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 オスクリタが公都へ発ってから数日、オレは旅に出る為の準備を進めていた。

旅に必要な物の調達や地図の写し、アルフレドとしての身体能力の確認等だ。


 貴族として、旅に出るつもりは無かった。ギャレットに頼んで近くの街で仕入れて貰った平民の服は、旅をしている平民が身に着けるには少し上等過ぎる気もするが、何処か懐かしい。


 武器は、剣を選んだ。個人的には槍の方が使い慣れているのだが、汎用性は剣の方が高い。剣自体は屋敷にあったなんの変哲も無い物を選んだ。オスクリタが小さい頃に鍛錬に使っていた物らしい。


 その他小物の類に関しても、工面をして貰った。正直甘え過ぎている様な気がしてならないが、碌に準備もせぬままに旅に出て野垂れ死ぬ訳にもいかない。昔、遠征任務について居た時の経験が役に立った。


 問題は、身体能力だった。

向上は必須だが、かつての肉体を取り戻すには時間が掛かり過ぎる上、そもそも自分が十六歳だった頃の状態なんて覚えていない。旅を続けて居れば自然と身に付くだろう……若いし。



「はぁ……はぁ……」


「全く、情けないわねぇ」


 屋敷の周りを一周走っただけなのに肩で息をしているオレ姿を、つまらなそうに見物していたターニャが馬鹿にしてくる。



「やかましいわ……はぁ……ったく、仕事しろよ、はぁ……クビになってもしらねぇぞ……」


 いや、ホントになんでここに居るんだ?

暇なのか? 暇つぶしなら他所でやってくれ、オレは忙しいんだよ。



「余計なお世話よ。執事長にあんたの様子を見てろって言われたんだから、これも仕事なの」


「おう、じゃあ必要ねぇからどっか行っとけ」


 呼吸を整えながら、憎まれ口を叩くターニャにそう返す。

どうやらギャレットに頼まれたらしい。だったらもう少し人選を考えて欲しいと思った。

 どう考えても適任とは思えない。というか一人にしてくれ。



「バッカじゃないの。子供の使いじゃないんだから、はいそうですかって言う訳ないでしょ」


 馬鹿はお前だ。そんなに生意気だと嫁の貰い手がいなくなるぞ?

