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9.小規模な変身



 今日は真奈ちゃんの先導のもと、駅前に買い物にきている。


「和歌子は何が見たい?」


「そのぉ……」


「ん?」


「やっぱいい……!」


「なんだよ! 言いなさい!」


「いや、あのね……メイク道具とか……見てみたい……」


 真奈ちゃんが黙ってわたしの顔を見た。

 だいぶ恥ずかしくなった。自分みたいな人間が実はそんなものに興味を持っているなんて知られてしまうのが恥ずかしい。でも、真奈ちゃんになら、そんな部分を知られてもいい。


 真奈ちゃんはいつもおしゃれで可愛い。がさつなところはあるけれど、格好や髪型はきちんと今風だ。わたしはといえば、男っぽくはまるでないけれど、全くおしゃれでも女の子らしくもしていなかった。


 今まではそれでよかった。わたしには無縁だと思っていたし、周りが可愛くしてるのを見ているだけでも楽しかった。だけど最近はちょっと憧れが増してる。可愛くなれる道具。気になる。


「……どうせ、買えないんだけど……」


 買った後、家に持ち帰って、お母さんに見つかったら取りあげられるかもしれない。お母さんは高校生にはメイクは必要ないと言っているから。だから買うことはできない。


 でも、クラスの子達が持っているそれは、形や色が可愛くて、なんだか見ているだけでワクワクする。


「見よ」


 真奈ちゃんは短く言ってわたしの手首を取った。


 駅中のお店のコスメのコーナーはなんだかきらきらして見えた。


「うわああ、可愛い!」


 チークとかアイシャドウ、マスカラ、ファンデーション。形も色もたくさんで、そのものがまず可愛い。


「あぁ、いいなぁ……」


「やっぱ買わない?」


「持ってるの見つかると、まずいから……」


「あぁそっかぁ」


 真奈ちゃんは口元を押さえて少し考えこんでいたけれど、ぱっと顔を上げた。


「ね、じゃあさ、これからこっそりメイクしてみない? 家帰る前に落とせばいいし」


「どこで?」


「ウチ、行こう!」


「うわー! おじゃまします! 全力でおじゃまします!」


 かくしてわたしと真奈ちゃんは彼女の部屋へと直行した。パタンと扉を閉じてこれから悪いことをするようでドキドキする。


 真奈ちゃんが自前のメイク道具をミニテーブルの上にぞろりと並べた。


「わー、真奈ちゃんいっぱい持ってるんだね」


「眉毛整えると結構変わるんだけど……それはマズイよね」


「うん……ごめん」


「ま、和歌子そこまで眉毛の形悪くないしいっか。よーし! やるよ!」


 真奈ちゃんが座るわたしの背後に立って髪の毛をほどいた。それからピンをつかって器用に纏めて行く。


「真奈ちゃんこれは……?」


「ビューラー」


「びゅ?」


「睫毛あげるの」


「だ、大丈夫なのこの器具……痛くない?」


「器具て」


 真奈ちゃんも人にやるのは慣れていないらしく、何度か洗顔してリセットをしながら、いろんな色を塗ったりわざとケバくしたりして遊ぶ。それからそこまで濃くはないメイクをしてもらって、髪の毛もコテで可愛く巻いてもらった。


「おおおし! ついでだから普段着ないような服も着てみよ!」


 真奈ちゃんがクロゼットを開けていつも着てるショートパンツや、ミニスカート、ちょっとワイルドなティーシャツなんかがどさどさ出てくる。


 そこからはファッションショーだった。

 真奈ちゃんのお姉さんの服まで持ってきてふたりで色々着て、真奈ちゃんのスマホで写真を撮った。


「真奈ちゃん、それ似合う!」


 真奈ちゃんはいつもスポーティでアクティブな格好をしていることが多い。今お遊びで着た彼女のお姉さん所有の甘めのワンピースは、彼女がいつも選ばない感じで、だけど意外にもしっくり似合っている。


