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3.言いたいこと、言うべきこと



 家の前でわたしを待ち受けていたのは怖い顔をした真奈ちゃんだった。


「和歌子、どこ行ってたの」


「あの、浅間君と」


「浅間もいなかったもんね。まさかとは思ったけど……」


 話してくれるよね? と詰め寄られて、頷いた。


 家の前で今日あったことを話した。それからこの間のメロンパンのことも。


「ひとりで食べるって言って、浅間と食べてたの?」


「う、うん」


「なんで? あたしがいるのに……」


「真奈ちゃん、田中さんたちと食べるかなって」


「遠慮したの?」


「うん……」


「浅間にはしなかったの? なんで?」


「浅間君はもともとひとりで食べようとしていたからなんだけど……ごめん……」


「遠慮なんかじゃなくて……本当は嫌だったんでしょ」


「え……」


「それなら、言ってくれればよかったのに……和歌子がどれくらい我慢してるのか、単に遠慮してるのかだって、言ってくれなきゃわかんないし」


 それから真奈ちゃんは顔で黙って下を向いていたけれど、ぱっと踵を返してしまった。


「真奈ちゃん!」


 呼んだけれど、振り向くことはなかった。


 怒らせてしまった。

 その時初めて気付いた。わたしがよかれと思って気を使ってやっていたことは、彼女を傷付けていたのだと。だって逆の立場ならやっぱりわたしだってそんな気の使われ方はしたくない。真奈ちゃんは親友だから。困った時は頼って欲しいし悲しい時は話を聞きたい。それを迷惑なんて、絶対思わない。





 真奈ちゃんと初めて会ったのは小学生の時だった。後から聞いたらその頃彼女は転校が不満で終始不機嫌だったらしい。

 帰り道で彼女を見つけて追いかけた。思いきって話しかけたわたしは彼女が不機嫌なのにも気付かずにドキドキしながら、ヘラヘラと隣を歩いた。


 今でも覚えている。真奈ちゃんの最初の一声。


「あんた誰」


 わたしは幼く、今よりさらにぼんやりしていたし、身のまわりに転校生なんて初めてで、浮かれていた。怒ったような顔にも気付かず張り切って「白瀬和歌子だよ」と返事をしたら真奈ちゃんが拍子抜けみたいな変な顔をして、それから脱力したみたいにぷっと笑った。


