高田家(2)
正樹はやけに真面目な顔をして言ったのだ。
「彼女の支えになってあげたい」
と。
その時は笑いをこらえきれなかった。
「支え」とは、たぶん自然に続いた平穏な毎日の中で自分も感じていたものだ。ただそれは真紀子にとっては「あたりまえ」の延長にあったもので、失うまではわからなかった。
それを真正直に真面目に口にする正樹にあきれ、この人はもしかしたら、バカなんじゃないかと思った。
真紀子の頭の中には言葉があふれてきていた。「いったい何が不服だったの?」「何かあたしに文句があったら言ってくれたら良かったのに」「あたしに思いやりがなかった?」
「そんなわけない。いつも家族のことを思い、いろいろやってきた」
そしてけっきょく最初の一言に戻った。
「いったい何が不服だったの?」
その言葉は喉元まで上がってきてはいたが、口には出せなかった。その代り、真紀子は自分の手の中にあったカップを投げつけた。それは純菜が焼いてプレゼントしてくれたものだった。
「この、暖色系と、曲線を中心としたマグはマキコさんにね。こっちの寒色系っていうか、青と緑とちょっと黄色も入れたけど、カクカクした模様中心のほうはだんなさまに」
純菜が差し出した透明のビニールバッグの中には、英字新聞を細切りにした紙パッキングが底にふんわりとあり、その中に埋まるように二つのマグカップが寄り添っていた。
いったい夫と純菜はいつからどこでつながりあっていたのか? それを想像しようとしたら吐き気がしてきて、もう何も聞く気にも言う気にもなれなかったのだ。
誠意とか誠実ってなんなのだろうか? 今まで一緒に紡いできた時間はなんだったのか。
「純菜は君に会わせる顔がないと、すまないと言っている」
「はあ?」
と真紀子は言った。次に続く言葉は出て来なかった。ただ脱力感だけがあって、頭の中は真っ白になった。
そのやりきれないあれこれを考えないために、真紀子は佐由美をこの家に呼んだのかもしれなかった。今はただ自分の手で触れる実感のある物にすがり、それにつかまって日々を過ごそうと心がけていた。
自分の焼いたカップを両手で包み、それを段ボール箱の中に整えながら、呼吸も整えた。
どれくらい時間が経ったのだろうか、佐由美と遊太郎がざわめきながら家に戻って来ると、真紀子はほっと息をつき、二人を迎え入れた。