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4.すれ違いというにはあまりにヘタレ



 教室で浅間君が騒いでいる。


「まじか! まじか!」とか「どーすんだよそれ!」言葉の破片が聞こえてくる。「腹が苦しい」と言って笑っている声も。


 教室で見てる時はどちらかというと子どもっぽい人に感じていたのだけれど、ふたりだけの時はむしろ大人っぽく感じる。なんだか不思議な人だ。


 それは、それとして。


「浅間君に無視されている気がする……」


 気のせいかもしれないけど、そちらを向いても絶対目が合わないし、近距離でいても空気みたいに絶対わたしを見ない。


「やっぱ嫌だったのかなぁ……」


 中庭でお昼を食べながら真奈ちゃんにごちる。


「知らなーい。あたしはなんもしないからね。関係ないのに、和歌子のことどー思ってるのよ? ムキー! とか、そういうのやれって?」


「そんなことしなくていいけど……」


「だいたいさぁ、無視されてる気がするって、あんた話しかけたの?」


「話しかけてない……」


「話しかけて無視されたんならまだしも、そーいうのは、気のせいとか被害妄想って言うんちゃう?」


「……ちゃわない……」


 浅間君に限らずわたしは自分から人に話しかけたりなんて滅多にしない。だいたいが明後日の方向に遠慮がち。気の使い方がとんちんかん。後から気付いてのたうちまわる。それが対人関係におけるわたしだった。


「思い返したら、真奈ちゃんくらいかも……自分から話しかけたの」


 そのあとは金魚のフンを営んでいた。

 なんとなく話しかけられてその場で話すことはあっても、そこで終わる。スマホを持っていないので連絡先交換、ともならない。


「和歌子みたいなヤツにこそスマホは必要なのにね」


「そうなの?」


「ゆっくり言いたいこと纏めて、勇気がなくても指先ひとつで一方的に伝えられるツールだからね」


「頼んでみようかな……」


「あんた頼んだことなかったの?」


「うん、特にいらないかなって……お母さん嫌がりそうだし」


「それで、浅間のことがあったから頼むって? なんか腹立つわぁ」


「いや、浅間君には連絡先聞けるかも微妙だし……真奈ちゃんとも連絡とりやすくなるよね」


 お昼が終わって、余った時間で図書館の本を返しに行った。


 どこにも焦点を合わせず、考え事をしながら廊下を歩いていた。


 ふっと少し遠くにいる人にピントがあった。無意識がなんか見覚えある、って言ったから。


 わたしがそちらを見た時、その人もなんの気無しにこちらを向いて、ものすごくタイミング良く、一瞬でバッチリ目が合ってしまった。浅間君と。思わず動きが止まってしまった。


 向こうも急に目が合ったことにびっくりしたようで、かちん、と動きを止めた。


 妙な形で固まってしまったわたしは動き出すタイミングをすっかり逃してしまったけれど、先に浅間君がそこから復帰して、話していた友達に顔を戻す。わたしもまた歩き出した。


 なんだか顔が熱い気がする。数秒目が合ったくらいでこのありさま。話しかけるとか、できるんだろうか。





 真奈ちゃんはその日休み時間ずっと、後ろの席の山寺やまでら君となにやら盛り上がっていた。


「今日お昼テラたちと食べるけどいい?」


 山寺君たち、というのは彼と仲の良い郡司ぐんじ君も含めた四人でということだろう。

 真奈ちゃんは男子ともよくしゃべるし、すぐに仲良くなる。

 普通の女子に「お昼食べよう」と言われると構えてしまったり期待してしまったりするようなところが、真奈ちゃんだと、みんな気にしない。彼女は男子にも女子にも、飾らない素直な気負いのなさが分け隔てなく出ている。


 高橋さんと田中さんは真奈ちゃんと一緒じゃなくなってからは女子だけで食べてるようだった。自分たちだって真奈ちゃんといる時に一緒に食べていたくせに、「男好き」とか小さく言ってるのが聞こえてきた。もっとも真奈ちゃんはそういうのをまるで気にしない。元々、激しい性格の真奈ちゃんを苦手とする子もたくさんいるのだ。


「あ! ……嫌なら言ってね」


 よくあることではあったので「いいよ」と答えて四人で昼食をとることになった。


 しかし四人でいても真奈ちゃん以外はそうしゃべるタイプでもない。

 山寺君ことテラ君は自分の好きな話になると生き生きして饒舌になるけれど、基本は穏やかな人だったし、郡司君に至っては寡黙とか渋いとか、そんな形容詞が似合うタイプだった。


 だから一見それはそこまで盛り上がってはいなかったのだけれど。真奈ちゃんはいつも以上にご機嫌な様子でテラ君に話して、話を聞いて、楽しそうにしていた。


 わたしはと言えばその日も何度か浅間君に話しかける隙を見計らっていた。


 しかし浅間君は基本友達と騒いでる。わたしも真奈ちゃんと食べるようになって、あの場所に行かなくなった。結局、あの状況がなければ元々接点が薄かったのだ。普通にしてるとまるで話すことはない。


