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6.修学旅行【中編】




 集合場所にはもうみんな集まって、バスに乗っていた。真奈ちゃんが待ち構えていて、再会した時には何十年ぶりかに会ったみたいにわんわん泣いて、謝っていた。


 真奈ちゃんの絶望は深く激しかったけれど、無事に今日のホテルについて食事を終え、お風呂から部屋に戻った時にはもうケロリとしていた。


 わたしはとりあえず携帯を充電して、先生の番号も入れた。今まで間違えて操作して、壊したり、変なところにかけたりしたらと思ってこわごわ使っていて、あまり触ってなかったのが仇になった。今度は真剣に使い方を覚える。


「ちょっと噂になってるみたいだよ」


「なんのこと?」


「浅間が血相変えてはぐれた和歌子を探しにいったから……なんかあるんじゃないかって……」


 噂になったのは、うっかり手を繋いだまま戻ってきたのもあると思う。クラスの人たちからしたらわたしと浅間君はそんなに話したこともないふたりだろうから、びっくりしたのだと思う。


「なんで手繋いでたの?」


「状況が状況だったからな……お化け屋敷で真奈ちゃんの手を掴んで離さないみたいな感じ……」


「あぁ、あれめっさウザかったわー……」


 真奈ちゃんがその時のことを思い出してるのか遠い目をしている。


「でもさ、すごい早かったよ浅間の動き」


「浅間君は優しいからな……」


「あたしの頭の中の浅間像とちょっと乖離かいりがあんだよなー……」


 真奈ちゃんの頭には浅間像が建っているのか。わたしの頭にも何体か設置されてるいるけど。それとはだいぶ違う形らしい。





「おいおいおーい!」


 お風呂上がりに真奈ちゃんとふたりでまったりしていると、村山さんが騒ぎながら入ってきた。


「ニュース! ニュース!」


 村山さんは噂好きの情報通だ。すぐに真奈ちゃんが食いついた。


「なになに?」


「高橋さんが告るって!」


「マジで?」


「今日のあれで焦ったんだろうね。呼び出してるとこ見た!」


「場所は?」


「それが……そこまでは聞き取れなかった」


「なんだよー」


「やっぱ付き合うのかな」


 真奈ちゃんは「そりゃあ……あさま……」まで言ってちろりとわたしを見て黙る。わたしの頭の中の浅間像と乖離がある。


 その後他のメンバーがどやどや入ってきた。


「大変!」


「なに?」


「里中さんと藤村がカップル成立だって!」


 がじゃー! と周りが聞き取りにくい悲鳴をあげる。


「あと輪島とミキちんも!」


「ラッシュじゃん!」


「明日自由行動だから、ギリギリで動きやがったなー!」


 大騒ぎだ。でも楽しそう。みんなはしゃいでいる。


 そんな中、わたしはなんだか落ち着かなかった。


「ちょっと出てくるね」と言って部屋を出ようとすると真奈ちゃんが「大丈夫?」と聞いてくる。


「さすがにホテルの敷地内では迷わないよ」


「携帯持っていって」


「わかったよ……」


 笑って携帯をポケットに入れて部屋の外に出た。


 ロビーまで出ると、なるほど就寝までの時間にカップルが密会しているのがそこここに見受けられた。だいぶ目の毒。


 扉を出ると満天の星空が頭上に広がっていた。そのままふらふらと敷地内を散歩する。


 暗闇の中高橋さんが少し離れたところを歩いていた。ドキっとする。彼女は目元を擦っていて、泣いているように見えた。気付かれないように、身をすくめる。


 彼女が来た方向にそろそろと歩いていくとひらけた芝生のスペースがあって、そこに浅間君が立って、ぼんやりと空を見ていた。


 浅間君は誰もいないのをいいことに、はぁ、と溜め息を吐いて「なにやってんだろ……」と小さく独り言なんてしていた。


 話しかけようか迷っていると、こちらを向いた浅間君に先に気付かれた。


「白瀬?」


「……うん」


 前に一歩出たけど、何を言おうか迷う。

 高橋さん、告白だったんだよね。聞こうかと思って口ごもる。わたしも浅間君に告白をしていたから。高橋さんのそれについて聞いたら、自分のそのことにも触れることになるかもしれない。


