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18.白瀬和歌子の反撃



「おはよう浅間君」


「おはよ……」


 朝、にこにこしながら挨拶していると真奈ちゃんが妙な目で見てくる。


「なんか機嫌いいね? てゆうか浅間とこじれてなかったっけ」


「うん。大丈夫。あのね……昨日、浅間君に好きって言ってもらったの」


 小さな声で言うと真奈ちゃんが目をぱちぱちしてから口を大きく開けた。


「マジか! おめでとう! ようやく付き合うんだ」


「付き合わないよ。断ったから」


「へ?」


 真奈ちゃんによって教室の端っこにずりずりと移動させられる。


「どういうこと? あれ、でもそういえば……和歌子は浅間とも付き合いたくないって言ってたよね……てっきりあれは勢いで言ったと思ってたんだけど……え、なんで?」


「……真奈ちゃんは、付き合ってるのと、そうじゃないのってどんな違いがあると思う?」


「なにそれ?」


 真奈ちゃんが眉根を寄せて口を尖らせる。


「わたし……今のままでも結構幸せだったんだよね」


「この状況で?」


「うん。学校で毎日会えて、話せて、最近は放課後一緒に遊びにもいけたし……」


「でも、急に向こうに彼女できちゃっても、何も言えないんだよ?」


「それ、付き合ってても、心変わりしたら一緒じゃないかな」


「ふむ……それは、そうか。和歌子にとってはそんなに差がないってこと?」


「うん……そうかな。付き合い方って人によって違うだろうけれど、要は会って話して、の頻度なんじゃないかと思うんだけど……真奈ちゃんはテラ君と付き合う前と今、そんなに違う?」


