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15.破れたメモと、血のついたティッシュ



 文化祭も終わり、翌日の振替休日の日にお母さんが退院した。


 お母さんとはこれからのことでたくさん話したいことがあったけれど、ひとまずは多少できるようになったお手伝いをしたり、労りメインの構成でいこうと、お父さんと話していた。

 お母さん自身もまだ弱っていて、色々不安定ではあったからだ。


 それに、文化祭が終わって委員会詐欺も無事終わった。とりあえず今は門限通り。放課後遊ぶこともなく、大人しくしている。


 改めて思う。夢のような日々だった。


 休み時間。机に頭をつけながらぼんやりしている時だった。村山さんが逆さから覗き込んで「起きてるー?」と手をぴらぴらさせた。


「白瀬ちゃんにー、お客さん」


「へっ」


 言われて入口の方を見る。お客さんていっても、知っている顔がそこに見当たらない。


「三年生みたいだけど、なかなかのイケメンだよ」


「えぇっ」


 上級生に呼び出されるとか、わたしは何かしただろうか。恐る恐る立ち上がる。不安になって一度振り返ると、浅間君と目が合った。


 しかし、見つめていても仕方ない。そのまま教室を出た。





 数分後、教室に戻ると真奈ちゃんとテラ君が揃ってわたしを見て目を丸くした。


「和歌子、告られたでしょ」


「そっ……そんっ」


「白瀬さん顔真っ赤だよ」


「告白ってほどのあれじゃなかったよ! ただ……」


「ただ?」


「これを、渡された……だけで……」


 もらったメモの紙をぽんと机に置くとふたりがそれを覗き込んだ。


「名前と、連絡先だね……」


 三年の先輩は「文化祭の時クラスの仕事をしているのを見かけて可愛いなって思った」と、いうようなことを言っていた、気がする。というのも、パニックで記憶がところどころ飛んでいる。


「僕はいいと思うな。話してみたら? 浅間君も彼女できたんだし」


「えっ、浅間君彼女できたの?」


「白瀬さんが言ったんじゃない」


 テラ君に呆れた口調で言われて思い出す。文化祭の時の子のことだ。あの後ちゃんと言ってなかった。


「あ……あれ……わたしが、勘違いしたみたい……」


「えっ、あの子、浅間君の彼女じゃなかったの?」


「うん……早とちりっていうか……後で違うって聞いた」


 真奈ちゃんとテラ君がぽかんとした顔をして、顔を見合わせた。


「うーん、でも僕今回考えちゃったな」


「え、なにが、」


「浅間君は付き合わないことで白瀬さんを傷付けるリスクをなくしたいんだろうけど、付き合ってなくても傷付けることはあるし……要は責任を負わないっていうことだから……」


「うん?」


「浅間君て、気使いな割に、肝心なところはすごい無神経で、一番嫌な傷付け方するタイプだよね」


 テラ君が珍しく辛辣な切り口で言うので驚いた。


「テラどしたの?」


 真奈ちゃんまで目を丸くする。


「たぶん僕、白瀬さんに感情移入しちゃったのかも……」


 テラ君は黙ってちょっと考え込んでしまった。


「浅間君」


 テラ君が唐突に浅間君を呼んだ。いつもの調子だったので、浅間君も返事をしてこちらに来た。


「浅間君は、白瀬さんが他の人と付き合ってもいいよね?」


「へっ」


 浅間君が一瞬動きを止めて眉根を寄せた。


「……付き合うの?」


「えっ、いや、そんな……」


 手を横にバタバタと振って否定する。浅間君の視線が机の上にいった。

 そこには先程もらった連絡先の紙があった。


「別に、浅間君にどうこう言う権利はないよね」


 テラ君が言って真奈ちゃんと一緒にじっと浅間君を見つめる。


 気詰まりな沈黙が場を満たした。


 わたしは、その連絡先の紙を手に持って、びりびりと破いた。


「和歌子、なにやってんの?!」


「いいの!」


「だって……」


「わたし、この先輩とも、浅間君とも、別に付き合いたくない!」

 

