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11.ゲームセンター前の遭遇



 それから、毎日ではないけれど、わたしは真奈ちゃんに連れられて、ふたりでカラオケとか、可愛い洋服や下着が置いてあるお店とか、色々見たり遊んだりした。こんな夢のような日々も文化祭が終わるまでだけだ。


 その日はゲームセンターに行こうと話していた。


「ゲーセンなら一緒に行く」


 テラ君が隣で話を聞いてそう言ってくれた。


「テラ、ゲーセンも嫌いじゃなかった?」


「……あまり好きじゃないけど……物騒だから」


「そんな危険なの?」


 びっくりして聞くと真奈ちゃんが首を横に振る。


「いや、そんなことはないと思うけど……まぁ、他校生とかもいるから……たまに声かけられたりする……んだよね」


 真奈ちゃんがぼそぼそこぼして、テラ君が異様な無表情でそれに頷く。


 つまり、テラ君は真奈ちゃんがナンパされないか心配なわけだ。


「僕だけだと、ちょっと頼りないから晃にも来てもらいたかったんだけど……今日はもう帰っちゃったんだよね」


 テラ君はいつも自分が小柄なのを気にしている。まぁ、確かに郡司君はいるだけでボディガード感あるから、なんとなくわかるけれど。そんなに物騒なところなんだろうか。


 その時教室の扉が開いて、浅間君が他クラスの友達と笑いながら入ってきた。


 その後も少しだけ何事か話していたけれど「またな」と言って友達に手を振る。


 わたしたちはなんとなく全員でそちらを見ていた。


 浅間君が気付いて「ん?」とこちらを見た。








 ゲームセンターは駅の裏側にある。

 たまに通りかかって中はどうなっているんだろうと想像していた。


 真奈ちゃんは格闘ゲームを恐ろしい顔でずっとやっていて、それをテラ君が脇で覗き込んでいた。


 わたしはというと、さっきからおぼつかない足取りで店内をウロついていた。


「浅間君、わたし、何がなんだか……」


 通路によっては急に、ぴんぴんがらがら、みたいな謎の音が大きく聞こえきてびっくりするし、とてもうるさい。わたしの声が聞き取れなかったのか、浅間君が顔を近付けて聞き返す。


「……思ったより、何やっていいか、わかんない」


「白瀬が好きそうなのは、あれかな」


 浅間君が指差した先にトドのぬいぐるみがたくさん入った透明なケースが見えた。


 近くに行って見てみると隣にも同じようなケースがあって、そちらには少し大きめのお寿司の形のフィギュアがたくさん詰まっていた。その隣は……なんだろ、両側に骨が出ているお肉……のぬいぐるみ? クッションにしては少し小さいくらいのやつが敷き詰まっていた。


 どうやら上のクレーンを操作してこれらを取るゲームらしい。


「どれかやってみる?」


「ん、じゃあ、お寿司」


「それ行くんだ」


「他のはちょっと大き過ぎて……お母さんに見つかるかもだから……」


「あ、そっか」


 しかし、心配は杞憂に終わり、お寿司は別に取れなかった。思ったよりずっと難しい。


 浅間君に連れられて今度は車の運転をするゲームをやってみた。


 最初はわけがわからなくて、全然うまく走れなかったのだけど、途中でなんとか安定した。


「白瀬、逆走してる」


「え? せっかくなんとなく、まっすぐ走るようになったのに、反対方向を向かなきゃゴールできないの?」


「そうなる」


 順位はもちろん、ビリだった。おまけに大騒ぎしたせいで汗だくだった。


 それから浅間君と一緒にバスケのボールを入れるみたいなゲームと、太鼓を叩くゲームもやった。


 浅間君はそんなにやったことがないと言う割にどれもわたしより上手かった。なんだろう。センスなんだろうか……。

 いや、もしここにおにぎりをラップで丸めるゲームがあればわたしだって浅間君より上手くできたはずだから、向き不向きがあるんだろう。


 外に出てベンチに並んで腰掛けた。夕方の日は少しずつ短くなって、季節の先に冬の存在が感じられる。


「楽しかった?」


 浅間君に聞かれて「うん」と頷く。本当に楽しかった。


「でも、本当はちょっと、罪悪感ある……」


 お母さんに黙って色々食べたり遊んだりしてること。


「お母さん、最近ちょっと不安定で……」


 わたしが修学旅行で迷子になったことは先生からお母さんに伝わった。そのことでちょっとわたしが世間知らずだとやんわり言われたみたいだった。お母さんは結構困惑していた。


