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13.文化祭【前編】



 生活に細かな変化はあったものの、わたしは恋愛面においては相変わらずへらへら過ごしていた。

 今の状態は割と心地よかった。わたしは浅間君に、好きと言われないまでも、振られてはいないこの状況をどこか楽しんでいたし、もっと言うと、現状に満足してしまっていた。


 だから忘れてしまっていた。当たり前だけど、浅間君はわたしなんかと生きるペースが違うし、モテるのだということを。





 文化祭一日目。


 うちのクラスはわたがし屋だった。大して忙しい出し物でもなかった。軽音部、演劇部、吹奏楽部、他部活の出し物のない人間で時間で区切って分担されていた。


 わたしと真奈ちゃんは午前中にわたがしを売った。初日の午前中、だんだん人は増えてはきたけれど、わたがしを食べたがる人はそこまで多くなく、割と暇だった。


 そこまで仕事らしいものをしないまま交代となって、廊下に出る。そして、伸びなんてして、何気なく窓の外を見た。

 その廊下の窓からは校門と、昇降口に続くあたりが見渡せる。


 外に浅間君がいて、わたしは思わず「ひえ」と小さく悲鳴をあげた。


 そのまま口を開けてそちらを見るわたしにつられて、真奈ちゃんもそちらを見て、同じ顔をした。


 浅間君は、見たことのない私服の女の子と一緒だった。


「ニュース!」


 情報通の村山さんがわたしと真奈ちゃんの間に大騒ぎで飛び込んできた。


「え、今それどころじゃないんだけど……」


 村山さんはわたしと真奈ちゃんのテンションにも気付かず、まくしたてる。


「いや昨日ね、文化祭にかこつけて他クラスの女子が浅間に告ったらしいんだけど!」


「はー……」


「それが、好きな人がいるから、って断りの文句だったらしいんだよ!」


「あーなるほどね……」


「何腑抜けてんの! もしかしたらそれ、白瀬さんかも……んっ?」


 ろくな反応が返ってこない村山さんがわたしがじっと見つめる視線の先を辿る。


「…………あれ?」


「……うん」


「あれ誰よ」


「こっちが聞きたい」


 三人とも黙って見ていたけれど、村山さんが遠慮がちに口を開く。


「ず、ずいぶん可愛い子だね……」


「うん……可愛いと……おもう」


「なんか……こう……まるで文化祭に、彼女を呼んだみたいに見えるね……」


「うん……そう……見える」


「み、見えるだけだろうけどね! ……あははっ」


 見た瞬間に思ったけれど言わなかった事を村山さんが口にして、その場がどんよりとした空気に満たされる。


「あ! ねえ! 浅間って年の近い妹とか……」


「いない」


 浅間君は確か兄弟はいないはずだ。

 そうなると、女友達……わざわざソロで文化祭に呼ぶ女友達……。可能性はなくはない。


 でも……。


 わたしは静かに顔を上げた。


「率直に言うと、落ち込んでます」


 ふたりがなんとも言えない顔でわたしを見た。


「わたし、ちょっと、ひとりで深呼吸してきてもいいでしょうか?」


「わ、和歌子……まだ未確認だから!」


「いえ、しかし、覚悟は決めておかなければいけません……」


「白瀬さん……教科書ロボみたいになっちゃった……」


 ふらふらとその場を離れて階段をワンフロア降りたところで、浅間君と例の女の子に鉢合わせてしまった。


「お、おは、ようございます」


「あ、白瀬……」


 浅間君は実にわかりやすく気まずそうな顔をした。


「と、友達?」


 とっさに聞いてみたわたしは勇敢だった。

 浅間君はちらりと背後の彼女を見て、言いづらそうな顔をした。それからわたしにしか聞こえないくらいの小さな声で言う。


「違うけど……」


 わたしの勇敢さは一瞬で砕け散った。


「そ、……そうなんだ」


 声がひっくり返った。

 心臓が嫌な予感を警報のように鳴らし始める。胸のあたりに鈍い痛みが広がっていく。


 急いでその場を離れようとすると背中に声をかけられる。


「白瀬!」


「なに?」


「後で……話ある」


 なんだかその話、すごく聞きたくないんだけど……。とりあえず一秒でも早くここを離れたくて曖昧に頷いて走り去った。



 無意味に校内をぐるりと歩きまわって真奈ちゃん達のところに戻ってきた。そうしてさっきあったことを話す。


「真奈ちゃん……浅間君の話って、なんだと思う?」


「そ、それをあたしの口から言わせるのかよ!」


「ためしに……ためしに言ってみて……」


「あたし、浅間は和歌子のこと好きかなって思ってたんだけど……」


「えっ……」


「でもよく考えたら好きなら付き合うよね……」


「……」


「うん……その……和歌子には曖昧なままだったから、ちゃんと振る、のかな?」


 真奈ちゃんもやっぱりわたしと同じところに思考が行き着いたらしい。もしかしてネガティブ過ぎるかな、とか思っていたけど、やっぱり第三者から見てもその可能性が濃厚なんだ……。