 真奈ちゃんが笑ってくれたのが嬉しくて、わたしも笑った。


 数秒笑顔で見つめあったら真奈ちゃんは唐突に声を上げてもっと笑って、しばらく笑った後に「何がおかしいんだよ……!」と怒ったようにこぼした。


 真奈ちゃんは怒ってるのか笑ってるのかわからないような声と顔でふん、と鼻を鳴らして「じゃあね! 白瀬和歌子!」と勢いよく言って走って帰ってしまった。


 その日から、わたしと真奈ちゃんの付き合いが始まった。今日までずっと。





 翌日の学校で、真奈ちゃんは口をきいてくれなかった。彼女はこうなると難しい。


 真奈ちゃんは比較的短気だ。わたしとは別ベクトルで自分勝手だし、主張が強い。そんなところが魅力ではあるけれど、怒らせると頑固で考えをなかなか変えない。


 真奈ちゃんはわたしより交友関係が広い。その彼女がわたしの知らないところで誰かとぶつかって何事か怒っていることは今までもよくあった。

 けれど自分が怒りの対象になったのは初めてなのでどうしたらいいのかわからない。


 真奈ちゃんは田中さんや高橋さんに話しかけられても無口で、不機嫌を隠そうともしない。


 真奈ちゃんといないとわたしはクラスでひとりぼっちになる。結局その日も屋上へ続く階段に座ってお弁当を食べた。


 食べ終わって蓋をした時に浅間君が来た。

 お昼はもう食べ終わっているのか手ぶらだった。


「中村と喧嘩でもしたの?」


 同じクラスにいたらわかるだろう。昨日までいつも一緒だったのだから。頷くと浅間君は隣に腰かけた。


「真奈ちゃんといないとわたしはひとりぼっちになる」


「うん」


「だけど、しょうがないかなって。今までわたしが真奈ちゃんの後ろにいて、何もしてこなかったから」


 浅間君はわたしの顔を見て黙って聞いていた。


「浅間君は、社交的だよね」


「そうかな。俺いつも適当にやってるだけだよ」


「うん、でも……わたしといる時はいつもより抑えめっていうか、わいわいした感じで来ないから、合わせてくれてるんだろうなって思うし……そういうの、すごいよね」


「……俺、人の顔色読むの得意なんだ」


 そんな感じはする。でも、浅間君は人の顔を見て日和見に行動しているようにも見えない。嫌なことは嫌と言えるし、ちゃんと自分を持っているように見える。


「でも、白瀬といる時に黙ってることが多いのは、それとは違う。別に合わせてるわけじゃない」


「そうなの?」


「前も言ったけど、俺普段は、わーわー騒いでるけど、たまにひとりになりたくなる。静かにぼけっとしたいっていうか」


「うん」


「白瀬がそこにいても、なんだか変わらないんだよね。ほっとするっていうか、力が抜ける」


 存在感が薄いということだろうか。でも浅間君の口調は自然だったので嫌なことを言われたようには感じなかった。


「中村も、そういうところが好きなんじゃないかな。あいつ、俺と似たとこあるタイプだから」


「ありがとう」


 浅間君に励ましてもらえて、ちょっと元気が出た。やっぱりもう一度、話してみようと思う。


 浅間君と一緒に教室に戻ると高橋さんと田中さんがわたしを睨むようにじっと見ているのに気が付いた。なんだか、嫌な感じだった。


 その時は、わたしが真奈ちゃんと喧嘩してしまったから、そのことでちょっと怒っているのかもと思った。早く仲直りして、機嫌を直してもらわないと。真奈ちゃんは関係ない人にも遠慮なく苛立ちをぶつけたりするところがあるから。





 放課後になって帰ろうとしていた時に高橋さんと田中さんがわたしの席まで来た。廊下の端に呼ばれて場所を移す。

 真奈ちゃんのことかと思いきや、話は違った切り口で告げられた。


「浅間と仲良いの?」


「え……浅間君?」


「優香が浅間のこと好きなの、知ってるよね?」


 優香というのは高橋さんの名前だ。


「白瀬さん、大人しそうな顔して浅間にちょっかいかけたりしてさ、真奈を取られた腹いせ?」


 混乱した。まず、高橋さんが浅間君を好きだと言うことを、わたしは知らなかった。もしかしたら放課後三人でいる時にそんな話をしていたのをわたしがいた時と勘違いしているのかもしれないけれど、本当に初耳だった。


 それから後半にもショックを受けた。

 真奈ちゃんを取られた。取られた? 取られて、いたの? いつの間にか。

 色々びっくりし過ぎて何を返せばいいのかわからない。


「普段真奈の後ろに隠れている癖にちゃっかりやることはやってるタイプなんだね」


 彼女たちが何がしたいのか、よくわからなかった。ただ、何か溜まりきった鬱憤のようなものをぶつけられているのはわかる。


 困ったことに、わたしにはこういった戦闘経験がまるでなかった。

 だからなんだかびっくりするばかりで、どんな反応をすれば良いかわからない。怒って言い返すべきなのか、泣いて許しを請うべきなのか。意外と冷静というか、急に状況に入り込めなくなってしまう。言葉や態度に傷付いたりできるようになるのは多分数時間後なので今はただ目を白黒させるばかりだった。


「誰が取られたって?」


 低い、剣呑な声が背後に響いた。


「真奈」


 真奈ちゃんが好戦的な瞳でその場に乱入した。


「あたし、取るとか取られるとか、モノじゃないんだけど」


 ふたりがちょっと気まずい顔をした。真奈ちゃんはさらに続ける。


「優香が浅間のこと好きなんて、和歌子が知るわけないじゃん、いなかったんだし」


「そ、そうだっけ」


 真奈ちゃんはふたりをじろりとひと睨みした。


「……前になんで和歌子と一緒にいるか、聞いたよね」


 そんな話をしていたのか。気を使って言葉を変えているんだろうけれど、本当は少し違ったろうと思う。たぶんきっとその言葉は「なんで白瀬さん“なんか”といるの?」だろう。わたしだって、知りたい。