 大声をあげたので、三人ともびっくりしてかたまった。自分の息が浅く、荒い。苦しい。走ってその場を逃げ出した。


 扉を出て少し行ったところで正面から来た人と衝突した。


 べしっと鼻の頭をつぶされて、それでもびくともしなかったそれは、見覚えのある顔だった。


「ぐ、郡司君」


「……廊下を走ると危ねえぞ」


「う、ごめ……」


 いまだにじんじんする鼻を触ると鼻血がたりっと出ていた。


 顔面の衝撃でびっくりしたのと、さきほどの興奮が合わさって涙が出てくる。


「うおっ、オイやめろ。俺が泣かしたみたいじゃねえか!」


「ご、ごめ……ごめぶよー」


「いいから泣き止め!」


「う、うぇえ! ぐんじく……顔がこわいよお……」


「これは地顔だ!」


 一丁前に世間体を気にした郡司君によって、迅速に場所が移された。


 空き教室に突っ込まれて、しばらく鼻を押さえて上を向いていると郡司君がトイレットペーパーをまるごと一個持って戻ってきた。


「鼻につめろ」


「ん……」


 目の前に郡司君の作ってくれたこよりが7つほど並んだ。そんなに鼻の穴はない。


「俺、白瀬ってもっとさっぱりした奴かと思ってたんだけどな……思ったより……」


「思ったより?」


「ウザいな……」


 郡司君は相変わらずオブラートに包むということを知らない。もう慣れたけど。


「郡司君は、好きな人いたことある?」


「あぁ?」


「すいませんでした……」


 ガラの悪い顔をして凄んでいた郡司君が笑った。


「俺、ボクシングやってるんだよ」


「そうなんだ」


「それが楽しいから、今女とかいい。面倒くせえし」


 そういう青春も、あるのか。


「いいなぁ」


「ん?」


「わたしも、そういう、夢中になれるものがあればな……恋愛とか、向いてない」


「それは、したくてするもんでもねえから……しょうがないだろ」


「えっ」


 郡司君は黙ってしまった。

 でもたぶん彼は知っているんだ。郡司君も、……想像もつかないけれど、恋をしたことがある。


「へえぇ」


 思わず顔を覗き込むと「見んな。うぜえ」と言われてしまう。


 そうこうしているうちにチャイムが鳴った。


「あ、鳴っちゃった」


「俺はもういい……」


「えっ」


 郡司君は欠伸あくびなんてして、そのまま寝に入る体勢をとった。


「……わたしも、サボっちゃおうかな……」


 ものすごい早さで入眠した郡司君から返事はなかった。こんな風に生きられたらと思わずにいられない。


 わたしは窓際に行って外を眺めた。

 色々、疲れた。遊び疲れかもしれないし、気疲れかもしれない。頭の中はまだ整理されていない。郡司君はわたしの様子がおかしくても絶対「どうしたの?」と聞いてこないので、こういう時はなんだか気楽だ。そもそもが興味がないんだろうけれど。


 教室の隅に行って座る。

 自分にとっての恋愛、というか、自分が恋愛しているということが、そこまでしっくりきていないのに、周りがそれをどんどん前に後ろに進めようとするのについていけない。

 テラ君や真奈ちゃんはわたしのためを思ってくれていて、悪気はない。けれどなんだかわたしよりも早いペースでひっかきまわされてるような気になってしまう。

 それに、自分の恋愛をいじられるのは、恋愛をしている自分を人に見られるのは、恥ずかしいような気持ちもあった。精神が緊張してしまうし、なんだか放っておいてほしいような、注目されたくないような感じがして小さく疲れてしまう。

 そのまま外で鳥がちよちよ鳴く声を聞いていたら、眠ってしまった。


「おい起きろ」


「ん?」


 目を開けると郡司君が扉を開けて外に出ようとしていた。廊下には人の気配や話し声がするので、いつの間にか次の休み時間になっていたらしい。


「それ、ちゃんと捨てとけよ」


 床には散らばしっぱなしのティッシュが散乱していた。


「あ、片付けとく。ありがとう」


「じゃあな」


 簡素に言って郡司君はさっさと戻っていった。わたしはそれに小さく手を振ってからゴミを回収しに動いた。


 廊下の方から人が覗き込んで、通り過ぎていく。






「郡司と和歌子が空き教室でふたりきりで一時間授業サボって、そこには血の付いたティッシュがあったっていうのは、本当なの?」


「は?」


 放課後に真奈ちゃんに聞かれてなんのことやら、少しぽかんとした。


「え、あー、本当だよ」


 周りにいたクラスメイト達の動きが一瞬ぴしっと止まった。


「それがどうかした?」


「うーん……」


 真奈ちゃんはなんとも渋いお茶でも飲んだような顔をした。


「まぁまぁ……。とりあえず……そういう噂が広まってるんだよ」


「はぁ……」


「半分以上は面白がってるんだろうけど……晃の人相が悪いから……やりかねないと思われちゃってんだよね」


 すっと現れたテラ君は途中から来たのにさらりと会話に参加した。わたしの方がよほどわけがわからない。


「浅間は信じるかな」


「どうだろ。晃のこと知ってるからな……でも、気にはなるだろうね」


「面白いから放っておこう」


「そだね」


 真奈ちゃんとテラ君は恋人同士だけあって、ふたりだけにしかわからない会話をしてくすくす笑い合っている。本当に仲が良い。






 次の日浅間君はずいぶんと大人しくて、なんだか元気がなかった。


 休み時間もどこかに行っていて、いつものように誰かと話したりもしていなかった。

 割と誰から見ても落ち込んでいた浅間君は、何人かに理由を聞かれていたけれど、返答は上の空で、ふわふわだった。


 予鈴が鳴って、教室の入口のところで他クラスの生徒に「ごめん。これ、浅間に返しておいて」とぽんと教科書を渡された。見るとまさにこれから使うやつだった。


 机に頬杖をついてぼんやりしている浅間君の席に行く。


「浅間君……」


「……」


「浅間君?」


「……えっ、あっ……」


 浅間君はわたしの顔を見て異様にびっくりした。


「これ……教科書……」


「あ……うん。ありがと」


「あの……元気ない?」


「……そうでもないよ」


 いや、元気はないと思う。

 けれど、それ以上の返答は返ってこなかった。


 すごく気まずい。そのまま席に戻った。







「浅間君と気まずくなっちゃった……かも」


「まぁ、あいつは身動きとれないよね。さんざん自分の都合でキープしておいて、今焼きもち焼いたとしても和歌子の方は付き合いたくないって言ってるんだし……」


「焼きもち? 先輩の連絡先は破ったじゃない」


「郡司の方」


「郡司君とのことはずいぶん前に否定したよ」


「逆で考えてみなよ。浅間が女子とふたりきりでサボったら、気にならない?」


「なる、けど……でも」


 自分ごとだと、そんなに気にするようなことかな、と思ってしまう。


 考えて気付く。もしかして、身動きとれないのはわたしも一緒じゃないだろうか。


 前にも後ろにも進めない。


 そもそもどこに行きたいのかも、明確に見えない。


 考えてみたものの、結局思考が行き詰まった。


 相手のあることだ。ひとりで考えてみても進まない。


 とりあえず、帰って寝たい。





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