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20.晴れた休日は遊園地で



 休み時間に真奈ちゃんが他のクラスメイトと話していて、わたしは次の授業に使うノートを探していた。

 ロッカーに入れたと思い込んでいたけれど、鞄だったのかもしれない。


 そこに浅間君が来てワタワタしているわたしの前の席に座った。


「なにやってんの」


「現国のノート、探してて……」


「教科書の下に置いてあるそれは違うの?」


「え、あっ! ほんとだありがとう」


 先に準備してあったのに探していたとは……我ながら間抜け過ぎる……。すとんと座って、はぁと息を吐いた。


 浅間君がわたしの顔を覗き込むようにして、ほんのちょっと小声で言う。


「白瀬、日曜あいてる?」


「え、うん……」


「遊びにいかない? 遊園地の招待券あるから」


「招待券?」


「うん、じいちゃんがお客さんにもらったんだ」


「そうなんだ……」


「遊園地、駄目だった?」


「あ、それは……聞いてみる」


「よっしゃ、じゃあわかったら携帯に連絡して。使い方わかる?」


「さすがにもう覚えたよ……」






 日曜日。

 浅間君は家の近くの公園まで迎えにいくと言っていた。だから時間通りにその公園に行くと、彼が先に待っていた。


 ベンチに座って、足元を歩く鳩を見ている。

 そんななんでもない風景もさまになっていて、遠目に眺めてしまう。


 しばらく見てると浅間君がわたしに気付いて立ち上がったので、お互いそちらに向かう。


「白瀬、何やってんの」


「浅間君眺めてた」


「眺めてないで来てよ……待ってるんだから……」


「うん、ごめんなさい……つい」


 お母さんには遊園地に行く許可はとった。でも男子とふたりきりとは言ってなかった。お父さんにも言えない。ちょっと緊張する。

 思い返せばわたしは、男子とふたりとかそういうのでなくても、ここ何年も、真奈ちゃん抜きで人と出かけたことがなかったような気がする。


 でも、浅間君とふたりでいても、気詰まりな感覚はまるでない。あるのはドキドキと、ワクワクが多い。わたしの性格だとモテる男子なんて、ちょっと話すだけで疲れてしまいそうなものなのに。そういう意味でも浅間君はわたしにとって、やっぱり特別だ。


