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14.文化祭【後編】



 文化祭二日目。


 浅間君は午前中また彼女を連れてきていた。午後からはクラスの仕事があるので、すぐ帰ったみたいだったけれど、それで浅間君の彼女はすっかり周知のものとなった。


「白瀬さん、大丈夫?」


 教室にいたくなくて、廊下のベンチに座っているとテラ君が声をかけてくれた。


「大丈夫じゃなさそうだね……」


「いやぁ……だいじょぶ、だよ」


「さっき、浅間君の彼女、ちょっと話したよ」


「……うん。どんな人だった?」


「……すごい大人しくて、ものすごい人見知りな感じだった」


「そうなんだ……いつから付き合ってるのかな……」


「そういうのは、聞かなかったな」


「あ、いいや。聞きたくない」


 つい聞いてしまったけれど、そんなの聞いても落ち込むだけだって気付いた。


「元気出してね」


「ありがとう……」





 教室に戻ると真奈ちゃんが声をかけてきた。


「和歌子、お昼食べた?」


「まだ……お腹減ってなくて……」


「焼きそば食べにいかない?」


 真奈ちゃんが妙に明るい口調で言って、三年生のクラスで焼きそばを食べながらぽつぽつと話した。

 焼きそば、普段あまり食べないものだけれど、なんだか心が踊らない。


「校内でたまに告られても断ってたから……なんとなく誰とも付き合わないと思ってたけど……思わぬ伏兵だったね」


「はぁ……」


「和歌子、その中身のないハニワみたいな顔なんとかできない?」


「できない……」


「焼きそば、そんなに食べたことないでしょ? 味わってみ?」


「あんまり味がしない……」


「こんなにべっちょりソースの味すんのに……しないわけないでしょ!」


 正直なところ、ぐにゃぐにゃしたゴムにソースがかかってるみたいで、あまり美味しくなかった。味がするのに、尖った刺激にしか感じられない。


 浅間君は話があるって言っていた。わたしはそれをずっと避けているけれど、嫌なことを後まわしにしている感じが憂鬱だった。話はしたくない。だけど、しなくても後まわしにしてるだけだから、やっぱり憂鬱。


「あたしこれからテラと軽音部観にいくんだけど、和歌子も来る?」


「わたしは……いいや……ちょっとひとりになりたい……」


「大丈夫?」


「うん……気持ちの整理……したい」


 真奈ちゃんと別れてそのままふらふらと校内をうろつく。校内のお祭り騒ぎ感と、突然呼び込みで声をかけられたりするのに自分のテンションが全く付いていかなくて、校舎を出た。


 外は外で近隣の人や呼び込みの生徒が多少いたけれど、中よりは風が抜けて上に空が開けている分まだ落ち着ける。


 上空で鳥の声がして、空を見上げる。


 片想いが終わるのって案外あっけないんだな。


 昨日はそれでもどこか現実感がなかったけれど、今日になって、重い悲しみが押し寄せてくる。


 こんな風に日常は変わらないまま、その気持ちだけが突然通行止めになって。


 だけど最後通告はまだだから、心の中に1パーセント、死ねない、終われない想いが残っていて、だからこそ胸がじぐじぐ痛い。


「こんにちは。白瀬さん」


 背後から声をかけられて振り向いて、背筋が伸びた。浅間君のおじいさんがそこにいたから。マスターは、私服も年齢相応でとてもお洒落だ。相変わらず紳士。


「こ、こんにちは」


 慌てて頭を下げる。浅間君の場所を教えてあげたいけれど、知らなかった。

 だけど、マスターは浅間君のことは言わなかった。わたしの顔をじっと見て、それとは別のことを口にする。


「文化祭、楽しんでいますか?」


 ちょっと泣いた後のわたしは多分楽しんでいるようには見えなかっただろうけれど、優しい声で言われて、慌てて表情を引き締め頷いてみせる。


「……学校生活は、楽しいですか?」


 唐突に言われて、ちょっとびっくりした。ひとりでしょんぼりしていたから心配させてしまったのかもしれない。


「はい。友達がいて、親友も。それにクラスの子も、前よりどんどん話せるようになって……毎日楽しいです」


 マスターは少しほっとしたように、笑いながら頷いた。


「それはよかった」


「そうだ! あの……前、ありがとうございました。ハムカツサンド、本当に……今まで食べたものの中で一番美味しかったです!」


 マスターは唐突さとわたしの勢いにちょっと目を丸くしたけれど、また柔らかく笑って「とても光栄です」と丁寧に述べた。マスターの立ち姿は上品で、目の前にいるだけでこちらまで姿勢を正してしまう。


「あ、あの、浅間君、今どこにいるかわからなくて……」


「ああ、大丈夫です」


 マスターがにっこり笑って言う。


「白瀬さん。また、いつでもお店に来てくださいね。航がいなくても」


 上品にお辞儀してマスターは校内に入っていった。


 思わぬところで思わぬ人に会ったから、動転してしまったけれど、お礼が言えてよかった。あの日は帰り際バタバタしてしまったから、簡単にしか言えなかった。


 でもずっと伝えたかった。

 あれは大袈裟じゃないわたしの気持ちだった。


 お皿の上に綺麗に並べられたあの日のハムカツサンドとポテトサラダとトマトを、わたしは今でもはっきりと頭に思い出すことができる。


 それから、その時目の前に座っていた人の気配をふっと思い出す。


 頬杖をついて、髪の毛が夕方の陽で茶色く透けていた。前髪の下の目。ほんの少し弧を描く唇。


 浅間君。


 わたしは、彼にたくさんのものをもらった。


 振られてしまうからって、それはなかったことにはならない。


 わたしはそれをきちんと彼に伝えたことがあっただろうか。


 修学旅行で探して迎えにきてくれたこと。ハンバーガー食べたいの、察してくれた。

 わたしの家のこと、馬鹿にしたりしないでハムカツサンド、食べさせてくれた。ゲームセンターで、教えてくれた。一緒に遊んで、いつも優しくしてくれて、本当に楽しかった。


 涙がぽろりと出た。


 わたしは、浅間君の話を聞こうと思う。

 どんな話でも、彼が伝えたがっていることを聞くべきだ。わたしが聞きたくなくても、浅間君にしたら、曖昧なままだと気持ちのけじめがつかないのかもしれない。それで、最後にわたしの今の気持ちも全部伝えたい。


