言ったような」


「アルソニア…………アルソニア王国」


「それだそれ、そんな感じだった気がする。知ってんじゃねぇか」


 光竜の伝承……そして祖国の名前。

ギャレットは知らなかった? 何故? 他領とは言え隣接している。イリスフォール領でだけ広まっているとは考え辛い。

 ギャレットが嘘を吐いていたとも思えない……ならば何故?



「その伝承は、どこで広まっているんだ?」


「聖竜教の巫女さんが広場で話してるのを聞いただけだ。つっても、誰も信じちゃいねぇぞ? 聖竜教自体、昔からあるってだけで信仰してる奴の方が少ねぇ。貴族ならなおさらだ、なにせ光竜よりも身近な竜が沢山いるんだからな。この辺で有名なのは、クランクライン家の黒竜様とローランド家の風竜様だな。それくらいはお前でも知ってるだろ?」


 実利を与えてくれる他の竜の存在によって、信仰は薄れ伝承は廃れた。

貴族であれば、姿を見せない光竜よりも他の竜の加護を願った方が現実的と言う訳か。しかし、それならば何故……聖竜教は未だに健在なのだろうか。元より、聖地に行った所で光竜に会えるとは思っていなかったが、行って調べる必要がありそうだ。



「あぁ、その話なら知ってる。伝承の事が聞けてよかった。貴方に出会えた事を神に感謝したい」


「お、おう……」


「オレはやはり、聖地に行かなければならないみたいだ。オレの探している答えが、そこにあるのかも知れない」


「光竜には会えねぇと思うぜ? もし居るんなら、教会が黙ってる筈ねぇからな」


「おう! その事には最初から期待してないから安心してくれ! アルソニア王国が興ってからずっと、あそこには光竜なんて現れてないからな!」


「ぶっ……なんだよそりゃ。まぁ、なんにせよここで立ち止まってる訳には行かねぇって事だな」


「貴方には感謝してもしきれないが、オレは行くよ。行かなくちゃいけないんだ」


 そう言うと、男はオレに革袋を投げて寄越した。

その感触で、中身を見なくても分かる。その袋にはデナリ硬貨が詰まっていた。



「妖魔を退治した報酬には少ねぇかも知れねぇが、まあ餞別だな」


「受け取れるかこんなもん!」


「いいんだよ、最近じゃあどいつもこいつも木こりになっちまって、収入には困ってねぇ。本業に戻れるのはしばらく先だろうが、お前のお陰でそれも早くなりそうだ」


「施しを受けるだけの身にもなれっての!」


「なんだよ、普通に喋れるんじゃねぇか。いいか? 子供は黙って大人の施しを受けときゃいいんだよ」


「オレは子供じゃねぇんだが……」


「自分でそう言ってる内は、まだまだガキんちょだ。いいから黙って受け取りやがれ」


 そういう意味じゃないと、声を大にして叫びたかった。

礼には礼を、恩には恩を。オレはこの出会いを忘れない。



「我が名はアラン。アラン・マークス! 故あって素性は明かせぬが、貴公に受けた恩義は忘れはしない。いつか必ず、返すと誓う!」


「明かしてるじゃねぇか! って突っ込みは野暮だよな、ヴィレルだ。姓は無い。まぁ、期待しないで待っといてやるよ」


「……ヴィレル、ヴィレルヴィレルヴィレル…………」


「んだよ気持ち悪りぃな! 人の名前を連呼すんじゃねぇ!」


(アルフレド)に刻み込んでるんだ、忘れない為にな」


「刻まんでいいわ!」







※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ヴィレルと別れてプラハの街を出てから数日後、オレはイリスフォール領で一番栄えている街、エソテリアに来ていた。

プラハの街からローランド領へ渡るには、エソテリアで馬車を乗り換える必要があるからだ。


 エソテリアは領内で一番大きな街ではあるが、プラハの街と左程大きな違いは無い。

領主の屋敷がある事に加え、領内の交易地として大きな街道が街の中心に敷かれており、プラハの街に比べれば大分洗練された街並みにはなっているのだが、クランクライン領内にある街と比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 領境にあるプラハでは実感として湧かなかったが、やはり竜を有するか否かで貴族の家格は大きく異なるのであろう。


 とは言え、イリスフォール家自体が劣っている訳ではなく、竜の加護を有していないながらも歴代の当主は竜騎士団の精鋭として名を残していた。

竜の加護を授かる条件は今でも不明とされており、確実な方法は無い。

 竜曰く、マナの導きであるとの事だが……要するに気まぐれなのだろう。


 そして、新しい街に来たというのにオレの気分は沈んでいた。

プラハの街を出てからしばらく経った後に、剣を森に忘れて来た事に気が付いたからだ。

光竜の伝承を聞いて勇み足になっていたのが原因だった。己の迂闊さを呪う。


 余計な出費が掛かる事も気が沈む要因の一つなのだが……。



「ごめんなオスクリタ、お前の思い出の剣……無くしちまった……」


「ん? なにか言ったかの?」


「いえ、何でもないです……」


 漏らした懺悔に、御者が反応する。

乗っている馬車はプラハからエソテリアに木材を運搬する荷馬車で、運賃は安く済ます事が出来た。

 ヴィレムに指摘された喋り方はまだ模索中で、とりあえずは丁寧な口調を心掛ける様にしている。


 アルフレドは肌白く整った顔立ちをしており、ただの平民を装うよりは商家の息子になった方がいいと判断した。商家の息子の言葉使いを知らないので、合っているかどうかは不明だが。



