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妖魔……闇より現れ世界に害を為す存在。
妖魔の脅威に脅かされつつも、人類は滅びる事無く世界に存在していた。
アルソニア王国。
光のマナの化身である光竜に祝福された女王、アルソニア・ソーリス・ルクスが興したとされるその国は、その血脈を継ぐ指導者にも恵まれ人類繁栄の礎として長い歴史を誇っていた。
しかし、ある存在によってその歴史は幕を閉じる。
闇竜の出現。
闇のマナより産まれし、世界の秩序を乱すモノ。
妖魔が災害だとすれば闇竜は天災そのものである。
古の時代より、時代のうねりとして度々現れる”ソレ”は、数多の歴史、文明、文化をも滅ぼしてきた。
闇竜との戦いは熾烈を極め、その予兆である妖魔の大量出没から国土を守るだけで王国は多大なる被害を被っていた。
国境付近の村々は蹂躙され、行き場を無くした民衆が王都へと押し寄せる。
豊かな国の象徴であった王都ですら往来の騒がしさは消え失せ、国民は明日無き明日へ祈りを捧げる。
大陸への闇竜到達の報せが届いた時、国民の誰もが絶望に染まった。
そんな折、一つの希望が舞い降りた。
古来より厄災として語り継がれる闇竜。その存在があってなお、人類が滅ばなかった理由。
それは、同じく竜の存在である。
火、水、風、土、そして光と闇。それぞれのマナには化身となる竜が存在する。
その姿は歴史上殆ど確認されておらず、存在は伝説として語り継がれてきた。
闇竜に対抗するべく人類の前に姿を現したのは火の竜と水の竜。
希望の象徴とも言える竜の顕現に、人類は沸き立つ。
好機を逃すまいと、人類は闇竜との決戦に向けあゆみを進めるのであった。
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飛竜の群が隊列をなして空を翔る。
竜の背には甲冑を纏まとう騎士の姿。アルソニア王国が誇る竜騎兵の精鋭である。
王都より西に位置する城塞都市メルキアにて、人類の存亡を賭けた戦いの幕は開けた。
地上から迫りくる妖魔の群れ。それに応対する国軍の兵士。
空より飛来する妖魔の群れに対抗するべく出撃した竜騎士団隊長、アラン・マークスはその様子を自らの飛竜に乗り眺めていた。
「これまでの戦いで、一体どれ程の犠牲が出たというのか……」
散発的に迫りくる妖魔の群れ。その群れと相対する事で国軍は大きく疲弊している。
それは竜騎士団も例外ではなく、騎士団長ですら先の戦いにより命を落としていた。
此度の決戦に臨むに当たり、防衛線を構築する為に多くの村や街を切り捨てる事にもなった。
「──……接敵するぞ! 総員構えよ!」
アランの掛け声と共に、隊列をなす騎士が穂先に”かえし”が施された短槍を構え投擲姿勢を取る。
竜に繋がれた手綱を片手で巧みに操り、速度を維持したまま隊列を乱さずに飛行するその姿は極めて高い練度の現れであり、見惚れてしまう程の美しさがあった。
「放てぇ!」
号令と共に、槍の雨が妖魔を目掛け飛んでいく。
高速で飛行する飛竜の勢いが加わったその槍はまさしく必殺の一投であり、貫かれた妖魔は断末魔の叫びと共に地に落ちていく。
しかし、妖魔は怯まない。次々と落ち行く同胞を見ても妖魔の瞳には畏れの色は無く、その圧倒的な物量で騎士達を圧し潰さんと迫りくる。
「近接用意! 突き破るぞ!」
騎士達が次に手にした物は、背丈の二倍程の長さを有する突撃槍だ。
先程の短槍とは異なり穂先から徐々に厚みを増していくその槍は、小回りこそ利かないが突破力に秀でている。
並みの者であれば持つ事すら叶わぬほどの鋼鉄の塊を構えてなお騎士の姿には乱れが無く、それどころか互いの間隔を狭め、一個の塊のような隊列をなしてゆく。
「奴らにこの空が誰の物か教えてやれ!」
巨大な一本の槍と化した騎士達が、妖魔の群れに飲み込まれていく。
空を黒く塗り潰す妖魔の群れはまさに聳え立つ壁そのものであり、騎士の行く手を遮らんと立ちふさがる。
塊と塊がぶつかり、血の雨が降り注ぐ。