「うーん……違いはすっごい色々あるんだけど……」


 真奈ちゃんは口籠る。何度か口を開けて、少し赤くなって、今度は首を捻って、また閉じる。


「でも、結局は約束の有無かな。安心感が全然違うよ」


 そう言った真奈ちゃんはきらきらした笑顔を浮かべていた。


「真奈ちゃん幸せそう」


「え、そう?」


 なんとなくテラ君の方を見た。彼は今座って後ろの席の郡司君と何事か話している。


「わたし、テラ君と真奈ちゃんは、すごく似合ってると思う」


「え? ありがと」


「最初はね、真奈ちゃん男子ともたくさん話すし、友達も多いから……その中でテラ君を選んだ理由がわからなかったんだけど……最近はわかるような気がするんだ……」


「おっ、和歌子にも良さがわかったか? でも好きになっちゃ駄目だよ!」


「大丈夫! それでもわたしは真奈ちゃんの方が好きだから!」


「かわゆい奴め〜」


「でへへへへ」


 すっかり話がそれたけれど、そのまましばらく真奈ちゃんとバシバシ叩き合ってじゃれ合っていた。





 お昼に浅間君がわたしの机の前に立った。


「ちょっと話してもいい?」


 そう言ってから真奈ちゃんの方を向いてそちらにも確認をとる。揃って教室を出た。


 浅間君は以前一緒に食べていた屋上前の階段に腰を下ろした。相変わらず埃っぽいそこは、だけど静かで喧騒から少し離れている。


「その……俺が昨日言ったこと……」


「あ、やっぱなかったことにしたい?」


「しねえよ! しない!」


 浅間君は結構激しい調子で否定したけれど、その後はうつむいた。


「……白瀬は……俺のこと好きって、言ってたよね」


「うん。好き」


「付き合いたくない理由とか……なんで嫌か、聞ける?」


 お弁当箱をあけた。今日も整然とおかずが並んでいる。


「べつに、嫌とかじゃないよ。言ってもらえて嬉しかったし……」


「……うん」


「でも、ああやって他人に言われて無理に付き合ったら、浅間君はすぐ嫌になっちゃうんじゃないかな……」


「他人て……?」


「テラ君」


「あぁ」


 浅間君は誰かと付き合うと、嫌になってしまうと言っていた。彼が今回急に付き合うと言い出したのは、明らかにテラ君の発言の後だ。


「テラに言われたからじゃないよ。きっかけはそうかもしれないけど、あの後……色々考えて……そうした方がいいかなって」


「そうした方がいいって、考えて出た答えなの? それって本来は自然にそういう気持ちになるものじゃないの? なんだか損得で決めたみたい」


「……それは、言葉のニュアンスの問題っていうか……ちゃんと俺の気持ちではあるし」


 玉子焼きを口に運ぶ。相変わらず味は薄いけれど、とても綺麗な形のそれを、わたしは以前とほんの少し違った気持ちで味わう。


 浅間君は片手で頭を抱えるようにして、少し困惑しているようだった。


「それに……」


 玉子焼きをごくんと飲み込み、口を開くと浅間君が「うん?」と言って顔をあげる。


 本当に、大きな理由はもうひとつあった。それが、一番の理由。


「わたしね……浅間君がわたしと付き合って憂鬱になっちゃうのも、それで振られるのも怖いんだ」


 浅間君がこちらを見て一瞬息を呑んで、それから苦い顔をした。


 浅間君は今まで六回、同じことを繰り返したと言っていた。また同じことにならない保証はどこにもない。自分だけは違うかも、と思えるほどわたしは楽観的でなかった。


「…………………うん」


「だから、浅間君とは付き合いたくない」


 わたしがそこまで言って、それからお弁当を食べ終わるまで、浅間君は黙って頭を抱えたまま、座っていた。


「白瀬は、俺が信用できないってこと?」


「……そうだね」


 ちょっと気が咎めたけど、正直に言った。


「浅間君は、わたしと付き合って、いつもみたいに嫌にならないって絶対言える?」


 すごく残酷なことを言っていると思う。

 それは彼自身がずっと、誰よりも気にしていたことだろうから。


 それに、クラスで付き合ってるカップルだって、しょっちゅう別れたりしている。絶対心変わりしないなんて言えるはずはない。


 浅間君が修学旅行で話したことは、ずっとわたしの胸に残っていた。


 付き合おうと言われて、嬉しいけれど、それがすぐ終わってしまったら関わりそのものがなくなってしまいそうで、怖かった。


 それに、わたしは今までこの中途半端な関係の中にどこか浅間君の特別でいられてるような喜びを見いだしていた。付き合って別れたら、それもなくなる。


 長い沈黙の後、浅間君が顔をあげた。


「……わかった」


 浅間君が頷いて立ち上がった。わたしは慌てて彼に声をかける。


「ごめん……! でも、あの、今まで通り……」


 これで彼と話せなくなったら本末転倒だ。


「もちろん。仲良くして」


 浅間君はどこか作り笑いみたいな顔で言って、先に戻った。


 これで良かったんだろうか。伝えた気持ちはどれも本音だけれど、ちょっとハラハラする。 

 ちゃんと前みたいに、元通りでいられるんだろうか。


 その日、放課後まで浅間君はぼんやり考えこんでいた。


 帰り際、座ったままで窓の外をぼんやり見つめている彼に恐る恐る「また明日ね」と言うと、顔をあげてカカシみたいな笑顔でちゃんと「ばいばい」と言って、手を振ってくれた。





 次の日も浅間君はずっとぼんやりしていた。


 休み時間も上の空で、返事は「うん」ばかりだし、体育の時間にはぼんやりし過ぎてボールが頭にぶつかっても気付かなかったらしい。


 授業であてられても数秒気付かずにいて、おもむろに読めと言われたページを読んだものの、そもそもの教科書が別の科目だった時はさすがに先生にも心配されていた。


 放課後になって彼はテラ君と郡司君と机を囲んではいたけれど、ひとりだけうつぶしていて、会話に参加はしていなかった。


「哀れ振られ浅間……」


 真奈ちゃんが低くつぶやく。


「えっ、振っては、ないと思うけど……そうなるの?」


「そうなるんじゃないの?」


「でも、わたしは今でも変わらず浅間君が好きって言ってあるし……今までと変わらないと思うんだけど」


「そおだねえ。それがそもそもの浅間の望むところだったんだし……和歌子がそれでいいって言ってるんだから、焦らずそのままでもいいのに」


 いろんな反応は想像していたし、もしかしたら怒らせてしまうかも、とかそんな心配はした。


 でもまさか腑抜けたカカシみたいになってしまうなんて、結構予想外の反応で戸惑っていた。


「テラに言われてから、急にだよね」


「テラ君の言ったことは……そんなには、関係ないって言ってた……」


「でも、どっちにしろ三年の先輩と郡司見てて焦ったんじゃないの」


「うーん……」


 先輩の連絡先は目の前で破ったし、郡司君のことも……彼に関してはそもそも全く興味を持たれてないんだけどな。

 どちらにせよ、ここで話していても答えは出ない。


「お、これ見て」


 真奈ちゃんがスマホに面白い動画を再生させて見せてくれるけれど、浅間君が気になってそちらばかり見てしまう。


 たくさん考えて、自分の本当に思っている気持ちを見つけて、正直にぶつけたけれど、本当によかったんだろうか。なんだかこの先どんな風になるのか、不安になってきた。自分は間違ったんじゃないだろうか、とか。思った以上に傷付けてしまったのだろうか、とか。


 その時机に突っ伏していた浅間君が突然ガバッと顔を上げた。浅間君の勢いは良くて、机がガタンと大きな音を立てた。


「あれ浅間君? どうしたの」


 テラ君と郡司君が揃ってそちらを見る。


 浅間君は割と大きな声で言った。


「俺、吹っ切れた!」


「は?」


 割と大きな声だったので、教室に残っていたほぼ全員が浅間君の方を見た。


 彼は頭をぶん、とひと振りして言う。


「なんかすっげー頭がスッキリした」


「まぁ、よく寝てたからねえ……」


 テラ君がよくわからないけれど、と言った感じに返事をしている。


 そうして浅間君はわたしの座っている席の前まで来た。


「白瀬、一緒に帰ろう」


「えっ……」


「帰ろ」


 そう言ってわたしの手を取って歩き出す。


 びっくりして反応できず、そのまま数歩行ったけれど、浅間君が指を絡めてきたので顔面の熱が急上昇した。


「あの、浅間君? ここ学校だけど……」


「大丈夫だよ。ちょっとぼんやりしてたけど、それくらいわかってるし」


「いや、ほんとに……学校なんだけど」


「知ってるって」


 知ってるならこの手は一体……。


 絶対寝ぼけていると思ったけれど、下駄箱で離れた手は、昇降口でまたしっかり繋ぎ直された。


 その日から浅間君の動きがおかしくなった。




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