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19.浅間航の反撃



 翌日浅間君はすっかり調子を取り戻していた。


「おはよー、白瀬」


「お、おはよ」


 やたら機嫌良くにこにこしながら挨拶されて、戸惑いつつも返す。機嫌が良いのはなによりだけれど。


 でも、なんだかおかしな具合に弾け続けている気がする。


 休み時間も二回に一回くらいはわたしの席に来て、前の席に座って、おしゃべりしたり、時には話すでもなく、わたしの席に突っ伏してこてんと寝たりする。


 真奈ちゃんが来て「なんだこりゃ」とつぶやいた。わたしも思う。なんだこりゃ、と。


 お昼休みになると、浅間君がまた来て「あそこで食べよう」と言って連れ出される。


 真奈ちゃんとテラ君がおかしなものを見るような顔をしていても気にしない。


 屋上に続く階段で並んで座って、お弁当箱を開ける。


「玉子焼き、ひとつちょうだい」


 そう言ってわたしの持ち上げた箸からぱくりと食べた。


「う、わぁ」


 変な声をあげてしまった。


「前食べた時も思ったけど、白瀬んちの玉子焼き、べつに味がないわけじゃないよね」


「え、うん、そうなの」


「味は薄いけど……慣れるとこれも美味しいし……あと、形が綺麗だよね」


「そ、そうなの!」


 なんだか嬉しくてこくこくと頷くと、浅間君は笑った。


「ひとつ食べちゃったから、これひとくち食べる?」


 そう言ってまだ食べてないメロンパンを袋から半分出して、口元に差し出してくる。


「……う」


 どうせくれるのなら、本体を自分で持たせてほしい。


「なんで恥ずかしがってるの……前も食べたじゃん」


 言われてそのままひとくちもらった。


「メロンの味じゃないね……」


「そうだよねぇ」


 しばらく黙ってもくもく食べた。

 なんだろう。昨日からの浅間君のペースが、なんだかドキドキさせられて、緊張する。


 ちらっと隣を見ると、彼もこちらを見て首を少し傾けて笑う。


「浅間君はお昼、パンが多いよね」


 パンが好きなんだろうか。それくらいの調子で尋ねると、浅間君はこちらを見てから上を向いてぽつりと言う。


「うち父子家庭だから、弁当用意しにくくて」


「え、そうだったんだ……」


「父さん割と忙しいし……でも学校のイベントごとの日とかはじいちゃんが弁当作ってくれてたよ」


「それは……美味しそう……」


「気がついた時は片親で……うち、兄弟もいないから、俺は小さい頃からじいちゃんの店にいること多くてさ。いろんな知らない人がよく話しかけてくるから、外向けには割と社交的で愛想の良い感じに育ったんだけど……」


「あぁ……」


「でも、家にひとりでいるのも慣れてるし、別に苦痛じゃないんだよね……。むしろオンオフのオフがないと、なんだかバランスとりにくくて……愛想良くして、騒いでばっかじゃ疲れるっていうか……」