「ほれ、宿場に着いたぞ。儂はこのまま倉庫に向かうから、ここでお別れじゃな」


「ありがとうございました。助かります」


「ついでじゃついで。料金も貰ったしの」


 宿場街の前で、御者と別れる。

ローランド領へ渡る馬車は三日後に発つらしく、それまではこの街に泊まる必要があった。

交易地であるからか、商人が泊まる為の宿場はそれなりに数があり、何処に泊まるのかを悩ませる。

 どうせなら安くて飯が旨い所が……『飛竜亭』? ここに決めたわ。最高かよ。



 大通りを挟んで、今居る場所の反対にある飛竜亭に向かう為、往来する馬車の流れが引くのを待つ。

ひときわ豪華な馬車が通過すると、流れが途切れたので早足で通りを渡る。


 待っててね飛竜亭ちゃん! 今オレが行くからね!



「……アルフレド?」


「(飛竜亭だぜ飛竜亭! あれかなベッドが飛竜の形だったりすんのかな!? うへぇ寝辛そう! だがそれがいい! あぁ、本物の飛竜にも早く会いたいぜぇ……)」


「アルフレド!」


 呼ばれてる事に気付き振り向くと、先程目の前を通った豪華な馬車から緑髪の青年が身を乗り出してこちらを見ていた。



「……何故、お前がこんな場所に居る」


 えっ? アルフレドの知り合い? やべぇ、全っ然分からん。つーか、知り合いなら貴族だよな?



「や、やあ……」



薄ら笑いを顔に張り付け、厄介な事になりそうだと頭を悩める。








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 アランがプラハの街を発ってからしばらくの月日が流れた頃、プラハの森には妖魔討伐に赴いた公軍が訪れていた。

 軽装に身を包んだ槍兵三十名と竜騎士二名からなる一般的な討伐編成だったのだが、彼らの目的は妖魔討伐ではなかった。


 事の起こりは、イリスフォール家からの書状である。

妖魔出現の兆候があるとして、兼ねてより備えていた公国であったが、プラハの街曰く妖魔出現の兆候が無くなったとの報せが届いた。

 不可解な事態に事を重く見た軍属の貴族達は、異常がないか確かめる為に派兵する事を決定した。


 彼らの目的は現地の調査。現場を調べ、原因を探る事だった。



「各自散開せよ。油断はするな、何処ぞに妖魔が潜んでいるか分からん」


「はっ!」


「しっかし、現れる筈の妖魔が消えるねぇ。エイジア、お前はどう見る?」


「無駄口を叩くなアッシュ。我々は任務の為にここに居るのだ」


「相変わらず、可愛げがない。お前もそう思うだろ? なぁ、ライズ」


 アッシュと呼ばれた男の騎士は、そう言うと己の相棒である飛竜を撫でた。

飛竜はそれについて答える事はないが、撫でられて気持ちがよさそうに顔を寄せた。



「貴様の軽薄さも相変わらず、だ。少しは貴族としての自覚を持て」


 エイジアと呼ばれた女の騎士は、嗜めるようにアッシュを叱責しているが、その手は飛竜を優しく撫でていた。



「現場の考察も任務の一環だと思うんだがなぁ」


 撫でられて気持ちがいいのか、肯定の意を表したのか、飛竜がクルゥと鳴く。



「情報が何も得られていない状況で、何を考察すると言うのだ」


 エイジアの飛竜も気持ちが良さそうに喉を鳴らし、尾を揺らす。



「つーか……ここまで飛竜が警戒してねぇなら、妖魔は居ねぇと思うんだが」


「その意見には同意だが、何故消えたのかを調べる必要がある。死んだのか、立ち去ったのか……」


「或いは、溜まった闇のマナを”ナニカ”が持ち去ったのか、だろ?」


 北の公国でまことしやかに噂される邪教。闇のマナを崇拝し、妖魔を使役する集団が居るという。



「北の情勢は未だに不鮮明だ。もし奴らがナハル公国にまで勢力を伸ばしているとすれば────」


「エイジア様! アッシュ様! 痕跡が見つかりました! こちらです!」


 部下の報告に、会話を止める二人の騎士。

案内された場所へ向かうと、そこには乾いた血で黒く染まった一振りの剣が落ちていた。

それが意味を持つのは、今しばらく先の事となる。




程なくして、プラハの街の警戒態勢は解除された。

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