「好きだからだよ」


 真奈ちゃんがはっきりした口調で言った。


「好きだから、一緒にいるの! 和歌子は小学校の時、転校で不貞腐れていたあたしに声かけてくれて……その時からずっと……他の人とは違う親友だから!」


 そこまで言ってわたしの方を向き直った。


「だから悔しかったの! なんであたしには遠慮して、浅間なんかにいろんなこと話して……!」


「……」


「でも、それをさせなかったのもあたしかもしれなくて……和歌子が他に友達を作ったからって……あたしが口出すことでもなくて……それも、わかってるんだけど……! 」


 真奈ちゃんはそこまでわたしの方を向いて言って、そらからキッとふたりを睨んだ。


「でも、あたしはそれでも、親友に陰湿なこと言って自分の都合で責め立てる奴は許さない! 大嫌いだ! うせろ!」


 真奈ちゃんはいつも短気で、恥ずかしいくらいに熱血で、少し自分本位で優しい。


 ふたりがいなくなって真奈ちゃんとちょっと泣いた。お互い「ごめんね」を何度も言い合って、また泣いた。


 ふたりとも途中から何に謝っているのかわからなくなっていたけれど、それでも謝って謝って、最後には笑った。


「明日からはまたふたりで食べよう」


「うん、いいの?」


「いいよ。あの人たちは一気に嫌いになった」


「……」


「いいでしょ?」


 ちょっと困惑した。

 元はと言えばわたしのコミュ力のなさが引き起こしたことと言えなくもなかったからだ。

 でも真奈ちゃんはもともと起伏が激しいし、一度こうと決めたら曲げない。わたしがいようともいなくとも、もうあのふたりと友達関係は結ばないだろう。だったらこれ以上気を使っても意味がないと、わたしも頷いた。





 翌日からはまた真奈ちゃんとふたりで一緒にいた。だからわたしは最近食べていた屋上前の階段に彼女を連れていった。


「和歌子、こんなとこで食べてたの?」


「うん、階段にお弁当置けて便利でしょ」


「便利か? 机の方が弁当箱置くのには便利だと思うけど」


「階段にも机にはない良さがあるんだよ」


「そういえば和歌子、小学校の時にもさー……」


 元々前の四人で食べる時も真奈ちゃんが気軽に他のグループに話しかけたりして、もっと大人数で食べてることの方が多かった。

 だから久しぶりにふたりきりになって、なんだか懐かしいような話までして笑った。


 すっかりしんみりしていた時だった。人の気配がして、同時にそちらを見た。


 浅間君が、ほんのちょっと眉をひそめて引き返そうとする。真奈ちゃんが彼を睨みつけて言う。


「ちょい待ち浅間」


「んだよ」


「てゆーかさ、何勝手に口説いてんの」


「口説いてねーし……」


「ふーん、へーえ」


 わたしはなんとなく恥ずかしい気持ちでそれを聞いていたけれど、唐突に思った。

 このふたりに、言っておきたいことがある。


 わたしは面倒くさい人間だし、社交的じゃなくて、駄目なところが多いけれど、大事な人にはきちんとものを伝えられる人間でいたい。その時わたしは昨日の真奈ちゃんの熱さにあてられていた。


「真奈ちゃんわたし、」


「ん?」


「わたし、真奈ちゃんが好き。大好き」


「うん、あたしも好きー!」


 元気よく返ってきた。嬉しい。


「それで」


 今度はつまらなそうな顔をしている浅間君の方に向き直る。


「浅間君のことも好き」


「ほー、あんがと」


「浅間、調子にのんなよ。友達だ。トモダチ」


 真奈ちゃんが釘をさす。


「あ、ちがうよ。浅間君のは」


「は?」


 同時に声が上がった。


「浅間君のは、恋愛の好き。大好き」


「……」


 ふたりがぽかんとした顔で動きを止めてわたしを見るから、びっくりした。急激に恥ずかしくなってきた。


「だからと言って、その、迷惑かけたいわけじゃないから! その、真奈ちゃんにも知っておいてほしくて」


 走ってその場を逃げてしまった。


 はぁ、はぁ、はぁ。息がうるさい。


 まだドキドキしている。


 廊下の反対端まで来て、ひとりになったらどっと後悔が押し寄せてきた。


 なんだろう。好きな人たちに隠しごとをしないように。そんな単純な気持ちのはずが、違和感を感じてきた。どこかズレていたような気がしてくる。そんなこと、今言うべきだったんだろうか。友達の好きと違って、恋愛のそれは、あとあとの関係に響くことじゃないか。


 わたしは真奈ちゃんとの友情にあてられて、酔っていたのかもしれない。

 きっと、あんなに気軽に言うことじゃなかった。でも、もう言葉はわたしのカラダには戻せない。


 自分で言ったことなのに、なぜだか自分がびっくりしているような感覚で、一気に冷静になった。なんで思いつきであんなこと言っちゃったんだろう。


 相手のためと思いながら自己満足ばかりして結局迷惑をかけている。こんなことばかりだ。


 わたしは本当に人間関係が、上手くやれない。



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