 ポケットから携帯を出した。名前を表示させて、初めて発信ボタンを押して耳に当てる。


 何コール目かで、向こうの喧騒と共に浅間君の声が聞こえた。


「白瀬、どこにいる?」


「校舎の外」


「今じいちゃん来てて……」


 そうだった。わたしは知っていたのに間が悪い。


「えっと……じゃあ……」


 また別の時間に、と言いかけて浅間君が声をかぶせる。


「いや、いいや。すぐそっち行くから、待ってて」


 ぶつんと通話が切れた。

 そして一分もしないうちに浅間君が現れた。


「白瀬」


 まずい。姿を見たら、やっぱり泣きそう。


「ちょっと場所移そう」


 浅間君の後について、校舎に入る。


「ここでいっか」


 浅間君が化学室に入って扉をぱたんと閉じた。今日ここは出し物には使われていなくて、中には余った椅子や着替えなど、雑多な荷物置き場となっていた。


 なんだかずいぶん久しぶりに浅間君の顔を見たような気がする。でも、なぜだか前と違って見える。少しだけ、知らない人になったみたいだ。


「浅間君、先に、話してもいいかな……」


「……うん?」


 浅間君がわたしの表情を見て、困ったように眉根を寄せる。


「あの……ハムカツサンド……」


「え?」


「ありがとう。ほんとに、すごくすごく嬉しかった。浅間君にはいろんな感動をもらった」


「……うん」


「浅間君が思ってること話してくれて、慰めてくれて、何度も心が軽くなった」


 大きく息を吸って決めてた言葉を口にする。


「わたし、浅間君のことが好きです」


 最後にやっぱり、これを伝えておきたかった。わたしは前に告白した時から、ずっと気持ちは変わっていないんだと。これで、ちゃんと振られて、終われるなら本望だ。


 言った後、顔が見れなくて、制服のシャツの半袖と、そこから伸びた腕のあたりが小さく揺れるのを見た。


「……俺も」


 浅間君の声は小さかった。


「俺も、白瀬のこと好きだ……」


「…………えっ?」


 扉の外で聞こえていた喧騒が小さくなった気がした。


「……え?」


「聞こえなかったならいい……今のはなかったことに」


 いいんだ。

 結構重大発言に聞こえたけど。

 それともこれは、ラブじゃなくて、ライク、なんだろうか。そうかもしれない。だって浅間君には彼女が……。


「浅間君の話って?」


「あ、うん。昨日今日来てた荻原のこと。白瀬には誤解されたくないなと思って……」


「誤解って? 彼女なんでしょ?」


 浅間君が顔を歪めて首を横に振った。


「彼女じゃないよ。あれは幼馴染み。っても俺はそんなに仲良くなくて……昔からじいちゃんに懐いていたんだ」


「え……」


「荻原は中学から親が隣街に家買って転校したんだけど……高校入って上手く馴染めなかったらしくて、学校行かずにじいちゃんの店に何度か来てたんだよ……。じいちゃん、すごい昔学校の先生だったことあるし、結構そういうの心配して見てあげる方だから……」


「そ、うなんだ……」


「で、俺の高校が文化祭っていうのを知ったじいちゃんが連れていってやれって。同年代と話だけでもしたらいいって……頼まれて」


「彼女じゃないの?」


「んなこと言ってねえだろ。昔からほとんど話もしたことなかったし、連絡先も知らないし、俺は久しぶりすぎて初対面みたいな感覚で、友達ですらないのに……」


 友達じゃない、って言ってた。まんまだったのか。


「なんか白瀬には無視されるし、周りも変な態度だったからもしかしてとは思ったんだけど……なんで聞かないの?」


「え、その……誰も聞かなかったの?」


「聞かれたから幼馴染みって答えたけど……それでもテラなんて妙に白い目で見てくるし……なんでそんなことになってんの?」


「え、でも聞いたけどな。みんな浅間君の彼女って……言ってたよ」


 浅間君は心底うんざりした顔ではーと溜め息を吐いた。


「おおかた、誰かが最初に勘違いして、それが先に噂でまわったんだろうね」


 浅間君がちょっと憤慨しているのを横目に、ドキっとする。変な汗が出た。


 わたしは早い段階で勘違いをした。

 そしてそれを歩く電子広告の村山さんに伝えてしまった。


 もしかして……噂の出元はわたしなのでは。


「話は終わり。戻ろう」


 さらっと言われて背中を押される。何かせかされているみたいな動きだった。

 色々聞きたいことはまだあったけれど、うしろめたさから言い出せず、そのまま化学室を出た。


「あ、白瀬、なんか食べよう」


「え、何を。もう焼きそば食べたよ」


「マジかよ。んー。じゃあ、あれ買う。待ってて」


「え」


 浅間君が近くの教室を指差して、入っていく。看板には『タピオカ屋』と書かれていた。


「はい飲んで」


「い、いただきます」


 ぐいっと渡されて戸惑いながらもストローを口に入れる。


「どう?」


「なんか、つぶつぶしてる……」


「感動が伝わってこない!」


「お、美味しい! すごく美味しい!」


 何か頓珍漢な八つ当たりをされている気がした。





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