 不安定の理由はもうひとつある。そちらが先にあったから、余計に心が無防備になっていて堪えたのかもしれない。


「この間ね、伯母さんが、亡くなったの」


「それは……」


「あ、わたしは、ほとんど……ううん。結局一度も会ったことはなかったんだけど……それからお母さん考え込んでることが多いんだ」


「白瀬のお母さん、どんな人?」


「……優しい人だよ」


 わたしのお母さんは厳しいけれど、決してヒステリックな人ではない。

 そもそもがわたしはお母さんに逆らったりしないので、怒られることがないのだけれど。お母さんはどちらかというといつもいろんなことを考え過ぎてしまう、心配症な人のように感じられる。

 だからこそ、表立って反発する気になれないところもある。お母さんはいつも、上からぎゅうと押さえつけるのではなく、静かに、いくつもの理由を述べて、いろんなことを禁止する。


 あれを食べては駄目。

 あそこに行っては駄目。

 それは見ない方がいい。

 それはやっては駄目。


 全て、わたしのことを心配し過ぎて言っている。

 お母さんはわたしが言いつけを守ると喜ぶし、安心する。だからわたしも深く考えず、言われた通りにしていた。そうして気がついた時には息苦しいまでに雁字搦めになっていて、他のクラスメイトたちと差ができていた。