「浅間君は……」


「うん?」


「なんでもない」


 浅間君はその場に座った。ひとりになりたいかもしれない。立ち去ろうか迷う。


 立ったままでいると「座れば?」と言われて、少し離れた隣に座った。


「何言おうとしたの?」


 聞かれてちょっと口をぱくぱくさせてしまったけれど、浅間君がわたしの顔を見て柔らかく笑い聞いてくれたので、するっと言葉が出てきた。


「うん……一年の時、たくさん彼女いたんだって聞いたんだけど、すぐ別れちゃうって……なんでかなって」


 浅間君はまた無口な方の浅間君になっていて、しばらく返事はなかった。でもちっとも気詰まりじゃない。なんでだろう。いつも、浅間君がじっと考えている時に流れる空気がむしろ好きだ。ゆっくり横顔を眺めたりなんかして。


「俺さあ」


「うん」


「好きって言われると嬉しいし、好きになれそうだなって思うんだけど……実際付き合うと、なんだかしんどくて……」


「しんどいって?」


「きつい束縛されてるわけでもないのに、わずらわしくて、息苦しくて、なんだかひとりに戻りたくなるんだよね……それで、相手のことも嫌になっちゃう」


「……相手を気づかい過ぎて疲れるのかな」


「俺、そこまで優しい人間じゃないよ。人と話すのは好きだけど、誰ともなかなか深くはなれない」


「浅間君、友達たくさんいるじゃない……」


「浅い付き合いのやつはたくさんいるけど……白瀬みたいに親友がいるわけじゃない」


「……」


「六回……」


「え……」


「六回同じこと繰り返して、二年になってさすがに……自分は異常なんだって気付いた。恋愛とか、親密な人付き合いに向いてないんじゃないかなって、諦めた」


 浅間君は二年になってからは彼女はずっといなかった。さすがに同じクラスで付き合って別れてを繰り返していたら、隠していない限りわたしだって知っていただろうと思う。


「……けど俺、白瀬に好きって言われて嬉しかったんだよ……」


「……ありがとう」


「でも、また同じことになるかもって思ったら、ちょっと考え込んじゃって……そうこうしているうちに、白瀬は郡司と仲良くなっちゃって……もう俺に興味ないかもって思ったら、ずっと声かけられなかった」