つーか、何でこんなに口の悪い奴が貴族の屋敷で働いてるんだ? 主人として扱う必要は微塵もないが、それ以前の問題だろうに。



「だったら少しは静かにしとけ。気が散るだろ」


 そう言い捨てて、腰に佩いた剣に手を伸ばす。

素振りだ。前世では散々やって来た事だが、身体が違えば勝手も違う。少しでも前みたいに扱える様にならなくてはならない。



「……ふーん、筋はいいじゃない」


 数回振った所で、ターニャが野次を飛ばしてくる。無視する事にした。

放って置けば、その内飽きて何処かに行くだろう。



「あんた、どうして一人で旅に出ようとしてる訳?」


「………………。」


「…………死ぬわよ?」


「うるせーな! いい加減にしねぇとそろそろ怒るぞ!」


 責める様な視線でターニャの方を向くと、その表情は真剣だった。

てっきりからかっているだけだと思っていたので、面を食らった。意図が読めん……あれ? もしかして……。



「……ターニャお前……アルフレドの身体が心配で?」


「そんな訳ないでしょ! 馬鹿っ!」


 ターニャから、照れ隠しとかそういう感情は一切見せないただの罵声が返ってきた。ますます訳がわからん。



「あたしが心配してるのは、あんたが野垂れ死んだらオスクリタ様が悲しむって事!」


「あぁ、そう言う事か。一応、オスクリタ”様”のご許可は頂いてるんだがな」


「オスクリタ様だって、あんたがやろうとしてる旅の内容を知ってれば反対してたわよ」


「そりゃ、どういう意味だ?」


「平民の振りして一人旅するなんて想定してる筈ないじゃない。それに、野宿もする気でしょ」


 ……なんでそんなに詳しいんだ……コイツ。



「お前、オレの部屋に勝手に入ったのか? いや、侍女だしそれは普通────」


「あたしはあんたの侍女じゃない!」


 打てば響くと言うか、狂犬と言うか。

このままだと埒が明かないので、態度を改める。



「分かった分かった。オレが悪かった。それで、結局何が言いたい?」


「だから、何で一人旅なんてしようとしてるのよ」


「何でって……そりゃ……」


 端的に言えば、邪魔だから。それに尽きる。

目的地が明確でない以上、行き当たりばったりな旅になる時もあるだろう。

そこに、旅に不慣れな者を伴えば、どうしても配慮をしなければならなくなる。

一人で行動するデメリットと、二人以上で行動するメリットを天秤に掛けても一人で行動した方が良いと判断した。

 元々、使用人が居なくても生活には困らない。



「旅行しに行く訳じゃない。貴族らしい生活をしないのなら、屋敷に居る使用人を連れて行く必要はないだろ」


「……前は騎士だったって言ってたけど、経験あんの?」


 あると言えばある。無いと言えば無かった。

軍事訓練。遠征任務。野営の経験はそれなりに積んでいる。だが、一人旅をした事はない。

 正直、似たような物であると思っているし、好き好んで野宿するつもりもなかった。準備をしたのはただの備えだ。



「旅をするのは初めてだな。だが、外で自活する術は身に着けている。方角の見方、飲み水の確保、安全の確保……まぁ、他にも色々あるが」


「狼とか、盗賊に襲われたらどうするのよ? それに、妖魔だって」


「寝込みを襲われるような真似はしない。そもそも、妖魔が湧いているような場所に近づくつもりもない。それに、そんな事を言ってしまえば使用人が居ない方がいいと思うが」


「あたしは傭兵だった」


 道理で言葉使いが悪い……じゃなくて、荷物を見ただけで察しが付く訳だ。

傭兵は貴族が雇う私兵の様なモノだ。アルソニア王国ではあまり見かけない職業ではあったが、居なかった訳じゃない。

 自領に湧いた妖魔を、国軍の派兵を待たずして対処する方法として認知されていた。国境付近で小競り合いが起こるこの時代では、その数も増えているのだろう。



「つまり、護衛にしろという事か?」


「別に、あたしの希望じゃない。執事長が心配してるだけ」


「ギャレットが? あぁ、なるほどな」


 アルフレドの身体に万が一があってはならないと考えての事だろう。旅に出なければそれが一番なのだろうが、止められないと判断しての苦肉の策。

そんな心配は不要なんだが……と考えた所で気付く。そういえば、オレがどの程度戦えるのかは示していなかったな。



「そちらの言い分は分かった。それでも不要だ」


「なんでよ」


「オレが強いから」


 それは方便だった。正直一人になりたかったという思いが強い。一人になって、この世界を見て回りたかった。

 それに、光竜を探すという宛の無い旅だ。その方が成果を得られなくても気負わなくて済む。



「はぁ……どうして男って馬鹿ばかりなのかしら」


 乱暴に頭を掻いた後、ターニャがスカートを捲り上げる。

取り出したのは、太ももに備え付けた二本の短剣だった。



「あたしに負けたら言う事聞きなさい。あんたが勝ったら、認めて上げる」


 お前、そんなもん付けて仕事してたのかよ。という言葉をなんとか飲み込み、ターニャに剣先を向けた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「アラン様、本当に行ってしまうんですか?」


 早朝、屋敷の前で別れを惜しむのはケイトだ。

妙な悪癖に目覚めてしまったが、普通にしてると歳相応で可愛らしい。娘を可愛がる父親の気持ちが、今なら理解できるかもしれない。



「遅くても、一年以内には一度戻る。すぐにまた会えるさ」


「アラン様……」


 沈痛な面持ちでギャレットがこちらを見ていた。ターニャをけしかけた後ろめたさがあるのだろうが、気にする必要は無いと思う。ギャレットの立場からすれば当然の配慮だろう……一言くらい、相談はして欲しかったが。



「月に一度は便りを出す。いざと言う時は……来ないのが理想だが、まあ心配するな。無茶はせん」


「どうかご無事で……」


 そう言って深くお辞儀をするギャレットに背を向けて、門外へと進む。

見送りは二人だけだった。と言っても、別れの挨拶は個別に済ませてあるから他の者が薄情と言う訳ではない。

 ターニャは……ちょっと先日、楽しくなって調子に乗ってしまったんだよなぁ。一応フォローはしておいたのだが、まぁ素直に聞くとも思えんし放って置いた方がいいだろう。



「お土産話! 楽しみに待ってます! だから、絶対に帰って来てくださいね~!」


 ケイトの言葉に、片手を上げて応える。

ひとまずは、国内を経由して聖竜教の聖地へと向かう予定だ。光竜が見つかるとは思えないが、四つの国の中心に位置するあの場所には、王城の跡地がある。

今はどの国も所有していない不可侵領となっていて、管理は教会が行っているとの事だ。


 その後は、ナハル公国内に光竜が居ない事だけは確定しているので、他国へ渡る。

自国内に居る他の竜に会いに行くことも考えたが、手続きが相当面倒な上に当主同伴で無ければ対面する事が出来ないと聞き、諦めた。最終的な手段になる。


 焦るつもりは無い。目的が目的なので、焦った所で何かが変わる訳でも無い。

楽しもうと思う。オレ”達”が守りたかった国の行く末を見て回る事を。あの日に散った戦友(みな)の分まで。



 門まで差しかかると、屋敷の窓が一斉に開いた。



「アラン様~お元気で~!」

「いってらっしゃいませ~!」

「珍しいレシピが合ったら持って帰って来て下さいねー!」

「珍しい花の種も頼んだぞー!」

「オスクリタ様を悲しませないで下さいね~!」


 振り返ると、使用人達が手を振っていた。早朝だと言うのに、物好きな奴らだ。

そんな彼らにお辞儀をしてから、踵を返し門を出る。






あの戦いが無駄では無かったと。オレは早くも、この世界が好きになっていた。


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