 わたしは教室でその異常さに気付けたけれど、お母さんはどうなんだろう。


 だけど、それを伝えてみる気にはなれない。お母さんを傷付けるような気がするから。それが怖くて、結局こっそり裏切っている。


 だけど頭にはいつもある。


 今していることは、お母さんを傷付けてるんじゃないかって。


「和歌子」


 聞き慣れた声。だけど、ここで聞こえるのは変な声。誰かを認識する前に嫌な予感が広がって、そちらを見る。


「お、お父さん……」


 会社帰りの格好でお父さんが立っていた。

 びっくりした顔でわたしを見ている。


 こんなところで会うなんて。

 頭が真っ白になった。


「和歌子、ここで遊んでたのか」


 ゲームセンターの目の前。すぐ上にある看板を見上げて言うお父さんの口調は決してキツくはないのに、ちょっとびくっとしてしまう。


 真奈ちゃんが外に出てきて、気付いてすぐに駆け寄ってくる。


「こんにちは。おじさん」


 慌てた顔でぺこりと頭を下げてわたしの少し前に出る。


「あの、あたしが誘ったんです。無理に」


「君が?」


「和歌子は行かないって言ってたんですけど……だから、あの、おばさんには黙っててもらえませんか。今日だけなんで」


 お父さんは黙っていた。どんな表情をしているのか、怖くて見れない。


「お願いします。あたしが無理やり連れてきたんですから!」


 下を向いていても真奈ちゃんの必死な声が耳に入ってくる。胸が苦しくなる。


 真奈ちゃんがわたしの腕をぎゅうっと掴んでいる。


 もしもこれでお父さんに納得してもらっても、真奈ちゃんの心象は悪くなったりするんだろうか。わたしは、真奈ちゃんに連れてきてもらって、本当に楽しかったのに。


「……なことないよ……」


 すごく小さな声が、やっと出た。

 お父さんと真奈ちゃんがこちらを見る。


「わたしが、行きたかったの……どうしても」


 涙が出てきた。どんどんこみ上げて、言葉が外に出ようとするのを邪魔する。


「だから、無理言って……連れてきてもらったの」


「和歌子が?」


「お父さん、わたし……ハムカツサンド食べたよ……ハンバーガーも……とても美味しかった」


 言い切ってお父さんの顔を見る。表情は穏やかなまま、分かりやすい怒りはそこになかった。


「……文化祭委員て、嘘ついて、友達に遊びにもつれていってもらってたの。すごく楽しかったよ」


 そこまで言って涙に負けてしゃべれなくなる。お父さんはしゃがみこんで嗚咽するわたしが落ち着くのを待った。

 わたしが顔を上げると頭を優しく撫でて立ち上がらせる。


 それから少しのあいだ考え込んでいたけれど、ずっと後ろで黙って聞いていた浅間君に向かって、ゆっくりと口を開く。


「和歌子は、学校でどんな子なのかな?」


 突然声を向けられた浅間君は一瞬だけ息を呑んで、だけどすぐにまっすぐに前を見て答える。


「すごく優しくて……真面目な良い子だと思います……」


 お父さんは何も言わずに、黙って聞いていた。そうして、じっと目を閉じて考え込む。


 夕方の陽が赤くて、影を濃く染める。

 昼が終わっていく予感が焦燥感を募らせる。


 お父さんの手が伸びて、またちょっとこわばる。怒られるかと思ったその手は、わたしの肩にぽんと置かれた。


 それからまたじっと黙っているので、苦しくなって顔を上げた。


 お父さんは、やっぱり怒っていなかった。


「和歌子は、いつも何も言わないから……不満はないと思ってたんだ……」


 自分の喉から小さくしゃくりあげる涙の余韻がこぼれた。


「でも、そんなわけないよなぁ……」


「……おとうさん……」


 お父さんは怒っていないけれど、ほんの少し悲しそうに見えた。


「ごめんな……」


 お父さんが小さく言って、くしゃりと頭を撫でる。また涙が出た。



 久しぶりにお父さんと手を繋いで帰った。

 小学校の時以来かもしれない。


 お父さんは帰り道でぽつり、ぽつりとしゃべった。


「帰ったら俺から少しずつ話してみるから……大丈夫、時間をかければきっとわかってくれる」


「うん……」


「俺も家のことは任せっきりだったから……少し厳しいかなとは思っていた……でも、そんなに和歌子に我慢をさせてたとは思わなかったんだ……」


「全部俺の責任だ」と言ってお父さんは家の方を見た。それからわたしの方を向いて小さく笑う。


「でも、和歌子は良い子に育った。もう少し信用してあげてもいいだろう」


 家が遠くに見えてきて、気になっていたことを聞いた。


「どうして、浅間君に聞いたの?」


「真奈ちゃんは、和歌子の親友だから……なんとなくな」


「そっか」


 真奈ちゃんに聞いても、悪いことを言うはずはない。


「他の人に聞いても和歌子に気を使って答えるだろうけど、それでも人がとっさに出した答えっていうのは、すごく参考になる」


「……」


「和歌子がどんな感じに過ごしているのか、ほんの少しわかったよ」


「うん」


「そもそも自分でわからないなんて、情けないけどな……」


 お父さんは溜め息まじりにごちた。それから少しだけ、いつものお父さんの顔に戻って、笑いながら言う。


「でも、あの子、浅間君……?」


「うん」


「あの子もきっと和歌子のこと好きだから、信用していいのかどうか……」


「お、お父さん?!」


 動揺してまた顔が熱々になってしまった。

 お父さんはそれに気付いてびっくりしたような顔をした。


「ん? そういう意味じゃないぞ? 彼イケメンだったし、和歌子はちょっと残念なことにお父さんに似てるし……まだ子供だし、そういうのは、ちょっと、難しいんじゃないかな?」


「そ、そうかなぁ……」


「なんだなんだ。好きなのか?」


「……」


「大丈夫! イケメンに相手にされなくても、お父さんがついてるぞ!」


「……」


「和歌子にそっくりなお父さんがついてるぞ!」


 わははと笑って威勢良く肩をぱん、ぱん、と叩かれて、とても落ち込んだ。





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