「……」


「あ、でも白瀬って、前も言ったけど一緒にいても疲れないんだよね。無理して騒がなくてもいいんだって、感じがして、落ち着く」


 そう言って無意味にわたしの頭をぽん、と撫でるので、ごはんが喉に詰まりそうになった。






 放課後、浅間君は教室の真ん中で何人かのクラスメイト達と輪になって話していた。


「ねー日曜みんなで遊びにいかない?」


 浅間君の前の席に座ってずっと話しかけていた前田さんがそう言うのが聞こえた。


 周りが「いいね」と同意してその計画を練り始める。


「じゃあ、カラオケね! メンバーは、ここにいる人と……」


「あ、俺パス」


 浅間君が手を横に振った。


「えーなんでー」


 さすが浅間君。女の子達の残念そうな声が飛ぶ。


「俺、白瀬が好きだから、ほかの女の子と出かけない」


 明るく返しているのが聞こえた。割と教室じゅうに丸聞こえだったので周りがびっくりした顔で浅間君をぱっと見る。


「え、浅間、白瀬さんと付き合ってるの?」


「付き合ってないよ」


「え、じゃあ片思い?」


「そーでもないよ。ね、白瀬」


 唐突にふられて口を半開きにしたまま笑うよりなかった。近くにいた真奈ちゃんが飲んでた牛乳を吹いて、テラ君に無言でポケットティッシュを差し出されている。


 周りもだいぶ戸惑っていたけれど、一番戸惑ったのはわたしだ。


 浅間君は周りの困惑もどこ吹く風で、うーんと伸びをして立ち上がる。


「よし白瀬、一緒に帰ろ」


「は、はい……」


 目を白黒させながらなんとか返事をした。

 また普通に手を繋がれて、下駄箱まで連行される。


「え、何? どうしたの?」


 わたしの言いたい台詞をなぜか浅間君が言った。


「いや、その……なんでもない」


 校門を出たところで浅間君が立ち止まった。


「白瀬、今から違うとこ寄ってく時間ある?」


「え、うん。少しなら。……場所によるけど」


 あまり遠くなければ、そんなに遅くならないだろう。お母さん、最近門限に甘くなってきたし。お父さんが何か言ってくれたのかもしれない。


「そしたら、じいちゃんの店寄っていい? この間心配してたし」


「あ、行きたい! わたし、この間のことちゃんと謝ってない!」


 バタバタして出てきてしまってそのままだった。


「謝ることないよ。じいちゃんにも説明しといたし」


「でも……」


「謝るくらいなら、お礼言ってあげて、その方が喜ぶから」


「わ、わかった!」


 浅間君のおじいさんのお店は相変わらずの、異空間だった。


 まるでそこだけ落ち着いた色に切り取られているようで、学校に行きたくない子が訪ねてしまうのもわかるような気がする。


「あの、この間はご迷惑をおかけして、すみませんでした……あっ、ありがとうございます」


 頭を下げると、マスターは小さく笑ってくれる。


 浅間君に連れられてカウンターの席に座った。


「今日は何か食べたいものは?」


 聞かれて首を横に振る。


「いえ、そんな……」


「白瀬、遠慮しないでね」


 そう言われても遠慮せずになどいられない。


「あ! じいちゃん、ランプ見つけたんだよ。俺ちょっと家から取ってくる。白瀬、五分くらいで戻るから待ってて」


 そう言って浅間君が慌ただしく店を出ていく。その背中をなんとなく見送ってからマスターに向き直る。彼は静かに仕事をしていた。


「あの……浅間君て、一体どんな人なんでしょう……」


 最近の彼の動きに困惑気味なのもあって尋ねてしまう。聞かれたマスターは少し面白げに口元で笑った。


「航は……」


 マスターは話しながらわたしの前に紅茶のカップをコトンと置いてくれた。お礼を言って小さく頭を下げる。


「……基本的には人懐っこくて、面倒見が良くて、周りに気を使えるいい奴ですね」


 マスターはそう言った後、少し黙った。何か考えるように窓の外を見た。


「でも、あいつはいつも肝心なところで人に頼らせない。一番大事な決断は自分の中で処理してしまう。良くも悪くも……そういうところがある。幼い頃から同年代より大人に接することが多かったせいか、こうすれば相手が喜ぶだろうとそれを演じてみせることに長けている、妙な感じに世慣れた子に育ってしまった」


「……はい」


「自己完結してるせいなのか、友達もね、多いけど、すぐ変わる……。相手に上っ面しか見せない。何年も続くような、長い付き合いの友達はあまりいないように見える」


 マスターはやっぱり祖父だけあって何年も、幼い頃から彼を見ているんだろう。ほんの少し心配を含んだ口調でもあった。


「浅間君と、長く付き合っていくには、どうしたらいいでしょうか」


 マスターはわたしの言葉にちょっとびっくりしたように動きを止めた。それから優しく微笑んだ。


「航に限りませんが……もし、誰かとわかり合いたかったら」


「はい」


「私が思う方法はやっぱり、話をすること……ですかね」


「わたし、そんなにおしゃべり上手じゃなくて……あんまり、社交的じゃないっていうか」


「ただ、たくさんしゃべることばかりが話すことでもないですよ。航は人の話を聞いていることが多いから、白瀬さんみたいな人の方が、良いかもしれない……」


「そ、そうですかね……」


「うん。聞いてあげて欲しい、航の話を」


 話をすること、話を聞くこと。考えていたらなんとなくお父さんとお母さんのことを思い出した。近くにいても、話さないとわからないことってある。


 浅間君が扉の外から走って戻ってくるのが見えた。手に箱を持っている。


「これ。新古品だから、一応未使用」


 浅間君が取り出した古いランプはひとめ見て、この店に何年も前からあったみたいに、ぴったり似合うものだった。


「綺麗……」


「うん。まぁ、ここで灯りをつけたりはしないけど……前からあそこのスペースにあったらいいなって、俺は思ってたんだ」


 ちょっと誇らしげに言う彼が少し幼く感じられて可愛い。


「ありがとう」とマスターが言って、浅間君が嬉しげに頷く。


 紅茶はとても美味しかった。マスターの作るごはんも、淹れてくれるお茶もなんでも落ち着いた上品な味がする。


「じいちゃん俺、白瀬送ってくる」


「あ、紅茶、ごちそうさまです」


 背を押されながら慌てて振り向いてお礼を言う。


 マスターは「またいつでも」と笑ってくれた。





 翌日の放課後は浅間君はバイトがあって、急いで帰っていった。


「結局浅間、なんなの?」


 背中を見送って、一緒に残っていた真奈ちゃんに聞かれたけれど、「わからない」と首を振るよりなかった。


 その晩、携帯が着信した。リビングにいたけれど、浅間君の名前が出て、びっくりして急いで部屋に引っ込んだ。ドキドキしながら携帯の通話ボタンを押す。


「どうしたの?」


「今バイト終わって、歩いてるんだけど」


「うん」


「声が聞きたくなった」


「……ぬ」


 戸惑いのあまり妙な音声が出た。浅間君も「ぬ」を聞きたくてかけたわけではないだろうに。


「何それ」と言って小さく笑う声が電話越しに聞こえる。


「浅間君、最近どうしたの?」


「どうもしないよ」


「でも、前は電話したりしなかった……」


「我慢してたから」


「そ、うなの?」


「うん。付き合ってないのに、用もなく電話したらおかしいかなって」


「あぁ、そう思うよね」


 わたしも、そう思ってかけたこともなかったんだよね……。


「でも俺白瀬が好きだし、白瀬も俺のこと好きでしょ?」


「……うん」


 部屋でひとりなのにきょろきょろしてしまった。


「白瀬、星がすごい綺麗だよ」


 言われて窓を開ける。空に、星が静かに散らばっていた。


「ほんとだ」


 それからしばらく黙って、電話の向こう側で浅間君が歩く音と、小さな息の音と、近くを通る車の音。雑多な夜の音を聞いた。


 なんだか一瞬だけ、まるで一緒に隣を歩いて同じ星空を見上げているような、そんな感覚になる。


 浅間君は電話なのに無口で、わたしも饒舌にしゃべれたりはしなかったけれど。


 それでも耳にあてたその部分から、彼の生活に繋がっている感覚は、どこか愛おしい。



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