 公園を出たところで、わたしはぎょっとして固まった。


 正面から歩いてくるその人は朝の散歩中らしい、我が家のお父さんだった。


 お父さんはわたしに気付いてへらりと笑った。手まで小さく振った。引きつった笑顔を返す。


「あれ和歌子……今日、遊園地行くって言ってなかったか……」


「こ、これからだにょ」


 動揺のあまり軽く噛んだ。

 お父さんがわたしの隣の浅間君に気付いて目を丸くした。


「き、きみは、あさまくん?」


「はい。浅間です」


 お父さんがひゅーっと息を呑んで軽くよろけた。


「つつつ、付き合ってるのきゃい?」


「付き合ってません! 友達です!」


 わたしより激しく噛んだお父さんに、浅間君が元気よくハキハキと答えた。

 お父さんはほぉうと胸をなでおろした。


「じゃあ……何人かで行くのかな?」


「う、うん……あはは。行ってきます!」


 わたしが曖昧に頷き、手を振って急ぎ足でその場を離れた。


 危なかった……。

 わたしが冷や汗をかいているのに、隣を見ると浅間君はくすくす笑っている。


 駅まで出て、電車に乗った。

 浅間君はしじゅう明るくて、今日はおしゃべりだった。


 わたしはと言えば、彼はこの間から一体どうしたんだろうと思いつつも、遊園地に着いたらテンションが上がった。


「うわぁー」


「白瀬は来たことある?」


「昔家族で……一回だけ」


 園内のマップを前にわくわくしてくる。


「わたし、ジェットコースター乗りたい」


「え、あれ? のろっか」


 浅間君は地図で場所を確認すると、当たり前みたいに手を繋いでそちらへ向かう。割と頻繁なので、わたしもだんだん慣れてきて、そのまま歩きながら話す。


「前来た時、お母さんがジェットコースター苦手みたいで、候補からはずされてたんだよね」


「白瀬も苦手そうに見えるけどね」


「ううん、すっごい乗ってみたい。回転したい!」


 パンフレットには“絶叫大回転”と書かれている。望むところだ。


 わたしは、何故この時こんなにも余裕で回転すると言っていたのか……。


 その恐怖の乗り物を降りた時は二度と乗らないと心に誓っていた。回転とか、わたしの人生にはまだ早かった。


 浅間君がだいぶげっそりしたわたしに「大丈夫?」と言ってくれる。


「浅間君、わたし、ジェットコースター、得意じゃない……ということが、わかった」


「……俺も、実はそんなに得意じゃない」


「そうだったの? 先に言ってよ!」


「嫌だよかっこ悪い」


「だってわたしだけかと思ったよ。怖いよね? あれ、誰でも怖いよね?」


「うん。すげー怖い」


 浅間君が素直に認めておかしそうに笑った。


「速いもんね」


「回転するしね」


「あれ……でもわたし、なんだかまた乗りたくなってきたかも……」


「えっ?」


 浅間君が割と素で焦った顔をしたので笑った。


「嘘だよ。もう乗らない。満足した」


「まさか白瀬が……そんな冗談言うなんて……」


 ふたりで笑いながら次のアトラクションを探す。


 いくつかまわった後、疲れて休憩所のテーブル付きベンチに座った。空は晴れていて、気候もちょうどよく暖かだった。


「遊園地、楽しい……わたし、ここで暮らせそう」


「そんなに?」


「うん。すごく楽しい。ありがとう」


 わたしが笑うと浅間君も「俺も楽しい」と言って笑ってくれた。


「でもお腹減ってきた……」


 夢中で遊びまわって気がつくと正午を過ぎていた。


「あ、白瀬、お昼なんだけど……」


「うん。何食べよう。わたし、前来た時もお母さんのお弁当で……でも色々気になってたの」


「あ……そこらで食べたかった? それがさ……」


「うん?」


「弁当持たされてて……」


 浅間君がちょっと気まずそうな顔をして鞄からランチボックスを取り出した。ぱかっと中をあける。


「こ、これはもしや……」


「うん。白瀬と出かけるって言ったら、じいちゃんが作ってくれたんだよ。でも、せっかくだし外で食べたかっ……」


「……嬉しい!」


 かぶせるように叫んでしまった。だってこれサンドイッチで、明らかにハムカツサンド入っている。さすがというか、パセリやミニトマトで彩りも綺麗なそれは、売り物と言われても信じてしまったろう。


「浅間君、食べていい?」


「うん、はいこれおしぼり」


 浅間君のおじいさんのお店の名前が入ったおしぼりで手を綺麗に拭いて、すぐに手を伸ばす。


「いただきます」


 わたしはいやしくも真っ先にハムカツサンドを口に入れた。


「あぁ……これだぁ……」


 前にひとりで喫茶店で食べたのと、全然違う。


 浅間君が嬉しそうに笑う。

 ハムカツサンドが特別なのか、それとも目の前に浅間君がいるからなのか。どうしてこんなに美味しいんだろう。


 マスターの作ってくれたサンドイッチは他にもツナ、タマゴ、ハム、チーズと色々で、どれも味が濃くなくて、綺麗で、本当に素敵だった。わたしはあの人の作る食べ物が本当に好きだ。たとえばありふれたメニューでも、ひとつひとつ、丁寧に作られている味がする。


「浅間君は何が好きなの?」


「あんま、これってのはないけど……どれもまぁ好きで……普通」


「サンドイッチ以外では?」


「……それもあまり思いつかない。俺別に高級志向でもないし、昔から食いたいものは大抵適当に買ってすぐ食べてたから……白瀬みたいに感動がないんだよね」


 浅間君はわたしのことをよく「羨ましい」と言うけれど、彼は好きな食べ物も、特別食べたいものもないようだ。欲しくて手に入らないのと、そもそも欲しくないのはどちらが幸せなんだろうか。考え込んでしまう。


 気持ちの良い風が抜けて、なんとなく遠くの親子連れや、カップルが笑いながら歩いているのを眺める。


 浅間君も黙ってそちらをぼんやり見ていた。


 そこから視線を外して青い空の上を回る巨大な乗り物が視界に入った。


「あ、あれ。乗ってないね」


「観覧車ね、ここから近いし食べたら行こう」


 食事を終えて、立ち上がる。浅間君が伸びをして、ゆっくり観覧車に向かう。途中でまた手を繋がれる。


「浅間君……」


「うん?」


 ちょっと気になってたことを聞く。


「と、友達同士でもふたりだけで遊園地とか、行く?」


 浅間君はちょっと眉根を寄せて笑う。


「行く場合もあるでしょ」


「……そうだよね」


 遊園地の中でもいっとう大きなそれはゆっくりと動いていて、遊び疲れた体と心を優しく迎えてくれる。食べた直後なので余計にそう思う。


 観覧車がごとん、と揺れて動き出す。


 地上がゆっくり遠くなっていく。下に見えていた人や、建物がだんだん小さくなる。そして空が近付いた。


 普段教室にいる、わたしと浅間君は、ふたりで空に浮かんでいる。


 しばらく輪郭を失った地上の建物を見て話していたけれど、やがて浅間君がわたしの隣に座って、穏やかな静けさに満たされた。


 観覧車が動く、キィ、という小さな音だけが聞こえる。

 隣に浅間君の気配。でも、触れ合った肩や腕が意識されてそちらを見れない。


 浅間君がわたしの方を見たのでわたしも彼を見た。思ったより近くに顔があった。


「白瀬、俺のこと好き?」


「うん、好き」


「俺も、白瀬のこと好きだ」


 確認するように言ってから、浅間君がわたしに顔を近付ける。


 唇がそっと触れ合って目を閉じた。


 それがまたゆっくり離れた時に目を開ける。


「浅間君……」


「なに」


「友達同士って…………キスとかするの?」


「俺はしたことなかったけど……そういうこともあるんじゃないかな」


「……そうかな」


 空中に浮かんだまま、わたしの気持ちもふわふわとしていた。






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