「郡司君とは、なんでもない」


「うん……俺聞いちゃったもん。郡司に」


 はは、と乾いた音をこぼして浅間君は笑った。


 そんなことを言われたら、ちょっと期待する。ドキドキして、続きの言葉を待ったけれど、浅間君はそれきりまた黙り込んでしまった。


「浅間君、あの……」


 なんて言えばいいんだろう。彼はわたしのこと、少しは好きと思ってくれてるんだろうか。じゃあ今もう一回告白したら、前と違うんだろうか。


 でも、もし今彼がわたしを好きで、付き合いたいと思ってくれたなら、はっきりそう言うんじゃないだろうか。何も言わないと言うことは、そうじゃないからで。


 たとえば今また好きと伝えるのも、結論を急がせるのも、考え込んでいる彼に追い打ちをかけて追い詰めるんじゃないかとか。

 わたしは彼に無理して付き合ってもらいたいとは思わない。


 いや、それは嘘だ。


 本当は、結論を急かすことで今度こそはっきり振られてしまう可能性が怖かったから。


 わたしは恋愛慣れしていない。

 人付き合いも得意じゃない。だから今、黙ってしまった彼に何を言えばいいかわからない。


 だから、結局関係ない話をした。


「あ、携帯充電したんだよ」


 そう言ってポケットから出して見せる。


「かして」


 渡すとそのまま何か操作した。

 自分のじゃなくてもなんとなくわかるんだろう。メカオンチのわたしとはちがう。


「俺の番号とアドレス入れといたから」


「えっ」


「使い方、わかる?」


「……うん。だいたい」


 教えてもらった方法で電話帳を表示させる。『浅間航』その三文字がとっても嬉しい。






「で、結局どーなったの」


「どうもなってないけど」


「振られたの? 付き合うの?」


「え、現状維持? いや現状復帰、かな」


 部屋に戻って浅間君に会ったと言うと真奈ちゃんに取り調べされた。


「だからそれ、どーいうことだよぉー」


 真奈ちゃんが剣呑な顔でユラユラ揺れながらにじり寄ってくる。その背後にはテラ君と郡司君が遊びにきていたらしく、座ってくつろいでいた。


「酷い! 酷すぎる! あいつクソにも程がある!」


「いやそんな酷いこと言われてないから」


「あんたはバカか! 振るでもなく付き合うわけでもない。それなのに郡司には和歌子の恋愛を聞いてたんだろ?」


 そう言って背後を振り返って郡司君を見た。


「……聞かれたな」


 郡司君がやる気なさそうに相槌をうつ。


「……ちゃんと、全く興味ねえって言っておいたからな」


「あ、ありがとう……」


 郡司君、失礼なくらい優しいな。真奈ちゃんが人差し指をぴんと立ててわたしに向けてすごむ。


「いいか? 和歌子。そういうの、キープって言うんだよ」


 キープ。


「あいつやっぱり最悪だな!」


「……」


「前もあたしの友達と付き合って、すぐ振ったんだよ! すごい泣いてたんだぞ! そうやって 今度は和歌子を傷付けるつもりだな! 許さない! 相手構わずキープ遊びしやがって! キープ遊び禁止!」


 真奈ちゃんが謎の“キープ遊び”を連呼して熱血忿怒している時に外に遊びにいっていた村山さんが部屋に帰ってきた。


「おーい! ニュース! 高橋さん振られたってー!」


「……は?」


 真奈ちゃんの動きが止まった。

 それから怒りと困惑の中間くらいの中途半端な顔でわたしを見る。


「真奈ちゃん! 浅間君、キープ遊びしてなかったね!」


「お、おぉ……」


「キープ遊びしてなかった!」


「いや、それそんなに喜べることか? 和歌子の現状は何も変わってないのに……」


 郡司君がえびせんをつまみながらぞんざいに口を開く。


「まぁ、白瀬ならそんぐらいのペースでいいんじゃねえの……」


「駄目だよ! 駄目駄目! 和歌子をもてあそぼうってんだよ! あいつ!」


「僕はそんなに浅間君、悪い奴に思えないんだけど……」


 その時、黙っていたテラ君が、郡司君の手のえびせんの袋を探り、ぽつりとこぼした。


「なんでッ」


「僕は一年の時の彼は知らないけど……浅間君、おしゃべりに見えて言葉をしっかり選んでいるし、みんなでいる時に誰かの欠点を嘲笑ったりする流れになっても、彼は笑ったりしない」


「……」


「僕身長低いからさ……前会話の流れで、周りに笑われたことあって……そん時彼は笑ってなかった」


「……」


「不可抗力とか、うっかりで人を傷付けることなんて誰でもあると思うけど、わざわざ狙ってもてあそんだり、貶めるような人には見えないな」


「……ッ」


 さしもの真奈ちゃんも惚れた弱みかテラ君の言うことには乱暴に言い返さなかった。


 男性陣のやる気のない擁護によって、ひとまず真奈ちゃんの熱は水をぶっかけられて、沈静した。





 就寝の時間が来て、眠ろうとした時になんとなく思い出した。

 前に彼のおじいさんの喫茶店でわたしが彼に聞いたこと。


「わたしのお母さんのこと、酷いと思う?」


 彼はわたしの顔をじっと見て「酷くない」と言ってくれた。でももしかして、わたしが「酷い」と言って一緒に怒って欲しければ、そう答えたのかもしれない。


 浅間君は否定したけれど、やっぱり彼は人に気を使おうとしすぎるきらいがあるのかもしれない。

 前に顔色を読むのが得意、と言っていたけれど、そうやって無意識にでも相手の嫌がることを先回りして避けようとしているのだとしたら疲れてしまいそうだ。

 それで、結局上手くいかなくて一番悪い方法で傷付けてしまうのだとしたら、悲しいな、とも思う。


 もっとも、ちっとも相手の顔色が読めない、気の使い方がわかっていないわたしからしたら、異次元の悩みに感じられるけれど。




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