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17.ひとりで行く、ハムカツツアー



 休日の駅前は雑多な人混みと喧騒に満ちていた。


 みんな誰かとおしゃべりしながら、あるいはひとりで目的地に早足で向かっている。


 せっかく決心して出てきたけれど、どこかぼんやりしているわたしは早速取り残されたような気持ちになってしまう。


 目的のお店には早々に着いた。

 ぎこちないながらも店内に入り、緊張しながらも席についてハムカツサンドとアイスティーを頼んで、出てきたそれを食べた。


 だけど、そのお店のハムカツサンドはなんだかそんなにときめかなかった。


 確かにハムカツサンドなのに、あの時と全然違う。味も違うし感動もしなかった。わたしはこの味がそんなに好きだったかな、と思ってしまった。


 それでもお店を出たときにはひとつ、自分に課したミッションをクリアしたような気持ちで清々しかった。


 そのままぶらりと散歩をする。


 通り道にテラ君のバイト先があったので、なんとなく覗いていくことにした。


 店に入って奥のレジ前にテラ君がいたので手を振ってみた。


「あれ、白瀬さん?」


「ちょっと通りがかったから、寄ってみた」


「そうなんだ。ゆっくり見ていってね」


 すぐ帰るつもりだったけれどそう言ってもらったのでぐるりと店内を見まわった。


 リサイクル屋はとりとめがなくて楽しい。古いおもちゃ。お皿。レコード。赤ちゃんの服。レトロな扇風機。そんなものが視線を移すたびに飛び込んでくる。


 通路の奥でこの間もいたおじさんが段ボールを前にゴソゴソと何か作業をしているのが見えた。


 一通り見てまわってテラ君のところに帰りの挨拶をしに戻る。


「白瀬さん、この間、ごめんね」


「何が?」


「浅間君に、余計なこと言って……」


「ううん……」


「でも、気まずくなっちゃったでしょ」


 浅間君とはあれから話してない。わたしも、たぶん浅間君も、何を話せばいいのかわからなくなってしまった。


「浅間君、見るからに落ち込んでたから、そこはいい気味だけど……後から考えたらふたりの問題なのに、引っ掻きまわしちゃったなって」


「もしテラ君が真奈ちゃんに、浅間君みたいな態度だったら、わたしも気にしちゃうと思うし……心配してもらえて嬉しい」


「白瀬さんはいい子だね」


「そうかな」


「うん、僕なんかとは全然違う」


 テラ君は、どんな人なんだろう。

 すごくいろんなことを考えて、いろんなことに悩んでいる人に感じられるけれど。


「テラ君は、優しいと思う」


 そう言ってみるけれど、笑顔で「ありがと」と返されて、言葉はあまり届いていない感じがした。テラ君はわたしよりもう少し大人で、複雑な人なことは確かだと思う。


 それから前に真奈ちゃんと行って楽しかった、少し変わった文房具のお店に行って、ノートと消しゴムを買った。


 そのまま、真奈ちゃんのバイト先に寄る。

 仕事中なのでアイスクリーム屋さんのエプロンをしていて可愛い。ひとりで外に出ていても見慣れた彼女の顔を見るとやっぱり安心する。


「あー和歌子、ハムカツ食べれた?」


「うん」


「美味しかった?」


「ううん。そんなに」


「正直すぎんだろ! 今日は何やってんの」


「冒険」


「なんだそりゃ。アイス食べてく?」


「いいや。もうお金もないしお腹いっぱい」


 そのままちょっとだけ立ち話をしたけれど、お客さんが来たので手を振ってその場を離れる。


 今日、なかなか充実している気がする。


 そろそろ帰ろうかなと思ったところで前に行ったゲームセンターが目に入った。


 時計を見る。

 ちょっとだけ寄っても、全然間に合う。


 中に入ると、がちゃんずきゅんと喧騒が鳴り響いて、そうだ、こんなだったと思い出す。


 前見たお寿司のUFOキャッチャーを少し遠くから眺めた。一回だけ、やって帰ろうかな。一歩そちらに行った時だった。


 突然どん、と肩に衝撃が走った。


「あっ、ごっめんねえー」


 見知らぬ男性。大学生くらいだろうか。手にお酒の缶を持っている。


 びっくりして固まっていると今度は急に肩を抱き寄せられる。


「ひとりぃ? おれと、一緒に! 遊ぼぉー!」


 少し離れたところにその人の友達らしき人たちがいて「おい、やめろよ」と言うのが聞こえたけれど、酔っているらしいその人はそのままお酒くさい顔を近づけた。


「可愛いねー! こーこーせー? おれと、一緒に遊ぼうよ! ね?」


 軽くもがいたけれど思いのほかがっちり掴まれていて、軽い恐怖感を覚える。


 そのままさらに顔に顔を近付けてきたのでびっくりして咄嗟に強く押しのけると、足元の覚束ないその人は思ったよりよろけて、背後のゲーム機に大きくどんとぶつかった。


「あ……ごめんなさい!」


「いってぇーなぁ……おい……何すんだよ」


 大学生が顔つきを変えてじろりと睨んだのでもう一度「ごめんなさい」と叫んで急いでその場を逃げ出した。