 だからそれとなく機会をうかがっていた。


 高橋さんが浅間君に何度か話しかけているのも見た。彼女が近くにいるときは、止めておいた方が無難だ。


 今、ひとり。でも急ぎ足でトイレに向かっている。よしたほうが無難だ。もれちゃうかも。


 ひとり。だけど明らかに寝ている。起こすのはかわいそうだ。やめておこう。


 そんなこんなで隙がなかった。


 いや、本当はぼんやりしていたら、あ、今話しかけられたな、と後から思うことは何度かあった。

 だけど心は言い訳を探して逃げようとする。話しかけたところで、どこかの馬鹿が早々に告白なんてしたもんだから、前みたいに自然に話してもらえるかはわからないのだ。


 そんな日を数日過ごして、放課後真奈ちゃんと一緒に帰っている時のことだった。


 しばらくふたりとも空を見て、考えごとをしながら黙々と歩いていたけれど、真奈ちゃんが急にぽつりと言った。


「あたし、テラのこと好きかも……」


「えっ、山寺君?」


「うん……なんか話してて楽しいなーとか思って」


 テラ君は系統で言うなら“学者”だ。眼鏡で穏やかで、絶対怒ったりしない感じ。少し意外だったけれど、真奈ちゃんには短気な人はぶつかるだろうと感じるのでその点では合っているような気がした。


「修学旅行までにキメる」というのが真奈ちゃんの意気込みだった。


 それから真奈ちゃんとわたし、テラ君と郡司君の四人で行動することは飛躍的に増えた。

 真奈ちゃんはテラ君と話したがったけれど、わたしとも一緒にいたがった。必然的にそうなる。


 真奈ちゃんはわたしに気を使ってくれてはいたけれど、テラ君と話すのに夢中になると忘れられることもあった。彼女はもともと細やかな性格ではない。

 郡司君は全くおしゃべりじゃないので特に話すこともなかったけれど、カップル未満の仲良しのふたりの間にひとりでいるよりは楽だった。

 それに、真奈ちゃんが嬉しそうだとわたしも嬉しい。テラ君も郡司君も嫌な人じゃない。真奈ちゃんが上手くいくといいなと思う。


 それは、それとして。


 相変わらずヘタレのわたしは浅間君に話しかけることもできず、そのまますっかり疎遠になってしまった。





 放課後教室に入ろうとしていると、後ろから肩を掴まれた。


「郡司君、なにして」


 振り返って言おうとすると、後ろから大きな手のひらで口を塞がれた。むぐっと息が漏れる。


 扉の窓を見ると真奈ちゃんとテラ君が二人でなにか話していた。


「たぶん、告る」


 耳元で低い声で言われてなんだかむず痒くなった。


「浅間も、今ちょっと待ってくれ」


 郡司君の声でそちらを見ると浅間君が立っていた。そちらを見るとふいと踵を返して黙ってどこかへ行ってしまう。


「あ……」


 なんか、そっけない。彼らしくない。


 普段から社交的で誰とも気軽にしゃべる彼だから、普通ならこんな時こちらに来て少し話したりするような気がするのに。浅間君は郡司君とだって決して仲が悪いわけじゃない。わたしだ。浅間君に告白したわたしがいたから彼は避けたのだ。思ったより迷惑だったんだ。


「俺らも、ちょっと時間あけよう」


 郡司君に連れられて校舎の外に出たら一気に悲しくなった。


「うおっ、なんで泣いてんだよ」


「郡司君の馬鹿……なんであんな方法で口塞ぐの」


「えっ、手っ取り早かったからだな」


「あ、あざまぐんに……見られたよう……」


「あ、あぁ……そういうことか」


「おぉう〝ー」


「面倒くせえな……泣くぐらいならさっさと告れよ……」


「もう、言ったよぅ〜」


「え、じゃあ振られてんのか? なら見られてもあっちはなんも思わねえだろ」


「まだちゃんと振られてはない〜」


「返事しないってことは振られてんだろそれ……」


「う、うわぁあ〜!」


 痛い! 痛い痛い! 薄々そんな気はしてたけどその方向性は見ないようにしていたのに!


「……泣くなよ。また誤解されるぞ」


 小声で言われてそちらを見ると浅間君が帰るところだったらしく、近くを通過していた。たぶん、また見られた。そして相変わらずさっさと行ってしまう。


「また見られたぁー! ビィイーッ!」


「うるせえな……ビービー泣くくらいなら追いかけて弁解しろよ。俺のことなんてどうも思ってねえって」


「それ、変じゃない? 付き合ってるわけでもないのに弁解って……おかしくない? 迷惑じゃない?」


「別におかしくないだろ。いっぺん告ってんなら。だいたい迷惑がどうこう言うなら最初から告るなよ……」


 郡司君がたまりかねたように溜め息を吐いた。


「早く行けよ。今ひとりなんだから」


 考えがまとまる前に背中をぽんと押されて、わたしはノープランで追いかけた。


 しかし、校門前でさっそうと現れた高橋さんにわたしの勢いは打ち砕かれた。


 立ち止まってずっとふたりの背中を眺めているわたしの背後に郡司君の「バカじゃねえの」が響いた。バカです。


「しょうがねえな……俺から、白瀬のことなんて全くこれっぽっちも興味ねえって言っとくか?」


「えっ」


「まぁ……浅間もそんなこと興味ねえだろうが……」


 そんなこと言われて頼めるほど神経が太くない。というか表現が厳しい。同じ内容でももうちょっとソフトに優しく伝えて欲しい。容赦がなさ過ぎて辛い。割とズタボロだ。





 そうこうしているうちに真奈ちゃんと山寺君が付き合い始めた。しかも告白したのはテラ君の方だったというのだからだいぶめでたい。


「和歌子もさ、浅間なんてやめて郡司にしたら?」


 上機嫌で言われて、溜め息を吐いた。


「浅間君がいい……」


「郡司のが和歌子に合ってるような気がするんだけどなぁ」


「浅間君がいい……」


「郡司にしたら?」


「しつこいな。そっちにも全く相手にされてないっての! 浅間君がいい!」


 しかし結局一ヶ月。わたしは浅間君に話しかけることができなかった。



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