「可愛いよ! ……結婚して……!」


「するー!」


「なんかテラ君にも見せてあげたい」


「え、こんなのなんか恥ずかしいよ」


「ギャップで……ドキドキすると思う!」


「えっ……」


 真奈ちゃんは上を向いて一瞬黙った。


「見せにいこう」


「えっ、今日テラ君バイトとか言ってなかった?」


「うん、バイト先、知ってるし」


「うわぁー行こう!」


「和歌子はじゃあこっち」


 ちょこっとレースの付いたシンプルなインナーに下はショートパンツ。真奈ちゃんのお気に入りのネックレスも貸してもらってなんだか元気な人になったような気がする。


「わたしも、これで外出るの緊張する……お母さんに見つかったりしないかな」


「一応通らないような道にしよう。でも、すれ違っても気付かないかも」


 ふたりできゃーと無意味に悲鳴を上げて、バタバタと外に出る。





 色付いた葉が少しずつはらはらと路上に落ちていた。


「確か、こっち」


「行ったことないの?」


「まだないんだけど、通りすがりに知ってるお店だから……あ、あそこのはず」


 テラ君のバイト先は小さなリサイクルショップだった。路上にお皿とか、小さな椅子とかが沢山出ている。


 他人事ながらちょっとドキドキして店内に入る。


 雑多なモノに溢れた店内で、見慣れた制服がすぐに目に入った。


「あれ、白瀬」


「あ、さまくん?」


 予想外の顔が振り返ってわたしを見たので息が止まりそうになった。


「なんか……今日雰囲気違うね」


 ぽかんとしていると、浅間君が笑ってそう言うので自分の格好を思い出した。


「……えっ、あっ!」


 言われて思い出してかーっとなる。

 うわ、こんなこと予想もしてなかったから、突然とんでもない格好に思えてくる。


「オイそこふたり……世界に入るな」


 真奈ちゃんの低い呆れた声が耳に入って我に返る。


 浅間君の奥にいた制服がこちらを見て気付く。あ、郡司君だ。


「なんで郡司と浅間がここにいるの?」


「え、俺の欲しいものがここにあるかもって、郡司に聞いたから……」


 浅間君が郡司君の方を見てそう言って、郡司君が小さく頷いた。


「浅間君の、欲しいものって?」


「古いランプ……。まぁ、結局なかったんだけど」


「なんに使うのよ、そんなもの……」


 ランプ……なんとなく彼のおじいさんのお店が浮かんだので、それ関係かな、と想像した。


 何故か連れ立ってぞろそろと奥に行くとレジ前でテラ君がパソコンをいじっていた。真奈ちゃんが前に来ると顔を上げる。


「あれ、真奈ちゃん……」


「あ、遊びにきた!」


 テラ君は真奈ちゃんを上から下までじっと見てからにっこり笑う。


「今日、可愛いね。いつもの感じも可愛いけど」


 ひょえええ。

 この人本当に日本の高校生男子なんだろうか。普通その歳でそんなにサラッと言えない気がするんだけど、付き合っているとそういうものなんだろうか。

 と思って真奈ちゃんを見ると嬉しそうに笑っていて、でも顔は真っ赤だったので、そんなに頻繁なことでもないらしい。テラ君て、歳の割に老成してるとこがあるというか、見た目に合わず本当に大人っぽいところがある。


 テラ君のリサイクルショップはネット販売がメインらしく、そこまで人も来ないためレジはおまけで、ほとんどはネットの業務をやっているらしい。


 レジの奥からボサボサ頭で無精髭のメガネのおじさんが出てきて、わたしたちの顔を見て「……増えてる」と呟いた。


「野木さん、今日発送する分です」


 テラ君が紙を渡して言うと野木さんは頭をボリボリ掻いてふぁーとあくび混じりにそれを受け取る。


「今日少ねえな……帰ってもいいよ」


「え、いいんですか?」


「ん、後やっとくから。まぁ……働きたいならいいけどな」


 そう言ってニヤリと笑う。


「いえ、今日は失礼します」


 真奈ちゃんがあからさまに嬉しそうな顔をした。





 店の外に出て四人で待っていると「おまたせ」と言ってテラ君が出てきた。


「どっか行く?」


「うん」


 テラ君と真奈ちゃんは普段は友達同士みたいだけれど、やっぱりカップルなんだな、と思う。


「あの……ふたりで行けば?」


「いいよ。だいたい和歌子、うちに寄らないと帰れないだろ」


「あ、そうだった……」


「あ、やっぱり。それ真奈ちゃんの服だよね」


 テラ君が納得したように頷いた。それから真奈ちゃんに顔を向けて言う。


「真奈ちゃんのバイト先は?」


「あ、いいね。行こっか」


 真奈ちゃんはアイスクリーム屋でバイトしている。店内に少しだけど席もあるし外にベンチもあるらしいと聞いていた。


 なんとなくぞろぞろとそちらに向かう道すがら、流れでテラ君が浅間君に聞く。


「浅間君はバイトしてる?」


「してるよ。ピザ屋。配達の方」


 そうなのか。ピザ屋。ピザって、どんなだろう。想像したらうっとりした。


「ちなみに郡司君は?」


 聞くと短く「清掃」と返ってきた。


「そうなんだ」


 みんなバイトしているみたいだ。わたしはもちろん、ない。先に社会に出て働いている中でひとりだけ、ちょっと焦るような気持ちになった。みんなは、わたしの知らない世界を知っている。


 もしかしてわたしは同じ歳で、周りと同じくらいに歳を経てると思いこんでいるだけで、内面には三歳分くらい差があるのかもしれない。


「白瀬、顔もなんかしてる?」


 隣にふわっと気配があって、そちらを向くと思ったより近い距離に浅間君がいて、顔を覗き込んでくる。


 うわ。

 遠慮なく覗かれて浅間君の目が、鼻が、唇が目の前にある。思い切り赤くなってしまった気がする。だって耳まで熱い。


「あ……悪りぃ」


 浅間君がぱっと離れた。それで、またちょっと思う。同世代に比べてわたしは子どもっぽいのかもしれない。こんなことで赤くなったりして。


「なんか……わたしだけ歳下みたい」


 ぽそりと呟いたそれを耳ざとく聞きつけた浅間君が小さく笑った。


「そんな事ないよ。他の人がバイトしてる時間、白瀬は何してんの?」


「本、読んだり……」


「そしたらその経験は他の人より多いはずでしょ? 何をやってたかは差があっても同じ歳生きてんだから、みんな似たり寄ったりだよ」


「そうかなぁ」


「そうだよ。俺は化粧したことないし、これからもしないだろうし……男女でだって持ってる知識や経験の差は少しずつあると思うし……これからだって差は開いていく」


「でも……やっぱりわたしは少し、世間知らずな気がする……。バイトもそうだけど、ファミレスとかだって行ったことないし」


「白瀬んちは外食しないの?」


「するけど……なんか、自然食っていうのかな、野菜が多めの……そういう専門の店」


「そんなのあるんだ」


「うん」


「俺、知らなかったよ」


「無理に励ましてくれなくてもいいよ……」


 浅間君が「白瀬がいじけた」と言って吹き出した。


「白瀬って……ほんと……」


 浅間君はくすくす笑ってわたしの後ろ頭をポンポンした。


 だから、そういうのに差を感じるんだけどなぁ。


 また不意に赤くならないように。わたしはぶすったれた顔のまま、夕暮れの道を浅間君と隣り合って歩いた。





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