「ちょっと中村ちゃん! 白瀬ちゃんぶっ倒れるよ! 危ない発言はよして!」


 村山さんが倒れそうになったわたしの肩を抱きとめて真奈ちゃんに言う。泡吹きそう。


「ごめん、和歌子……残念会は開いてあげるから……」


「いい……やめて……これ以上は……」


「骨は……拾ってやるから……」


 テラ君が現れて顔面蒼白なわたしを見て目を丸くした。


「あれ、白瀬さんどうしたの。短くなったローソクみたいな顔して」


「どんな顔よそれ……」


 小声でツッコミを入れる村山さんをよそに真奈ちゃんがことのあらましを説明する。テラ君も眉をハの字に曲げた。


「……んー、白瀬さん、その女の子は彼女だって、浅間君に聞いたんだよね?」


「……うん」


「そうかあ……」


 言うことはもうないらしい。そりゃ、ないだろう。


 浅間君が彼女を連れてきたという話は午後にはクラスの半分くらいにはまわっていた。

 他の人たちが色々聞いて、幼馴染だったらしいとか、最近再会したらしいとか、追加情報まで入ってきてわたしは息も絶え絶えだった。


 わたしはなるべく浅間君と顔を合わせないように、中庭の太鼓演奏や、体育館の演劇部なんかをはしごして、ぼんやり過ごした。


 文化祭、割と楽しみにしていたのに、すっかり楽しめなくなってしまった。


「帰りたい……」


 浅間君が彼女と一緒にいるところ、なるべく見たくない。

 口の中だけでつぶやいて、はぁと溜め息を吐く。


 二、三時間後、村山さんが廊下を歩くわたしを見かけて近寄ってきた。小声で言う。


「彼女、帰ったみたいだよ」


「そっかあ……」


 何故かほっと胸を撫でおろす。

 でもそうすると後は浅間君の話を聞くことになる。


「無理かもだけど、元気だしなね。山寺も中村ちゃんも心配してたよ」


「ありがとう……大丈夫……」


 だけど、口に出した声は自分で聞いても、ちっとも大丈夫じゃなくて、天日で干された幽霊みたいだった。



 自分の教室に入ろうとすると浅間君が「白瀬見なかった?」と言ってる声が聞こえた。


 慌てて、入口から体を離す。


 話があると言われてはいたけれど、まだ、聞きたくなかったから。結局、心の準備はできていなかった。浅間君は振る時キツいとも聞いていた。今、そんなのくらったらわたしは目の前で泣いてしまうだろう。


 そうしたら、浅間君は困るだろう。鬱陶しく思うかもしれない。泣いたりしたらきっと友達でいられなくなる。


 結局先生が来るまで廊下をぽつぽつ歩きまわって、浅間君から隠れるように時間をつぶした。


 浅間君に対して小さな怒りがこみあげる。

 話とか、彼女ができたのはもうわかったからそんなの、いらない。わざわざ呼び出してこれ以上傷付けることないのに。そんなの、浅間君はスッキリするだろうけれど、彼の自己満足でしかない。


 ここ最近は普通に話せていたけれど、ちょっと前まで浅間君と話さないのは普通だった。その頃に戻るだけだ。わたしは、それでいい。


 浅間君に拒絶の言葉なんてもらわなくても、つきまとったりしない。


 だから話なんてしたくない。

 

 ホームルームの時間ギリギリに教室に入って、帰り際、浅間君が友達と話している隙に、ぱっと教室を抜け出した。


 だって嫌だった。浅間君の話から逃げたかった。


 心がぐしゃぐしゃだった。






「おかえり、和歌子」


 家に帰るとお父さんが出迎えてくれた。

 仕事休みのお父さんは最初文化祭に遊びにくると言ってくれていたのだけれど、少し話してお母さんの病院の方に行くことになった。わたしが言って、そうしてもらった。


「お母さん、どうだった?」


「うん。体重も少し戻ったみたいだし、週明けには予定通り退院できるよ」


「よかった……いたっ」


 しゃべりながら野菜の皮をピーラーで剥いていたら、手を引っ掛けてしまった。血が滲む。


「和歌子、絆創膏貼ってきな。疲れてるだろうし、待ってなさい」


 台所を出て、絆創膏を貼って待っているとお父さんがカレーライスのお皿をふたつテーブルに運んだ。


「たかがカレーなのに……お母さんみたいにはいかないもんだな……」


 お父さんがスプーンを口に運び、ごちる。

 たしかに、わたしとお父さんの料理は物悲しいことが多い。お米の炊き方、野菜の切り方、炒め方、水の量、そんなひとつひとつが慣れてなくて、それが影響していびつだった。


「文化祭楽しかったか?」


「うん……楽しかった」


「おお……楽しくなかったのか……」


 顔を見て一発であてられる。

 心配させてしまう。でも、本当のことは言う気にはなれない。


「なにか嫌なことでもあったのか?」


「ちょっと……友達と、喧嘩して……」


 お父さんはもうちょっと悪い想像をしていたのかいくらかほっとした顔で「そうかぁ……」と息を吐いた。


「友達って、真奈ちゃんと喧嘩したのか?」


「ううん……違う人」


「まぁ、若いうちは色々あるよなぁ。学校行ってると、人間関係でなんもない方が珍しいくらいだし」


 お父さんの言葉を聞きながら、お皿のカレーをスプーンで持ち上げて、なんとなくかつんと戻す。


「若いうちは色々あるけど……大人になったら、あまりない?」


 お父さんはちょっと考えた。手元の水を飲んで、ことりと置く。


「……いや、割とたくさんある。もっとあるかも。でも、昔ほど傷付かなくなるよ」


「なんで?」


「慣れかな……」


 とぼけた口調で返されて、何か信じられない。こんなこと、何度あっても慣れる気がしない。





 その晩、ベッドで寝ようとしていた時、わたしの滅多に鳴らない携帯が着信した。


 発信者は浅間君。


 心臓がばくばく踊って、わたしは通話ボタンに指をかけたまま、数秒かたまった。


 鈍い振動音を立てて携帯が何度も震える。


 ざわざわした気持ちのままその音をずっと聞いていたら、やがてそれはふつりと止まった。


 そのまま命をなくしてしまったみたいな携帯電話を、暗闇の中でずっと見つめた。





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