その衝撃はすさまじく妖魔の身体は千切れて飛散し、後方を飛ぶ妖魔の身体を貫き巻き込んでいた。
しかし、妖魔の壁を突き破るのは決して容易な事ではなかった。
幾度となく妖魔とぶつかり、徐々に速度が落ちていく。耐え切れず、妖魔の波に呑まれる竜と騎士。塊を突き破り、突破した時にはその数は半数近くまで削られていた。
血と肉によって覆われた兜を脱ぎ捨て、アランは生き残った部下を見渡した。
それに倣うかのように、視界を塞ぐ邪魔な兜を脱ぎ捨てた騎士達は次の指示を聞き逃すまいと自らを率いる隊長を見つめていた。
「投擲用意!」
突撃槍を竜の背に取り付けられた金具に固定し、別の金具によって留められた予備の短槍に持ち替える。
騎士に比べ妖魔の被害は甚大であったが、依然として数の優位は覆ってはいない。
しかし、それでも退く訳にはいかなかった。
制空権を得た妖魔は、直ちに地上に降下するだろう。
地を駆ける妖魔と、それを食い止めんと奮戦している同胞の元へ。
戦況は不利。こく一刻と悪くなる状況に、焦りを感じずにはいられなかった。
すれ違い、速度を十分に落とした妖魔の群れが、ゆっくりとこちらに向きを揃えつつある。
アランが妖魔の出方を伺っていると、奇妙な感覚を覚えた。
「…………動かんな」
妖魔は死を恐れない、闇より這い出た異形であり生物ではないからだ。
妖魔は機を伺わない、奴等にあるのは殺戮本能だけだからだ。
だからこそ奇妙であった。目の前の生命を食い殺す。それだけしか出来ない筈の妖魔がその場に留まっている姿が。
「──っ!? 隊長!」
鍛え抜かれた精鋭。死地に置いても一切の乱れすら見せなかった騎士が驚きの声を上げる。
騎士だけではない、騎士の跨る飛竜もどこか落ち着きのない様子で、しきりに唸り声を上げていた。
「何故……”奴”が……」
前方に見える妖魔の群れが二つに割れていく。
そして、割れた先から現れたモノ。
「闇……竜……」
それは、巨大な竜であった。
騎士の乗る飛竜が幼竜に見えるほど肥大した体躯を誇り、その身体を覆う鱗は漆黒に包まれ、頭には禍々しさを体現したかのような四本の角が生えていた。
「馬鹿な! 火竜と水竜は何をやっている!?」
騎士の一人がそう叫ぶのも無理はない。”ソレ”は、本来であればこの場に居ない筈の存在であった。
妖魔と呼ばれる存在は群れる事がない。だからこそ、平時では危険こそ伴うがそこまでの被害は出ない。
その妖魔が徒党となって迫りくる元凶こそが、闇竜が天災と呼ばれるゆえんであった。
闇竜は妖魔を使役する。それが意図したモノであるのか、闇のマナという繋がりがそうさせるのかは確かめる術もない。
しかし、強大な闇竜に加え妖魔の群れまでも相手にしなければならない事実こそが、人類にとっての絶望であり最大の難所であった。
その絶望に差した一つの希望。それが火竜と水竜であった。
火竜と水竜は闇竜が自由に動けぬよう、人が妖魔だけに戦力を集中出来るよう、闇竜を抑える事に注力する算段となっている。
依然として戦況は不利。だがそれでも、妖魔を退けさえすれば人類は生き残る。
…………その、筈であった。
火竜と水竜によって抑えられている筈の闇竜が眼前に現れた時、カチャカチャと鎧の擦れる音がした。
闇竜がこの場に現れたという事。それは、火竜と水竜が敗北を喫したという事を意味していた。
「ひ、怯むな!」
種としての根源的な差が恐怖として現れ身体を支配する。
それでもなお、奮起する。
辺りを見渡し、騎士を、飛竜を、奮起する。
人類はここで”終わる”だろう。だがそれでも、そうだとしても、最期まで抗う気概を失ってはならぬ。
”そう”教えられたのだ。”そう”鍛えて来たのだ。
取り乱しこそすれ恐慌に陥る者はなく、その視線で己の気概に応えてくれる部下を見て。
絶対的上位種を前に、それでもなおこちらにその身を委ねてくれる飛竜の気概を感じて。
「(……良き戦友と、出会えたものだ)」
胸の底から沸き立つ誇りを抱いて、アランは前を見る。
視界には、口を大きく開けた闇竜の姿が映り────
──────刹那、意識は闇へと呑まれて消えた。