 後ろを振り返るとその人が起き上がってヨロヨロ追いかけてくるのが見えた。怖い。


「おい! 待てよ!」


 走って店の外に出る。振り向くと奥からろれつのまわっていない絶叫が聞こえてまた走る。


 浅間君のおじいさんのお店が目に入ったので、そこに駆け込んだ。乱暴に開けたドアのベルがガラガランと激しく鳴った。


「いらっしゃいませ……」


 マスターがわたしを見ておや、という顔をした。


「すいません。お金持ってなくて……すぐ帰りますんで……」


 汗だくで息を整える。窓からそっとゲームセンターの方角を窺う。まだ追いかけてきそうで、怖かった。


 わたしは今まであんな風に人に無遠慮に触られたことなんてなかったし、男の人に大声で怒鳴られたことだってなかった。

 たいしたことじゃないと自分に言い聞かせるけれど、ショックで涙が出てくる。なんとか押し込めようとするけど息が苦しい。


「白瀬さん、座ってください」


「い、いえ、すみません、すぐ……出て……」


 わたしはお金を持っていない。だからお客さんではない。早く出ていかなくては。だけど慌てていて、荒い息の合間にはすみません、ばかりしか出てこない。


 マスターはほんの少し眉根を寄せてゆっくり優しく言う。


「白瀬さん。少しの間、座ってください」


 その表情が浅間君に似ていて、なんだか力が抜けた。マスターに案内されて奥の席に座った。


 出ていかなくちゃと思ってはいたけれど、本当は今、出ていくのは怖かった。万が一、探していたらどうしよう。


 しばらく座ってマスターがほかのお客さんの接客をしているのをぼんやりと見ていたら、呼吸が整ってきた。この店は外とは時間の流れが違う気がする。優しくて、ここだけ守られているみたいに感じられる。


 涙が止まった頃、時計を見て焦る。もう、出ないと門限に間に合わない。


「すみません。もう、帰ります……」


 急いで立ち上がる。


 なんだか心細かった。帰るにはまたゲームセンターの前を通らないとならない。

 気がつくと外は真っ暗で、見慣れた街がなんだか猥雑で、剣呑に感じられる。安全なこの店から出るのが不安だった。でも、帰らなくちゃ。


 ほかのお客さんがたまたま帰ってしまった店内は静かで、古くて大きな時計の音がカツカツと響いていて、それが余計に焦る。


 出口に一歩近づいた時に、扉がガラガランと音を立てて勢いよく開いた。


「白瀬? いる?」


 浅間君が、急いだ様子で駆け込んできた。


「浅間君!」


 顔を見てホッとしたのと、緊張が解けて勢いで抱きついてしまった。


 浅間君はそのまま抱きとめてくれて、落ち着いた小さな声で聞く。


「じいちゃんに電話もらって……なんかあった?」


 返事をしようとしたけれど、声がうまく出てこなくて、浅間君を抱きしめた腕に力をこめる。


 数秒だったのだろうか、ほかのお客さんが入ってきて、離れた。


「ごめん、わたし急いで帰らなくちゃ……」


「送ってく」


「いいの?」


 ものすごく嬉しい……。


「じいちゃん、俺あとでこっちに一旦戻るから」


 奥に声をかけてさっさと歩き出したので追いかけて外に出る。


 道すがら、ゲームセンターに行ったことと、そこで酔っ払いの大学生に絡まれたことをぽつぽつ話す。


「そういえばテラ君が、物騒だって言ってたの……忘れてた」


「物騒ってほどでもないよ……白瀬はちょっと運が悪かっただけで……でも、前後に変な奴がいたら距離はとったほうがいい」


 そうこうして歩いているうちにさっきのゲームセンターの前まで来た。


 思い出しビビりをしていると、浅間君がわたしの手を取って、ぎゅっと繋いだ。修学旅行をちょっと思い出す。


 そこを越えて、しばらく行って信号を渡ると賑やかだった繁華街のざわめきはなくなって、辺りは犬の散歩をしている人や、買い物や仕事帰りの人がぽつぽつと歩く住宅地に差し掛かる。


「ありがとう」


「いいって」


 秋の終わり、暗い中に住宅の灯りがぽつぽつと光って見える。


「浅間君は……」


「うん?」


「浅間君、いつも困った時に来てくれるから……それでまた好きになっちゃうんだよね……」


「白瀬……あのさ」


「うん」


「俺、ずっと考えてたんだけど……やっぱり白瀬のこと、好きだ」


「……本当?」


「うん」


「そんなこと言ってまた、なかったことに……」


 浅間君が首を横に振る。


「もし……白瀬がよければ……付き合って欲しい」


「やだ」


「……え」


「あ、あそこ、わたしの家!」


「う、うん?」


「ごめん。今日は急いでいるから、浅間君、またね!」


「え」


「時間通りに帰ってお母さんに、実績つくっておきたいんだ。ほんとごめんね!」


 そこから走って家に入った。

 門限にはギリギリ間に合ったけれど、そもそもお母さんはずいぶんと穏やかな顔をしていたので、そこまで厳しく言われなかったかもしれない。




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