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高田家(1)

 土をこねるという実感。何かが自分の手の中で形を成していくという実感。それがたぶん、自分を陶芸につなげていることなのかな? と真紀子は最近思っている。でもだから何だというのか。

 新しく焼いた茶碗をならべて、真紀子は一息ついた。

「ママ、遊太郎がね、やりたいって。ドロをこねこねしたいって言っているんだけど…」

「うーん、いいけど。今ここを片付けてからにしてちょうだい。今、ちょっと待って」

「あ、じゃあいいやいいや。あそびに飽きただけかもだから、外に行って来るわ」

「そう?」

「うんそうする」

 数年前、真紀子の離婚をきっかけに、一緒に暮らし始めた一人娘の佐由美がのんきに言い、わいわいと子供を連れて外に出て行った。

「あら、航太郎は?」

 その背中に声をかけてみたけれど、佐由美の耳には届かず、バタンと玄関の戸は閉まり、ざわめきもいっしょに外に出て行った。

 真紀子はふっとため息をついた。一人だけではなんだか寂しいように思っていたのだけれど、人と一緒に暮らすということは、自分には馴染めないところもある。


 ヒマラヤンのチロがゆっくりと足元をすり抜けて行った。チロはわざと真紀子の足に触って、だからといってかまって欲しいという意思表示でもなく、ただそこに足があったから触れて行ったという感じで、大きな目を見開いていた。

「おまえはいいね、チロ」

 と真紀子はチロに話しかけた。

「二人の頃はもっと良かったね? ね? チロ」

 チロは一瞬真紀子の目を見つめ、それに答えるかのように「ニャ」と声を出して、そのまま自分の好きな場所、ガラス窓の前の自分のクッションに落ち着くと外を見つめた。

 窓の外には、ときどきふらりとやって来る黒い迷い猫が遊びに来ていた。

「あらあら。まあ。またご飯をもらっていないのかしら?」

 真紀子はだれに言うでもなく話しかけ、黒い猫を見つめた。

「あなた、どうも誰かにご飯をもらっているね? 毛並みが違ってきたわ。どこの猫ちゃんかしらね?」

 この迷い猫がこの庭にやって来始めたのは一年ほど前からだったろうか。その頃はやせていて、毛並みにツヤがなく、なにか可哀そうな気もして、真紀子はチロの餌を分けてやっていた。


 その時のことを覚えているのか、黒猫は「ニヤー」と何か欲しそうに、ガラス窓越しに真紀子にねだっているようだった。

「だめだめ。ちゃんと食べているのはわかっているのよ」

 真紀子はそう言いながらハッと我に返った。茶碗の整理をして、次の展示会に並べるものを揃えなくては。

 チロはちょっとびくっとしながらも、お気に入りの場所でなごみながら、真紀子を見上げた。外の黒猫もガラス越しになんとなく真紀子のことを見ている。

「やだやだ。あたし、猫ちゃんには慕われるみたいだわ」

 言いながら、真紀子は作業机へと戻った。


 ふっと、その机の所に航太郎がいた。まるで気配がなかったので、真紀子はぎょっとした。

「やだ、コーちゃん。まるで猫みたいね。音もなくこんな所にいて…」

 航太郎は何かバツが悪そうに、「あ」と言うとそっけなくその場を離れた。

航太郎は遊太朗の兄で、今年中学生になる。一人きりで静かにマンガやら本やらを読んでいるような子で、佐由美は航太郎の五歳年下の遊太郎に振り回され、航太郎は放っておかれているように見えた。


 真紀子はふと別れた夫、正樹のことを思い出した。あの人も気配のない人だったな、と。

まじめで静かな人だった。陽気で次々にやることを見つけてはのめり込む真紀子のことを静かに見つめていてくれるような人だった。よく本を読んでいて、読むたびに自分のノートに何かをコツコツとまとめていた。何でも静かにしっかりとやり終えるような人だった。

 真紀子は首を振り、思いも振り払った。とにかく器を揃えよう。

 数年前、一緒の陶芸教室で知り合った、道村純菜という女性がいた。年は娘の佐由美とほとんど変わらない。確か二つ年上くらいだったか? 彼女は形の単純な器を作り、陶芸用のクレヨンを自在に使い、いろいろな線や形、その象った三角、四角や丸の中にさらに単純な線や形を描くという組み合わせで、さまざまな食器を作っていた。それがとても楽しいものだった。

「どうやってやるの?」

 と、真紀子の世代の生徒は聞いた。

「え? どうやってって…。おもしろいから、ただ、線を引いてみているだけです」

 自慢するでもなくまるで少女のように言い、本当に好きでやっているという感じがして、真紀子は自分に通じる物を感じて好意を持った。

 そして一緒にいろいろな陶芸展や絵画展に出かけ、そのうち公園散策や食事などにも誘うようになり、家に誘うようになり、なんの違和感もなくおしゃべりし、楽しめることが心地よく、自分も若返ったような気になっていた。

 今、夫はその純菜と暮らしているはずだ。


 結婚はしたのだろうか? 

いや、そんなことどうだっていい、真紀子は再び首を振り思いを振り切ろうと試みた。器を選ぶことだけに集中しようとし、展示のテーマである「若葉」に相応しいものを選ぼうとつとめた。だが、それをしようとすればするほど、陶芸につながって純菜とやりとりのあった、あれこれの思いもよみがえることになり、胸が締め付けられるようになってくる。そうすると心の奥底からふつふつと怒りの感情が湧きあがってきて、今握っているカップを思わず、壁に投げつけたくなる。

 そうやっていくつも投げつけ、壊したカップもあった。


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